日々体を酷使する職人の皆様に向けて、様々な分野の専門家に聞いた、健やかな体作りの秘訣を発信する「教えて!専門家の皆さん!!」シリーズ。これまで「職人の健康」に焦点を当ててきた同シリーズですが、第六弾となる今回は少し視点を変え、「子供の健康」がテーマ。
月に100人以上の子育て中のお母さん・お父さんへ食事指導を行っており、また、パンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」では日本代表チーム・栄養部門のサポートも担当しているという栄養士 中塚由子先生に、子供たちのリアルな食生活について伺いました。子供たちは今どんな食事をしているの?どんな問題を抱えているの?職人の皆様が日々向き合うパンについて、いつもとほんの少し違った視点から考えてみませんか。
目次
「食育」とは?を簡単におさらい!
子供の健康を考えることは、「食育」と密接に関係しています。今では馴染みのあるこの言葉ですが、その内容はといえば、ざっくりとしか知らない方も多いのではないでしょうか?
「食育」とは何か、2005年に制定された食育基本法には次のように記載されています。「様々な経験を通じて『食』に関する知識と『食』を選択する力を習得し、健全な食生活を実践することができる人間を育てること」*。また同法では、食育はあらゆる世代の国民に必要なものであるとする一方、子供に対して実施することの大切さについて強調しています。
中塚先生
「人は1日約3回食事を摂ります。毎日繰り返す『食べる』という行為は生きることそのもの。何を選択し、どう食べるか。頭で考えるのではなく体で覚え、健やかな食生活を習慣づけるために、食育は早ければ早いほど良いと感じています」
※農林水産省「食育基本法」より引用。全文はこちらよりご確認いただけます。
URL: https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/attach/pdf/kannrennhou-20.pdf
日本人とパンの関係って?
お米を主食とする日本人にとって、パンはどのような位置づけなのでしょうか?農林水産省が実施した「食生活・ライフスタイル調査~令和4年度~」では、主食におけるパン食の割合は米食40%に次ぐ16%、朝食に限定すると米食30%に次ぐ27%がパン食という結果が出ています。日本人の食生活に、パンが与える影響は大きいことが分かりますよね。同調査は15~74歳までの男女を対象としていますが、子供のパン食の割合はどうなのでしょうか。
中塚先生
「朝ごはんは、パンを食べる子供が非常に多いです。体感として、パン食が6~7割、米食が3~4割といったところでしょうか。食パンやバゲットに何かをのせる・塗るなどして食べることは少なく、菓子パンや蒸しパンなど、そのまま食べられて、かつやわらかくて口当たりの良いパンが好まれる傾向にあります。
また、お米を食べる場合、前日の夜ご飯の残りものであるお味噌汁などを一緒に食べることが多いですが、パン食はパンだけで完結する場合が多いのが特徴です。朝食をとるご家庭の内情はこのような感じですが、実際には朝ごはんを食べない子供も多くいます」
子供たちの健康を支える秘訣は、おやつの時間?!
今、子供たちが抱える食事の問題って、どんなことが挙げられますか?
中塚先生
「ずばり、『欠食』と『咀嚼(そしゃく)力の低下』です。
先ほども少しお話ししましたが、1日3食を食べない、その中でも朝食を食べない子供が非常に多いです。朝食を食べない(食べられない)理由は家庭により様々ですが、お子さんの生活リズムの乱れが要因であるケースが多いと感じています。これは、共働きの家庭が増えたことも関係していると思います。夜遅くにお菓子を食べてしまい翌朝お腹が空いていないとか、寝坊してそもそも朝食をとる時間がないとか。そこで『ジュースだけでも…』と飲ませたり、保育園・幼稚園への送迎時間を利用してスティックパンを食べさせたり…親御さんたちは、朝の限られた時間の中で『何も食べないよりはまし』と試行錯誤しているようです。
確かに何も食べないよりはエネルギーになりますが、こういった日常がお子さんの偏食に繋がってしまうのも事実。かくいう私も働きながら子育てをしましたので、親御さんたちの悩みにはとても共感しています」
「次に挙げられるのが、咀嚼力の低下です。以前開催した食育サークルで子供たちにバゲットを食べてもらったところ、噛まずにチュパチュパと吸い始めました。これにはとても驚いたのを覚えています。その他にも、弾力のある高野豆腐などは、噛み切れず吐き出してしまったり…普段、ソフトで甘いパンや、一口サイズにカットしてもらった食事ばかりを食べている。そんな日常を過ごす子供たちは、かたい物を食べる機会がないので、単純に食べ方が分からないのです。咀嚼力の低下により口回りの筋肉の発達が遅れ、口をぽかんと開けっ放しになってしまう子供も多くみられます。
ただ、子供は吸収も早いですから、大人が『こうやって食べるんだよ』とよく噛んで食べる姿を見せると、朝には食べられなかった子供が夕方帰るころには自然と噛んで食べられるようになっています。原始的な教え方ですが、これが一番早いです。また、かたいバゲットが食べられるようになると、今まで食べられなかったかたい野菜やお肉も食べられるようになり、自然と食の選択肢が広がっていきます。『味』だけではなく、『食感』も子供の偏食に大きく影響するのです」
欠食に、咀嚼力の低下。どのような対策ができるでしょうか?
中塚先生
「まずは『補食』を取り入れてみてほしいです。
3食、色んな食材をバランスよく食べる。これは理想であり、現実はなかなか難しい。そこでおやつの時間を『補食』と捉え、通常の食事で不足している栄養を補ったり、咀嚼の練習する機会にしたりすることをお勧めします。ただ、おやつといってもいわゆる『お菓子』のことではありません。
以前、ある幼稚園の食育アドバイザーをしていた頃、おやつとして『カミカミおにぎり』というもの提供していました。ちりめんじゃこや塩昆布などが入っていて、しっかりと咀嚼を促し、栄養も満点なおにぎりのレシピです。その幼稚園は食事に力を入れており、シュークリームやアンパンマンをかたどった菓子パンなど、おやつを手作りされていました。ある時、年長さんを対象に、卒業する最後の日に食べたいおやつのアンケートを取ったんです。すると選ばれたのは、まさかのカミカミおにぎり!『おやつ=甘いもの』というのは大人の先入観で、子供が求めているとは限らないのだと気付かされた経験でした」
育児の現場は忙しい!栄養価の高い食材を、手間をかけず効率的にとりたい!
小さな子供をもつ親目線で考える「こんなのあったらいいな」ってどんなパンでしょうか?
中塚先生
「『気付いたら栄養が取れているパン』が理想ですね(笑)
子育てはとにかく忙しい。スープやお味噌汁、サラダや副菜などの付け合わせを作る手間をかけられない場面が多くあります。特に朝は時間との勝負ですから、完璧を求め過ぎず、手軽に栄養をとりたいものです。そういった意味で、パン生地自体にチーズや野菜などが練り込まれた朝食パンのバリエーションが豊富にあると、親御さんたちは非常に助かるのではないでしょうか。
また、海外では鉄などが添加されている小麦粉が普及していたりと、生地自体の栄養価が高いパンも多くみられます。2015年からモンディアル・デュ・パン日本代表チームの栄養部門のサポートメンバーとして参加していますが、まだまだ日本ではそういった原料は浸透していないと感じています」
栄養価の高いパンを作るのに、おすすめの食材ってありますか?
中塚先生
「わたしが長く注目しているのは、高野豆腐粉*¹、大麦粉*²です。
これらは全てモンディアル・デュ・パンで使用したことのある食材です。とても栄養価が高く、粉末状なのでパン生地への練り込みが可能です。色々な食事法がありますが、私は主食に良いもの(栄養価の高いもの)を混ぜ込むやり方が、一番負担が少なく継続性があると考えています。高野豆腐を粉末状にしたものなどは、吸水性も非常に高く、製パンにおいてはコツが必要ではありますが、是非取り入れてもらいたいです」
※1【高野豆腐粉】
冷凍⇒熟成⇒脱水⇒乾燥させてできた高野豆腐を粉末状にしたもの。高野豆腐は高たんぱく質である他、血中の悪玉コレステロール値を減少させる効果、食後の中性脂肪の上昇を抑制する効果などがあると言われています。
※2【大麦粉】
もっとも古くから栽培されている穀物。食物繊維・ビタミンB群などが豊富。
取材を終えて
グルテンフリー、ヴィーガン、オーガニック…食生活も多様化する現代。特定の食物を過信したり、違った考えを持つ人を受け入れられなかったり、過激な意見も多く、何を選択すべきか迷走してしまう人も多いのではないでしょうか。自らが選択できる大人と違い、子どもたちにとっては、与えられるものがすべてです。先入観のない真っ新な幼少期に、様々な食べ物や調理法に出会う事が、子供にとって大きな財産になるのだな…と実感しました。
特にパン食は米食に比べ手作りのハードルが高く、そのほとんどをパン屋さんで購入することになります。そういった点で、栄養価の高いパンや色々な食感が楽しめるパンなど、子供にとって良い刺激となるパンのバリエーションが増やす事で、食育をもっと気軽に、楽しいものにする力がパン屋さんにはあると感じました。