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2023.06.13

教えて!専門家の皆さん!!美味しいものを作るために知っておくべき「味覚」について

味覚と味蕾
岡山大学吉田教授
岡山大学
吉田 竜介(よしだ・りゅうすけ)教授
1973年生まれ。神戸大学自然科学研究科博士課程修了。理学博士。
九州大学大学院歯学研究院にて博士研究員、助教、講師、准教授を経て、2018年より現職。
専門は口腔生理学(岡山大学HPより)

専門家にお話を伺うシリーズ企画の第4弾は、美味しいパンやお菓子を作るために知っておきたい「味覚」に関するお話です。
味覚とは、人間のもつ「五感」のひとつです。「視覚」「聴覚」「嗅覚」「触覚」「味覚」の5つを合わせて五感と呼ばれていますが、食べ物や飲み物を味わうとき、これらは相互に深く関係しあっています。『おいしさ』は舌、すなわち味覚だけではなく、見た目や香り、食感といった、五感をフル活用して(ときには心理的作用も大きく影響して)感じています。

この「味わう」というプロセスについてはまだまだ不明瞭なことが多いのも事実。私たちは誤った認識を持っていることがあるかもしれません。
そんな分かっているようでどこか不明瞭な「味覚」について、今回わかりやすく教えてくださったのは、口腔生理学を専門にされている、岡山大学大学院医歯薬学総合研究科の、パンとワインが大好きな吉田竜介教授です。

味覚のメカニズムについて正しい知識を増やして、日々の商品開発に活かしてみませんか。

五感のひとつ「味覚」とは

味覚と呼ばれている感覚は、口のなかの味蕾(みらい)という組織で化学物質を検知する感覚のことです。食べ物、飲み物の味は「甘味」「酸味」「苦味」「塩味」「うま味」の五味で構成されていて、科学の世界では、今のところ味覚で分類される味はこれらの5つのみです。

五味イラスト

その他によく五味と混同される味に「辛味」があります。
ワサビのように鼻の奥にツーンとくる揮発性のものと、唐辛子のようにカーッと熱く感じる不揮発性のものがあり、いずれの辛味も味覚のメカニズムで感じる「味」ではなく、痛みや温度を感じる受容体(体の外や体内からの何らかの刺激を受け取る構造のこと)で検知している「刺激」に分類されます。
ひとは味だけでなく、温度や食感など色々な要素を口の中で感じて総合的に美味しい・美味しくないと判断するので、味覚はあくまでそのための一つの要素だということです。

先ほど、味覚で分類される味が“今のところ5つ”と言ったのには理由があります。
近年では研究により、味細胞で新たに脂肪酸が受容できることがわかってきました。近い将来、バターや油などの脂肪の味が味覚で感じられる6つめの味になるかもしれません。また、研究によると「水の味もあるのではないか」とも言われています。

味蕾とは味覚の感覚器で、名前の由来は、その形が花の蕾(つぼみ)状であること。味蕾の数は成人におよそ7,500個あるといわれています。それぞれ数十~百個の様々な性質をもつ細胞から構成されていて、人が何かを食べたり飲んだりした際、食べ物に含まれる化学物質が味蕾の中にある味細胞(みさいぼう)を刺激することで味覚神経に情報が伝達され、脳に伝えられて味を感じるというのが味覚のメカニズムです。
味細胞は一方の端で化学物質を受容し、もう一方は神経に繋がっていて味の情報を脳に伝えています。

味を感じる仕組みイラスト

人間に必要な「甘味」「塩味」「うま味」と不要な「酸味」「苦味」

味覚の本来の働きは、栄養物を検知して、人間にとって有害なものを採らないようにすることにあります。人間は、食べ物の見た目や匂いだけでは安全性を判断できなかったため、摂取した時に危険物を酸味や苦味として感じて吐き出すことで身を守るという一種のセンサーの役割として発達しました。
生理学的に基本の五味は、身体にとって必要なものを検知する感覚と、危険なものを検知する感覚の2つに分けることができます。
人が生きていく上で必要な成分が含まれるものは、好んで食べる嗜好(しこう)性の味を生じさせ、生まれ持って「美味しい」と感じるようにできています。
反対に、身体にとって危険な成分が含まれるものは、嫌って避ける忌避性(きひせい)の味を生じさせます。
食物が腐敗した時に生じる乳酸(酸味)や植物に含まれるアルカロイドなどの疎水(そすい)性の物質(苦味)がこれに該当します。しかし、経験や学習を通して安全と判断されたものは摂取できるようになります。
耐性のなかった小さな子供が酸っぱいものや苦いものも食べられるようになることや、子供のころに苦手だった食べ物が、大人になって美味しいと感じるようになるのは経験を重ねることで脳が安全だと学習したからです。

【嗜好性の味】

①甘味
炭水化物の一種であるショ糖、ブドウ糖、果糖などで生じる。
生きていくために必要なエネルギーを得ることができる味。
生まれ持って赤ちゃんも美味しいと感じる味。人工甘味料も含まれる。

②塩味
食塩の主成分である塩化ナトリウムで生じる。ミネラルを感じる味。
体液の恒常性を保つための不可欠な味。
低濃度では好まれるが、高濃度は嫌われる

③うま味
昆布などに多く含まれるグルタミン酸、鰹節などに多く含まれるイノシン酸など。
体をつくるためのたんぱく質(アミノ酸)やDNAを構成する核酸(かくさん)を検知する。
単独で味わうと好みがわかれるが、他の味といっしょに摂取すると美味しく感じることが多く、 相乗効果があることも分子レベルで証明されている。

【忌避性の味】

④酸味
酸全般。ワインに含まれる酒石酸、フルーツに含まれるクエン酸やリンゴ酸など。
腐敗した時の乳酸発酵を感じる味で、本能的に避ける味。
強いと赤ちゃんが嫌がる味。

⑤苦味
野菜や植物に入っている疎水性の苦み成分(アルカロイド、グリコシドなど)。
基本的に毒になるものが多く、本能的に避ける味。
生まれ持って赤ちゃんが嫌がる味。

生理学的に「美味しい」と思う状態は、体に必要なものを摂った時に感じる状態です。そういう意味では、甘味・塩味・うま味は人が生きていく上で必要不可欠な味で、酸味・苦味は特に摂取しなくても生きていける味という事になります。しかし大人にとっては、忌避性の味が少し入っていた方がより美味しく感じられるのも事実で、香り成分でも同様の事が言えます。香水も嗜好性のある「良い香り」ばかりを掛け合わせるのではなく、あえて嫌なにおいをすこし混ぜることで嗜好性を高めるという話があります。

「甘味は舌の先で感じる」はウソ?味覚地図なるものは存在しない

「味覚地図」はない。イラスト

「甘味は舌の先、苦味は舌の奥で感じる」というような話を聞いたことはありませんか?
少し前までは、舌の異なる領域でそれぞれの味を感じる「味覚地図」の存在が信じられてきました。現在では、味蕾は口のなかの至る所(舌、上あご、喉の奥など)にあり、それぞれの味蕾に五味すべての味を感じる受容細胞(味細胞)が入っているので、ひとつの味蕾ですべての五味を感知できることが明らかになっています。ですので、舌の特定の部分で限定して味を感じることはありません。

味蕾にある味細胞の口内側で化学物質を受容して、体内側で味覚神経に情報を伝達して脳が味を認識するのですが、場所によって味蕾の数に違いがあることや、味細胞の性質が若干異なることで、それぞれの味に対する感度が多少違うことは起こり得ます。この違いが生じることで、味覚地図があると信じ始められたのだと思います。間違いではないというとおかしいですが、『甘味を感じる特定の場所はなく、どこでも甘味は感じているけれども、強弱はあるかな』というくらいです。
ワインを試飲する際、舌をあてる場所で味が違うという方もいますが、そんな方は、多少の強弱の差を本能的に感じているのか、ワインの試飲回数が多いことで神経がワインに対して敏感になっているのだと思います。基本的に味見をする際は味蕾の数が多い舌先が中心になるので、味も感じやすくなるのかもしれません。

味覚を鍛えることはできる?

食べ物に携わっている皆さんのなかには、自分の味覚をさらに鍛えたいと願ったり、じっさいに努力されたりしている方もいると思います。そんな皆さんの期待を裏切るわけではないのですが、基本的に「味蕾が発達して今まで感じられなかった味を感じられるようになる」ことはありません。

結論から言うと、味覚を「鍛える」ことはできません。
味蕾の数は先天的なもので、人それぞれ生まれながらに持っている数に差があります。それは遺伝による個性といえるかもしれません。また、味細胞というのは10日ほどで入れ替わり、味蕾も同じ場所にまたできるので、基本的には一定の状態が保たれています。なので、筋肉のように鍛えることで細胞の数が増えたり、感受性が上がったりすることもありません。
味覚に限らず、視覚や聴覚でも同じことが言えますが、訓練によって音がより大きく聞き取れるようになったり、ものがよく見えるようになったりすることはないですよね。ただ、絶対音感を持たない人も、経験によってドとレの違いを認識してその違いが解るようになることはできます。味覚も、経験によって味に対する「解像度」のようなものを上げていくことはできると思います。
味覚の分析能力を上げる意識で、よく考えて味わう経験を重ねることで、甘味・苦味・酸味がどれぐらいということが判断でき、皆さんの技術が加われば、食べたものを再現できるようになるかもしれません。情報処理の点には脳が大きく関わっているので、そこは鍛えられると思います。

岡山大学吉田教授

味覚にまつわる疑問いろいろ

Q: お米やパンなど、砂糖を使っていないものでも「甘い」と感じるのはどうして?

A:お米やパンに含まれているデンプンが、唾液中の酵素(アミラーゼ)でブドウ糖に分解されるから。噛めば噛むほど甘くなるのは、たくさん噛むほど唾液も多く出て酵素の働きも活発になり、デンプンが分解されて糖に変わるためです。

Q:熱さ・冷たさでどんな風に味わいが変わってくるのか?

A:甘味は体温と同じくらいの温度帯が一番よく感じます。逆に冷たすぎると感じにくいです。アイスクリームは口に入れた瞬間ではなくて溶けていくときに一番甘く感じますよね。冷たい状態で飲むことが想定されている商品(炭酸飲料など)が、ぬるい状態で飲んだときに甘ったるく感じるのはそのためです。
塩味と苦味は冷えた方が感じやすく、酸味は温度による感じ方の変化はあまりなく、うま味についてはまだはっきり解明されていません。味と温度の感覚がそれぞれ脳に伝わり統合されているのですが、脳でどのように処理されているのかということはまだ明らかになっていません。

Q:同じ食べものでも日によって感じ方が変わるのはなぜ?

A:『人が食べ物を食べて美味しいと感じる』という意味では体内環境やホルモンの状態、体調、心理的な要素などのいろいろなものが関わってきます。プロの方が味を判断する際には、自身を取り巻く環境を常に整えておくことが重要であると同時に、人は口に入るまでに得られる情報(商品の見た目やお店の評判など)を含めて、総合的に味を判断することがあるという点を理解しておく必要があると思います。また、その時の身体の状態、すなわち体に何が足りていないか、脳がどういうものを欲しがっているかで印象が変わってきます。なるべく味を比べて判断しないといけない時は、外的な要因(温度や時間など)をできるだけ統一する方が良いですね。

Q: 固さによっても味わいが変わってくるのか?

A:固いものは唾液と混ざりにくいので、味の物質が出にくいということが言えると思います。
味覚では化学物質が水に溶けている状態というのが一番感じやすくなります。食べ物を咀嚼(そしゃく)することによって食べ物が分解されて化学物質が水に溶けている状態になるので、味をより感じやすくはなっています。口に入れてすぐに味をダイレクトに感じて欲しいなら「柔らかく」、噛めば噛むほど味を感じるものにしたいなら、味が持続するという意味でも「固く」する方がいいと思います。

取材を終えて

美味しいものを食べたいだけでなく、美味しいと思ってもらえるものを作りたい筆者ですが、自身の味覚には全く自信がなく、自分の好みしかわかっていないのが現状でした。僅かな味の違いを見極める能力が生まれ持って備わっていなくても、よく考えて味わう経験を積み重ねることによって、味を認識することはできるようになるとわかったことは、とても救いでした。
『食べる』という、生きていく上で不可欠な行為のなかに、味覚の解像度を上げることを意識して、自分の食体験をしっかりと記憶していこうと決心しました。
美味しい商品の味をお客様に知ってもらうためには、まず、興味を持ってもらって選んでもらう必要があります。美味しいものをより多くの人に味わってもらうためにも、今まで以上にお菓子の仕上げだけでなく、見せ方・伝え方の技術も身に着けたいと考えさせられる時間となりました。

 

●取材協力岡山大学鹿田キャンパス

岡山大学鹿田キャンパス
住所:岡山市北区鹿田町2-5-1
TEL:086-223-7151(代表)
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chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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