連日多くの来場者でにぎわいを見せている「EXPO 2025大阪・関西万博」。そのなかの特設会場「ワッセ」で、6月4日と5日の2日間、パンの未来と可能性をテーマにしたイベント「ベーカリーエキスポジャパン」が開催されました。
世界各国のトップシェフたちがパンを作って販売するデモンストレーションブースでは、最大4時間待ちの行列となるなど、大きな賑わいを見せたベーカリーエキスポジャパン。そのメインイベントとして、2023年にフランスで行われたパンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」の上位6チームを集めて技術を競い合う「ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン」が行われました。世界最高レベルのパン職人たちがパンにかける情熱と技術を競い合ったコンテストの様子をレポートします。

▲バゲットのテープカットで幕をあけた「ベーカリーエキスポジャパン」(左からテェリー・ムニエ氏、安倍竜三氏、パトリック・フェラン氏)
目次
アジア勢の台頭を感じさせる参加国
今回参加したのは2023年のモンディアル・デュ・パン世界大会の上位に入った中国、フランス、台湾、日本、韓国、ベルギーの6チーム。アジアから4か国が参加するなど、アジアのレベルがどんどん上がってきていることを表しています。日本からは、高橋佳介シェフ(パン フロレゾン)とコミ(アシスタント)の庵原那美選手(ラブレド)、コーチの松田武司シェフ(プリンチ)の代表チームが参戦しました。

▲日本代表の高橋佳介シェフ(左/パン フロレゾン)とコミ(アシスタント)の庵原那美選手(右/ラブレド)
競技開始10秒前。カウントダウンがはじまり、ドミニク・プランショ会長の「ハジメ!」の合図でいっせいに競技がスタート。伝統的な製パン技法や文化の継承を主たる目的とするこの大会らしく、まずはチームのアシスタントを務める若手職人が木桶のなかで生地を手ごねするところから始まります。

▲木桶のなかで全チームが手ごねで生地づくり
この大会では、決められた競技時間のなかでバゲットなどの「日常パン」や、栄養価などが採点対象となる「健康パン」、ヴィエノワズリーやレスペクチュス・パニス*など、あらゆるパンを作らなければなりません。各チームは木桶で捏ねた生地を持ってそれぞれのブースに戻り、作業に取り掛かります。
※【レスペクチュス・パニス】アンバサドゥール・デュ・パンが提唱する古代の製法で作るパン。通常にくらべ10分の1の酵母と3分の2の塩で長時間発酵で小麦の風味を引き出すのが特徴。
若手と熟練のパン職人の連携がカギ
アンバサドゥール協会では、若手の育成をひとつの大きな目的に掲げており、この大会でもコミ(アシスタント)のための特別賞「ベスト・アシスタント賞」が設けられています。チームによって、選手とアシスタントが役割を分担して作業を進めていくチームもあれば、ともに協力してひとつの作業を進めていくチームもあり、アシスタントとの連携が勝利のための重要なカギとなります。

▲選手とアシスタントが共同して作業を進めていく(写真はフランスチーム)
フランスには「デクレ・パン」と呼ばれる、塩の使用料や製法が定められた厳格な基準、伝統的なパンを守るための法があります。この大会でも同様で、バゲットには重さと長さの規定が設けられていて、それらをオーバーすると減点対象になります。確かな品質のパンを安定して供給するという、人々の日々の食生活を支えるパン職人としての資質を求められるのです。

▲バゲットの長さを確認するベルギーチームの選手

▲フランスチームのレスペクチュス・パニス
年々広がりを見せるアンバサドゥール協会の取り組み
M.O.Fのパン職人であり、アンバサドゥール・デュ・パン・インターナショナルの副会長を務めるパトリック・フェラン氏に、今大会の開催について感想をお聞きしました。
フェラン氏
「この大会が万博という大きな舞台で開催されたことにとても感動しています。前回のベスト・オブの大会を2023年に日本で開催していたので、次は他の国でという考えがあったのですが、日本の仲間たちが、5回目のベスト・オブを万博と並行して行いたいという申し出を聞いて、これは国際的なパン業界にとっても素晴らしいショーケースになる、絶好の機会だと思いました。素晴らしいことです」

▲パトリック・フェラン氏
今後の活動を通して、どんなことを発信したいと考えていますか?
フェラン氏
「私たちレ・アンバサドゥール・デュ・パン協会が20年前に活動を始めてから、ずっと世界より良いパンの品質を広めようとしてきました。それは『フランスのパンが一番』という意味ではなく、私たちの知識を世界の他の国々と共有したいという想いからです。実際、私たちの大会には年々参加国が増えており、今年10月にフランスで開催される第10回大会では過去最多の21か国が参加します。すべての大陸からの参加があり、とても喜ばしいことです。
また、アンバサドゥール協会が大切にしているミッションのひとつに、地元の食材を使った栄養価の高いパンを作るということがあります。例えばフランスにはレンズ豆がありますが、それだけでなく、世界中にはキヌア、キャッサバ、米、チアシードなど、栄養価の高い食材が豊富にあります。それらを使ったパンを通じて、各国特有の食文化や農産物の価値を再認識してもらいたいのです」

▲今大会評価の高かった、フランスチームの海藻類と雑穀を使った健康パン
フェラン氏
「次回の大会ではギニアとブルキナファソが参加予定ですが、あの地域では、栄養価の高い植物は育っているのに、それをパン作りに活かす文化がまだあまりありません。たとえば、キャッサバとパイナップルを使ったパンを作ってみたことがあるのですが、現地の素材で栄養価の高いパンを作ることで、より良い食生活に貢献できると思っています」
最新の技術と表現力が込められた各国のパン

▲日本チームのパン
各国のチームのブース前のテーブルに焼き上がった作品が次々と並べられていきます。ブースの様子を見ていると、クロワッサンのドリュールに小型のエアブラシを使ったり、食品用プリンターを使ったりと大会が行われる度にそれまでみなかった技術を目にすることが多くあり、日々アイデアや技術が進歩していることが感じられます。

▲繊細な技術が光る韓国チームのパン
競技が中盤にさしかかると、各国のパンの試食審査が進められていきます。審査にあたるのはフランスのM.O.Fをはじめ、国内外のエキスパートたち。自分たちのパンの説明をする各国コーチの言葉にも熱がこもります。

▲バゲット審査の様子。会場には多くのギャラリーが詰めかけました

▲バゲットの試食審査を行う山崎隆二シェフ(カネカ)

▲ビジュアルでもインパクト大のフランスチームのパン
競技終了30分前になると、すべてのチームがピエス作品の最終仕上げに取り掛かっていきます。残る力を振り絞り、スピーディーにピエスのパーツを組み立てていく各国の選手たち。それまでパーツのみでどういう形になるのか想像もつかなかったものが、みるみるうちに組みあがり、その姿を現していきます。

▲ピエスを組み立てていく中国チーム

▲太陽の塔をメインモチーフにした台湾チームのピエス作品

▲バランスの難しい作品を組み立てていく韓国チーム
大躍進の韓国チーム
すべての競技と審査が終わり、いよいよ結果発表の瞬間です。
第3位は、フランスチームです。競技中、制限時間内での作品の提出が間に合わず、他のチームに大きく水をあけられたフランスチーム。入賞は絶望的かと思われましたが、味覚の部分で盛り返し、見事入賞を勝ち取りました。まさかの入賞に、それまで暗い表情だったフランスチームと応援団にも笑顔が溢れました。

▲第3位のフランスチーム
第2位は中国チーム。2023年の世界大会で優勝に輝いた中国チームは、ピエスを含めどの作品も見事なものでしたが、すこし焦げてしまっているように見えたバゲットの出来が影響したのか、惜しくも連覇は果たせませんでした。

▲第2位の中国チーム
そして優勝に輝いたのは、なんと世界大会では5位だった韓国チーム。本人たちも驚きを隠せない様子で、アシスタントを務めたパク・サンヒョン(Sang Hyun Park)選手は、表彰台にのぼってからもずっと興奮を隠せない様子でした。

▲優勝した韓国チーム
韓国チーム
「本当に雲の上にいるような感じです。まだ夢見心地で、優勝したことを実感できていません。これから少しずつ実感が湧いてくると思いますが、本当に1位を獲れたことが嬉しいです。大会には6チームが出場していて、レベルも非常に高かったです。私たちは世界大会では5位だったんですが、そこから今回1位まで登りつめました。2023年からこの2年間、いろんな国際大会に出場して、本当にたくさん努力してきました。今は少し休んで、次は11月にフランスで開催されるヴィエノワズリーのワールドカップに参加する予定なので、来週からまた次の大会に向けてトレーニングを始める予定です」
世界の強さを目の当たりにした日本チーム
前回の世界大会では不完全燃焼に終わったというピエス作品を、今回「やっと成仏させることができた」と全てを出し切った高橋シェフですが、入賞が叶わなかったにはやはり悔しさをにじませました。
高橋シェフ
「いやあ、悔しいですね。世界のレベルは違いました。技術的にも自分が思っているものと違う世界が広がっていて、これはさらに自分の限界を打ち破らないと勝てないなと感じました。あと、モンディアル・デュ・パンに限らず、世界大会には各国が選手以外のいろんな人が加わって組織としてたたかっている。情報だったりデザインだったり、やっぱり選手だけだと限界がある。スペシャリストが集まってひとつのチームができたら日本ももっと強くなれるんじゃないかと思います。
前回の世界大会はお店を辞めてフリーの状態で臨んだんですけど、今回は自分のお店をやりながらでの参加で、お店を休んで練習したり、なかなか両立の難しさを感じました。スタッフを育てて、お店を任せて自分は大会に集中できるような環境をつくりたいですね。まずは自分のお店の土台を固めて、コンテストに挑戦するための環境を整えてまた挑戦したいです。世界一になるまで頑張りたいですね」

▲競技を終え表情が和らぐ日本チーム

▲栄養パン部門とベスト・アシスタント賞を受賞したベルギーチーム(

▲日本チームのピエス作品
今回参加した、2023年の世界大会上位6か国のうち、じつに4か国がアジアの国でした。これはアジアのパン職人たちがアンバサドゥール協会と同じ志を持ち、本気でパンの可能性を信じて取り組んでいる証です。10月にはフランスで第10回世界大会が行われるモンディアル・デュ・パン。これからも世界中にパンの魅力と文化が広がっていくことでしょう。
第5回ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン 最終結果
優勝 韓国
第2位 中国
第3位 フランス
アーティスティック賞:韓国
ベスト・栄養パン:ベルギー
ベスト・アシスタント賞:ベルギー

▲フランスチーム(第3位)のピエス作品

▲中国チーム(第2位)のピエス作品

▲韓国チーム(優勝)のピエス作品
●取材協力
レ・アンバサドゥール・デュ・パン・デュ・ジャポン
公式サイト:https://www.ambassadeursdupain.jp
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/lesambassadeursdupaindujapon/