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2024.10.01

サステナブル先進国フランスで食料廃棄問題とたたかうパリの新世代ベーカリー

ベーカリーDEMAIN

最新のサステナブルな国ランキングでは北欧諸国やドイツに次いで堂々の第5位*にランクインしている、サステナブル先進国フランス。いまでは日本でも定番となっているパン・ペルデュ(フレンチトースト)やクロワッサン・オ・ザマンドといった、アップサイクル商品を生み出した国でもあります。
※Sustainable Development Report調べ

そんなフランスの食生活に欠かせないパンは、当然食料廃棄問題にも大きく関わっており、問題意識は消費者のあいだでも、「アンチ・ガスピヤージュ(食品ロスを無くす取り組み)」という言葉で広く行き渡っています。

新しいものを生み出す創造性と価値を受け入れる柔軟性を持つパリでは近年、アンチ・ガスピヤージュへの意識が高い若者たちが次々とベーカリーを起業。今回はそんな新世代のベーカリー2軒を紹介いたします。

ビジネススクールで出会った2人の卒業論文から生まれたベーカリー「Tranché (トランシェ)」

ベーカリー「トランシェ」

和気あいあいとした雰囲気がスタッフたちから感じられるベーカリー「トランシェ(Tranché)」を営むのは、マリー・ドゥビエさん(26歳)とオーギュスタン・リヴォワールさん(24歳)の二人。業界で経験の全くない二人の若者がベーカリーを始めるきっかけとなったのは、なんとビジネススクールでの卒業論文。

マリーさん
「フランスのビジネススクールで出会った私たちは、ベーカリーをテーマにした卒業論文を一緒に書くことになり、そのためのリサーチや研究を重ねていきました。
たくさんのベーカリーや工房、小麦やバターの生産者を訪ね、テーマはサスティナビリティの観点にまで発展しました。
そうして調べていくうちに、ベーカリーやパティスリーの業界は、環境問題や食品ロスへの問題意識が他の業界よりも遅れていることを知ったのです。添加物や保存料が入ったプレミックス粉を使用して焼いている店の多さにも驚きました。リサーチを続けるなかで、いつしか、職人の手による自然な美味しいパンを消費者に提供したいという思いが強くなりました」

投資家たちから資金を調達し開業

ベーカリー「トランシェ」

二人はその後、投資家たちに働きかけ、コンセプトに共鳴する約30人の投資家から約100万ユーロの起業資金を調達することに成功。2022年にパリの9区にお店をオープンしました。
「イメージはふと童心にも返れるような昔ながらのパン屋さん」と二人が話す通り、ストライプのテントが目印の、楽しく温かみのある店内はマルシェの屋台をイメージ。

パン生地には、ムーラン・ブルジョワ社から仕入れるオーガニックの石挽の小麦粉や、メソポタミア時代から存在する古代小麦コラザン麦を使い、自家培養酵母で長時間低温発酵 させたものを使用。バターは、ポワトゥ-シャラント地方のAOP認証を受けたモンテギュ社の発酵バターを使用するなど、品質にこだわっています。
2023年には、イル・ド・フランス地域圏のオーガニック パン コンクールで4位に入賞。
ムーラン・ブルジョワ社の小麦粉T80を自家培養酵母で24時間発酵させた、グルテンが少なく消化によいパンで、「Miche Signature(ミッシュ・シニアチュール)」という名で販売しています。

ベーカリー「トランシェ」

「トランシェ」のアンチ・ガスピヤージュへの取り組み

マリーさん
「前日のハード系食事パンとシュークリームを半額で販売したり、あとは余剰のパン生地(T65小麦粉、パン酵母、水)を販売しています。家庭でパンやピザなどを手軽に作れるので、若い世代や子供のいる家庭に人気です。

また、フランの生地にはクロワッサンの折り込み生地の切り落としを使用しています。クロワッサン生地のカリッと香ばしい風味と食感がアクセントになっていて美味しいですよ」

「トランシェ」のフラン

▲クロワッサン生地を使用したフラン

このほかにも「トランシェ」は食品廃棄防止の取り組みとして、「TOO GOOD TO GO*」というアプリと契約し、ロスを極力軽減すべく努めています。
※2015年にコペンハーゲンで発足した、食品ロス防止のために売れ残り商品を低額で消費者に販売するサービスアプリ。フランス他、ヨーロッパ全域で実施されている。

パンの美味しさだけでなくフレンドリーな雰囲気や取り組みが、スタッフたちや地域住民からの共感を得ているトランシェは、現在パリに3店舗を構えています。
デュオは、さらに店舗を増やしたいと若々しく意欲的です。

【お店の基本情報】
Tranché (トランシェ)
住所: 62 Rue Marguerite de Rochechouart, 75009 Paris(1号店)、その他市内2か所
営業時間: 月-金8:00-20:30 / 土日8:30-19:30
ホームページ:https://www.tranchegroupe.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/tranche_boulangerie/

「明日」を考えるベーカリー「Demain (ドゥマン)」

ベーカリー「ドゥマン」

カフェやレストランが多く、週末は若い世代が溢れるほど賑わうパリ11区の居住地区。
この一画に2023年7月に誕生した「ドゥマン」は、アンチ・ガスピヤージュのコンセプトから生まれた、まったく新しい形態のベーカリーです。

ここで扱うのは、なんと「前日のパン」。提携するベーカリーから売れ残ったパンを仕入れ、翌日に低価格で販売しているのです。店名の「Demain(ドゥマン)」は、フランス語で「明日」という意味。「翌日のパン」、そして「明日の未来」という意味合いも含みます。

ベーカリー「ドゥマン」

このお店を共同で設立したのは、マルタン・エルブラン さん(Martin Herbelin)とアドリアン・ドゥ・デュマさん (Adrien de Dumast)。

マルタンさん
「多くのベーカリーは売れ残ったパンを福祉団体などへ寄付したり、消費者が売れ残りを買えるアプリケーション(TOO GOOD TO GO)などと提携するなどして、一部の商品を救ってはいますが、それでも5~10%が廃棄となります。
さらに、日々のロスはとても変動的なので、複雑でコストのかかる物流システムを導入する余裕がないのです。

私は以前パリのベーカリー・チェーンで、いくつかの店舗の経営と広報に携わっていました。その際、毎日の大量の廃棄を目の当たりにしていたので、何か解決法はないかとずっと考えていました。そんな折、スイスを旅行した時に、たまたま前日のパンを半額で売るコンセプトの店を見てひらめき、フランスで起業することにしたんです。スイスでは10年前位から存在していた形態なのですが、私たちは、そこに新たに加工した商品をラインナップに加えた店を作ることにしました」

徹底的に廃棄を防止する「ドゥマン」のシステム

ベーカリー「ドゥマン」

▲「ドゥマン」の店内。壁には「世界の温室効果ガスの10%が食品ロスに関連している」というメッセージが掲げられている

「ドゥマン」の一日は、毎日0時から朝6時に冷蔵トラックで提携ベーカリーをまわって売れ残りを回収することから始まります。提携店は全て、ドゥマンから比較的近い場所にあるこだわりのベーカリー。セレクトのポイントは、ルヴァン(発酵種)を使ったパンを作っているお店。
ルヴァン(発酵種)を使ったパンは一週間程度日持ちするので、翌日の販売も可能という理由からです。
店頭に出す9割は「翌日のパン」としてそのまま半額で販売、そして残りの1割は、店の小さな厨房でスマッシュ・クロワッサンやチョコブレッド、サンドイッチなどに加工して販売しています。

マルタンさん
「さらに売れ残った商品は、パン粉やクルトン、また堆肥にするために選別します。こうして徹底的に廃棄を防止しています。売上の一部は提携ベーカリーに再配分し、残りを人件費、家賃、設備、電気代に充てています」

新しい価値を与えて販売する

ベーカリー「ドゥマン」

▲「ドゥマン」のスマッシュ・クロワッサン

「ドゥマン」で販売されているパンの1割は、製造スタッフがお店に併設の小さな厨房で加工したもの。人気商品のひとつ「スマッシュ・クロワッサン」は売れ残りのクロワッサンをスマッシュ(平らにつぶす) して空気を抜き、バターと砂糖でカラメリゼしてカリカリにしたもので、韓国のTikTokの投稿動画を見てマネしたものだそう。大量に届くクロワッサンの再活用に理想的なので早速取り入れたそうです。

ほかにも売れ残りのパンを細かく砕いてパン粉にしてクッキーやブラウニーを作ったりして、売れ残りのパンたちに新たな命を吹き込むことで新しい価値を生み出し、消費者に提供しています。

ベーカリー「ドゥマン」

▲売れ残りのパンを砕いたパン粉を使用したブラウニーとクッキー

ベーカリー「ドゥマン」

▲パンやクロワッサンをサンドイッチなどに加工して販売

マルタンさん
「パンのほかにも、ドゥマンではパリのスペシャルティコーヒー専門店の『テール ドゥ カフェ(Terres de café)』や『ロミ(Lomi)』から、一か月前に焙煎されたコーヒー豆の提供うけて、コーヒー豆を半額で販売したり、エスプレッソやカプチーノを店頭で出しています。
正規店では少し風味が落ちるという理由で売れないものの、まだ充分に質の高いコーヒー豆を、アンチ・ガスピヤージュのテーマの元、その価値を見直してお客様に提供しています」

ユニークで地球に優しい取り組み

ベーカリー「ドゥマン」

パンの売れ残りを再利用した堆肥は、「レ・ザルシミスト(Les Alchimistes)」という会社と協力して製造・販売。袋には「私達の売れ残りから作られたもの」と記載されており、畑で育った小麦が、また新たな畑の栄養分となるエコシステムの機能にもかなっているといえます。
ドゥマンの現在の活動を数字に置き換えると、半年で約50トンのパンの廃棄を防止し、その製造に要する水153万リットル分も節約できているそうです。パリ市内に2号店を準備中と、食品ロスへの取り組みはさらに続きます。

【お店の基本情報】
Demain (ドゥマン)
住所: 133 Rue Saint-Maur 75011 Paris
営業時間: 月-土8:00-20:00 / 日9:00-14:00
ホームページ:https://demainboulangerie.fr/
インスタグラム:https://www.instagram.com/demain__paris/

取材を終えて

フランスのベーカリーは日々の製造に追われ、確かに食品ロスを無くす取組みに積極的とはいえないかもしれません。そんななか、環境問題意識の高い若い世代が問題を解決するべく起業し、「美味しいパンを無駄にすることなく分かち合おう」という彼らのメッセージが消費者の間で共感を得ているというのは、とてもポジティヴな傾向といえるのではないでしょうか。
年間500万トン近くの食料廃棄を生み出している日本(世界で14位*)でも、このような取り組みが浸透していくことを願います。
※UNEP Food Waste Index Report 2021調べ

 

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chefnoフランス編集部
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