ブームも後押しし、御朱印巡りのため寺社仏閣に足を運ぶ方も増えたと思います。参道には、お土産菓子を販売しているお店を目にすることが多く、そういった場所で販売されているお菓子は、やはりあんこやお餅を使った和菓子が多い印象があります。
寺社仏閣近くの参道となると、特殊なエリアだけに「和」の要素が強くなります。そんなイメージをがらりと変えたお店が、東京都文京区の「湯島天神」近くに2022年10月オープンしたパティスリー「ドゥ ボンヌ オーギュル(De bonne augure)」。
店内には、素敵なお菓子がたくさん並んでおり、定番の生菓子には和の素材が使用されています。お祝い事で足を運ぶ参拝者にも喜ばれる華やかな商品も多く、贈り物としても活躍しそうです。
今回は、神社参拝者のための縁起の良いスイーツをコンセプトに、和の素材を洋菓子に積極的に取り入れる鈴木シェフに、どういった視点で商品開発に取り組んでいるか、またこの地にお店を構えたいきさつについてお話をお聞きしました。
目次
招き猫が運気とお客さんを呼び寄せる!? 自然と入店したくなるお店
学問の神様で有名な湯島天神近くにあるのが今回の取材先「ドゥ ボンヌ オーギュル」。湯島天神へ向かう途中にあるという立地から、ついつい入店される参拝者も多いのではないでしょうか。
店名の「ドゥ ボンヌ オーギュル」はフランス語で「縁起の良い」という意味。お店に入ると、まずたくさんの華やかなケーキが並ぶショーケースが目に入ります。
店内を見渡すと気になったのが猫の絵。この絵は、鈴木シェフお気に入りのアーティストの方が描いたもの。実は湯島は「ねこまつり」がおこなわれるなど猫の街と言われているそう。焼き菓子を陳列する棚の上には、招き猫のような絵もあり、お店に運気やお客様を呼び寄せるシンボルのような存在になっていました。
湯島天神の名所が看板商品開発のきっかけに
お店の場所を湯島天神近くに決めたことで、参拝者の方に向けて縁起の良いスイーツをつくろうと決めたという鈴木シェフ。お店をここに構えた理由を伺いました。
なぜ神社の近くにお店を構えようと思ったのですか
「実店舗を持とうと決めた時に、『人が多く集まる場所』『縁起の良い場所』ってどこだろうと考えていたんです。そこで真っ先に思い浮かんだのが神社でした。神様がいる場所には、きっと良いご縁がありそう。そしてそんな場所を求めて人が集まるんじゃないかというイメージがありました。自分自身も神社が好きで、神社の周辺に良い物件がないかなと、探していたところ、湯島天神を訪れた時にこの物件を見つけて、この場所で開業しようと思いました」
開業場所はもちろん大事ですが、お店で提供する商品、なかでも、お店を代表する看板商品開発に悩まれる方は多いはず。こちらのお店では、洋菓子であることはもちろんですが、和の素材を使った和のイメージが感じられるデザインが施されたお菓子が多く並びます。
お店では和素材を使うなど、和と洋がうまく融合されているように感じます。和の要素を取り入れようと思ったきっかけはなんだったのでしょうか
「もともと『和』が好きと言うのがベースにあるからですね。また、開業場所をこの地にすると決めてから、神社の近くにある、そして湯島らしさを出していきたいと思って考えていると、やはり『和』の要素や素材は欠かせませんでした。そこで真っ先に思い浮かんだのが『梅』でした。梅の木はとても縁起の良いものとされていて、湯島天神は梅の花の名所でもあるんです。 この地を表現するお菓子にぴったりだと思い、『梅』をテーマにしたお菓子の開発が始まりました」
たくさんの苦労から生まれた。「らしさ」を表現した看板商品の開発
看板商品というと、そのお店にしかない、そのシェフにしか表現できない要素がたくさん詰まった1品です。「もなかマシュマロ」は、その名のとおり、マシュマロをもなかで包んだまさに和と洋が融合したお菓子。完成に多くの時間を要したというこの商品について詳しくお話を聞いていきましょう。
もなかにマシュマロという組み合わせは初めて見ました。この組み合わせにしようと思ったきっかけはなんだったのですか
「梅をモチーフにしたお菓子は決まったのですが、それをどう表現するかアイデアが浮かばず、とても苦労しました。そんななか、商品開発のヒントを得られる場所へ行こうと考えたんです。このまま東京にいても新しい発想が出てこないと思い、勢いのあるパティスリーやカフェがある街、神社や寺が多く伝統が息づき和菓子からもヒントが得られる街が良いと思い、石川県の金沢に向かったんです。自分の予想は当たって、金沢は街全体にストーリーがあり、街の雰囲気を楽しめるスイーツや土産物が多く、どこを訪ねても金沢『らしさ』を体感できました。商品だけでなく、パッケージにもストーリー性を感じるものが多く、私はそれを見て、自分たちが表現するスイーツにも『私たちらしさ』を追求しようと思ったんです。
金沢に着くなり、とてつもない刺激をもらえたことにわくわくして、観光地や土産屋、カフェ、和菓子屋、洋菓子店にも足を運びました。その際に印象的だったのが、『もなか』を使った商品がとても多かったことです。形や色も様々で、バリエーションの豊富さに驚きました。
その時に、下町情緒あふれる『湯島』と『もなか』は相性が良さそうだと思い、もなかを使ったお菓子を作ろうと思い始めたんです」
もなかの製造までされる予定だったのですか
「いいえ、もなかは取引のある卸問屋さんに金沢でもなかの製造をされている会社さんを紹介してもらいました。メーカーさんに直接連絡をすると『工場見学しませんか』と言ってくださり、早速現地に向かったんです。工場では、スタンダードなもなかはもちろん、ほかにも キャラクターから各地の名所にある建物の形など、それは、ほんとうに新鮮でした。しかも、色合いもとてもカラフルなんです。ここまでの製品を作るには機械作業でないと難しいだろうと思ったのですが、なんと職人の方々が一つひとつ手作業で作られていたんです。この驚きと圧巻の風景にわくわくし、ここのもなかを使ってお店の看板商品を作ろうと決めたんです」
もなかを使った開発は順調に進んだのですか
「とても大変でしたね。もなかに餡子を使ってしまうとただの和菓子になります。それであれば、和菓子屋さんと同じになり、パティスリー『らしさ』の表現はできません。パティスリーだからこそだせる『らしさ』をお菓子に落とし込むのにはとても苦労しましたね。
当初は、もなかの中身にショートケーキやガトーショコラなどを入れようと考えていたのですが、ケーキ類は油分や水分が出て、もなかのぱりっとした食感が消えてしまうため不向きでした。そこから構成を考えるのに試行錯誤し、最終的にたどり着いたのがマシュマロとフルーツのソースでした。マシュマロはもなかの風味や食感とも相性が良かったですし、味や色味のバリエーションも豊富にできるので、見た目にも楽しく、名物にするにふさわしいと思ったんです。もなかの形は、湯島天神の名物にちなんで縁起の良い『梅型』に、味は6種類(ラズベリー、カシス、キウイ、塩レモン、パッションフルーツ、ブラッドオレンジ)に決めて、ようやく看板商品が誕生しました」
もなかという和の素材を扱うことはもちろん、それをどのように洋菓子として成立させるか。鈴木シェフの開発の日々をお聞きしていると、とても苦労されたことが伝わってきました。ですが、その苦労話の合間には、今でもわくわくしているような表情でお話をされており、その苦労のなかに楽しさを感じる場面もありました。
職人の技術と考えの見せどころでもある商品開発。失敗を重ねてようやく生まれてきた商品は、シェフの珠玉の一品といえるのではないでしょうか。鈴木シェフは、和と洋の融合をお店の商品開発だけに留めず、新たなチャレンジにも活用されたそうです。それは、2023年に広島で開催されたG7サミットでのデザートの提供でした。
G7サミットで、和と洋のデザート完成に至るまで
2023年のG7サミットは広島で開催され、食事会がおこなわれたのは厳島神社があることでも有名な宮島でした。食事会の会場になったのは、夏目漱石などの著名人が宿泊したこともあるという老舗旅館「岩惣(イワソウ)」。以前からこの旅館でのデザート監修に携わっていた鈴木シェフは、旅館側よりG7の食事会でのデザート監修の依頼を受けます。
G7の食事会という大舞台。そこで提供されたデザートの開発についても伺いました。
普段とは違うメニュー開発は大変だったのではないですか
「そうですね。スムーズにはいきませんでしたね。海外の方が多くいらっしゃることもあり、当初は洋風のものを提供しようと考えて試作していました。ですが、開催前の試食会では、『和のものが良い』、『広島らしさを出してほしい』という要望をいただいたんです。その時点でサミット開催の時期も迫っており、メニューの再考に全力を注いだのを覚えています」
和の要素、広島らしさが落とし込まれたメニューについても教えてください
「洋を意識した考えから、日本らしさや会場である広島らしさを演出することに舵を大きく切り、すぐさまメニューを再考しました」
「プリン(写真左)には、瀬戸内醤油や和三盆を使い、紅葉型のラングドシャ(写真中央)は、宮島は紅葉が有名と言うこともあり、宮島らしさ(広島らしさ)を出したいと考えて作りました。また、海外の方に馴染み深いチョコレートと日本で最も古い歴史を持つといわれているおこしを合わせ、チョコおこし(写真右)というお菓子を添えて和と洋を表現しました。
サミットで提供したメニューを、多くの方にも味わっていただきという思いから、実際に提供したメニューをテイクアウト用として販売することも考えていましたので、サミット開催後に各お菓子をアレンジして、店頭でも販売をしています。たとえば、プリンは宮島プリンという名前で、別添えしていたラングドシャを、プリンの上に飾りつけしています。通年を通して販売ができるように、葉の色を変えて季節感を演出しています。チョコおこしは、抹茶やイチゴの色合いなら華やかで今後ギフト商品にもできると考えパッケージに入れやすいく、一口で食べていただきやすい形状に変更しました」
なめらかで口の中ですっと溶けるプリンは和三盆の上品な甘さに瀬戸内のお醤油の塩味が加わり、甘じょっぱさが絶妙なバランス。味だけでなく香りからも瀬戸内の素材を感じられ特別感があります。和をしっかり感じられるリッチな味わいと美味しさを兼ね備えた「宮島プリン」は、まさにG7という国際的な場にふさわしい一品だと感じました。
取材を終えて
新商品の開発はとても難しいことです。どんなものをつくろうか考えるほど思考が止まってしまうこともあるかもしれません。しかし、何をつくろうかではなく、どんな場所でどんな人に向けてつくりたいか、こんな素材を取り入れてみたいなど一旦別の視点から考えると自然とアイディアが生まれることもあるのだと鈴木シェフのお話から感じました。
私が訪問した際も仕事の手を止めて常連さんに挨拶をされるシェフの姿がありました。取材中も「有名になるよりも地域の方に愛されるお店をつくりたい」とおっしゃる場面があり、湯島という土地やお客様への愛情を感じたことを覚えています。湯島天神という神聖な場所とお客様を想うこの気持ちこそが「縁起の良いスイーツ」を手がける鈴木シェフの原動力やクリエイティブさの源になっているような気がします。こうした想いのもと、今後も和と洋が融合した新たな洋菓子を生み出し続けていってほしいと思いました。
●取材協力
パティスリー ドゥ ボンヌ オーギュル
住所:東京都文京区湯島2-23-13 グレースカトレア1F
営業時間:10:00〜19:00(売り切れ次第閉店)
定休日:水(その他、不定休)
公式ホームページ:サイトはこちらから
公式インスタグラム:インスタグラムはこちらから