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2024.05.16

一番弟子、そして指導者-2つの顔を持つ「dining33」浅井拓也シェフにインタビュー

「dining33」浅井拓也シェフ
「dining33」浅井拓也シェフ
Dining33シェフパティシエ 
浅井拓也さん
2007年に当時東京・四谷にあったオテル・ドゥ・ミクニへ入社。2012年(24歳)にはシェフパティシエに就任。2015年からはオテル・ドゥ・ミクニ近辺にオーブンしたカフェ ミクニズでシェフパティシエを務める。2017年に渡仏し、3店舗(レストラン、ホテル,パティスリー)で修行。23年、三國シェフが手掛ける新店Dining33のシェフパティシエとして就任。現在は多岐にわたる業務に携わる。 
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巨匠からの教えをもとに日々腕を磨く一番弟子としての顔。そしてその一流の教えを若手に受け継ぐ指導者としての顔。そんな2つの顔を持ち、有名店を支えているシェフがいます。
日本のフレンチ料理界における巨匠、三國清三氏が麻布台ヒルズにプロデュースしたビストロ「dining33」で腕をふるう浅井シェフです。長年にわたって師匠から学ぶ姿勢を崩すことなく、同時に現在は若手のスタッフに教える立場でもあります。
そんな師匠と若手のスタッフの両方を支える一番弟子ともいえる浅井シェフの、教わる立場を経て築き上げられた自身のスタイルや、若手への向き合い方について伺いました。

三國シェフとの出会い

まず、三國シェフのもとで働くことになった経緯を教えてください。


浅井シェフ
「中学生の頃に地元にあるケーキ屋さんのシュークリームの美味しさに感動し、自分もこうしたスイーツを作りたいと思ったことがきっかけでパティシエを目指すようになりました。高校にあがり、そこでアルバイトをしたいと思ったのですが、アルバイトは募集していなかったため、レストランで働きはじめました。当時製菓学校に進むことが決まっていた私に、卒業後の進路として、アルバイト先のオーナーから幅広くお菓子に関われるレストランのデザート部門を勧められ、レストランパティシエに関心を持つようになりました。その方と三國シェフが実はお知り合いであったため、それがきっかけでミクニを志望し、シェフの元で働き始めました」

初めて三國シェフお会いした時の印象はどうでしたか?


浅井シェフ
「じつは初めはあいさつすることもできなかったんです。入社してすぐのころ、ムッシュ(※三國シェフの愛称)にあいさつしようとしたところ、先輩に止められて『あの方はお前が話しかけられるような人ではない』と言われたことは今でも覚えています。そのときに、ムッシュは簡単には近づけない神のような存在なのだと感じました」

一流の教えから得た学び

働くうちに神のように遠い存在だった巨匠に認められ、シェフパティシエを務めるまでにいたった浅井シェフ。その道のりのなかで、どのような学びを活かして現在の仕事術を確立していったのでしょうか。

三國シェフからの教えの中で、自分の中心になっている教えはありますか。


浅井シェフ
「ムッシュはよく『我々は呼吸を合わせないといけない』と言います。レストランはコースでお料理を提供するので、バランスが重要となってきます。私はムッシュのお料理の後にデザートを出すので、自分の表現したいものだけをつくるわけにはいきません。料理長の意図を汲み取り、ムッシュの料理に合うものを作れるよう呼吸を合わせることが自分の仕事のなかに根づいています」

ほかに、三國シェフと一緒に仕事をするうえで身についた仕事に対する姿勢は何かありますか?


浅井シェフ
「周りを見て学ぶことでしょうか。例えば、シェフはメモを取るときは赤ペン、サインをする際は筆ペンを使うといったご自身のルールがあり、シェフはそれを『あれ』や『これ』とよく指示詞を使って話されます。そのような環境だったので、常に周りの状況を把握することが自然と磨かれ、周りでいま何が必要とされているのか分かるようになりました。
あとは、シェフはいろいろと聞かれることを嫌い、端的に会話をすることを好むため、あまり聞きすぎないことと単刀直入に話すことを心がけています。ムッシュ自身も修行時代、こうしたことを師匠に対して行っていたので、自分もそれに準じ、その時々にあった対応を俊敏にできるようにしています」

指導する側に立ってみて

浅井シェフは現在、指導する立場にもいらっしゃいますが、若手の指導についてどのような考えを持っていますか?


浅井シェフ
「私は若手にいかに長く続けてもらうかを重視しています。自分が受けてきた指導法は1割褒めて9割指摘というスタイルでしたが、自分が教える立場では9割褒めて1割指摘という指導法をとっています。男性が多いレストランの厨房と違って、パティシエは女性も多いので、接し方を変えたほうが、みんなにとって居心地の良い環境を作れると思ったんです。相手の良いところを探し、褒めて伸ばすという指導法をとっています」

確かに、指導については昔とは大きく環境が変化していそうですね。若手と接するうえで気を付けていることは何かありますか。


浅井シェフ
「毎日スタッフ一人一人の顔を見て、話しかけるタイミングをはかったり、小さな変化に気付くようにしていることです。作り手側と指導する側では見ている状況が異なるため、指導側は相手の状況を考えずにあれこれと指示してしまう時ときもあると思います。かつては自分も余裕がないときに指導を受けて苦労をしたことがあったので、その経験を踏まえ、話かけるタイミングは考えるようにしています。
何かスタッフに注意することがある際も、それを朝礼や夕礼といったみんながいるタイミングでは話さないようにし、いつ話すかを考慮しています。全員の前で話すとその子はショックを受けてしまうでしょうし、朝に話すと一日暗い気分になってしまうので、そうした配慮はするようにしています」
▲三國シェフから任されたDining33

育成は初めからうまくいっていたのでしょうか。


浅井シェフ
「いえ、褒めることを意識していたにも関わらず、フランス修行から戻ってきた時は、どうしても求めるものが高くなり、後輩たちに厳しいことを色々と言ってしまう時期がありました。
ひとつ印象深いエピソードがあります。パリ修行時代に自分と同じ学校の後輩と出会い、その子が帰国後の就職先を探していたので、ミクニを紹介して働いてもらったときのことです。育てたいと思うあまりきつい指導をしてしまい、それが原因で自分を近づきにくい存在だと感じていることを人伝いに聞きました。とてもショックでした。
そのときに、人間は求めるばかりではなく与える存在にもならないといけないと痛感し、教え方を変えました。厳しい教え方で若手を育てていく方も多くいますし否定はしませんが、自分は自分なりのスタイルで人を伸ばそうと思った体験です」

自分のスタイルの確立を目指して

師匠が手掛けるお店で働かれていくなかで、そこに浅井シェフらしさを表現していくためにどんなことをされましたか。


浅井シェフ
「ケーキを見ただけで自分が作ったと分かるような特徴をつけるようにしています。ムッシュは食材をそのままの形で使用することを好みます。例えば、パプリカなら刻んだりせず、パプリカの形を残したまま料理に使います。この素材の見せ方を自分も参考にしており、色々な角度から素材を見て、どのような形で、いかに素材の良さを引き出して使うかというのを考えています。
他には、フランス語の名前を日本人でも呼びやすいようにしてみたり(サントノーレ ヴァニーユをサントノーレのみにするなど)、同じケーキでも見た目を変えてみたり(ミクニ時代のモンブランの栗の部分を、クリームを使って栗に見たてるなど)。ケーキにピックをつけることはせず、これが自分のスイーツと分かってもらえるような見た目になるように意識して作っています」
▲看板商品のフォレベール

看板商品のフォレベールがまさにそうですね。完成までのエピソードを教えてください。


浅井シェフ
「当初新商品としてフォレノワールを作ろうとしたのですが、良いアイディアが出ず3ヶ月ほど悩みました。悩んだ末に、フランスのアルザスで出会ったメレンゲを貼り付けたチョコレートケーキ にヒントを得て、それをアレンジして作ることにしました。クロタンはメレンゲを貼り付けたチョコレートケーキなのですが、メレンゲの部分を日本らしく抹茶で作ってみたんです。そうするとフォレノワールではなく(ノワールはフランス語で黒の意)、フォレベール(ベールはフランス語で緑の意)が出来上がりました。日本語に訳すと『緑の森』となり、森ビルの中のレストランの看板商品としてぴったりな1品となりました」

三國シェフからは何かリアクションがあったのでしょうか?


浅井シェフ
「シェフは基本的に褒めることはありませんが、『あれはお客様が美味しかったと言っていた』、『このスイーツは評判がいいようだよ』などと、お客様のご意見を通して良い評価をもらうことがあります。他にも、モンブランやミルフィーユでもそのようなコメントをいただくことが多いように感じます」
▲ショーケースにはオテル・ドゥ・ミクニ時代から人気のメニューをさらに改良した商品が並ぶ

ほかにも、店頭に並んでいるケーキで思い出に残っているものがあれば教えてください。


浅井シェフ
「オテル・ド・ミクニ時代に開発した人気商品のシュークリームは、実はパティシエを目指すきっかけにもなった地元のパティシエのシュークリームを思い出しながら作ったものなのです。カフェ ミクニズで提供していた商品は Dining 33 のオープンにあたり全て改良しており、ミクニズ時代のシュークリームを進化させたのが現在のエクレアになります」
▲思い出のシュークリームを改良したエクレア

後輩パティシエに伝えたいこと

浅井シェフはご自身の母校で講師もされているとお聞きしました。パティスリー界の将来を担う若手のパティシエたちに伝えているメッセージをChefnoの若い読者に向けてもお願いします。


浅井シェフ
「私が大事だとお伝えするのは、『感動する体験を見つける』ということです。私自身、パリのブリストルというお店のシトロンジブレーというデセールに強く衝撃を受けました。本当に美味しく感動したとともに、私も自分にしか作れない人を感動させる商品を作りたいと思いました。ですので後輩たちには、とにかく色々なものを食べて感動し、情熱を灯し続けられるものを見つけてほしいと話しています。
人材育成を担う若いスタッフには、日々業務を行ううえで周りの人を大事にしていってほしいということを伝えています。師匠や若手スタッフの一人ひとりを 尊重して大切にすれば、それが良い結果に結びつくと思います」

【取材協力】
Dining 33
東京都港区麻布台1丁目3-1麻布台ヒルズ森JPタワー33階
営業時間
LUNCH 11:00-15:00(L.O.14:00)
DINNER 18:00-23:00(L.O.22:00)
電話番号:03-4232-5801
HP:https://dining33-hillshouse.jp/
Instagram:https://www.instagram.com/hillshouse_dining33/

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Writer
SaveurAmi
SaveurAmi
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現在、フードライターとして「食」に関する記事をメインに書いています。
これまでシンガポールに在住やフランス留学の経験があり、ライターとして両国についての情報を発信してきました。 趣味の旅行でも海外は約30ヶ国、国内も多くの場所に訪れています。
こうした経験を活かし、「読者と一緒に旅する」をテーマに自分が世界で出会った食べ物やお店の紹介及び、店舗や商品誕生の物語、食文化などの情報を執筆していきます。
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