ショーケースの大皿に山盛りになったマドレーヌ、フィナンシェ、カヌレ…この店を訪れる人たちは必ずと言っていいほど焼き菓子を買い求めていく。商品が売れては焼き、足され、そしてまた売れていく。「毎日でも食べられる」と評判の、東京・調布市にある「feuquiage(フキアージュ)」の焼き菓子だ。
ポップアップや催事での焼き菓子販売からスタートし、人気を獲得。2021年に調布市に一号店をオープンし、3年後には同じ調布市内の仙川に2号店をオープン。百貨店での出店の誘いも後を絶たず、東京の焼き菓子の名店のひとつに名を連ねる。
「フキアージュ」では、売り上げのじつに7割を焼き菓子が占め、催事での出店を入れると8割を超える。これはオープン時から変わっていない数字だ。「フキアージュ」の焼き菓子の根強い人気は何なのか、特に人気だというフィナンシェにフォーカスし、オーナーシェフの畠山シェフにインタビューした。
目次
「フキアージュ」の焼き立てフィナンシェ

▲「フキアージュ」のフィナンシェ
「毎日でも食べられる」と評される通り、「フキアージュ」のフィナンシェの魅力はなんといっても、かじった瞬間に別物であることを感じさせるその軽やかさにある。
焼き立てのフィナンシェをかじると、サクっと軽やかに割れる。焼き立てでないと味わうことができない食感だ。口当たりは軽いが風味は豊かで、焦がしバターとアーモンドプードルのふくよかな香りが口のなかに広がり、しっとりとした生地がほどけるように溶けていく。
大切にしているのは「何を食べても美味しい」という安心感

▲マドレーヌ
畠山シェフ
「奇をてらったものはあまり好きじゃないので、クラシックでプレーンな味をベースにしています。僕のなかで基準になっているのが『何を食べても美味しい安心感』。これはクリオロにいる時に学んだんですけど、あそこはケーキも焼き菓子も、いろんな種類の商品があるのに、ひとつとして『あまり好みじゃないな』というお菓子がないんです。何を食べても美味しいという安心感がある。それは何故かというと、癖のある要素は使わずにバリエーションを出しているから。その点は生菓子も焼き菓子も一緒ですね」
「フキアージュ」のルーツ

▲畠山和也シェフ
「feuquiage(フキアージュ)」というフランス語的な響きのある店名は、畠山シェフによる造語とのこと。
畠山シェフ
「宮城の実家が『吹上荘』という民宿をやってまして、地元の方からは『ふきあげ』って呼ばれていたんですけど、東北地震のときに津波で流されてなくなってしまったんです。民宿を復活させることはできないですけれど、名前を継ぐというか、残せたらいいなと思って。ただ、そのまま『fukiage(フキアゲ)』だとお菓子屋さんぽくないので、少しアレンジしてフランス語風の店名にしました。」
故郷への想いが表れた「feuquiage」という店名は、造語ではあるものの、じつはフランス語としても意味を成している。訳すなら「年齢を重ねる火」といったところで、奇しくも焼き菓子を売りにするパティスリーと「火」という共通点でつながっているところが興味深い。

▲フキアージュ調布店の店内
実家の厨房に入り浸ってはお菓子づくり
実家が民宿という環境は、畠山シェフがパティシエの道に進んだことと無関係ではない。畠山シェフがはじめて焼き菓子を作ったのは小学校低学年の頃。とある百科事典にカップケーキの作り方が載っていて、型にホットケーキミックスを流して焼くお菓子だった。以来、厨房に入り浸りお菓子や料理を作っていたそう。
高校では食品科に通っていたという畠山シェフは、お菓子を作っては学校に持って行って友人に振舞っていた。そして在学中にインターンとして2年間、ケーキ屋で働いた。こうしてお菓子づくりは継続しながらも、当時はパティシエではなくフレンチの料理人志望だったという。
畠山シェフ
「インターン先のシェフに『最初に働くならパティシエがいいよ』と仕事先を紹介していただいて。パティシエとして働いていくうちに、お菓子ってある程度前もって計画的に作っておけるから、『料理人よりも休めるかな』と思って方向転換したんです。実際にやってみたら忙しいんですけどね(笑)」
「クリオロ」をはじめ、いくつかの有名店で働いたあと、ジャカルタの高級老舗パティスリーのエグゼクティブシェフを務めたり、国立のパティスリー「イチリン」や焼き菓子専門店「エヌグラム」の立ち上げに関わるなど、着実に独立へのノウハウを積み上げてきた畠山シェフ。店舗オープンを見据えて始めた催事やポップアップでは「作戦どおり」ファンを獲得し、期待値を高めたうえで「フキアージュ」をオープン。理想的なスタートをきった。
ギフトが売れるまでの距離が短い
パティスリーの好調な売り上げを支える要因のひとつにギフトの需要が挙げられるが、「フキアージュ」の場合は、ギフトの売れ行きが伸びるのが思いのほか早かったという。]
畠山シェフ
「一般的なケーキ屋さんだと、まず生菓子を買って、ついでに焼き菓子を買ってみたらそっちも美味しかったからギフトを買う、みたいなパターンが多いかと思います。ですが、うちの場合は、催事の出店で焼き菓子が評判になってオープンしたので、割とすぐにギフトの売り上げが伸びてくれたというのは大きいと思います。焼き菓子から入って、生菓子という逆のパターンもありますから、生菓子とギフトの間に焼き菓子があって、そこから双方向に伸びていったイメージです」
焼き菓子が売れると労働環境が整う

▲畠山シェフが夜通し追求して完成した「夜明けのカヌレ」も人気商品のひとつ
畠山シェフ
「あと、催事出店の時はもちろん忙しいですけど、焼き菓子っていう計算の立つ商品が売り上げを支えてくれているので、お客様がそんなに多くない時には早く帰れたりと、スタッフの働き方にも良い影響が出ています。ムースやジュレ、ジョコンド、グラサージュと、工程の多い生菓子に比べると作業時間も全然違ってきますし、焼き菓子が売れてくれればスタッフの労働環境も整えられるという利点があると思います」

▲いつも穏やかな時間が流れている店内
アーモンドはホールをその都度挽いて
美味しさの秘密をたずねると、畠山シェフは「何も特別なことはしてないんですけどね」と笑う。ただ、構成が多層的な生菓子に比べて焼き菓子はもっとシンプルでストレートなもの。素材の良し悪しが表に出やすいがゆえに、シンプルにいい材料を使うということにこだわっているという。
畠山シェフ
「例えばうちはフランス産の発酵バターを100%使っていますけど、国産の発酵バターと比べるとやはり香りが違います。それと、アーモンドプードルも、皮をむいたホールの状態で仕入れて、その都度店で挽いて使っています。アーモンドの皮の香りが好きな方は皮つきを使いますけど、僕はその香りや渋みがあまり好きではないので使っていません。あと、アーモンドの皮は乾燥しているので、例えばフィナンシェを焼いたあとに皮の部分が水分を奪ってしまい、その分しっとりさがなくなってしまうので使っていません。焼き菓子に使うはちみつは、色付けとしっとりさせる意味合いがありますが、個性の強いこだわったものを使うと却って香りが強すぎて風味に影響してしまうので、あえて普通のものを使っています」

▲アーモンドは皮をむいたものをホールで仕入れてその都度挽いたものを使う

▲アーモンドは手にザラザラとした感触が感じる程度に粗びきに。細かすぎると焼いたときに生地の浮き上がりがよくないという

▲黄金色に輝く焦がしバター
畠山シェフ
「仕込みの際にはバターの温度や生地の温度をきちんと測って、最終的に生地の状態にブレがでないようにしています。うちはスタッフの働き方という点で、ある程度時間を決めて残業があまりないようにしているので、誰かがひとつの作業にかかりきりにならないよう、分散しています。いろんな人が商品づくりに関わってくるので、誰が作っても同じ品質を保てるように気を付けています」
キーワードは11分
「途中で温度を変えながら、焼き時間は11分です。これは周りの人たちのやり方を聞いてると短いみたいですね。僕の経験則として、11分くらいで焼くと業務用のオーブンでも家庭用のオーブンでもうまく焼ける気がするので、どのオーブンで焼く時も11分から11分半で焼き上がるように温度を調節しています。『フキアージュ」をオープンする前、催事の時に自宅で作っていた時からこの11分という数字は変わっていないです」
畠山シェフ
「長い時間で焼くと、外側の部分が厚くなって、それが口どけの悪さにつながります。また、生地が詰まって重くなると火が入りづらくなるので、ベーキングパウダーを入れて軽さを出したり、小麦粉を減らしてアーモンドパウダーを多くすることでくちどけもよくなります」

▲ベーキングパウダーで軽さとボリュームを出す
「焼き上がったらすぐに急速冷凍で冷まします。常温で時間をかけて冷ますと、その過程で水分が気化して抜けていってしまうので、その時間を少しでも短くすることでしっとりさをキープしています」
「フキアージュ」のこれから
短期間で話題となり、好調なスタートダッシュを切り、今もなお客足の絶えない「フキアージュ」。今後の展開についてたずねると、畠山シェフからは地に足のついた答えが返ってきた。
畠山シェフ
「焼き立ての焼き菓子を提供して、というのはある程度狙ってやったことではあるんですが、それでもここまでお客様が来てくださるようになったのは運が良かったと思います。世の中的に焼き菓子の人気が上がり始めているところにうまく乗っかることができて、『焼き菓子といえば』みたいなイメージを持ってもらえた。いまのところは、さらにお店を増やしたり拡大したりということは考えていないです。特に人の管理という面で、目が十分に行き届かないとクオリティの低下にもつながりますから。それよりもいまの規模でクオリティをさらに高めていくことができればお客様も安定してついてくれるだろうし、お店としての息も長くなると思うので、このくらいがちょうどいいかなと考えています。アイテムとしては、季節の果物を使ったタルトとかをやっていきたいですね」
feuquiage(フキアージュ)
住所:調布市小島町1-2-5 アジャンタ調布2 1F
TEL:075-708-3742
営業時間:10:00~18:00(売り切れ次第終了)
定休日:火曜日
公式ホームページ : https://feuquiage.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/feuquiage/
オンラインショップ:https://feuquiage.stores.jp/