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2023.03.14

新メニュー開発のインスピレーションはどこから!?vol.05 -パークホテル東京 バー マネージャー 南木 浩史-

パークホテル東京 バー マネージャー 南木 浩史さん
パークホテル東京 バー マネージャー
南木 浩史さん
学生時代、書店でたまたま手にしたカクテルブックがきっかけでバーテンダーに興味を持つ。 アルバイト先のバーテンダーからのアドバイスで渡米し、 ニューヨークバーテンディングスクールを卒業。 クラシックカクテルの研究を重ね、ヨーロッパを巡りながらミクソロジーを学ぶ。 現在はパークホテル東京「Bar The Society 」(東京・港区)のバーマネージャーを務める傍ら、企業とのタイアップ、 セミナー、そして国内外のバーでのゲストバーテンダー等、 世界をまたにかけた活動も行っている。

浮かんだアイディアや使いたい素材を商品(作品)として形にしていくことは、パン職人、菓子職人の仕事にとって醍醐味のひとつではないでしょうか。ひとりで考える、師匠や近しい人に相談する、同業者の情報を参考にする…方法は十人十色ですが、忙しくてなかなか新商品開発に時間が割けない、アイディアが浮かばない、マンネリ化しているなど、悩みやジレンマがつきまとうこともあると思います。

みなさんの新商品開発のヒントになればと、製菓・製パン業界とはフィールドの異なる分野で新メニュー開発をされている方々にお話をお聞きする「新メニュー開発のインスピレーションはどこから!?」シリーズ第5弾です!

 

「mixologist(ミクソロジスト)」という言葉をご存知でしょうか。「mixology」は混ぜるを意味する「mix」と、科学・学問を意味する「-ology」を組み合わせた造語。「mixologist」はmixologyする者、つまり「混ぜるを科学する人」という意味。幅広い素材に精通し、独創的なカクテルを生みだす職人の事を指します。

今回お話を伺ったのは、ミクソロジスト・南木 浩史(なんもく・こうじ)さん。東京・汐留にあるホテルでバーマネージャーを勤めながら、世界を舞台に活躍されています。ホテルには海外からのお客様も多く、様々な文化や情報が飛び交うバーカウンターで、 カクテルを通して刺激的な体験を提供する南木さんのメニュー開発方法を伺いました。

 

多忙を極める中でもレシピ開発を行う日々

お店だけでなく外部のお仕事も多いと聞きました。レシピ開発の頻度はかなり高いのでは?

レシピ開発は、店のグランドメニューと季節限定メニュー、それに加えコンサルティングやゲストバーテンダーとして提案する際のメニューなど、開発の頻度はかなり不規則です。「季節ごとにいくつレシピを開発する」など特にルールは決めていません。ですので、月に10のレシピを考える時もあれば、ゼロの時もあります。

不規則ではありますが、頭の中に常に何十個ものレシピを同時進行で進めることが多いです。例えば、外部から依頼をいただいたお仕事などで、何もないところから期日までに一気に開発するパターンと、興味のある食材や浮かんだアイディアからふわっと開発を始めて、3・4割まで構想を練ってストックしておくパターンなどがあります。ですので、一日でレシピが完成するときもあれば、何年もかかるときもあります。バーテンダー仲間からは、「こんなやり方は珍しい」ってよく驚かれます(笑)

ストック…というお話がでましたが、その源となるようなインプットは普段どのようにされていますか?

新人のころ、このホテルに当時あったフレンチレストランでパティシエをしていた先輩に「どんなものでもとにかく口に入れて食べてみろ」と言われた事を今も忠実に守っています。そうして食べた感想を紙に書き出して言語化する。これが一番の引き出しになります。例えば、苺は「苺味」だけではないんです。「青臭さ、酸味、ローズのような香り…」と分解していけばいくつもの要素が抽出できますよね。そういった素材の研究は常に重ねています。

他の方のレシピを参考にする事もあります。例えば大手コーヒーチェーンの新作ドリンクを参考にすることも。ただ、単純にその組み合わせを真似る事は絶対に無いです。「なんでこの組み合わせにしたのかな?」と完成品から裏を読むというか、自分が腑に落ちるまでそのレシピを分解していくイメージです。誰かの考えた組み合わせやレシピを真似る癖がついてしまうと、考える力が身に着かないですよね。一生誰かの発信するアイディア待ちになってしまう。そうなってしまわないよう、考える事を癖づけています。

カクテルレシピの開発時に使うノート

▲開発の相棒であるノート。メモ用と清書用の2冊は必須。そして息抜きに使うという分厚い数学辞典…!昔から数学がお好きだとか

カクテルレシピの詳細が書かれたノート

▲ノートには、「繊細」「酸味が柔らかい」「香りの伸びが良い」など、食した素材の印象が細かく書き込まれている

食べ物や飲み物以外からインスピレーションを受ける事はありますか?

僕は目に見えるもの聞こえるもの、万物は全てカクテルになりうると思っています。

本来バーテンダーは、バーカウンターにいるべき「待ちの仕事」なので、知らないものを知ろうとする努力をしなければならないと思っています。知らない味・場所・アートなどを常に知ろうとしなければならない。

そして、生み出していかないと新しいものが入ってこない、生む事自体がインプットにも繋がる。アウトプットとインプットのバランスは常に気を付けています。

 

南木さんのレシピ開発を紐解く

開発はお1人でされますか?誰かに相談する事はあるのでしょうか。

必ず開発が4・5割進んだ段階で、周りのスタッフなどに意見を聞きます。

4・5割の段階で、というのは何か理由があるのでしょうか。

はい。人に意見を聞くのは、4・5割の段階までと決めています。8~10割完成してから飲んでもらったら、出てくる意見はたいてい個人の好き嫌いになってしまう。個人の好き嫌いに振り回されてしまうと、一生メニューが決まらなくなってしまう。また、10割完成した後に根幹の部分を否定されてしまったら、またゼロから始めなければならなくなる。自分の中で完成品に落とし込む前に他人の意見を聞く事で、方向性をクリアにする事ができるんです。3・4割の段階で、意固地になるにはまだ早い。方向性が決まってからは、自分の感覚を信じて完成まで突き進むことでより良い10割(ゴール)を迎えられる。レシピの方向性を見直し、修正をかけられる、そのちょうどよいタイミングは、5割が限界だと思っています。

カクテルのことについて熱弁されるパークホテル東京 バー マネージャー 南木 浩史さん

外部からのレシピ開発依頼の場合はどのように進めるのでしょうか?

完全にフリーの(条件の無い)状態でスタートする開発って、実はあまりないんですよね。

今「もし禁酒中のゴッホが、医者に隠れて飲酒するためにメロンソーダにアブサン※というお気に入りのお酒を入れて飲んだら」というテーマでカクテルを開発中なんです。こういった場合、テーマに含まれる要素を一つ一つ丁寧に紐解いていく感覚で開発を進めていきます。例えば、ゴッホにちなむもの⇒プロヴァンス⇒ラベンダー⇒ラベンダー×バニラアイスは相性がいいなとか、アブサンは香りが強い⇒香りに負けず、かつ世界観を壊さない素材⇒(レモン・ライムでもなく…)ベルガモット⇒ベルガモットだとメロンとラベンダーの味も邪魔せず、アブサンの強さにも負けず味を表現できるな、といった具合です。この矢印が途中で途絶えると、どこかが間違っている。1つ前の段階に戻ってやり直す、という事を納得がいくまで繰り返します。

そして最後に、全体の味やアルコール度数がテーマに沿っているかを確認します。今回だとクリームソーダという可愛い見た目のカクテルなので、年配の男性ではなく、どちらかというと若い女性がターゲットになる。そうなると度数が強すぎるとターゲットにそぐわない。「可愛いから飲みたかったのに、飲めなかった」とならないように度数を調整する、といったような工程を踏んで仕上げていきます。
※アブサン:薬草系リキュールの一種

ライムでもレモンでもなくベルガモットが相性がいいと考えるのは、今までの経験や記憶からでしょうか。

はい。今までの経験の積み重ねから、ある程度の精度で素材の選択が出来る自信はあります。アイディアが突然降ってくるなんて事は期待していません。たとえそれが偶発的に思えるアイディアでも、どこかで過去の蓄積が関係している事が多いと思いますね。

厨房奥にある南木さんのカクテルラボ。

▲厨房奥にある南木さんのカクテルラボ。研究室のように様々な器具が並ぶこのラボから、独創的なカクテルの数々が生み出されます

難産だったカクテルはありますか?

グランドメニューにある「カレーネグローニ」というカクテルは、開発に3年かかりました。

イタリア生まれのネグローニ※というクラシックなカクテルが昔から好きで。カレーを食べている時に必ずネグローニを飲みたくなるというのが開発のきっかけでした。ただ、当時色々とテストしてみたんですが上手くいかなかったんです。実際にカレーをそのままネグローニに入れてみた事もありますが、美味しくなかった(笑)カレー×ネグローニが合う事は分かっているのに、それを形にするだけの能力が当時無かったんです。ですので、3年間ずっとこの開発だけに専念し続けていたといよりは、常に頭の隅にアイデアを置きながら、ヒントが浮かべば試行錯誤を繰り返す、一進一退の末、完成までに3年を要した難産というべきか、渾身のというべきカクテルだと思っています。
※ネグローニ:ジン・カンパリ・スイートベルモット(フレーバードワイン)を合わせたイタリア伝統のカクテル

「カレー×ネグローニが合う」と思ったのはなぜでしょう?

カレーとネグローニには「スパイス」という共通項がありました。それに、カレーってヨーグルトやリンゴ、チョコレートなど相性が良い物が多くて、とてもミキサビリティの高い食べ物なんですよね。なので、きっとネグローニとも合うはずだと自信がありました。

長くこのアイディアを寝かせたまま半ば諦めかけていた時に、知人のスパイス研究家の方が作っているスパイスミックスを食べて「これは使える!」と感じたんです。ただ、そのまま合わせるだけでは上手くいかず、また開発がストップ。

そんな時、カレー屋さんでカレーを食べている時に、スパイスを炒めて香り出しをしているのを見かけました。「あそこにオイルを入れたら、スパイスのオイルが出来るのでは…」と考え、オリーブオイルにスパイスミックスを入れ弱火で炒めたあと少し放置。すると、すごく綺麗なスパイスの味がするカレーオイルができたんです。それをジンと合わせ、コーヒーフィルターでこすと、オイルが抜けてカレーの味がするジンができあがりました。ハーブリキュール、スイートベルモット、ビターズなどを10種類ほど自身で混ぜたビターミックスと合わせ、完成を迎えました。 アイディアだけでは自分の思うカクテルは出来ない、発想力と技術力両方の大切さを実感した経験でした。

琥珀色が美しいカレーネグローニ

▲琥珀色が美しいカレーネグローニ。仕上げに、強いスパイス感と相性の良い、乾燥バナナのチップスとローリエを添える

モクテル※にも力を入れていらっしゃいますが、アルコールの有無で開発方法は違ってきますか?

根底の考え方は変わらないです。

僕は「アルコールを模した味」はモクテルの未来像とはかけ離れていると考えています。極端な話、モクテルを作ってそれにウォッカを入れればカクテルになるかと問われると、僕の答えはNOです。アルコールのような刺激を目指してモクテルを作る方もいますが、全員がアルコールを飲みたいわけではないんですよね。モクテルでしか表現できない世界観がある。ミックスジュースでもない、お酒でもない、その両極端の間にあるのがモクテルだと考えています。
※モクテル:似せた、真似たという意味の「mock(モック)」と「cocktail(カクテル)」を組み合わせた造語で、ノンアルコールカクテルの新しい呼び方。

その上で、組み合わせる素材は3つ以上と決めています。そして、それぞれの素材の役割がちゃんと独立している、それがミックスジュースにならずモクテルとして完成する要だと考えています。

例えば、「ストロベリー伯爵」というモクテルがあるのですが、これは苺ピューレ、バルサミコ、急冷したアイスアールグレイから出来ています。苺ピューレのフルーティさ、バルサミコの酸、アールグレイの香り、3つの要素がそれぞれの役割を独立して果たしていて、なおかつ被っていません。これが苺・アールグレイとレモンジュースの組み合わせだと、レモンジュースとその他の素材の相性が良すぎて逆に味わいが単調になってしまい、ミックスジュースになってしまう。飲みやすいかもしれませんが、それは安心感であり、惰性に繋がってしまう。バルサミコという一見すると不協和音のような要素が入る事で、どの素材とも同化はしないが、仲が悪いわけでもない。刺激はあるが、抵抗はない。そんな新しい体験を演出できるんです。

3つという数字にたどり着いた理由はなんでしょうか?

モクテルに限らずですが、「味覚を走らせる」という感覚を大切にしています。

例えば、苺とラズベリー、この2つのフルーツを合わせるとします。2つは同じベリー系の果実で、持つ要素が類似している部分が多く同化してしまい、味覚は「走り」ません。でも、そこにみりんでコクを足したり、カカオで苦みを足したり、という3つ目の要素を足してやることで、味は複雑化し、味覚を「走らせる」事が出来ます。味覚のトライアングルを作ることでバランスを取るというイメージでの「3つ」なんです。

色々と伺いましたが、南木さんが開発する際に軸としている事はどんな事でしょうか?

難しいですね…。「変幻自在」や「複雑さ」を意識しています。

そのために、使用する素材それぞれの存在意義を明確にしています。8つの素材を使ったカクテルだとしたら、「7つでも良くない?」とならない事。先ほども言った「味覚を走らせる」事で味わいに時間差をつけ、単調にならず、飲み飽きさせないカクテルづくりを目指しています。

カクテルを作る南木さん

 

それでは最後に、今後の展望を教えてください

大それた事は考えていないです。「カクテルは難しい」「バーは行きづらい」といった先入観を取っ払い、色々な方にこの世界を知ってほしいと思っています。その根底には、食べることや飲むことが、毎日繰り返される惰性ではなく、面白い体験になって欲しいという想いがあるからです。

 

取材を終えて

南木さんの脳内には巨大な本棚があり、そこには味覚・香り・感情といった目に見えないものが言語化されたノートがぎっしりと並べられているようなイメージが浮かびました。常にそういった訓練をされている南木さんの言葉には、新しい発見があり、最後には腑に落ちる不思議な感覚がありました。まさしくそんな魅力が、南木さんの作るカクテルにはあるように思います。中でも「味覚を走らせる」というお話は、漠然と開発をするのではなく、理論的に味を構築していく上で大きな助けになる考え方ではないでしょうか。南木さんの実践するmixologyの理論を取り入れる事で、皆様の開発の幅が広がれば幸いです。

 

取材協力
パークホテル東京 Bar The Society
住所:東京都港区東新橋1-7-1 汐留メディアタワー 25F
営業:5:00 p.m.~11:00 p.m.
電話:03-6252-1111 (ホテル代表)
サイト:https://parkhoteltokyo.com/ja/dining/the-society/

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Writer
chefno編集部
エディター兼ライター M
chefno編集部
エディター兼ライター M
輸入商社の営業部で働きながら、編集部ディレクター・ライター修行中。一歩踏み込んだ情報発信が目標です。バタークリームと杏ジャムがあればご機嫌な甘いもの好き。
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