こんにちは。
わたしが日本でパン職人として働いていたころに大好きだったヴィエノワズリーに、「缶詰めの桃」とカスタードクリームを使ったデニッシュがあります。ほかにもアーモンドクリームと「缶詰めの洋梨」を丸ごと1つ焼き込んだデニッシュ・ポワールや、洋酒漬けにした「缶詰めのオレンジ」とオレンジクリームを乗せたデニッシュも大好きでした。
以前勤めていた日本のパン屋さんでは、これらのアイテムは色栄えもして、味も良く、1年を通して売れ筋の商品でした。
フルーツのデニッシュは作るのも食べるのも大好きだったので、春夏秋冬毎日欠かさずこれらの商品が店頭に並んでいることになんの疑念もありませんでしたし、むしろ様々な種類の缶詰めフルーツを使うことで、季節に関係なくいつでも安定したアイテムを提供できるので、店内がカラフルになって素晴らしいとさえ思っていました。
それがどうでしょう?
今やフランスで暮らして7年目。この話を自分自身で振り返ってみると、違和感を覚えてしまうのです。それはフランスでの生活やフランス人たちとの交流を通して、良くも悪くも感化されている自分がいるからです。
というのもフランスでは、私たちブーランジェ、パティシエ、キュイジニエといった、食を提供する職人はもちろん、さらには消費者側もみんな、「季節の素材」というものに大なり小なりのこだわりを持っています。
例えば最初に挙げた「オレンジのデニッシュ」ですが、フランスのブーランジュリーで「1年365日」見かけるということはあり得ません。
オレンジやミカンなどの果物はフランスでは寒い時期のものですし、桃や洋梨はフランスでは夏〜秋にしか見かけません。また、缶詰めや冷凍のフルーツをパンやお菓子に使うことは決してしません(個人店規模のお店のお話です)。
パリに暮らすフランス人の友人に、日本が大好きな生粋のパリジェンヌがいます。
彼女が数年前に日本旅行に行ったとき、「日本は本当に素晴らしい国ね!」とものすごく褒めてくれました。
ただ彼女にとってただ1つ残念だったのは、「1月に旅行に行ったのに、苺のケーキや桃のタルトが店頭にあった」こと。「季節感があべこべでとてもがっかりした気持ちになったわ」と呟いていました。
主観にはなってしまいますが、フランス人やフランスで暮らす人々は、自分の考えや感情に率直で、自然体の人が多いです。彼らにとって、春〜初夏にかけてが旬の苺と、夏の風物詩の桃が、真冬の1月に見られることは不自然でしかないのだと感じました。
それはパリジェンヌの彼女の感覚だからということではなく、わたしが現在働いているアンジェのお店のお客様からも充分に感じ取れます。
例えば先月7月のこと。あるお客様から「Pâté aux prunes (パテ・オ・ プリュン)はまだかしら?」と質問されました。
パテ・オ・プリュンとはアンジェの郷土菓子で、Reine-Claude(レンヌ・クロウド)という品種のプルーンを使用した、その時期(8~9月)だけのお菓子なんです。このお客様は、毎年夏の パテ・オ・プリュンの季節を楽しみにされているようでした。
また別のお客様からは「Clafoutis cerise (クラフティ・スリーズ : 初夏のさくらんぼのお菓子)が終わったら、つぎは桃のタルトかしら?」と期待の声をいただいたり…
わたしたち提供側よりもお客様のほうが季節の素材にくわしい場合が多いので、こちらもドキッとさせられてしまう次第です(笑)
フランスの人たちは、野に咲く花や、街路樹や吹く風の種類で季節の移り変わりを楽しむ人もいれば、果物や野菜などの食物で季節感を楽しんでいる人もいることが、日々の暮らしを通してひしひしと伝わってきます。
こういったフランス人が共通して持っている感覚は、6年前に渡仏してきたばかりの自分にはない感覚だったので、当時はすごく刺激を受けました。言い訳かもしれませんが、日本で暮らしていた頃の自分は、季節を楽しむ余裕も持てないくらいに仕事や生活に追われていた気がします。
フランスで暮らすひとりの日本人として、豊かに生きることを知っているフランス人がとても羨ましくなってしまう感覚であり、お手本にして自分にも身に着けようと心がけていることの一つでもあります。
いまでは自分も季節の食べ物に対して意識が高まりましたし、フランスでお店を開業した際には、自分が提供するパンやお菓子は、必ず季節の素材を使用したものにしたいと心に決めています。
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