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2022.08.26

フランスからつづる!ブーランジェ通信 by成澤 芽衣 Vol.36『冬にいちごのケーキの違和感。フルーツの旬について考える』

こんにちは。

わたしが日本でパン職人として働いていたころに大好きだったヴィエノワズリーに、「缶詰めの桃」とカスタードクリームを使ったデニッシュがあります。ほかにもアーモンドクリームと「缶詰めの洋梨」を丸ごと1つ焼き込んだデニッシュポワールや、洋酒漬けにした「缶詰めのオレンジ」とオレンジクリームを乗せたデニッシュも大好きでした。 

以前勤めていた日本のパン屋さんでは、これらのアイテムは色栄えもして、味も良く、1年を通して売れ筋の商品でした。
フルーツのデニッシュは作るのも食べるのも大好きだったので、春夏秋冬毎日欠かさずこれらの商品が店頭に並んでいることになんの疑念もありませんでしたし、むしろ様々な種類の缶詰めフルーツを使うことで季節に関係なくいつでも安定したアイテムを提供できるので店内がカラフルになって素晴らしいとさえ思っていました。 

それがどうでしょう? 

今やフランスで暮らして7年目。この話を自分自身で振り返ってみると、違和感を覚えてしまうのです。それはフランスでの生活やフランス人たちとの交流を通して、良くも悪くも感化されている自分がいるからです。 

 というのもフランスでは、私たちブーランジェ、パティシエ、キュイジニエといった、食を提供する職人はもちろん、さらには消費者側もみんな、「季節の素材」というものに大なり小なりのこだわりを持っています。
例えば最初に挙げた「オレンジのデニッシュ」ですが、フランスのブーランジュリーで「1年365日」見かけるということはあり得ません。
オレンジやミカンなどの果物はフランスでは寒い時期のものですし、桃や洋梨はフランスでは夏〜秋にしか見かけません。また、缶詰めや冷凍のフルーツをパンやお菓子に使うことは決してしません(個人店規模のお店のお話です) 

▲近所のパティスリーで見つけた季節のタルト「Fruit du moment 」で使われていたのは旬の桃とアプリコット。このあと我慢できずに購入してしまいました(笑)

パリに暮らすフランス人の友人に、日本が大好きな生粋のパリジェンヌがいます。 

彼女が数年前に日本旅行に行ったとき、「日本は本当に素晴らしい国ね!」とものすごく褒めてくれました。
ただ彼女にとってただ1つ残念だったのは、「1月に旅行に行ったのに、苺のケーキや桃のタルトが店頭にあったこと。「季節感があべこべでとてもがっかりした気持ちになったわ」と呟いていました。 

主観にはなってしまいますが、フランス人やフランスで暮らす人々は自分の考え感情に率直で、自然体の人が多いです。彼らにとって、春〜初夏にかけてが旬の苺と、夏の風物詩の桃が、真冬の1月に見られることは不自然でしかないのだと感じました。
それはパリジェンヌの彼女の感覚だからということではなく、わたしが現在働いているアンジェのお店のお客様からも充分感じ取れます。 

例えば先月7月のこと。あるお客様から「Pâté aux prunes (パテ プリュン)はまだかしら?」と質問されました。
パテプリュンとはアンジェの郷土菓子で、Reine-Claude(レンヌクロウド)という品種のプルーンを使用したその時期89月だけのお菓子なんです。このお客様は、毎年夏の パテプリュンの季節を楽しみにされているようでした 

▲アンジェの郷土菓子「パテ・オ・プリュン」。焼成前はこんな感じです。ここからゆっくり焼き込むことによって果実のシロップが生地に広がり、さらに美味しさを増します

▲1時間以上かけてじっくりゆっくり焼き上げます。シンプルで味わい深いお菓子です。微妙な焼き加減がこのシンプルなお菓子の出来を左右します

また別のお客様からは「Clafoutis cerise (クラフティスリーズ : 初夏のさくらんぼのお菓子)が終わったら、つぎは桃のタルトかしら?」と期待の声をいただいたり
わたしたち提供側よりもお客様のほうが季節の素材にくわしい場合が多いのでこちらもドキッとさせられてしまう次第です 

▲夏定番のTartelette aux pêches (桃のタルト)用の熟したビオ(オーガニック)の桃

フランスの人たちは、野に咲く花や、街路樹や吹く風の種類で季節の移り変わりを楽しむ人もいれば、果物や野菜などの食物で季節感を楽しんでいる人もいることが、日々の暮らしを通してひしひしと伝わってきます。
こういったフランス人が共通して持っている感覚は、6年前に渡仏してきたばかりの自分にはない感覚だったので、当時はすごく刺激を受けました。言い訳かもしれませんが、日本で暮らしていた頃の自分は、季節を楽しむ余裕も持てないくらいに仕事や生活に追われていた気がします。

フランスで暮らすひとりの日本人として、豊かに生きることを知っているフランス人がとても羨ましくなってしまう感覚であり、お手本にして自分にも身に着けようと心がけていることの一つでもあります。
いまでは自分も季節の食べ物に対して意識が高まりましたし、フランスでお店を開業した際には、自分が提供するパンやお菓子は必ず季節の素材を使用したものにしたいと心に決めています。 

▲8月だけの Tartelette aux figues (いちじくのタルト)。ビオの果物にこだわって、安全で美味しいアイテム提供を心がけています

▲焼きあがったいちじくのタルト。果物や野菜の旬に敏感なのは農業国フランスならでは。

 

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成澤 芽衣
成澤 芽衣
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2017年 フランス全国バゲットトラディションコンクール 優勝。 現在はフランスでフリーランスのパン職人として活動する傍ら、日本でのイベントや、東京にあるベーカリーでパンの監修をさせていただいております。 フランスから私なりの視点で、パンのこと、普段のことなどなど。 生のフランス情報をお贈りします。
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