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2023.06.20

「美味しいから食べてみて」のハードルを軽く超えてくるリピート確定の中毒パン aozora『めかぶの黒ごまフォカッチャ』

記憶にのこるスペシャリテ

「絶対に美味しいから」とおすすめされ食べてみて、期待どおりに美味しかったことが今までに何度あっただろうか。それも無理のない話で、「美味しいよ」と宣言されている時点でこちらの期待値は上がっているのである。その期待を軽く超えてきたのが、この「めかぶの黒ごまフォカッチャ」。岡山県は岡山市にある人気店「aozora(あおぞら)」のスペシャリテである。

お店にならぶのは主役級のパンばかり

岡山市は知る人ぞ知るパンの激戦区。全国の都市別ランキングでも京都市、神戸市に次ぐパン消費量を誇る。当然街の至るところに新旧さまざまの名店が立ち並んでいる。
そんな岡山市で「美味しいパン屋さんを教えて」と聞くと必ず名前が挙がるのがこのaozora。中心地からすこし離れた立地にもかかわらず、連日ひっきりなしにお客が訪れる人気店だ。

工場の跡地を再生して作られたという、焼杉の黒い壁が印象的なお店にはいると、広々とした店内の中央に置かれた平置きスタイルの陳列テーブルの上に、所狭しとあらゆる種類のパンが並べられている。「揚げナスとベーコンタルティーヌ」「いちじくとクリームチーズのカンパーニュ」「超濃厚ブラッドオレンジブラウニー」と、調理系からおやつ系まで、ついつい目移りしてしまうほどの、どれも主役を張れそうなものばかり。一度の買い物では到底楽しみ切れそうにない。

aozora店内

▲お店に並ぶパンはどれも主役級ばかり。優柔不断な筆者はすぐに決められず、テーブルの周りをぐるぐる回るハメに

そんなタレント揃いのラインナップのなかでひときわ異彩を放っているのが、めかぶの黒ごまフォカッチャ、通称「めかぶパン」だ。
お店に来るお客のほとんどは、まずこのめかぶパンをカゴに入れていく。2個、3個、4個と、みるみるうちに減っていき、新たに焼きあがっためかぶパンが積まれていっては消えていく。

ビジュアルからは想像できない美味しさ

まんまるなパンのトップに入れられた十字の切れ目から、緑色のめかぶが顔を出しているその見た目は、正直に言ってしまうと、ナンバーワンの人気者の顔には見えない。この顔で人気ナンバーワンだというのだから、どうしても中身への期待が高まる。
手に取ると、見た目とは裏腹に、強くつかむとつぶれてしまいそうなくらいに生地がふんわりと柔らかい。フォカッチャ生地に包まれためかぶの重みがしっかりと感じられ、食べ応えがありそうだ。鼻を近づけると香ばしいごま油の香りがして、食欲をそそる。

食べてみて、驚いた。
これまでに食べたことのない感覚で、ごま油の香りとともにセミハードのパン生地の得も言われぬふしゅっとした食感。そのすぐあとに追いかけてくる、めかぶのぽりぽりとした食感がなんとも心地よく、思わずにんまりとしてしまう。わさびがぴりりと効いた、すこし濃いめに味付けされためかぶをフォカッチャの生地がしっかりと受け止めて負けていない。食べ進めるほどに後を引いてくる美味しさだ。調理系パンともひと味ちがったおつまみのような味わいは、ビールともとても相性が良さそうだ。

めかぶの黒ごまフォカッチャ

▲aozoraの「めかぶの黒ごまフォカッチャ」

はじまりはお客さんとの会話から

それにしても、パンにめかぶという意外すぎる組み合わせをいったいどうやって思いついたのか。「めかぶパンって名前だけ聞くと、あまり美味しそうには思えない」と率直な意見を生みの親である采田(うねだ)シェフにぶつけてみると「ですよねえ」と、まるで他人事のようにシェフは笑った。「めかぶの黒ごまフォカッチャ」の誕生についてお話を伺うと、さらに予想しなかった答えが返ってきた。

「めかぶの黒ごまフォカッチャ」はどうやって生まれたんですか?

「実はお客さんからのリクエストなんです。
岡山に引っ越してきたというお客さんが、『以前にすんでいた横浜でよく食べていためかぶを使ったパンをまた食べたいから作ってくれないか』って言われて」

え?それで作ったんですか?

「はい(笑)もともとウチはもっと小さなお店でやってたんですけど、その時からお客さんと喋ったりすることがすごく多くて。めかぶパン以外にも、お客さんの要望で新しいパンを作るっていうのは結構あったんです」

aozoraの采田シェフ

▲「めかぶパン」の生みの親 aozoraの采田シェフ

そうなんですね。でも忙しい合間につくるのは大変ではないですか?

「新しいパンを作るのが楽しいんですよ。
それに、課題を出されたほうが、自分で考えて作るよりも断然やりやすい。自分だったら『あれもやりたい、こうしたい』って迷っちゃうんだけど、課題をポンと出してもらえたら、そこに向かって一本の道を進むだけですから」

めかぶの黒ごまフォカッチャのほかにもたくさんの魅力的な創作パンが並ぶaozora。筆者が前回訪れたときに、メロンパンに瀬戸内レモンピールを練りこんだクリームチーズをはさんだものがあり、それも抜群に美味しくて楽しみにしていたのだが、聞くと夏限定のメニューだそうで今回は食べることができなかった。夏にaozoraを訪れる方はぜひ食べてみてほしい。

aozoraの店内

▲テーブルに並ぶのはどれも魅力的なパンで、とにかく目移りしてしまう

たどり着いたのはじゃがいもを練りこんだフォカッチャ生地

めかぶパンはすんなりと出来上がったんですか?

「いや、けっこう大変でした(笑)そのお客さんの記憶のなかにあるパンを再現するわけですから。作っては食べてもらって、お客さんが『違うな、もうちょっとこうだな』って、その繰り返しです。何も分からない状態から作っていくのでそこは難しかったです」

しかも「めかぶ」ですもんね。ちょっとパンと合いそうにない。

「僕もはじめ聞いたときは『めかぶ?』って思いました。どんな味ですかって聞いたら『なんかピリッとしてて、生地にゴマが練りこんでて』と、そのくらいしか情報がなかった。で、とりあえずスーパーに行ってめかぶを探してきて、作ってみたら案の定というか、美味しくなかった(笑)
そこから味付けをすこし濃いめにしたり、お客さんから聞き取りをして、わさびを入れてパンチを利かしたり。結局、20回ちかく試作したんじゃないかな。出来上がるのに半年くらいかかりました」

めかぶの黒ごまフォカッチャ

▲なかにしっかりと味付けされた色鮮やかなめかぶが詰まっている

そんなに!いちばん苦労した点、ポイントは何ですか?

「やっぱり生地ですかね。めかぶとの味と食感のバランスのちょうどいい生地を作るのが難しかった。最初はハード系のパンで食べてみて『合わないな』となって、今度はホットドッグ用のパンとか調理系のパンとも合わせてみたけど、甘めのパンだとちょっと重たくて気持ちがわるい。結局行きついたのが、フォカッチャの生地にゆでたじゃがいもを混ぜこんだ今のものです。セミハードでもっちりとした生地が、めかぶの糸引くような食感と合っているかなと思います。
ただ、いまも微妙に変化し続けてるんですよ。ウチって生地がよく変わるんです。パンにはすべて国産小麦を使っているんですけど、僕の好みでどんどん変えたりしてるので」

aozora采田シェフ

▲納得のいく生地ができるまで何度も試行錯誤を重ねた

めかぶの黒ごまフォカッチャ

▲ゆでたジャガイモと黒ごまを練りこんだフォカッチャ生地でめかぶを包み、表面にごま油を塗って十字の切れ込みをいれて焼いていく

バゲットとかもとても美味しそうです。

「ウチはもともとハード系をメインにやっていて、ほんとはそっちをもっと食べてもらいたいんですけどね。長時間発酵のバゲットとか、美味しいですよ、ちょっとかたいけど」

めかぶパンに対するお客さんの反響はどうでしたか?

「やっぱりというか、めかぶがパンに合いそうにないっていうイメージが強かったのか、最初は全然売れませんでした。1日に10個か、せいぜい20個。
それが、珍しいパンということで雑誌に紹介されだしてから急に売れ始めたんです。そこからどんどん広がっていった感じですかね」

来るお客さん、みなさんカゴに取っていきますよね。一日にどれくらい売れるんですか?

「もうずっと焼いてる感じです。天板に12個乗せたもの5枚を一気に焼いて出して、すぐまた5枚入れてという具合で。土日には一日800個以上は出てると思います」

めかぶの黒ごまフォカッチャ

▲平日でも300個以上、土日には800個以上はでるという

皆に愛されるスペシャリテが生まれる理由

「めかぶパン」がここまで人気になった理由は何だと思いますか?

「パンとめかぶの組み合わせが珍しいとこじゃないですか。珍しくて手を出して、衝撃を受けるみたいな。でも真新しいものって、一回は食べてもらえても、そのあとあまり続かないじゃないですか。それが結構リピートしていただいているってことは、美味しかったのかなと。
めかぶパンを作ってくれって言ったお客さんの、『懐かしくてまた食べたい』っていう気持ちと同じで、もう1回食べたくなる味なのかなと思います」

aozora

▲一日のうちに何度も焼いては補充されていく

采田シェフにめかぶパンの再現をリクエストしたお客さんは「あれはおれのアイデアなんだぞ」と、さぞ周りに自慢しまくっていることだろう。

ここで注目したいのは、もちろんこのパンをこれほど美味しいパンに昇華させたシェフの腕もあるが、始まりはあくまでお客様からの(無茶な)注文を、しかも聞いただけではあまり美味しそうに(売れそうに)思えない商品の開発を「いいですよ」といとも簡単に請け負ったシェフの人柄によるものだということ。

同じくパン職人である奥さまの美奈子さんとのツーショットを撮影していると、学校帰りの小学生たちが通りかかっておしゃべりがはじまった。
aozoraが多くの人に愛される人気店である理由は、パンの美味しさだけではなさそうである。

aozora采田シェフ夫妻

▲采田シェフ夫妻。お店の入り口に腰かけて


●取材協力aozora

aozora(あおぞら)
パンにはすべて国産小麦を使用し、油脂もショートニングを使わずバターのみ。自家培養酵母を使った本格的なハード系パンだけでなく、季節に合わせたバラエティ豊かなパンを日々提供している。
住所:岡山県岡山市南区浜野2丁目1-35
TEL:086-262-5565
営業時間:7:30~17:00(水・木・金)8:00~16:00(土・日)
定休日:月・火
サイトURL : https://www.aozora43.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/aozora715/
フェイスブック:https://www.facebook.com/KOBO.aozora/?locale=ja_JP


●撮影協力
Z CafeCafé Z(カフェ ゼット)
aozoraのすぐ隣にあるカフェ・ギャラリー。野菜を中心とした自然志向のランチやスイーツを提供する、ゆったりとしたくつ
ろげるカフェ
住所:岡山県岡山市南区浜野1丁目1-35
TEL:086-263-8988
営業時間:10:00~18:00
定休日:月・火
サイトURL : https://cafez.jp/cafe.html
インスタグラム:https://www.instagram.com/cafe.atelierz/?hl=ja
フェイスブック:https://www.facebook.com/cafe.atelierZ/?locale=ja_JP

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chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
映像制作とフランス語関連の記事担当。18年のフランス在住経験あり。フランス生活で得た気づきやエスプリを生かして面白い&センスの良いコンテンツづくりを目指します!好きなお菓子はダントツでタルトタタン。
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