オーナーなら誰しも、「こんなお店にしたい」という想いがあるはず。ですが、それを具現化すること、そして継続することは、容易ではないですよね。そしてお店が成長し、従業員の数が増えるほど、一人一人とコミュニケーションを取る時間は削られ、その想いを共有することは更に困難になっていく…。chefnoの読者様の多くは30~40代。チームをまとめるポジションとして、こういったお悩みを抱えている方も少なくないのではないでしょうか。
東京・幡ヶ谷にお店を構える「Sunday Bake Shop(サンデーベイクショップ)」は、平日・休日問わず行列ができる人気店。出来立てのお菓子が補充されては次々とお客様の手に渡っていく様子が、朝早くから閉店まで続きます。常に多くの人が行き交い、せわしいはずの店内ですが、そこにはなぜかゆったりとした時間が。
オーナーの嶋崎かづこさんが2009年にたった一人でオープンしたお店は、2度の移転を経験しながら、今や約20名のスタッフを抱えるまでに成長。着実にお店の規模を拡大しながらも、オープン当初と変わらぬ魅力で人々を惹きつけています。自分らしいお店づくりを続ける嶋崎さんに、スタッフとの関係性や、お店への想いを伺いました。

▲取材に伺ったのは平日の朝10時頃。出来立てのお菓子が次々と陳列されていく
面接では「自分の好きなこと」を話してもらう
まずは、スタッフの皆さんについて教えてください。「サンデーベイクショップ」では、どんな方が働いていますか?
嶋崎さん
「うち、製菓学校を卒業している子も少ないですし、最初からお菓子をやっている人ってあまりいないんです。アパレルをやっていた子とか本当に様々で、経歴にこだわりはないですね。年齢は20~30代が多く、私と同世代(40代)は少ないです。
最近は長く働き続けてくれている子が多いのですが、以前は「自分でお店をやりたい」という目標のある子が多く在籍していた時期がありました。そういう子はある程度勉強するとお店を辞めていくので、人の入れ替わりが多く、残っている子たちに負担を掛けてしまうんですよね。ずっと、『教える』という行為が続くので。ここしばらくは、長く続けてくれる子とのバランスを見て採用するように調整してきたので、すごく安定しています。
今は逆に、そろそろ目標のある子を採りたいなと思っています。今のこのゆったりとした空気もすごく好きなんですが、次のエネルギーがほしい時期かなと感じていて。お店ってずっと同じではいられなくて、変化していくものだと思っています。今のメンバーとはまた違ったエネルギーが入ることで、みんなに良い影響を与え、お店もより良い方向に成長していけるかなと」

▲売場と厨房の視界を遮るものはなく、スタッフ・お客様の枠を超えたコミュニケーションがお店のいたるところで見られる
「お店にとって良いエネルギーになってくれそう」、そういった人柄は、どんな部分を見て判断していますか?
嶋崎さん
「直接関係ないように思われるかもしれないですが、面接では必ず、好きな食べ物とか趣味とか『自分の好きなこと』について話してもらうようにしています。一番その人の自然な姿が見られる瞬間かなと思い、今いる子たちとの相性も想像しやすいです。
あと、好きなことを話すのに下を向いてしまったりしていたら、お客様にお菓子の説明をするときも自信をもって話せませんよね。やっぱり楽しそうに話す子が良いなと思いますし、説得力のある話し方をする子に出会うとこちらも刺激を受けます」

▲お菓子はスタッフに希望を伝えて取ってもらう対面販売形式で、お客様との会話が自然と生まれる。この形式は、4.5畳の小さいお店を1人で切り盛りしていたオープン当初の名残だそう
「同じやり方」を強要しない
嶋崎さんが公表されているレシピをいくつか拝見しました。「“やる気を出さない”適度な力で混ぜる」など、他ではあまり見ない表現が印象的でした。こういった独特なニュアンスを、スタッフにはどのように伝えているのでしょうか。
嶋崎さん
「独特なんですかね?よく言われるんですが、自分ではあまり分からなくて(笑)
作り方は、言葉で伝えるというより、見てもらうことの方が多いです。まずは実際に作っているところを見てもらって、次に一緒にやって、そのあとはもう任せちゃいます。実践してもらって、途中で私が確認して…という感じですね。もし仕上がりに違和感があれば、もう一度一緒にやってみる。特別なことはしていないです。
ただ、教える際に常に意識していることは、それぞれにとっての『作りやすさ』は違うし、そもそもみんなが同じやり方でやれっていうのは無理だということです。例えば、私は身長が高いので、生地を混ぜる時に上から力をかけますが、身長が低いとそうはいきません。細かいやり方を指導するというより、仕上がりが一緒になるポイントを見つけていくような感覚です」
では、チームづくりで大切にされていることはありますか?
嶋崎さん
「うちで働いてくれる子たちは、みんながみんなに優しいんですよね。みんながみんなに『ありがとう』って思っている。私もそんな環境を本当にありがたいと思っているので、感謝の気持ちは必ず言葉に出して伝えています」
朝10時、品出しの忙しい時間帯。手際よくお菓子を作る嶋崎さんへ、厨房内でインタビューを実施しました。「○○しますね~」というスタッフの声かけに、他のスタッフが「お願いします~!ありがとう~!」と返す場面が度々見られます。若手・ベテラン・オーナーなどその立場や経験に関係なく、やってもらった事に感謝する、そんなシンプルなやり取りが印象的。
嶋崎さんが若手スタッフに「気遣ってもらって悪いね」と声をかけたところ、「遣ってないって言ったら語弊があるけど…気は遣ってないですね(笑)」と返答があり、厨房全体が笑い声に包まれる一幕も。

▲大きなガラス扉で仕切られた厨房はお客様からもよく見え、厨房でスタッフ同士が交わす「ありがとう」の声は売場まで心地よく届く
お店のベースにある、高校生の時に友達と語った夢
では次に、お店について教えてください。焼き菓子が中心のお店にされたのは、何か理由があるんでしょうか?
嶋崎さん
「製菓学校で習った生菓子に、あんまり興味が沸かなくて。それよりも、アルバイト先で作っていた焼きっぱなしのケーキの方が楽しくて好きでした。焼き菓子の、特別じゃない感じ。毎日食べられるような、日常のお菓子が好きなんです。今もただ、自分が好きなお菓子を作り続けています」

▲陳列棚には常時15種類ほどのお菓子が並ぶ。バスケットにこんもりと積まれ一際目を引くのは、人気商品のオリジナルスコーン

▲個性的な手書きのPOPたち。嶋崎さんの世界観が、こうした細部にまで宿っている
オープン当初、「こういうお店にしたい」といった想いはありましたか?
嶋崎さん
「実は、明確な想いは特になくて。ただ、みんなが集まれる場所を作りたいという気持ちがずっとありました。高校生の時に友達と、『いつかビルを一棟借りて、お店をやろう!』って話していたんです。1階がカフェで、2階が美容室で、3階が洋服屋さんで…とかみんな好き勝手話していて。その時のイメージが、ずっと根底にあるように思います。
あと、私、毎朝同じお店でコーヒーを買うのが好きなんです。だから自分のお店も、コーヒーと毎日食べられるお菓子を出していて。毎朝同じ時間に同じ人が来てくれて、『おはよう~!行ってきます~!』って出かけていく。そんな日々のお店であり続けたいんですよね」

▲お店のオリジナルトートバッグ

▲いたるところにお店のアイコンにもなっている「ニャンコロウ」が…!脱力したタッチで描かれるイラストは、お店全体に広がる柔らかな雰囲気の一端を担っている
今後挑戦したいことなどはありますか?
嶋崎さん
「ずーっと前から『朝ごはんがやりたい!』と思っています。毎日通ってもらえるお店でいたいから、食事系のラインナップを充実させたいんですよね。ですが、忙しくてなかなか着手できず…。最近やっとBMOというメニューを始められたところです。少しずつ、定番化出来たらいいなと思っています」

▲念願の「朝ごはん」ラインナップとなる、BMO。Bolle Med Ostと呼ばれるデンマークのサンドイッチで、サワードゥバンズにチーズが挟まっている
取材を終えて
京王新線・幡ヶ谷駅、駅を出るとすぐに商店街があり、人通りが多く生活感のある街並みが広がります。「サンデーベイクショップ」は、幡ヶ谷駅から7分ほど歩くと到着。「おはよう!今日は上着着てないんだ!あったかいもんね!」「(抱っこされている赤ちゃんに)おはよう~!今日もご機嫌だね!」。スタッフが自然と話しかける様子から、顔なじみのお客様も多いことが伺えます。
移転当時(約15年前)は今ほどお店が多くなかった幡ヶ谷でのオープンを、まわりから「止めた方がいいのでは」と言われることも多かったそう。なぜ幡ヶ谷を拠点としたのか伺うと、オープン前に開催していたお菓子教室の生徒さんが各地にいらっしゃり、みんなが来店しやすいようアクセスを考慮してとのこと。それ以外の理由が無いことに驚いてしまうほど、今ではこの街の生活感が、嶋崎さんの願う「日々のお店でありたい」という想いと至極マッチしているから不思議です。
「サンデーベイクショップ」が場所や規模を変えながらも、独自の魅力をアップデートし続けるのは、嶋崎さんの世界観が確立していることにあると感じました。商品のPOPやアイコンの「ニャンコロウ」など、細部に嶋崎さんイズムが感じられ、スタッフをもお店のファンにしてしまう。そうすることでお店の魅力が自然とお客様へ広がっていく。自分の好きなことを突き詰める、オーナーのシンプルで分かりやすい想いが、「良いお店」をつくるうえで一番大切であることに改めて気付かされました。
【取材協力】
Sunday Bake Shop(サンデーベイクショップ)
住所:東京都渋谷区本町6-35-3
営業時間:7:30-16:30
定休日:月・火
※最新の情報はお店の公式Instagramでご確認ください
HP:https://sundaybakeshop.jp/
インスタグラム:https://www.instagram.com/sunday_bake_shop/