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2022.01.20

フランスの“激動時代”を生き抜いた一流菓子職人、佐藤亮太郎(Regalez Vous)が“今”伝えたいこと「パティシエとして、生きるには」

パティシエたちによる、お菓子への想いとその歩みをドキュメンタリータッチでお届けする今回の主人公は、フランスで過ごした時は20年以上。激動の日々を過ごし、フランスでは三ツ星レストランで腕を振るって数々のスターを相手にしてきた佐藤亮太郎シェフ。今年9月に鎌倉にオープンしたサロン・ド・テ「Regalez Vous(レガレヴ)」のシェフとして、各メディアでも引っ張りだこの存在。お金もない中でがむしゃらに働き続けたフランス時代から、フランスの三ツ星レストランで脚光を浴び、日本へ帰国するまでの激動のストーリーはもちろん、“フランスの今と昔”を知るからこそ、多くの人に伝えたい洋菓子の文化と、フランスへのリスペクトを、今回記事としては最長のロングインタビューとして書かせていただきました。あえて前編と後編と分けずに、ぜひ佐藤シェフの考えが若い人への“良い転機”にもなりますように。そんな想いも込めて。

 

“運命”とも呼べる洋菓子界との出会い。地獄の中で覚醒した職人魂

Q.佐藤さんは、お菓子の世界に入られたきっかけや始まりは何でしょうか?

A.「そうですね、簡単にいうと大学を中退したかったからです(笑)。当時、日本はバブル真っ只中でした。大学は教育学部に通っていて、勉強はつらいし、時代の流れもあり、遊ぶことがすごく多くて、自分の中で両立するのが難しくなっちゃったんです。そこで学生生活をやめて、何か手に職をつけて、そうしながら遊べたらいいんじゃないかなと軽い気持ちで考えていたけれど、両親には“中退したい”とはいえなくて。せっかくお金を出してくれたのに、どうしようかなと思ったときに、その理由づけとして“ケーキ屋”にしたのが始まりだったんです。こうして父のアテンドもあって入ったのが、伝統的フランス菓子の名店『ルコント』。

正直言うと、当時本当はケーキに興味がなかった。研修生が12人いて、ひとりだけ卵を割れなかったのが僕。専門学校も出ずにそのまま修行へ出たので、卵白と卵黄を分ける仕事すらできなかったんです。遊ぶ気持ちでいっぱいだった僕の考えとは裏腹に、とんでもない世界へ入ったので、毎日が驚きの連続でした。もう殴られるわ、引っ張られるわで、絶対に一番先にやめると思われていたんですが、最後に残ったのは僕だけでした。“フランス菓子とは何たるか”を厳しく叩き込まれた4年半でしたね。」

Q.その時に辛くてやめなかったのは、なぜでしょうか?

佐藤シェフ「“食”の世界をどんどんつきつめていくことが、楽しかったんです。この味と五感の世界って、1年でも多くやらないとだめだ!ということに途中で気がついたんですよ。今年になって来年はもっとこうしようとか思うこともあったし、ある程度食材のことは知り尽くしたと思っていても、台湾でもシンガポールでもアフリカでもどこでもいいんですが、新しい土地に出向けばまた新しい食に出会える。時間がいくらあっても足りないぐらい、好奇心をくすぐられていって、そういった新しいものを記憶に残して、形に変えて、フランス菓子の文化とマッチングさせていく仕事が、すごくよかったんですよ

この食という最先端に、自分が密着しているんだ、自分がその上を搭乗しているんだという感じもよかった。そして何よりも自分の力を、デザートを通じて人の目の前で試せる、この食の世界というのはすごく刺激的でした。」

 

フランスでの26年という、激動の日々とは?

Q.なぜムッシュルコントさんにフランス行きを勧められたのでしょうか? またその時に佐藤さんが感じたことを教えてください。

佐藤シェフ「当時はバブルがはじけて、時代が変わりました。厳しい時代に突入し、トップの人たちが続々と抜けていった中で、僕は残ったんです。23歳で技術はあったけれど、人と話す技術がなかった。そこで自分を大きくする、人間を作るために、モノづくりの本質をみてみようと思って、ムッシュルコントさんに相談したら『フランスへ行ってこい』と。1年でも2年でもフランスを見て、苦労してきたら帰ってこい、人間的に大きくなったら帰ってこいと言われたんです。旅立ちの日、飛行機に乗る前に覚悟の涙を流したのを、今でも覚えていますね。」

Q.フランスで、三ツ星レストランで働くまで、26年という長い間をどのように過ごされていたのかを教えてください。

「当時はワーキングホリデーもなく、VISAもなく、ネット環境もない、日本から9000kmも離れた地に降り立ちました。実はもう僕は不法滞在者と同じようなもので、当時は戦友でもあったパティスリー・ディヴァンの吉田さんと一緒に暮らして、貧乏なときにタイ料理屋でバイトしたりしていました。当時は給料は一切でなくて、もうこれは勉強代だと思ってやっていました。学校へ行って授業料を払っていると思えば、いいかなと。

その後は、フランスで結婚し、レストランパティシエとして働くことになりました。まずは会話が大事なレストランでは、言葉を生で発してサービスマンとの掛け合いをするんです。世界中の人が来るので、そこでは“会話とはなんたるか”を学びました。そして技術的にはParisの1区にあるブラッスリーで鍛えられました。そこではパティシエは僕一人だけ。朝一に会社に着くと山のようなダンボールが積まれていて、いろいろなフルーツが置かれている状況。「安いから買ってきた」って言われ、そこから数十種類のデザートを考えて作り、お客様に出す。いつも即興で、臨機応変に。フルーツの扱い方をすごく学んだ瞬間でした。その後は、『レストラン メゾン ブランシュ』でガストロノミーの世界を知り 、そして『ギ・サボワ』でスーシェフとして3つ星レストランの世界を体験。そして『Restaurant larc paris』 の全デザートを監修、シェフとして就任するとマドンナやビヨンセ、ナダルといった世界のスターを相手にしてきました。そしてVuittonやGivenchyなどのイベント用のケーキなども手掛けましたね。」

Q.その後は、働き方が変わり、コンサルティングとして働かれたと伺いました。

佐藤シェフ「はい、その後はエスコンフィエがシェフを務めた歴史あるレストランでコンサルティングを始めるなど、フランス各地のレストランやカフェを相手に毎日アホのように働いたんですよ。もう毎日フランス人との闘いでしたね(笑)。」

 

ガストロノミーの世界で目覚めた「デザートとは何か?」の本質

Q.「レストラン メゾン ブランシュでガストロノミーの世界を知り」とInstagramの投稿にありましたが、ガストロノミーの世界にシェフが興味を持った理由を教えてください。

佐藤シェフ「ガストロノミーの世界に関しては、お店に入ったあとでその世界のことを知ったんです。当時スーシェフで入り、ガストロノミーの世界に触れた瞬間に、考え方が大きく変わりました。“目覚め”ですね。お皿一つの値段から、盛りつけ方、お客様を最後まで面倒を見る感じの流れは大きな刺激になりました。あとは料理との協調性を学びましたね。フランスでは料理のシェフが絶対なんで、コースにおいて彼(料理のシェフ)が初めから食べさせてきたものを、僕たちパティシエが色を変えることができないんですよ。そこが協調性です。そこでも面白いことがあって、トップクラスの料理におけるシェフたちがやっていることがそれぞれ人によって全然違うんです。それに今日こう言ったことが、明日はこうじゃない、という人たちばかりの中でもまれてきました。それぞれの考え方、コンセプト、大きく違う“それ”に僕たちが解釈しついていく、対応していく。そんな絶妙で、難しいバランスの中で、最後に皆さんが食べるデザートを考える。とっても重要なもの。ガストロノミーって、『デザートをみんな食べる。デザートをなぜ最後に食べるのか、デザートとは何か』という本質を知ったきっかけになりました。

なぜ食事のあとに時間をわざわざ作ってデザートを食べるのか、なぜ最後に珈琲の前に一食デザートを食べるのか、あれがなかったら、今の自分はいないですね。」

 

今の日本のパティシエたちに、圧倒的に足りないことと、洋菓子界における問題点とは?

Q.現在ニュースでも労働問題が取沙汰されていましたが、日本の洋菓子界の問題はどこにあると思われますか?

佐藤シェフ「これは、僕もあまり大きくは言えないけれど、この業界は常にグレーゾーンだと思う。繁忙期で忙しい部分もあるし、絶対に8時間、とはいえないけれど、フランス人たちはきっちり8時間で終わらせるし、本来は8時間に近い仕事をしないといけないと思っています。それはなぜか、自分たちに休日がなくて楽しく過ごしていないのに、人々が楽しいと思う時に食べるものをどうして作れると思うのか? たしかに労働時間は難しい問題です。うちでも長く働くことがある、でもそこで大切にしていることは楽しく笑顔で働けることです。僕はみんなで冗談をいいながら笑えるようにしている。そうじゃないと、すべてに出てきてしまうんですよね。機械のように作るだけで、楽しくなければ、それはいいものも作れないし、問題になってきますよね。」

 

フランス人との根本的な違いは、言われた通りに作ってしまう日本人の習性

「そしてもう一つの問題は、日本のケーキ屋さんの仕事というのは、上の人が厳しく見て、若い子たちが畏縮しながら作ってしまうこと。畏縮しながら、170℃で、卵白がこれぐらいで……もう教科書ですよ。今日は何を作るか、説明すればその材料と作り方は必死にメモするんだけれど、彼らは味見をするわけでもなければ、におわないんです。そう、彼らは“においをかがない”んです。においがどれだけ大事かを僕は伝えたいし、それを伝えるためにフランスから帰ってきた。フランス人に1000個のチュイールを作れといったら、もう4個目から曲がってきてしまって人によっては独自の形になるんです。一方で、1000個同じものをきっちり作るのが日本人。なぜそうなったか、日本人は先生が明日から白い靴下をはきなさいというとみんなその格好で来る。2+2=4という教育をしていく、隣の子が水泳をやれば、うちもやる文化。

でもフランスは9+1も正解というような世界です。そういう人間の作り方をするので、脳が全然違う。なぜタルトシトロンという、伝統的なあのタルトが生まれたのか、それはやはり我々日本人ではなくフランス人だからなんです。

これからの日本人は、もっと自由に、自分の感性とセンスを出していい。『120℃になったらオーブンに出します、これ何度で何分ですか?』と聞かれるのは本当に嫌。一番美味しいと思い、食べたいなと思う時間でやれ!と怒る。クロワッサンのいい色を出すタイミングも、そこは時間ではなくセンスなんです。180℃でもオーブンによって全然違うでしょ? 先ほどのにおいをかぐ話、フランスではみんなその場でにおいを何度もかぐ。“俺の作っているものっていいにおいしているんだよね”という。ビジュアルも大切だけれど、本質の部分でおいしいものを作れる人間でないと、美味しいものを作れなくなる。理屈だけじゃなく、センスを磨く、美味しいものがどうやってできるのか、その肌感覚をつかめるか、それが大事です。学校ではこうだった、前の店ではこうだった、そういう若い子がいるけれど、作り方なんて6パターンあってもいいんです。

 

「僕はパティシエではなく、永遠にケーキ屋です」

Q.一言で、ご自身「佐藤亮太郎」とは何ですか?

佐藤シェフ「僕は、パティシエでもなく“ケーキ屋”と自分を称します。フランスのこととか、ケーキのこととか100質問されたら、100返せるけれど、僕はまだケーキ屋なんです。こんなこと言ったら、“違う”と思う人もいるかもしれませんが、パティシエって文化の中の言葉で、フランスの文化ってなぜできたのか、彼らの気持ちとか彼らの心がわからないと、いえるような言葉ではないと思っています。僕たちは生まれたときからあんことせんべいがあって、キッシュを食べていたんじゃないんですよ。母親の財布から1ユーロ盗み出して、帰りにバゲット片手に、キッシュを食べて帰るような幼少期を、彼らフランス人がしていて、そういう人たちがパティシエになる。そう思うと、僕はいつまでもケーキ屋で、それは彼らとその文化へのリスペクトを込めているから。」

 

「若いパティシエたちへ、必ずしもフランスへ行くことが正解ではない」

Q.最後に、海外へ挑戦したいと思っている若いパティシエたちに、メッセージをお願いできますか?

佐藤シェフ「フランスではなく、他の国で勝負して欲しいです。アメリカ、インド、なぜかというとレベルが一緒です。イタリアだってレベルが高い。日本ではフランスがかなり近い存在になっているので、英語をしゃべれるという利点やグローバリズムを学ぶという観点でも、ニューヨークとかすごくいいんじゃないかなと思っています。フランスは1年に1回、旅行に行って味見でいいんじゃないかな。」

 

●About Shop
Regalez Vous
神奈川県鎌倉市御成町10−4
営業時間:8:30~19:00
定休日:なし

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