シリーズ「ヴァンドゥーズから学ぶ接客術」。
「ヴァンドゥーズ」という仕事を通して、接客術を学ぶこのシリーズ。
第3弾にご登場をいただくのは、第2回「全日本ヴァンドゥーズコンクール」において栄冠に輝き、現在はチーフ・テクニカルリーダーとして奮闘する高木真理子さん。
高木さんに、ヴァンドゥーズ認定資格を受験した当時のお話や、チーフ・テクニカルリーダーとしての役割をおうかがいしました。
高木さんの高い理念の背景には、接客への意識を変えるきかっけとなった「ある失敗」があったのです。
目次
接客には正解がない。だから難しい
高木さんは第2回「全日本ヴァンドゥーズコンクール」で優勝をされています。もともとヴァンドゥーズへの憧れがあったのですか。
実は…正直に申しまして、洋菓子店で働くまで「ヴァンドゥーズ」という言葉があることさえ知りませんでした。
私は兵庫県の三田(さんだ)市で生まれ育ちました。
結婚して故郷の三田へ戻った頃、地元の「サント・アン」がパートを募集していると知ったのです。
「洋菓子の名店で働くなんて楽しそう」と好奇心をいだき、現在のマダムに面接をしていただきました。
これが洋菓子業界へ足を踏み入れるきっかけ。
実際に店頭に立ってみて、「楽しさ」と「難しさ」をともに味わいました。
人と接することが好きなので、お客様と語らいあったり、お勧めをしたり、とても楽しかった。
けれども、接客には正解がないんです。お客様によって、喜んでくださるサービスがまるで違う。お客様が何を求めているのか、瞬時に見極めなくてはならない。
声に出してはくださらないご要望を察知しなければならない。毎日ががむしゃらでした。
お客様との対応に悶々と悩む日が続きました。
「パティシエのように、私たち接客スタッフにも講習会があれば問題を解決できるのに」。
そう思っていたところ、マダムのお友達が「ヴァンドゥーズの資格試験を受けてみれば?」と教えてくださったのです。
それがヴァンドゥーズを知ったいきさつ。
涙が溢れ出た「二度としてはいけない失敗」
「接客に悩んでいた」とのことですが、失敗はあったのでしょうか。
ありましたよ。「失敗の女王」と呼ばれていましたから(苦笑)。
特に憶えているのが、サント・アンで店長をしていた頃の「ローソク忘れ」。
常連のお客様から「バースデーケーキにローソクが入っていない」と電話がかかってきたのです。
「責任者として、出向いておわびをしなければ」と、お宅へおうかがいしました。
玄関口まで通していただき、謝罪をしました。
するとお客様が「このアルバムを見てもらえる?」とおっしゃるのです。
アルバムを開いてみると、二人のお子様が成長してゆく姿が写真に映しだされていました。
そうして、「私は子どもの成長の節目節目にサント・アンのケーキでお祝いをしてきたの」とおっしゃるのです。
お子様はサッカーをしておられたので、サッカーボールのカタチをしたデコレーションケーキを特注された日もありました、そんなふうに誕生日だったり、入学式だったり、卒業式だったり、ご家族の大事な日のたびにケーキを買ってくださっていたのです。
私は愕然とし、涙が溢れました。私も子育てをしてきましたから、記念日のケーキがどれだけ大切なものかがわかるのです。
それなのに、アルバムの1ページを台無しにしてしまって。お客様は私どもを叱りはしませんでした。けれども叱られるよりもつらかった。
「二度とこういう失敗をしてはいけない」と重く受け止めた、忘れられない1日でしたね。
「ヴァンドゥーズ認定」資格で得た「自信」
「ヴァンドゥーズ認定」の資格試験を受験して、意識は変わりましたか。
変わりました。
たとえば箱詰めの方法やスペーサー(ケーキの箱詰めの工程で、空いたスペースに入れてケーキが動かないようにする紙)の使い方など、それだけで一冊の本ができるほど技術は多岐にわたります。
受験するまで知りませんでした。認定試験ではケーキを入れた箱を目の前で揺さぶられ、「そんなことまでするの?」と驚きました。
そして、テクニックを憶えるだけではなく、「お菓子をなぜそこまでしっかり保護しなければならないのか」を改めて考えるきっかけになりました。
お客様は、どうしてお店に来てくださるのか。
それは「お菓子で誰かを喜ばせたい」「贈り物にしたい」「自分へのご褒美」など、幸せなひとときを求めているからなのです。
誰かの幸せを願って、決して安くない値段のお菓子を買ってくださる。
私たちは絶対にそのハッピーな気持ちを損なってはダメなのです。
パティシエがいくつもの工程を重ねてやっとできあがったお菓子を可能な限りそのままのかたちで、スピーディーに、お客様が召し上がるシチュエーションまで届けねばならない。
そのために私たちヴァンドゥーズは細心の注意を払い、衛生に心を配り、用意してさしあげる。それがいかに大事な心構えであるかを学ばせていただきました。
もうひとつ得たのは、「自信」です。
ヴァンドゥーズに認定されると、約200ページのルールブックがもらえるのですが、そこには、私が独学で憶えてきた接客のノウハウが好例として掲載されていました。
これは自信につながりましたね。
「私が泣きながら得た知見は、間違っていなかったんだ!」って。
それゆえに、金バッヂをつけたときの感動はひとしおでした。
「お菓子は生き物」。だからこそ一秒でも早くお届けしたい
全日本ヴァンドゥーズ協会のチーフ・テクニカルリーダーとして、どのようなお仕事をしていますか。
パワーポイントを使った基本的な講義もしますが、多くは実地での研修ですね。
全国のお店におもむき、スタッフと同じように店頭に立ち「気づきの共有」をしてゆきます。
たくさんアウトプットした分、インプット(私自身の学び)も山盛り。ありがたいことです。
誤解されがちですが、「マナー講師」ではないのです。型通りの礼儀作法だけでは現場はつとまりません。
接客に大切なのは「まごころ」ですから。
そのため
「この商品、この位置でいいの?おいしく見えてる?わかりやすい?」
など、お客様の視点で考えてもらうようにしているのです。
ときにはディスプレイを変えてしまう場合もあります。
私は「お菓子は生き物」だと思っています。フレッシュでおいしいお菓子を一秒でも早くお客様に召し上がっていただきたい。
でないとせっかくのお菓子が台無しになってしまう。
そのために、
どうすればお客様の心をグッと惹きつけられるのか。
購入していただけるのか。
コロナ禍だからこそさらに重要になるヴァンドゥーズの役目
今後、ヴァンドゥーズの存在意義はどう変化していくのでしょうか。
新型コロナウイルスにより「販売」「接客」のあり方は大きく変わりました。
マスクをしていて笑顔をお届けできない。長くお話ができない。距離を取らなければならない。従来の方法論が通用しない。
けれども、だからこそ温かなおもてなしの気持ちがいっそう重要になってくるはず。
いま私はケーキハウスツマガリで接客の勉強をしています。
お客様のなかには緊急事態宣言が明けて真っ先にお店へやってきてくれた方がいました。
そして「お店を開けてくれてありがとう」とおっしゃるのです。私たちこそ感謝すべきなのに。
そんなふうに大勢のお客様から励ましのお言葉をちょうだいしました。
不穏で、気が滅入るできごとが多い時代です。人と人が気軽に出会えない昨今。
取材を終えて
ヴァンドゥーズ協会を起ち上げた稲村省三初代会長が「突出した才能」と絶賛したのが高木さんでした。
洋菓子業界と無縁だった高木さんが、パートから正社員へ、リーダーから店長へ、そして協会を代表するヴァンドゥーズへと進化。
そこにはプロであると同時に、「お客様の気持ちに寄り添う」という姿勢がつねにありました。
「プロの視点」と「ユーザーの視点」。どちらも兼ね備えているからこそ、お客さんの気持ちが理解でき、お客さんが望むサービスを瞬時に察知できるのではないか。
取材を通じて、そのように感じました。そしてそのバランス感覚は、洋菓子を提供するうえで、とても大事ではないかと思うのです。
●取材協力
❏全日本ヴァンドゥーズ協会
公式サイト:サイトはこちらから
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