浮かんだアイディアや使いたい素材を商品(作品)として形にしていくことは、パン職人、菓子職人の仕事にとって醍醐味のひとつではないでしょうか。ひとりで考える、師匠や近しい人に相談する、同業者の情報を参考にする…方法は十人十色ですが、忙しくてなかなか新商品開発に時間が割けない、アイディアが浮かばない、マンネリ化しているなど、悩みやジレンマがつきまとうこともあると思います。
みなさんの新商品開発のヒントになればと、製菓・製パン業界とはフィールドの異なる分野で新メニュー開発をされている方々にお話をお聞きする「新メニュー開発のインスピレーションはどこから!?」シリーズ第4弾です!
皆さん「ファミリーレストラン」にどんな印象をお持ちですか?ファミリーレストラン=ファストフードに近い印象をお持ちの方も多いかもしれません。
今回取材をさせていただいた「ロイヤルホスト」さん、実はグループが運営するフレンチレストラン「花の木」※では「ミシュランガイド福岡・佐賀・長崎2019 特別版」において“1つ星”で掲載されるほどの実力派。
「#ロイヤルホスト」とSNSで検索をすれば10万を超える消費者の投稿があり、なかでも印象に残るのが断面の美しいパフェの写真。季節限定メニューには必ず足を運ぶファンも多いようです。そんな人気メニューの開発者・上田さんにお話を伺いました。
目次
入社当時からの念願の“メニュー開発” 少数精鋭で行う開発体制について
高校の時にアルバイトをしていたお店のシェフがロイヤルクッキングアカデミー※出身で、その方からロイヤル株式会社の事を教えてもらったのが入社のきっかけという上田さん。ロイヤルのスイートポテトが大好きで、「こういう商品が作れる仕事がしたい!」という入社当初からの想いが、8年目の企画開発部への異動でやっと叶ったのだそう。
※ロイヤルクッキングアカデミー:ロイヤルグループに入社した社員たちが技術や知識などを学ぶ、料理人の養成機関。(アカデミーは2005年に終了)
開発部に赴任した当時、パティシエとしての経験はほぼ無かったと聞きました
上田さん:
はい。生活工学科を卒業しているので基礎知識はありましたが、実践経験はほぼゼロでした。赴任後しばらくはチーフ(メインの開発者)の補佐役をしながら勉強しました。
初めて自分でメニューを開発したのは異動してから約一年後で、私の名前にもある「梨」のパフェでした。当時補佐についてくれた上司に「梨を食べる時、何といっしょに食べる?」と聞かれ、食べ合わせを試行錯誤しました。ほうじ茶と合わせてみたり、梨と同じ時期に旬を迎える栗と合わせてみたり、梨自体に味のインパクトが少ないのでラム風味のクリームでアクセントを加えたり。
開発は何人でされているのでしょうか
上田さん:
ブランドそれぞれに開発者がいますが、「ロイヤルホスト」のデザートの開発者は私1人です。料理の開発もそうですが、基本的にはメインの開発者1人+補佐1人で行っています。開発担当としては1人ですが、私たち開発者のバックには企画チーム、また自社工場の製造チームがおります。構想が決まると、メニュー完成に向けて各チームと何度も話し合いを行います。
では、メニューの開発サイクルを伺えますか
上田さん:
季節限定デザートメニューの開発は年6回行っています。苺のシーズンだけファースト・セカンドに分けて2回リリースしています。定番のグランドメニューは、不定期ですが少しずつリニューアルしています。
1シーズンにかかる開発期間を伺えますか
上田さん:
例えば、9月~11月頃まで販売する秋メニューの場合は、5月中旬頃から構想を練り始めます。7月にメニュー撮影がある為、開発期間だけでいうと約2ヶ月です。開発は1人で行いますが、ブラッシュアップの過程で迷ったら、企画チームに意見を求める事も多いです。商品化するためには社長の最終承認が必要ですが、そこでゴーが出ずボツになる商品もあります。ですので「1シーズン4品提供」と決まっていれば、試作品はいつもたいてい6-7品用意しています。
開発をする上で、テーマや食材などはどのように決めていますか
上田さん:
食材は、旬の素材を使うようにしています。ただ個人店と違い材料の使用量が多いので、確保できる物を使うという制限はあります。年間のリリース時期や回数は決まっているので、そのスケジュールに合わせて今年はどんなものを作ろうか、ざっくり考えます。構想の初期段階で「こんなものを作る予定です。何かあればご意見ください」と企画チームに共有していますね。
満足感のあるシンプルなパフェを目指して 年間200本のパフェを目標に食べ歩き、インプットを重ねる日々
開発の上で、大切にしていることはありますか
上田さん:
今複雑な構造のパフェがすごく多い気がしています。私の考えるパフェは、例えばマンゴーパフェなら「マンゴーで始まって、マンゴーで終わる」というシンプルさを意識しています。「マンゴーをいっぱい食べた!」という満足感を味わって欲しい。
あと…プレートデザートであれば、お客様の好きなパーツから食べ進める事ができますが、パフェは「上から下へ」と決まっています。「途中甘さがくどくて最後まで食べられないな…」とか、「最後が甘すぎて後味が悪いな…」などと感じることなく、最後まで食べ進めたくなるベストバランスを探し求めて何度も試食を繰り返します。
それと、あまり流行は気にしていないです。実際提供するのが、開発から約半年後になります。その頃にもうブームが過ぎてしまっていた、ということにならないよう、流行りの要素は入れすぎないように気を付けています。もちろん、流行を知ることは大切だと思うのですが。
1人での開発となると引き出しの多さが問われると思うのですが…
上田さん:
そうですね、とにかく色々な所へ食べに行っています。年間200本のパフェを食べることが目標です!
お店でパフェを選ぶ時も、そこの 一番の人気商品と、その時の旬の素材を使った商品を選ぶようにしています。お店で一番人気=お客様がそのお店に求めているものだと思っているからです。その中で美味しかった食材は必ず「どこのものですか?」と産地や詳細を聞くようにしています。
また、ロイヤルホストはファミリーレストランなので、お客様全員がデザートだけを食べに来られるわけではありません。お腹の空き具合で、どの位のサイズなら食べられるのかなとか。あえてお腹がいっぱいの時に食べに行ったり、お客様目線で開発が出来るように日々研究しています。
食べ物以外のものからインスピレーションを受ける事はありますか
上田さん:
「渋皮栗とほうじ茶のブリュレパフェ」でグラスに紅葉を張り付けています。これは京都に出張に行った際に、すごく綺麗に色づいている紅葉を見て思い付いたものです。出張から帰って、「食用の紅葉ってあったかな…」と調べました。撮影の際も、紅葉をイメージした配色にこだわりました。季節感を大切にしているので、四季の風景を商品や撮影に活かす事は多いですね。
全国225店舗※で提供されるデザートの質を安定させる 大手ならではの課題も
※店舗数は2022年11月24日時点
初めてロイヤルホストさんのパフェを食べた時、そのレベルの高さに驚きました。上田さんが求めるクオリティを全国の店舗で同じように提供するために気をつけられていることはありますか
上田さん:
アルバイトやパートの方でも安定したクオリティの商品が提供できるよう、各店舗に配布するマニュアルには力を入れています。工程や分量を細かく記載した画像入りの紙のマニュアルと、実際に作る様子を撮った動画のマニュアルも自分たちで作成しています。例えば「アイスをのせる」だけでは、すくった状態のままのせるのか、裏返しにしてのせるのかで仕上がりが全然違ってきます。書いても伝わらない事は、動画で補足するように心がけています。
新商品を開発する上で、現場での再現精度や提供時間とは常に向き合っていますね。「工程数が多いから、あと3工程減らして欲しい」などと事業部から意見をいただく事もあります。食材を減らすなどの妥協はしたくないので、例えば2ステップに分けて入れていたパーツを混ぜた状態で事前にスタンバイして1工程減らすなど、現場で再現できるオペレーションをもっと研究しなくてはと感じています。
また、新商品が発売されると、お客様としてお店に行き、実際に商品を注文します。提供までの時間を測定・商品の質をチェックして思うところがあれば、その場で店長にお伝えするようにしています。
お客様の評価は積極的にリサーチ ストレートなご意見に一喜一憂することも
お客様からの評価は気にされますか
上田さん:
はい。気になって、エゴサーチしちゃいますね。会社としてというより、パティシエとして気になります。InstagramやTwitterのハッシュタグをたどって、「どんな方が食べてくれているんだろう」とか。あとはお客様相談室にもご意見をいただきますので、そちらも確認していますし、店舗のスタッフに「どのくらい売れていますか?」と反応を聞いたりもします。
ちょっとショックなご意見があれば、二日位はスマートフォンを見ないようにすることも…笑
例えば、シンプルに「美味しくない」とか、パフェの一部のパーツについて、「ただ甘いだけで素材の良さが出ていない」というご意見をいただいたこともありました。勉強になっています。
逆に、「美味しい」と言ってもらえる事は、この仕事をしていて良かったと思う瞬間です。「毎シーズン食べに行っている」といったような声も有難い事に増えてきているので…。そういった(SNSの)投稿を見つけると、とても嬉しいです。
それでは最後に、上田さんの今後の展望や目標を教えてください
上田さん:
私たちの会社はロイヤルホストだけではなく色々なブランドがあるので、そちらのデザート開発にも携わりたいと思っています。
取材を終えて
ファミリーレストランは作り手と消費者の物理的距離が遠く、「メニューに込められた想い」や「手作りの温かみ」を感じづらい環境かと思います。個人的にロイヤルホストさんのデザートのファンである筆者は、その想いや温かみをメニューから感じていました。そして今回上田さんにお会いして、「やはり」という印象。食べる物・食べるタイミングなどを熟慮した日々の研究に、「美味しい物を食べて欲しい」という職人としての原点を感じました。
今回が4回目になる同シリーズですが、全インタビューを通して感じたことは「開発に飛び道具など存在しない」ということ。上田さんのインタビューでも、センスなどに頼る事なく、日々の実直なリサーチ・トライ&エラーの繰り返しが評価されるレシピを生むことを改めて実感しました。
●取材協力
ロイヤル株式会社
公式HP:サイトはこちらから