ガレット・デ・ロワが焼ける時の香り、表面の艶とレイヤージュの輝きに心を打たれた20数年前から、ガレット・デ・ロワに魅せられ、フェーヴを集め続けている筆者の念願の企画です!
日本で目にする機会も増えてきた、フランスの伝統菓子の代表格ガレット・デ・ロワ(Galette des Rois)。興味はあるものの、販売まではいたっていないお店も多いのでは?
これからガレット・デ・ロワをやってみたいと考えている職人さんたちのために、ガレット・デ・ロワの魅力と情報をお伝えする、連載シリーズ。
初回は、そもそもガレット・デ・ロワとはどういったお菓子なのか?また、ガレット・デ・ロワが日本で販売されはじめた時の様子などをご紹介します。
ガレット・デ・ロワをはじめとする伝統的なフランス菓子とその文化の普及を目的に活動されている「クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ」の会長である「パティスリー・ノリエット」の永井紀之シェフに、クラブ主催の講習会の合間にインタビューしました。
ガレット・デ・ロワはどんなお菓子?
ガレット・デ・ロワというのは歴史的にはどんなお菓子なのでしょうか?
永井シェフ
「ガレット・デ・ロワは、フランスのキリスト教にまつわるお菓子の一つで、1月6日の「公現祭」を祝うお菓子です。
「東方の三博士」という人達が星の暦でキリストの誕生を知り、ベツレヘムに赴きました。12月25日に生まれたばかりのキリストを訪問・礼拝し、『主(キリスト)が公に現れた日』として祝ったのが起源と言われています。公現祭はエピファニーとも呼ばれ、ガレット・デ・ロワの『ロワ(王様)』は、この三博士のことを指します」
ガレット・デ・ロワの形や特徴は、昔から変わっていないのですか?
永井シェフ
「昔のガレット・デ・ロワは、パイ生地ではなくパンのようなものでできていました。パイ生地のガレット・デ・ロワは、いまではフランス全土で作られていますが、フランス国内でもリヨン以南あたりではいまでもブリオッシュ(パン)生地のガレットが残っていて、クーロンヌという王冠の形で作られています。
ガレット・デ・ロワの中に入っているフェーヴ(fève)は、言葉の意味からもわかるように、そら豆が起源です。クレームダマンドなども入っておらず、パイ生地だけのリング状だったり、ただ平な丸いものの中にフェーヴが入っていたりと時代と共に形に変化が見られます。生まれ変わりの象徴である勾玉の形をしたそら豆を入れたのが始まりですが、金貨を入れている時期もあったとか。つまり中に入れるものは、当たって嬉しいものということですよね」
ガレット・デ・ロワとよく似たピティヴィエという地方菓子がありますが、何が違うのでしょうか?
永井シェフ
「形状や歴史的背景が違います。フランスでは、「ガレット」という名前が付いているということは、丸くて平たい形状が前提です。ピティヴィエは、フィユタージュ(生地)が分厚いですよね。中に入っているクリームは両方クレームダマンドなので構成的には同じです。お菓子の名前の由来はパリの南にあるピティヴィエという町からきており、レイヤージュ(表面の飾り)紋様は1種類です。ピティヴィエの町の道路がそういう形になっているからだそうです。
ガレット・デ・ロワのレイヤージュは、その歴史的背景から、ローリエの葉や太陽など、いろいろあります。サトゥリヌスという農耕神の名前をとった太陽の恵みや作物の豊穣を祝うお祭りにちなんで麦の穂をイメージをしたものもありますよ」
ガレット・デ・ロワの配合がクラブのホームページにも載っていますが、配合にルールはありますか?
永井シェフ
「厳格に決められたルールはありません。中のクリームがクレームダマンドとフランジパンヌのどちらが正統派かという話もたまにありますが、どちらでもいいと思います。
フランスでは、ガレット・デ・ロワは菓子屋だけじゃなくパン屋でも作っているところが多いんですよ。更にはスーパーでも売られています。お店によって、使用材料や配合は違うでしょうが、当クラブのHPに掲載されているレシピは基本配合のようなものです。
付け加えるなら、パイ生地の折込みの数でも違いが出てきますよね。レシピはほぼ同じでも、折り込む数でまったく違うものになるというのがまた面白いところです。工程を工夫することで違うものができるので、各々が自分の一番いいやり方を見つけて表現できるお菓子です」
ガレット・デ・ロワが日本で認知されるまでと現在の形
永井シェフの体感として、日本でガレット・デ・ロワが認知されてきたのはいつ頃ですか?
永井シェフ
「ここ10年ぐらいじゃないかな。修行先(オーボンヴュータン)では、今から42年ぐらい前の僕が20歳の頃からガレット・デ・ロワを作っていました。当時はお客様の誰もガレット・デ・ロワを知らない中、ちゃんとフェーヴも入れて出していました。だから自分も渡仏前にそういうお菓子があるということを一応知ってはいたんです。ただ、当時はそれが本当に売れなくて、飾りみたいに店に並んでいる状態でした。
それから2年後に渡仏した際、フランスでは当たり前にどこの菓子屋もパン屋も作っていて、需要が高いことに驚きましたね。とにかく生産量の多さに驚きましたよ。『こんなに作るの?こんなに売れるんだ!!』って。
お店で作るだけじゃなくて、自分自身でもガレットを食べる機会が何度もありました。1月は、お店の従業員と仕事終わりに食べたり、友達に会う際はみんなでガレットを食べたりと、とにかく1月に人が集まる場所には必ずガレット・デ・ロワがついてくる感じです。
帰国後は自分のお店でもガレット・デ・ロワを出していましたが、まだまだ認知されていないのでそんなに売れないし、お客さんも『何これ?』みたいな感じでした。中にクレームダマンドが入っているのも外からは見えないし、大きいホール売りでそれなりの値段じゃないですか。だから皆さん手を出さないんですよね。今はカット売りするところもありますが、僕自身はカットで売るっていう考えがなかった。ホールで買ってもらって、みんなで切り分けて食べてもらいたいから。
それがいまでは一般的にも認知されて売れています。クラブも今年で20周年を迎えましたが、今まで地道に講習会をやったり、ガレット・デ・ロワの楽しみ方を書いたカードを作ったりしてやってきた成果があるのかなと思っています」
カード、とっても可愛いですね!
永井シェフ
「一般には販売していないのですが、クラブの会員の人にはご要望があればお分けしています。
元々フランスの街角のパン屋で見つけたカードをヒントに作ったんです。エピファニーの歴史的な背景の説明や、『フェーヴが入っているので気をつけてください』と赤字で書いています。
最近はもう少なくなったけど、それこそ20年前は、カードをつけていても電話がかかってきて『中から変なもの(フェーヴのこと)が出て来たんだけど」ってよく言われました(笑)『異物混入じゃないか?!』って。今ではそんな話もほぼ聞かなくなったので、少なからず食やお菓子に興味を持っている人には認知されてきたと思います」
昔と今のガレット・デ・ロワの変化は?
永井シェフ
「副材料として乾燥フルーツを入れたり、パイ生地がチョコレート風味になっていたりとバリエーションが増えましたね。フランスでも日本でも少しずつ見た目や味が変化しているものが出てきている印象です。ただそれでも必ず入っているのはフェーヴだし、ピティヴィエみたいにもり上がった パイ生地の背が高いものは見かけないので、ガレット・デ・ロワと言えば、薄くて平たくてフェーヴが入っているっていう所は変わっていませんね。
昔はレイヤージュの模様も、ぜんぶシンメトリーだったんですよ。 どこから見ても同じようにしないといけないという暗黙のルールみたいなものがあった理由は、切り分ける時にフェーヴがどこにあるかわからないようにするためなんです。『この模様のところに入っている』みたいにならないようにという、ちゃんと伝統的な理由からなんです。最近はアシンメトリーの左右対称じゃない模様も出てきてずいぶん自由になって、いろいろな表現ができるようになっている、それはそれでいいことだと思います」
永井シェフとガレット・デ・ロワ
永井シェフにとってガレット・デ・ロワの良さ・魅力とは何ですか?
永井シェフ
「何と言っても、『みんなで食べる』というところですね。
日本でお菓子を食べる時、誕生日ケーキ以外はまず切り分けて食べるってことをしないじゃないですか。
フランスでは大勢で集まったときにはみんなで同じものを食べるということが当たり前なんですよね。日本ではお鍋を囲む時やおせち料理だと似たような感じですけど。そういう『みんなで分け合う』っていう感覚がフランスは全てにおいてあって、ガレット・デ・ロワを食べるというのはひとつの行事でもあるんです。みんなで一つのものを切りわけて、連帯感みたいなものも持てるうえに、フェーヴが入っている楽しみがあるので、それがやっぱり最大の良さなんだと思いますね」
永井シェフの好むガレット・デ・ロワは?
永井シェフ
「フランスにいたこともあって、やっぱり僕はビターアーモンドの香りのするガレット・デ・ロワが好きですね。ビターアーモンドにはシアンっていう微量の毒物が含まれていて、日本にはその風味がするアーモンドは輸入できないんです。ランダムで抽出して検査されるので、基本的に日本にはスイートアーモンドしか入ってこないんですけど。
フランスやヨーロッパのアーモンドって自然のままというか、アメリカみたいにあまり交配と改良がされていないのでたまにそういう粒があるんです。例えば100キロ収穫したら、その中に何粒かビターアーモンドが入っているだけで、全体にその香りがするんです。
粒で食べちゃうと香りが強すぎるんだけど、少量含まれていることによって、パウダーにしたときの香りが全然違います。
僕はガレット・デ・ロワに限らず、アーモンドを使っているお菓子にはそのちょっと独特な香りを放つものが好きなんです。もちろん生地とクレームダマンドのバランスが重要だとは思うんですけど、まず何よりもあの香りがするものが一番美味しいと思います」
永井シェフがガレット・デ・ロワを作り続ける理由は?
永井シェフ
「知識も含めた、ベースを大事にしたフランス菓子づくりを伝えていきたいからです。
ガレット・デ・ロワは元々エピファニーのとき以外では食べないお菓子なんですが、フランスでは1月中は販売されているところが多く、今ではクリスマスが終わったらもう作っているところもあるみたいですよ。日本はお正月に人が集まるので、年末から販売しているところが多いですが、残念なことに日本ではエピファニーとかキリスト教と関係のないところで、ただのお菓子として流行っている印象です。歴史を伝え続けることも使命だと感じています」
たしかに、若い方のなかには、生まれた時から既に日本にガレット・デ・ロワが売られている環境のなかで育ってきている人もいますからね
永井シェフ
「はい。ガレット・デ・ロワが元々どんなお菓子なのかを知らない人たちにとっては『子供のときお正月に家族でみんな食べたお菓子』みたいな感覚にもなりかねません。『これはフランスの伝統菓子ですよ』と話しても、エピソードがしっかりしていないと記憶に残りませんし。フランスの伝統菓子と日本の洋菓子の境目は何かというと、やっぱりエスプリ的なところだと思うんです。フランス菓子に関わる人間として、知識も含めた芯のようなものを持ち続けて、エスプリを大切に伝えていくのが目的でクラブをやっています」
クラブの講習会、受講者がたくさんお越しですね
永井シェフ
「我々の講習会は、派手なことはしないけど、その分普段あまりマスコミに取り上げられないような歴史の話もたくさんしています。
他国の食文化について話をするときに、『今はこうなっている』という流行の話ばかりをしてもあまり意味のないことだと思うんです。そこの国の食文化を知るためには、その情報はきっと賞味期限が短いというか、5年後にも存在しているかどうかわからないし10年後にはもうなくなっているかもしれない。10年経った後には、また新しいことが生まれているかもしれない。
そういう話よりもまず、クラブではこれまでの歴史や文化の流れだとか、食に対するベースっていうものを理解してもらいたいと思っていて、そんな話を聞いて楽しいと思える人が来てくれればいいなと思って続けています」
取材を終えて
流行を追い、消費してはまた次の流行を見つけようとする傾向の強い日本において、古くから受け継がれる伝統的なお菓子を地道に守り、伝えようとするクラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワの活動に感銘を受けました。
日本における、ガレット・デ・ロワをはじめとするフランスの伝統菓子は、ただそこにあるのではなく、こうしてその背景や歴史、文化に敬意を払い、大切にしてきた職人の方々の情熱があってこそ存在しているのだと思います。
そしてその情熱を受け継ぎ、伝えていく若き職人たちが多く講習会に参加しているのを見ていると、非常に頼もしく感じるとともに、フランスの素晴らしい食文化が日本でも末永く伝承されていくことを願って止みません。
お菓子に携わる人間として、お菓子の歩んできた歴史にも思いを馳せてこれからもガレット・デ・ロワを楽しみたいと感じました。