「65歳で引退する」と宣言していた先代の塚口肇(はじめ)会長から、娘の塚口紗希さんが「サント・アン」を受け継いだのは5年前。
「サント・アン」は、塚口夫妻とパティシエの松田さんの3人で1988年に「フレッシュケーキの店サント・アン」としてスタート。「丁寧に親切に作り、丁寧に親切に売る」をモットーに、創業当初から地元の厳選素材を中心に、極力添加物を使用しない「正直な商い」で地域に愛されてきました。
現在は郊外型パティスリーとしてスタッフ50人を抱える大所帯に成長した「サント・アン」ですが、紗希さんが先代から受け継いだのは、お店の経営だけでなく、1988年の創業当初から培われてきた、共に働く仲間たちを家族のように大切にする「社員ファースト」の精神。
時代の流れとともに、いまも社員たちを気遣い、ともに成長を続ける「サント・アン」について、初代の塚口肇会長と、娘である二代目の塚口紗希さんにお話を伺いました。
お店の改革はまず自分を知ってもらってから

▲「サント・アン」の店内。店内は広く、イートインスペースも併設されている
現社長の紗希さんは、登山愛好家でもある先代でお父様の肇氏が長野県立山の麓に自分たちで木を伐りセルフビルドした「美麻(みあさ)珈琲」の経営を2008年から任され、2020年の先代の引退を機に「サント・アン」の経営を引き継ぎました。紗希さんにはパティシエールとしての経験がなく、製菓業界に対する知見のない状態での世代交代でしたが、そのスタートはどのようなものだったのでしょうか?
スタッフ50人の大きなお店なので、最初はやっぱり「失敗するわけにはいかない」みたいなプレッシャーはありましたね。ただ父は「50人も5人も一緒。売上3億も3千万も似たようなもんや」と言ってました。
そんなこと言ってた?ひどいね(笑)
紗希さんは先代と違ってパティシエの経験がない分、製造スタッフに対する指示が出しにくいということはなかったですか?
父からは「3年は(会社のやり方を)何もさわらないように」と言われていました。
昔から長く働いている人もいらっしゃるからね。それまでその人たちが作ってきたものを急に変えたりするのはよくないですよ。私もね、お店をはじめてから40年近くたちますけど、厨房に入ってたのは最初の7年だけなんですよ。松田さん(チーフパティシエ)と私で言うことが違うと現場が混乱するから、葛藤はありましたけど、製造チームに任せることにしました。それからはああしなさい、こうしなさいとは極力言わないようにしてましたね。
まずは私がどういう人間で、どういうことを考えているのか分かってもらってからにしようと思って。なので、はじめはお店を見ながらちょっとしたところを改善したりとか、社食のメニューを変更したりとか(笑)。いまもそうですけど雑用をたくさんやってました。自分の思うことをしてみようという気になったのはここ2年くらいですね。
それはどういうきっかけで?
ある定休日の日に、父にお店に呼び出されたんです。一緒に売り場を見て回りながら意見を求められて、私が気になっていた点を話したら「それが分かっているのになぜ言わないんだ。お前が線引きをしないで誰がやるんだ」と言われまして。「何もさわるな」と言ったものの、なかなかわたしがやろうとしないのでしびれを切らしたんでしょうね。
怒ってはいないですよ。怒っても人には響かないから。納得しないと行動には移せないから。その人に染み入るようにね。

▲「広告にお金をかけるくらいならケーキの材料に使う」という初代の肇会長。お店には看板もなく、あるのは建物入口に取り付けられた表札のみ
社長としてどういう部分を大事にされていますか?
なにか問題が起こった時に、ちゃんと大騒ぎする、ということですかね。
というと?
会社で問題が起きた時に、こっそり解決してなかったことにするのではなくて、「こんなことがあった、大変だ!」とみんなに伝えて、みんなで考えて解決していく、というのを意識しています。そういうのがチームワークというか、お店としての強さみたいなものになっているのかなと思います。
たしかにスタッフのみなさん、よくお話をされている印象です。
うちはけっこうスタッフ同士のつながりが濃いというか、みんなでいろいろ一緒にやっていく、という色の強いお店だと思います。もちろんそういうウェットな環境が合わなくて辞めていった若い子もなかにはいます。やっぱりあまり人と関わらずに、ドライに仕事だけしてプライベートとは分けてしたいという人もいるので。それでもうちはスタッフ同士の関わり合いを大事にしていますね。

▲スタッフ同士のコミュニケーションも活発
「サント・アン」の食の安全への取り組み
スタッフ同士のつながりが強い「サント・アン」。先代の肇会長は、日本をひとり歩いて縦断する旅のなかで出会った、パティシエ経験のない若者を「うちで働きなさい」とスカウト(その方はお店でパティシエとして働き、その後独立)したり、今回の取材でお会いしたばかりの私に「もうこれで友達!」と言ってくれたりと、人間力の塊のような人。現社長の紗希さんもその血を受け継いで快活そのもの。「サント・アン」の家族のような社風もうなづけます。
そんな周りの人を大切にする「サント・アン」の特徴は、素材へのこだわりにも表れています。40前のオープン以来、添加物の不使用や、国産素材の使用に努めてきた「サント・アン」は、2017年に「菓子製造の無添加と国産化」を正式に掲げました。

▲添加物不使用、国産素材のこだわりがつまった「サント・アン」のお菓子
それまではキャリーオーバー*の添加物を使ったアイテムもいくつかあったんですけど、その部分も見直しました。それらの商品の製造販売を一旦止めてレシピを組み直したりっていうのを本格化したのがその時ですね。
【キャリーオーバー】
原材料に含まれているが、最終的な食品には微量で効果を発揮しない食品添加物。この場合、表示が免除される。
いま、牛乳はノンホモジナイズの牛乳を使って、卵もさらにバージョンアップしています。餌のところまでさかのぼって、遺伝子組み換えしていないトウモロコシを自分のところで粉にして与えている養鶏場さんの卵を使ったり。

▲サント・アンのお菓子に使用しているこだわりの砂糖や塩、卵なども販売している
いまの時代、素材・無添加へこだわるお店というのは珍しくなくなりましたが、40年近く前からそういう取り組みを続けているのは稀だと思います。そこにはどういった背景があったのでしょうか?
お菓子づくりに欠かせない小麦粉やいろんな果物が、アメリカをはじめ外国から輸入されていますけど、ポストハーベストといって、輸送中に腐ったり虫に食われたりしないように、収穫後に防カビ剤とかをかけてますよね。40年前、それを知った時に、そういうものを自分の家族に食べさせたくないと思った。そしてお客様も広い意味で家族、身内だと考えたら、やはりそれを知った限りは、そういうものをお菓子に使いたくないと思ったんです。ケーキとしての見た目は同じでも、仮に糖分やタンパク質と言った栄養素の数値としても変わらなくても、体に良いかどうかという点では雲泥の差がでてきますから。
食の安全を選択し続けるのが「サント・アン」のアイデンティティ
うちは生菓子以外にも焼き菓子やギフト商品なども作っていますが、マーガリンやショートニングを一切使ってません。以前には唯一マーガリンを使っている包餡の商品があって、それはバターとの物性の違いから、マーガリンの生地じゃないと包めないと機械屋さんからも言われてたんですけど、みんなでいろいろ工夫してバターでできるようにしたんですよ。
メーカーさんでも諦めたことを実現するのはすごいですね。
バターはマーガリンより固いので、まずバターをミンチ状にしてそれをパイ生地に練りこむんですけど、こんどは焼成の時にバターがじゅわっと溶け出て隣とくっつくから粉を振って、というふうにいろいろ試行錯誤しました。

▲試行錯誤の末にマーガリンからバターへ切り替えた「衣かさね」
ソフトクリームもけっこう頑張ったよね。
市販のソフトクリームのミックスを使って機械にかけて作ってたんですけど、ソフトクリームのとろんとした状態を保形するために添加物が入っているんです。それを使わないで自家製にするために、みんなでいろいろ考えて、寒天つかったり水あめ使ったり…
ソフトクリームを入れるコーンもね。いまは自分たちで生地作って手焼きで作ってるよね。手作りだと先端が完全に閉じてないからソフトクリームが溶けると漏れやすいので、チョコレートでコーティングしたりして。

あきらめないですね(笑)。それにしてもそこまで徹底してやっていたらコストがかさんで利益を出せないのでは?
うん。だから赤字ですよ(笑)。でもやれる方法をあきらめずに考えたら、やり方は無限にあるんじゃないかな
便利な材料とか半製品を使ってお菓子を作るのって、誰でもできるって言うと失礼だけど、わざわざ「サント・アン」でやらなくてもいいかなって。興味がなかったらそれはそれで構わないと思うんですけど、自分たちは食の安全の大切さを知って、どちらを選択するかってなったときに、私たちはずっとそっちを選び続けてきたので、「利益出ないからやめとこか」とはならないんですよ。それをやめてしまうとサント・アンじゃなくなる。
うん。そうだね。
サント・アンのアイデンティティのひとつとして、やっぱりそこは守っていきたいですね。
(後編へつづく)
【取材協力】

サント・アン
住所:〒669-1535 兵庫県三田市南が丘2丁目7-10
営業時間:10:00-18:00
定休日:火曜日
公式HP:http://www.saintan.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie_saintan/
Facebook:https://www.facebook.com/saintan3101
ベーカリーパートナー編集部