職人人生において、1つの大きな分岐点となる独立開業。ただ、一口に独立開業といっても、そこまでの道のりやお店に込める思いはお店の数だけ存在します。
今回取材した「パティスリー オーセンティック」の藤原シェフは、数々のホテルで活躍し、50歳を目前に独立を決意しました。それまでの働き方や環境をガラっと変えて、地域に根づく小さなお店をひとりで開業、運営しています。そんな藤原シェフに独立、開業までの道のりやお店について話を聞きました。
店名「オーセンティック」に込められた思い
兵庫県神戸市東灘区、青木駅近く。どこか懐かしさを感じさせる街並みの中にお店はあります。木枠の扉が印象的な外観と木と水色の壁が爽やかな印象の店内。
ショーケースにはシンプルな定番アイテムから、他ではあまり見ない食材の組み合わせのプチガトー、それから種類豊富な焼き菓子と、幅広いラインアップです。
実際にケーキを食べてみると、すべての素材の味がしっかりと感じられ、そして包み込まれるような優しい味わい。シェフにお店のコンセプトについてお聞きして「食べてみると思わず笑顔になってしまう」理由が分かりました。
藤原シェフ
「コンセプトは、本当に美味しいものをお客さんと共有できるお店です。店名の『オーセンティック(=本物の)』の意味の通りですね。今時は『映える』とか言って、見た目が重視されている傾向がありますよね。けれど、実際に食べたときに、『ん?これは本当においしいと言えるのかな…?』って思った経験はないですか?
僕自身もそういった経験をして残念に思うことがありました。もちろん見栄えも大事ですけど、僕はこれまで見た目以上に中身を大切にすることを教えられてきました。中身というのは素材だけではなく、それ以上に配合や作り方、焼き方など。それらを突き詰めてどう形にするかにかかっていると思っています。『本当に美味しいものってこういうことですよね』っていうのをお客様にお伝えすることも自分の仕事の一部と考えています」
「応用」の追求の先に訪れた方向転換
独立開業するまで数々のホテルで経験を積み、コンクールにも挑戦してきたという藤原シェフ。シェフとしてレシピを生み出す日々の中で、技術や『本当に美味しいものお客さんと共有したい』という信念はどのように培われてきたのでしょうか。
藤原シェフ
「30歳から北野ガーデン(2023年に閉館)のフレンチレストランで働き、初めてシェフを経験しました。そこではアシェットデセールをつくっていたのですが、20代の修行時代に叩き込まれた基礎をどのように応用して『自分』を表現するか、ということに夢中でした。
アシェットデセールの何がいいかというと、箱に入るサイズでないといけないプチガトーと違って、高さの制限がないこと。お皿の上って表現が無限なので、極端ですけどピラミッドみたいに高くもできる。僕は当時、上に何を重ねていけるのかというところを表現したくてたまらなかったんです。
今振り返ると、30代は僕にとって自分を表現することに夢中になっていた10年間だったなと思います。例えば、葉巻を燻してチョコレートをスモークしたり、奇抜なことばかりしていましたね(笑)」
その当時はまったく独立の考えがなかったという藤原シェフですが、40代からは、自己満足的な変わったものではなく、配合や焼成をどこまで突き詰めていくかに表現の軸がシフトしていきます。
時を同じくして、身の回りに起こった変化が、気が付けば藤原シェフに独立という考えを芽生えさせていました。
藤原シェフ
「前職での先輩の会社に誘われて、結婚式のウェディングケーキやデザートの製造の事業を任されることになったんです。その矢先に、その結婚式場が入っている建物の営業が終わることになってしまって。
その時に先輩が、『だったらパティスリーを開業しよう』と持ち掛けてくれて、店の立上げとシェフのポジションを任されたんですが、開業準備を進めているうちに、自分でやりたくなったんですね。会社勤めで店舗開業に関わるにしても、自分のお店を開くにしても 、開業に向けてやることは同じ。そう考えた時に、あとの残りの人生を、自分の責任だけが必要とされる自分のお店でやっていこうと決心しました。
それまでも、携わってきた仕事のほとんどを自分で決めてやってきていたので、自分にとって1人でするということは自然でした」
開業に向けて活かされたそれまでの経験
50歳手前での開業は年齢的に不安があったものの、開業準備を進めていくうえでそれまでのキャリアや経験が活かされたと言います。
藤原シェフ
「金融公庫の融資審査のためのプレゼンテーションでは、言葉だけでは自分が作ろうとしているケーキをイメージしてもらうことは難しいだろうなと思って、商品の絵を描いて用意しました。そうすると、相手の反応もすごく良く、『絵からでも美味しそう』って言ってもらえて。
それまで自分が参加してきたコンクールでも、場合によっては、作品の思いや表現方法などをプレゼンテーションすることがあったので、ここでもコンクールの経験が活かされたと思います。
あとは、綺麗な言葉を並べるのではなく、絵を見せながら自分の言葉でどういうふうにお客様に喜んでもらいたいかというコンセプトの話を全面的に打ち出しました。さらに経歴も後押しして、信頼されるプレゼンテーションができたかなと思います」
無事、融資は希望する額が通ったものの、はやりスムーズにいかないのが開業準備。物件探しや内装には苦労した部分もあったそうです。
藤原シェフ
「物件探しに関しては、いい物件が見つかっても、一足遅かったということが何回もありましたね。ここは面積が少し足りなかったんですが、レイアウトを見直して、すぐに決めました。
実はその日の午前中に内見された方がすでに仮押さえしていたので僕は2番手だったんです。ただ、僕がその方より先に申込書を不動産会社に提出できれば、 借りられる可能性が残っていたんです。賭けだったんですよ。いつもタッチの差で負けてたんで、教訓を活かしてその時は即行動しました(笑)
内装に関しては、自分が思い描くお店のイメージをデザイナーに伝えたところ、理想がどんどん膨らんでしまい、見積額が予算を大幅に超えてしまいました。予算内に収まるように調整していくのが大変でしたね(笑)。施工会社やデザイナーともっと綿密に内容をすり合わせられたら良かったなと思います。
実際に店舗を始めてみて思うのは、もう少しの北の方に行けば、人通りも多いですし、活気があるというか、街が明るい感じがします」
地域に密着して、今は一歩ずつ着実にお客様から信頼を得る段階だとシェフは前向きに捉えています。
藤原シェフ
「頑張って続けていけば、いずれは認知され、少し離れたところからも来てもらえるようになると信じているんです。今はその過程を楽しんでいます」
目指すは「何を食べてもおいしい!」と言ってもらえるお店
現在は、1人でお店を切り盛りしている藤原シェフ。接客から製造までのすべてを1人で対応しているため、作業が思うように進まず大変な面もあるそうですが、作っている本人が接客することに強みを感じているといいます。
藤原シェフ
「例えばショートケーキのスポンジだと、もちろんレシピはありますが、その日の気温や素材の状態、もっと言えば僕の感覚によっても仕上がりは変わるかもしれない。『何分経ったからオーブンから出す』とか焼成時間を鵜呑みにするではなく、常にスポンジの焼成具合をチェックして、その時ベストと思えるものをお出ししています。
お客様にも『このスポンジはこんなふうに焼いているんです』って裏話をすると、お客様は驚いて、食べるのがより楽しみになって頂けます。その話をしたお客様から、ケーキの感想をもらうこともあり、そんな会話が楽しいですね。ありがたいことにそこからバースデーケーキの注文につながることもあるんです」
他にもそれぞれの商品のこだわりを聞いていると、ふと疑問がわいてきました。「オーセンティックの看板商品って?」その答えの中に藤原シェフが目指すお店の姿が見えてきました。
藤原シェフ
「看板商品って、難しいですね。どういうことかというと、これが看板商品なんですって言っても、お客様がそれを選ぶとは限らない。例えば、過去にはメディアの影響で、『アップルパイが美味しいらしい』と1人歩きをして、意図せずアップルパイが看板商品のようになることもありました。
そうかと思えば、レモンピールとグレープフルーツピールをチョコレートがけして販売したところ、すごい反響があって。今度はこれを求めてたくさんのお客様が来られました。注目されると人気に火が付くんですよね。ただ、それは長続きしないですし、作り手側が『これが看板商品です!』って言っても当てはまらないことが多いんですよね」
藤原シェフ
「看板商品を育てることも大切だと思いますが、僕が目指しているのは、流行りに左右されずに選ぶ楽しさを持ってもらい、いつどれを食べてもおいしいと言ってもらえること。そういう店になりたいなと思ってます」
今後は、焼き菓子をより充実、さらには一般のお客様向けのスイーツ講習会を定期的に開催していきたいという藤原シェフ。「本当に美味しいとは?」をテーマに、それを目指すシェフの挑戦はまだまだ続きます。
●取材協力
パティスリー オーセンティック
住所:神戸市東灘区青木5-4-15 103号
営業時間:11:00〜18:30
定休日:火曜日、水曜日
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie_authentic_/?hl=fr