2年に1度、フランスで開催される国際ブーランジェコンクール、「モンディアル・デュ・パン*」。その上位6チームを集めて技術を競い合う「ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン」が2023年の3月1日から3日間、幕張メッセで開催された2023モバックショウで行われました。
フランスパンの技術と文化をより広め、親しんでもらうことを目的として、本大会が行われるフランス以外の加盟国で開催されるベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン。今回は、当初台湾で開催される予定だった第3回大会が、新型コロナの影響で延期となったため、第4回大会と合わせて2つの大会が東京で同時に開催されるという、かつてない大きなイベントになりました。
日本からはモンディアル・デュ・パン第7回大会(2019)優勝の大澤秀一シェフ(コム・ン)とコミの久保田遥選手(コム・ン)、同じく第8回大会(2021)優勝の谷口佳典シェフ(ブーランジェリー フリアンド)とコミの北峯昌奈選手(パン工房フルニエ)が参戦しました。世界各国からトップレベルのパン職人たちが集まったこの大会を、chefno編集部がレポートします。
※フランスパンの正統な技術の継承と美味しく健康によいパンの普及を目指して設立された協会Les ambassadeurs du pains(レ・アンバサドゥール・デュ・パン)が主催するパンの世界一を決める国際大会のひとつ。パンの味や見た目のみならず、栄養・健康面も評価の対象としているのがこの大会の特徴です。
目次
ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン第3回大会
幕張メッセの特設会場に到着すると、すでにブース前はギャラリーでいっぱい。遠い日本での開催にも関わらず、様々な国から応援団が駆けつけていました。フランスをはじめとするヨーロッパの強豪はもちろん、中国やペルーといった国も参加しており、フランスパン文化の広がりを感じます。
競技スタートの号令とともに、まずはコミ(アシスタント)たちが手ごねで生地を捏ねていきます。
「モンディアル・デュ・パン」を運営するアンバサドゥール・デュ・パンが大切にしているのは、伝統的手法・文化の継承と、それらを若手へと繋いでいくこと。それだけに競技がこの手捏ねから始まることは、重要かつ象徴的な意味を持っています。
大会初日、第3回大会の「ベスト・オブ」の競技ブースに立つのは「コム・ン」の大澤秀一シェフとコミの久保田遥選手。2019年本大会の優勝者です。普段から同じお店で一緒に働いている二人は息もぴったり。
そして今回このチームのコーチを務めているのが、西川功晃シェフ(サ・マーシュ)。大澤シェフは「サ・マーシュ」で修業しており、西川シェフは師匠にあたります。
競技は前日準備の1時間半と、競技当日8時間半の2日に分けて行われましたが、その一日目で思わぬアクシデントが。大澤シェフのチームが初日の競技時間を3時間と勘違いしており、大幅にプラン修正を強いられることになったのです。
ただそんなアクシデントにも大澤シェフは沈着冷静。西川シェフゆずりの正確かつ無駄のない動きで、猛スピードで作業を進めていきます。コミの久保田選手も本大会でベストアシスタント賞を受賞した実力者。大澤シェフと息の合ったコンビネーションを見せます。
課題となるパンは、バゲットやヴィエノワズリーに始まり、雑穀などを用いた「健康パン」や、アンバサドゥール・デュ・パンが提唱する昔ながらの製法で作る「レスペクチュス・パニス」など、多岐にわたります。パン職人として必要なすべての技量が求められるのです。
競技2日目も日本チームのスピードは衰えることなく、次々とパンを焼き上げてはテーブルに並べていきます。
日本チームのブース前ではコーチの西川シェフがテーブルに並べられたパンをチェック。それまでニコニコと関係者の方たちと談笑していた時とは一転、怖いほどに真剣な眼差しでパンの出来栄えや並びを確認していました。
日本チームのパンはどれも美しく、見事なものばかり。なかでも圧巻は飾りパンでした。
第3回大会のテーマは「世界のスポーツ」。大澤シェフは柔道家をモチーフに、「登竜門」というテーマを加え、鯉が昇って龍へと成長する様をパンで表現した躍動感のある作品を制作。特筆すべきはクロワッサンの折込生地を使って表現した柔道着で、流れるような布の柔らかさやシワを見事に表現しており、これからのパンの表現を一変させるような意欲的な作品でした。
ベスト・オブ・モンディアル・デュ・パン第4回大会
続いて第4回大会。日本代表は、大澤シェフと同じく本大会の優勝者である谷口佳典シェフ(ブーランジェリー フリアンド)、アシスタントは北峯昌奈選手(パン工房フルニエ)コーチは山崎隆二シェフ(株式会社カネカ)です。
競い合うのはフランス、ベルギー、オランダといったヨーロッパの強豪ばかり。どのチームも本大会優勝の谷口シェフのパンに見劣りしない見事なパンを作り上げていきます。 ブースの前にはたくさんのメディアが集まり、作業に集中しにくい環境のなか、落ち着いた表情で淡々と作業をこなしていく谷口シェフ。時折コミの北峯選手と声を掛け合いながら丁寧に作業を進めていきます。
参加チームが熱戦を繰り広げているお隣では、大会を運営するアンバサドゥール・デュ・パンのメンバーたちが和気あいあいとおしゃべりをしながらいろいろなパンを焼き上げています。2大会同時開催の大イベントだけあって、なかにはMOF(フランス国家最優秀職人章)の称号を持つシェフの姿もちらほら。
焼きあがったこれらのパンはオリジナルのトートバッグに詰められて販売されていました。
めったに味わうことのできない世界の職人たちのパンを求めて、多くの来場者たちがトートバッグを買い求めていました。
第4回大会の飾りパンのテーマは「ベーカリー、その誕生から現在まで」。谷口シェフは日本に本格フランスパンを伝え、その普及に尽力した「フランスパンの神様」、レイモン・カルヴェル氏をモチーフに制作。一見パンで出来ているとは思えない、芸術作品のような飾りパンでした。
焼きあがったパンを並べ飾りパンを組み終わると、タイムアップ寸前まで床を掃き、作業台を拭きあげていく選手たち。パンの出来栄えだけでなく、作業後の厨房ブースの状態や、コックコートの汚れ具合に至るまで審査の対象になるこの大会。パンづくりの技術だけでなく、プロフェッショナルとしての意識も試される、厳しい大会です。
焼きあがったパンは審査員のもとに運ばれて厳しいチェックを受けます。見た目や香り、味はもちろん、栄養価なども評価されるのは、時代に合わせて永くパン文化を継承していこうとするモンディアル・デュ・パンならでは。
第3回大会は大澤シェフの日本チームがみごと優勝!
すべての審査が終わり、いよいよ結果発表の瞬間がやってきました。
アシスタント賞、芸術作品部門賞、健康パン賞などが発表され、いよいよ順位の発表です。
第3位、第2位と発表されていき、最後に読み上げられたのは「ジャポン(日本)」。第3回大会の優勝は、みごと大澤シェフのチームが獲得しました!(日本チームは「芸術作品」部門賞も獲得)
優勝を祝福する黄金のリボンが勢いよく宙に舞い、会場は大きな歓声に包まれました。日の丸の旗を大きく振って喜びを表す西川シェフ。選手ふたりにもリラックスした笑顔が溢れます。
―優勝おめでとうございます!
ありがとうございます。嬉しいというよりホッとしました。
2019年の本大会は自分たちの練習と努力で勝ち取ったという印象なんですけど、今回はいろんな人にサポートしていただいて、僕と久保田が一か月間コム・ンを離れて練習するときもスタッフたちが本当に頑張ってお店を支えてくれてたんで、そういった人たちの存在が今回、自分の力になったと思います。
―今回はどんな思いで大会に臨みましたか?
今回は勝つだけじゃなくて、新しいことに挑戦しました。
飾りパンの生地って、強度やデザイン上の理由から、イーストが入っていない発酵しない生地で作るのが主流になっているんですけど、今回は8割以上を発酵生地を使って、本当の「パン」で作るというところに挑戦したので、そのぶん生地が脆くなったりとか、難しいことが多かったです。正直言うと、納得のいく出来ではないですが、でもまあ、それもいい経験かなと。
―久保田選手との連携も見事でした。
久保田とは普段からずっと一緒にいて、何を考えているのか分かる相手だったので、時間のないなかでもこれだけのメニューをこなせたんだと思います。前回の本大会の時とは比べ物にならないくらい頼もしくて、いつでもシェフとして出場できるくらいの実力はついていると思いますし、そういった姿を見られてすごく嬉しいですね。
わたし自身やり切った感はあるんですけど、うまくできたかどうかはあまり自信がなかったので、そう言っていただけて嬉しいです。
初日の競技時間が3時間じゃなくて90分というのが分かったのが開始30分前だったんですけど、大澤さんが冷静に「ここをこうしよう」「ここを削ろう」と提案してくれました。 普段の仕事のなかでもハプニングってあるじゃないですか。そういう時に冷静にどういうふうに対応したらいいか、大澤さんに教えてもらっていたので、わたしも慌てることなく落ち着いて作業をすることができました。
今回の経験を励みにわたしも日本人初の女性シェフとして出場できたらカッコいいと思うので、そこを目指して頑張りたいです。
第4回大会の優勝はフランスチーム。谷口シェフの日本チームは惜しくも準優勝!
続いて第4回の結果発表となり、優勝に輝いたのは本場フランスの代表チーム。谷口シェフのチームは惜しくも準優勝という結果になりました。日本チームは「健康と栄養」部門賞も受賞。アンバサ協会が重んじる健康と栄養に配慮したパン制作において高い評価を受けました。
―準優勝おめでとうございます。本大会の優勝者ということでプレッシャーも大きかったのでは?
ありがとうございます。いやー、疲れましたね(笑)
前回優勝してたんで、それなりにプレッシャーはありましたけど、自分に出来ることはやりきったので、そこは満足しています。北峯選手も前回より成長した姿を見せてくれましたし、まだ若いのでこれからだと思いますけど頑張ってほしいですね。
競技中は緊張はしなかったんですけど、表彰式の時は結果発表を待ちながらドキドキしていました。前回の本大会の時よりは谷口さんのやり方や考え方が分かるようになってきたかなという実感はあって、そこは成長できた部分かなと思います。
本大会の優勝の日本チームを退け、みごと優勝しフランスパンの本場としての面目躍如といった様子のフランスチーム。優勝が決まった瞬間、選手たちは喜びを爆発させ、固く抱擁を交わしていました。
―優勝おめでとうございます!
ありがとうございます。世界で一番幸せです!
2年前の本大会ではピエスが壊れてしまって5位という結果に終わってとても残念な思いをしたので、リベンジできて最高に幸せです。
じつは今回もアクシデントがあって、ホイロの故障で前日に仕込んでいた生地がだめになってしまって、最初からやり直しになってしまったんです。時間内に間に合うかどうか最後の一秒までずっと緊張していましたが、なんとかチームで力を合わせて乗り切ることができました。
前回、前々回と本大会で日本が優勝していたので、今回優勝できてフランスパンの本場として、トップの座を取り戻せたのでとても嬉しいです。
ちなみに最も優れたコミに贈られるベストアシスタント賞は、どちらもフランスチームの選手が獲得しました。15歳からからパン職人になることも珍しくなく、さすが本場フランスといったところ。
以前に谷口シェフの優勝凱旋インタビューで、コーチの安倍竜三シェフ(パリゴ)が「フランスの若手はすごい。動きが違う」と絶賛しておられたことを思い出しました。
表彰式が終わると、どの選手も心からの笑顔で握手を交わし、お互いの健闘を讃え合う姿が印象的でした。もちろん大会に出るからには優勝を目指すのはもちろんですが、勝ち負けだけに執着するのではなく、あくまでフランスパンへの情熱を分かち合う同士としての一体感がありました。
「パンっていいな」とあらためて感じさせてもらえる瞬間でした。
大会ダイジェスト動画はこちらから!
●取材協力
レ・アンバサドゥール・デュ・パン・デュ・ジャポン
公式サイト:https://www.ambassadeursdupain.jp
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