chefnoでは、ガレット・デ・ロワの魅力を伝えるために5回にわたって連載記事をお届けしてきました。今回はフランスのブラン(Blain)という町にあるフェーヴ博物館訪問紀行をお届けいたします。
フランスの伝統菓子ガレット・デ・ロワ(Galette des Rois)の中に入っている小さな陶器製のおもちゃ(置物)‟フェーヴ”の博物館がフランスにあると知った時から、筆者の訪れてみたい場所の1つである彼の地を、chefnoフランス特派員が取材しました。
フランス国内で最も多い所蔵数を誇るフェーヴの博物館!
かつて貿易で栄えたロワール川沿いのフランス西部の街・ナント(Nante)市から、50km。人口1万人程のブラン(Blain)市にフェーヴ所蔵数フランス国内最大を誇るフェーヴ・クレーシュ・民俗博物館があります。
ナントからのバスの本数が少なく、車がないとパリからの日帰りもままならない小さな町・ブラン。
市内中心の広場に面した教会のほぼ向かいにある建物は、1階が市役所、上階が博物館という構成で、フェーヴの展示室はその2階の一室にありました。
ここは昔、市役所の婚姻届け手続きの広間だったそうで、かつて人々は、ここで婚姻届けを出してから目の前の教会へと向かい、キリスト教の慣習に従い結婚式を挙げたのだとか。
ガレット・デ・ロワとフェーヴの由来
フランスでは1月6日のエピファニー(公現祭)の日、又は、1月第2週の日曜に、集まった家族や友人でこのガレット・デ・ロワを分かち合う習慣があります。
伝統的には、大人がガレット・デ・ロワを切り分け、その場にいる最年少の子供が誰に配るかを順番に指名していきます。
その子供は目隠しをしたり、テーブルの下に入ったりして、配られる一切れが誰に渡るかを見ないようにします。なぜなら、黄金色の光、太陽のシンボルであるガレット・デ・ロワの中には、豊穣、命のシンボルのフェーヴが入っていて、そのフェーヴが誰に当たるかがわからないようにするためです。
フェーヴが当たった人は、その日の王様となり、紙の王冠をかぶって女王を指名するという遊びが、風習として今もなお残っています。
この風習に陶器のフェーヴが使われるようになったのは1874年。「王」になる人が、フェーヴ(そらまめ)を飲み込まないようにという配慮が由来なのだとか。
この博物館のレセプショニストとして31年勤続のステファニーさん(Mrs. Stéphanie BRIAND-VIAUD)にお話を伺いました。
博物館の始まりと現在
博物館としてフェーヴを展示しているのはいつからですか?
「この博物館は、1990年から始まりました。フェーヴの展示室はこの一部屋のみで、現在の展示数は約1万点です。展示しきれずに保管されている所蔵数は、その10倍の、約10万点に及びます。
隣室は、世界のクレーシュ*展示室、ガロ・ロマン時代の考古学資料室。そしてさらに上階の3階は、1930年頃のこの地域の生活や伝統を知る民俗資料室(*キリストの降誕場面を描いた模型セットなど)となっています。
この展示室の始まりは、近郊のブーランジェ達のフェーヴを収集し始めたのがきっかけです。当時は今のように、古い貴重なコレクションがあったわけではありませんでした。
年々コレクションも倍増し、フランス全国放送のTVニュースでも紹介されて、当館の存在は次第に広く知られるようになりました」
今では貴重なコレクションを所蔵されているんですね。
「2008年、パリ在住のリフェ(RIFFET)夫人(当時86歳)から貴重な2033点の寄贈を受け、コレクションは奥行きを増すことになり、さらに話題を呼びました。
リフェ夫人には、遺産相続人がおらず、この博物館の存在を知り、2033個の古いフェーヴのコレクションを寄贈してくれたんです。当時の見積もりによると、そのコレクション全ての推定価値は、150,000€にも及びます」
「最古のものは、第一次世界大戦前、1890~1914年にドイツのマイセン(Meissen)で作られた数々です。当時は、やはりキリスト教にちなむモチーフが中心でした。
東方の三博士(王様)、女王、おくるみの赤ちゃん、魚、さまざまな動物。そして、幸福の象徴である四葉のクローバーなどもありました。
リフェ夫人寄贈コーナーのガラスケースに展示されたものの中には、1個あたりの推定価値が800-2000€とされているものもあります。
例えば、中央の長靴から頭を出すナポレオンというユニークなデザインのものは、推定1500€です。マイセンの製陶所で作られたという理由の他に、製造数がおそらく3-4個のみで稀少価値が高いことが推測されます」
ほかに来館者がよく見られているものは、どのようなものですか?
「フランスの陶磁器産地として有名なリモージュ(Limoges)のカステル(Castel)製陶所などで作られた貴重なコレクションも人気があります。製造された年代によってフェーヴにも変化が見られるので、変遷をたどる展示もオススメです。1952~1960年は、製造の利便性や軽さを考慮したプラスチック素材のフェーヴ、1990-2000年には、ゴールドメタルや、ガラス製が登場しました。
これらは、消費者の安全性を考慮して継続されませんでしたが、その時代の傾向も垣間見ることができます。現在は、フランスで企画デザインされたものが中国で製造され、コストを抑える傾向にあります」
ステファニーさんのおすすめを教えてください
「土地柄、ブラン市で70年間に渡り、親しまれていた‟パティスリー・セシェール(SECHER)“のコレクションも多いんです。このお店は、お客様の期待に応えるユニークなアイディアのオリジナルフェーヴシリーズを考案していました。
ある年は、音楽家シリーズ、ある年は、政治家をユーモラスに模ったシリーズが出ました。昔のブラン市の絵ハガキをフェーヴにしたシリーズには、地域への愛着がとても感じられます。2023年1月に閉店したので、これらも大切なアーカイブ作品となりますね」
「その他には大手のフェーヴメーカーのアルギュイダル(Arguydal)やプリム(Prime)の他、フランス各地のフェーヴメーカーで作られたフェーヴの数々です。ブルゴーニュ地方のコラ(Colas)、南仏のムーラン・ア・ユイル(Moulin à huile)、パジ(Pagis)、ミッドガール(Midgard)など、こだわりのファンが喜ぶ貴重なコレクションも充実しています。
ロワール・アトランティック県のナント市にあったビスケット製造工場LUのビスケット型シリーズ、造船業で有名なサンナゼ―ル(Saint-Nazaire)市にちなんだ船のシリーズなどは地方色が出ていて必見ですよ。
各社が趣向を凝らして作るフェーヴのテーマは多様化し、フランス歴代の王様、チェスやトランプ、ナントのサッカーチーム、ツール・ ド・ フランス、そしてマンガや映画のキャラクターと多岐にわたります。2000年には、6個のパズル式のエッフェルタワーいうユニークな記念シリーズも出ました」
「近年は、毎年パティシエ達が新しく出すデザインの進化したおしゃれなオリジナルが増える一方です。あまりにも数が多いので、これらを収集して管理することは、この小さな博物館では不可能です(笑)。
そんな中、日本の‟とらや“が、毎年新作を送ってくださるんですよ。そちらはしっかり当館のコレクションの一部となっています」
「ここの全てのショーケースを1つ1つ説明すると、1日かかっても終わらないくらいです。フェーヴを集めている方も多く訪れて、みなさん食い入るように時間をかけて見ていかれます。
バカンスシーズンには、祖父母と共に見に来る子供達の姿も多いですし、以前、リヨンの料理学校に通う日本人の生徒さんがわざわざ足を運んでくれたこともありました。来館者に訪れてよかったと思ってもらえるような魅力的な展示をこれからも続けていきたいです」
取材を終えて
教会が窓から見える小さな展示室は、もと市庁舎の婚姻届け手続きの広間。そこに、豊穣と命のシンボルのフェーヴがひしめくように展示されているというのが、この上ない幸せの象徴にも感じられました。
毎年、パティシエやブーランジェ達により、丹精込めて作られるガレット・デ・ロワ。それが分かち合われるシーンは、至るところで繰り返され、この先も続いていくでしょう。
私自身はなぜか、自分が当てたフェーヴを幸福のお守りのようにいつまでも持っています。その時に分かち合った想い出も重なるフェーヴは、不思議な力を持っているかのようです。
【取材協力】
Musée de la Fève et de la Crèche et traditions populaires(フェーヴ・クレーシュ・民俗博物館)
住所:2 Place Jean Guihard 44130 Blain
開館時間:10:00-12:00/14:00-17:30
休館日:日・月曜日
入場無料
公式ホームページ:https://museedeblain.fr/