ガレット・デ・ロワの焼ける時の香り、表面の艶とレイヤージュの輝きに心を打たれた20数年前からフェーヴ集めを始めた筆者の念願の企画、最終回です。フランスの伝統菓子ガレット・デ・ロワ(Galette des Rois)の魅力を過去4回に渡り、様々な切り口でご紹介してきました。
今回は、フランスの食いしん坊達が老若男女問わず今年こそは引き当てたいと渇望する、ガレット・デ・ロワを共に分かち合う際の必須アイテム、小さな陶器製のおもちゃ(置物)‟フェーヴ”についてのお話です。
昨年(2023年の1月)フランスでは、なんと約3000万台ものガレット・デ・ロワが消費されたそうです。(※フランスの情報番組ouest franceで紹介されていました)
という事はつまり、3000万個のフェーヴが幸運な人に当たったことになります!
そもそも、このフェーヴを入れる慣習がいつどこで始まったのか、少し調べてみました。
フェーヴ特集の今回は、渋谷にある「VIRON(ヴィロン)」の大亀シェフを取材しました。
同店は、20年前の開業当初からガレット・デ・ロワの製造・販売をされるだけでなく、15年ほど前からはオリジナルフェーヴも作られています。お店の想いが詰まったフェーヴを引き当てた強運の持ち主は、フェーヴの沼にはまってしまうかもしれません。
目次
14世紀からすでに、ガレット・デ・ロワにそら豆(フェーヴ)は入っていた?!
ガレット・デ・ロワは、フランスのキリスト教にまつわるお菓子の一つで、1月6日の「公現祭」を祝うお菓子です。現在、中に入っているものは陶器製のおもちゃでフェーヴと呼ばれていますが、本来 フェーヴ( Fève )はフランス語で「そら豆」の意味。その語源からもわかるように、元々は乾燥したそら豆やインゲン豆を忍ばせていたようです。
宗教人類学の専門家ナディーン・クレティン氏によると、1311年(14世紀)、当時のアミアン司教がそら豆の入ったケーキを数人の客人と共に分け合った、という記述が残っているそうです。
更に11世紀後半のフランスでは、そら豆の入ったパンが食べられていたこともわかっており、そら豆をガレット・デ・ロワに入れ始めた理由は、そら豆が春に生育する品種であることが大きいようです。豆類は、卵と同じようにその中に胚を宿すため、古くから生命と豊饒(ほうじょう※土地が肥えていて作物がよく実ること)の象徴でした。
では、そら豆から陶器製に置き換えられたのは一体、いつ頃からなのでしょうか?
1874年(19世紀)、ガレット・デ・ロワに磁器製のフェーヴが入れられたという記録が新聞記事で残っているそうです。しかしながら、どこで作られた磁器製のフェーヴを、誰が入れたかという記述はなく、様々な憶測がなされているのも事実とのこと。
そんななか、磁器製のフェーヴに置き換わった要因の諸説の一つに興味深いものがありました。
切り分けたガレット・デ・ロワの中に豆が入っていた人は、自分以外の他の客人に飲み物を勧める習わしがあったのだとか。この慣習に従おうとせずにそら豆をこっそりと飲み込む人がいたようで、それを防ぐために磁器の置物に置き換えられたという説があるようです。
磁器は当初、そら豆を模したものが多く「幸運、権力、富のしるし」などの意味があったとか。その後キリスト教にまつわるお菓子ということもあり、キリストの誕生に因むものが中心になりました。後に幸福の象徴がモチーフにされ、今では皆さんもご存知のとおり様々な形のフェーヴが存在しています。
当たった喜びがさらに増す!オリジナルフェーヴの魅力
既製品でも可愛いフェーヴはありますが、毎年オリジナルのフェーヴを作られているお店がフランスにはたくさんあるのを知っていますか?コレクションのように展開されるフェーヴには、各店のイメージやシェフの想いがぎっしりと詰まっており、ガレット・デ・ロワに更なる彩りを添えているといえます。
そんなオリジナルフェーヴを日本で15 年ほど前に作製し、当初から変わらぬデザインで注文を続けられているヴィロンの大亀シェフにお話を伺いました。
ガレット・デ・ロワにおけるフェーヴの役割はどのようなものだと考えていますか?
大亀シェフ
「フェーヴはガレット・デ・ロワの中の大事な一部です。フェーヴが中に入っていようが、外に別添えになっていようが、ガレット・デ・ロワの味そのものは変わりませんが、みんなでガレット・デ・ロワを切り分けてフェーヴを当てる楽しみを分かち合う伝統行事の醍醐味を体感してほしいと思っています。
ヴィロンでは開業当初から、フェーヴを中に入れてガレット・デ・ロワを販売しています。その楽しみを我々が提供し、十分にお客様に伝わった時には、お菓子の味もより引き立つのかなと思っていて、誤飲防止のための注意喚起を十分に行ったうえで、販売しています」
オリジナルフェーヴをつくりはじめたきっかけは?
大亀シェフ
「いきなり、オリジナルフェーヴを作り始めたのではなくて、既製品に店のロゴだけをプリントしてもらっていた時期もあるんです。イメージ通りのデザインをいちから作ってもらえるところがあると知ったのが15年ほど前。当時からずっとizumiさん(La Ruche社及びDeluxe Paris社代表)*にお願いして作ってもらっています」
【株式会社 La Ruche(ラ・リュッシュ)】
拘りのあるプロ向け商品の輸入・卸・小売販売会社。オリジナルフェーヴの手配の他に、直営店舗「レザベイユ南青山」ではフランスの暮らしの中から見つけた素敵な文化や魅力を伝える商品を多数取り扱っている。その中のひとつとして、コレクションフェーヴの小売販売もある。
ラ・リュッシュHP:https://www.laruche.co.jp/
レザベイユ南青山HP:https://www.lesabeilles-minamiaoyama.jp/
オリジナルフェーヴの形はどうやって決まりましたか?
大亀シェフ
「2003年の開業当初からの看板商品である、フランスVIRON社から輸入している小麦(レトロドール)を使った「バゲットレトロドール」の形へと自然にたどり着きました。本物のバゲットからデザインを起こして、フェーヴの見本品を作ってもらったんです。その見本品を確認してバゲットの焼き色を強調し、紙袋もより立体的に見えるようにサイドにラインを入れてもらうなどして改良を重ねていきました」
オリジナルフェーヴの最低ロットや納期について教えてください。
大亀シェフ
「最低ロットは500個。いざ作るとなると、初めはフェーヴのデザインについてやり取りする期間が必要です。その期間は人によって様々だと思うので『余裕をもって』としか伝えようがないのですが、デザインが決まった後の製作期間は約半年間を見積もっておくとよいと思います。ラ・リュッシュさんでは、最初の見本品が出来上がってから、納得がいくまで改良をしてもらえました。オリジナルフェーヴの製造について経験豊富な方が、こちらの意見を汲み取ってくれるので、とても頼りになります」
オリジナルフェーヴを作ってよかったことは?
大亀シェフ
「欲しいと思っていただけるお客様が、年々増えてきていることです。オリジナルフェーヴはありますか?と聞かれる機会も多いので、フェーヴのみでも販売しています。まずはフェーヴの見た目に惹かれて興味を持たれた方が、ガレット・デ・ロワというフランスの伝統菓子を知るきっかけになるというのも素敵だと思っています」
レイヤージュの模様は当日のお楽しみ。担当パティシエ渾身の1台を
年の始め、ご家族や親しい方との集まりの際に、季節限定のガレット・デ・ロワで運試しをするのはいかがでしょうか?年始から期間限定で販売されているお店が多いので、VIRONさんの販売形態もお伺いしました。
ガレット・デ・ロワの販売期間は?
大亀シェフ
「元日だけお休みをいただいているので、1月2日から1月中は販売しています。そのうち、店頭販売をしている期間は15日までで、16日以降はご予約を承っています。ご予約は、4日前までにご連絡いただけると対応可能です」
サイズやレイヤージュの種類は?
大亀シェフ
「直径14㎝、18㎝、21㎝の3種類を販売しています。期間中にトータルで400~500台のガレット・デ・ロワを販売していて、製造メンバーは7~8人で構成されています。レイヤージュの飾りは太陽、麦の穂、月桂樹の3種が中心で、その年のメンバーが考案しているので多少変動があります。予約時にレイヤージュの模様はお選びいただけないのですが、担当パティシエが思いをこめて仕上げたレイヤージュに期待してください。21㎝のガレット・デ・ロワにはオリジナルフェーヴが入っています!」
取材を終えて
フランスのように『1月に友人や家族と会う際には、何度でもガレット・デ・ロワを食べる』という習慣はまだまだ根付いていない日本ですが、集まった人とガレット・デ・ロワを分かち合い、楽しい時間を共有するたび、近いうちに日本でもこの楽しいイベントが1月に定着するだろうと思えてなりません。1月中は販売されているお店もまだありますので、作り手の技だけでなく遊び心のエッセンスが詰まったこのお菓子を、みなさんも是非堪能してみてください。
じっくり味わうと、良質の材料、職人の想いに加えて700年以上もこのお菓子を楽しむ文化が続いている理由が見つかるかもしれません。
●取材協力
Patissrie VIRON Boulangerie(パティスリー・ヴィロン・ブーランジュリー)渋谷店
住所:東京都渋谷区宇田川町33-8塚田ビル1F
アクセス:JR渋谷駅から徒歩8分 東急本店向い
TEL:03-5458-1770
営業時間:平日 8:00~21:00
定休日:1月1日
公式インスタグラム:こちらから