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2022.10.11

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.2「家族の笑顔を生み出してきたパンとお菓子のお店」gloupan 片倉 知美

gloupan オーナーシェフ
片倉 知美さん
家庭製パンの教室を受講しながら本格的なパン作りを自ら模索。 3人の子供を育てながら、製菓・製パンの専門学校を卒業。 食パンコンクール優勝がきっかけとなり、ブーランジュリーで約3年間勤務。 家族の後押しがきっかけとなり2022年に東大阪市でパン屋さんをオープン。
運営サイトはこちら

パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。

それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。

なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出す。そして新人の職人さんたちにはもっと勇気をもって夢を抱いていただきたい!

女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。

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シリーズ2回目は、長年家庭でパン作りの研究をされ、大阪で”gloupan”をオープンされた片倉知美さんです。

昔ながらの町工場が多い大阪府東大阪市の高井田駅から歩いて100mほどの場所に “gloupan” (グルーパン)はあります。オーナーの片倉さんは、介護職の仕事につきながら、パン好きが高じて家庭でのパン作りに没頭する日々を過ごされていました。作ったパンは3人のお子さんの日々の食事やおやつになっていたとか。実務経験としてパン屋さんで働いたのは3年ほどという異色のパン職人です。店内は、母として子供に愛情をこめて作ってきたパンの数々が並びます。パンに込める思い、お店をオープンするまでの経緯などを詳しく聞いてきました。

力仕事のパン作りに魅了された理由 ~介護士からパン職人へ~

長年介護職に就かれていたということですが、なぜパン職人の道に?

□片倉さん
「介護の仕事は楽しかったけど、腰の骨を折ってしまって。回復後に復帰はしたんだけど、自分より体が大きいおじいちゃんを浴槽からもち上げられなかった時にもう無理だと実感したの。お年寄りたちと接する中で一番感じていたことが、『結局、食べることが楽しみ』ってこと。施設に入ったら、好きなものも頻繁には食べられないし、在宅でも、火を使うと危ないから宅配食を利用している人が多かったの。それで皆さん『あれ食べたいな、これ食べたいな。』ってボソッと言うのよ。食事制限して長く生きるより、少しくらい寿命が縮んでも、好きなものをおなか一杯食べて暮らしたいっていう思いを本当にたくさん聞いたのよね。
自分の中でおいしいものっていうのは常に生きる力に繋がるなっていうのがあったから、体の使い方をきちんと覚えれば、食に携わる仕事ができるかもしれないって思って。それがケーキやパンだったの。結婚するちょっと前に、主婦向けの料理雑誌で手ごねパンの作り方を知って、気軽な感じでやり始めたのがきっかけ。家では家族によくパンやお菓子を焼いてたんだけど、まさか自分が店をすることになるなんて、その時は思っていなかったわ」

家庭製パン出身者は、パン教室をされている方が多い印象です。
インターネットなどで焼き菓子やパンを販売する方は多く見かけますが、片倉さんのようにお店を開業される方は異例です。パン屋さんでの現場経験を経て開業を決心されたのは、自分の生き方を見つめたタイミングと、小さいころからお母さんのメロンパンやカップケーキを食べられてきたお子さん達からの後押しだったようです。

▲お子さんのお昼ごはんとしても人気のあった総菜パンの数々

母であることを一番に、どうしたらやりたい仕事が続けられるかを考えてきた

これまでずっと、「いってらっしゃい」と子供を送り出してから仕事に出る日々を送ってきた片倉さん。ベーカリー勤務時代には、正社員への打診があったものの、変わらずパートタイムで働くことを選択された片倉さん。それはやはり、「職人である前に母だから」。
子供たちも大きくなってきて、「これからは自分のやりたいことに時間を使ってほしい」と言われたことが大きな後押しになって自分のお店を持つことになった片倉さん。小さいお子さんがいるお菓子職人さんや、パン職人さんに伝えたいのは、自分の可能性を人のせいや環境のせいにしてあきらめないでほしいということでした。

仕事を続ける上で大切にしてきたことは何ですか?

□片倉さん
「自分が仕事をするのは子供たち家族のためだけど、この子たちを犠牲にしてまで仕事っていうのは無かったの。そんなようさん稼げなくても、子供達と一緒にご飯が食べられて、学校から帰ってきた子供たちの『今日お母さん学校でこんなことあってん』に耳を傾けることができる。お金に余裕はなくても、そういう時間の余裕を優先したかったのね。女性全員が私のような考えではないとは思うけど、女性はパワーバランスを計算していると思うの。私は仕事で100%の力を出し切ったら、家ではもう100%の力を出せないのよ。仕事の力は本当に70%くらいにして、残り30%をちゃんと残しておかないと、家に帰ってから家事や育児ができなくなるから」

仕事をしながら感じてきた悩みはありますか?

□片倉さん
「小さいお子さんのいる働く女性への配慮不足かなぁ。お店のオーナーさんはまだまだ男の人が多くて、ご自身も結婚してお子さんがいても、子育てや家事についての理解が不足しているといつも感じていたなぁ。女の人は結婚した翌日から主婦になるから、食事作りや洗濯、掃除という家事が大きくのしかかってくるのね。時代が変わって分担してくれる男性もいないとは言わないけど、家事を担う割合は、圧倒的にまだまだ女性が多いはず。特に子供が小さい時はいつも周りに気を遣っていたよね。子供が急に熱が出て保育園にお迎えに走るなんてよくあることだったし。
急なお休みや早退は職場にとって痛いとは思うけど、家庭の事情なんかで早退してしまうスタッフも、その環境がずっと続くわけじゃないから。少し長い目で見て欲しいなと」

仕事をしながら有難いと感じたことは何ですか?

□片倉さん
「救われたのは同じような境遇のパートさんの『お互いさま』っていう言葉。自分が休まないといけなくなってシフトを代わってもらった時もあるし、逆に私もシフトを代わったときもあったし、長い目で見た時に、やっぱりお互いさまだと思うのね。職場での急なシフト変更はお互いさまなのだという考え方が当たり前になって、何かあった時に助け合える、そんな雰囲気の職場が増えればいいなと感じていたなぁ。子育てと仕事の両立に理解のあるオーナーさんや職場が増えたら、女性も辞めずに感謝して懸命に働いて、双方にとっていいと思うのよ」

自分でお店を始めてみて感じたことは?

□片倉さん
「現場で働いていた当初はパン生地に触れるだけでも幸せだったの。パン作りに携わって、それが仕事として成立していることの喜び。それが徐々に自分の好みや意思で決定できるようになったらもっと楽しくなるんじゃないかという思いも加わってきたのよ。自分のお店だと、その日の気温に合わせて製造数を変えたり、新しいことにも挑戦しやすかったりするのよね。自分で販売までしていてお客様の反応もすぐに取り入れられるから、評判がよかったから明日もこれをだそうという風に自分が作りたいパンを作れるのは、冷蔵庫の残り物でご飯を作っているような感覚というか。それはもうやっていてすごく楽しい」

子供の成長に合わせてパン作りへ向き合う形は変化すれども、いつも誠実に仕事に向き合われてきた片倉さん。務めていたころも、お店を持たれた現在も、母親業を最優先にするスタイルを貫かれています。あきらめるのではなく、どのようにすればやれるのかを考える姿勢は潔く、感じてきた苦悩を話される際も、終始笑顔があふれていたのが印象的でした。
小柄な身体からあふれ出るパワーに圧倒されながら、毎日の時間の過ごし方についても伺ってみました。

▲開店準備を進める片倉さん

12時オープン、週休2日のパン屋さんの実情

毎週日・月曜日は定休日ですが、月曜日は店内で翌日販売するパン生地の仕込み作業をされています。自宅は店から自転車で5分ほどの場所。お店にかかわる全てのことをほぼ一人でこなす片倉さんの毎日とは?一日のスケジュールをお伺いしました。

【片倉さんの一日のスケジュール】

7時頃  出勤
先に販売スペースの掃除を済ませて製造作業

11時半 パンの焼成終了
1人で作れる量には限界も。1人で販売もするためこのスタイルが徐々に定着

16時半~17時 パンがなくなり次第閉店
一度夕食の準備に帰宅。再び店に戻り、片付けと翌日の生地の仕込み

22時 帰宅

23時 就寝

□片倉さん
「この時間配分で働いても、パン屋さんなのに、開店時間が遅いことや夕方に品揃えが少なくなってくるとがっかりされることもあるの。『パンができるまでって時間がかかるんです、こんな風につくっているんです』っていうこともお客様に知ってもらいたくて、作業場をオープンなつくりにしたの」

▲売り場からも厨房がよく見える

女性にとってパン職人という職業は生涯続けられる仕事だと思いますか?

□片倉さん
「できないことはないと信じたいかな。パン屋をやるっていうのは実際、とても大変。朝早いし、夜遅いでしょ。そこは性別関係ないよね。とはいえ、女性にとってはやっぱり体力勝負っていうのも大きなハードルだから、朝3時とか4時から毎日仕事ってなると、体力は持たない。特に結婚して子供がいると、『保育園どうするの?幼稚園どうするの?送り迎え誰が行くの?』っていう現実があるから。うちのお店が人を雇うとしたら、小さなお子さんがいるママさんとか、シングルマザーの方とかを雇いたいという思いはあるかな」

これからの目標を教えてください

□片倉さん
「自分が持つ女性ならではの強みを生かしたお店作りをしていきたいというのが一番。子育てや介護の仕事をしてきた経験を生かして、ホッと一息つける場所を提供したいかな。家で子供と向き合う時間ばかりだと、自分を見失ってしまうときがあると思うの。そんな時はお子さん連れて外に出てほしい。うちのお店でコーヒーでも飲んで、自分を取り戻せる時間を作って欲しいし、それができるお店にしていきたいな」

 

取材を終えて

“母は強し“片倉さんへの取材後に真っ先に浮かんだ言葉です。
同じようにはできないなって思われた女性職人の皆さん、同じでなくていいんです。
外で働けない時期にも、大好きなパン・菓子と向き合い続けることを止めないことが大事だと感じました。できることを続けていくことで、子育ての繁忙期が過ぎた頃にご自身に適した仕事を選べる目が養われてくるのかも。
帰宅後は、片倉さんがお子さんからの感想をもとに改良を重ねてきたという食パンを娘とほおばりました。一口食べて、片倉さんのパワフルではじける笑顔を思い出しました。”母としてもパン職人としても輝く人生の先輩のこれから”と、製菓・製パンの仕事で働き続けられる女性が増えたらいいなと業界の未来に思いを馳せるひとときを過ごしました。

 

●About Shop
gloupan
住所:大阪府東大阪市川俣1丁目1−14
営業時間:12:00~17:00(パンが無くなり次第終了)
定休日:日・祝日
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/happycooking_tomo/

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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