みなさんは「地元パン」*という言葉を知っていますか?
その名の通り地元のパン屋さんで作られ、古くから地域の人々に愛されているパンのことです。
百貨店で地元パンにフォーカスしたイベントが開催されたり、レトロなデザインの袋パンが復刻され発売されたりと、
コアなファンの間でひそかな人気を集めている「地元パン」。
この「地元パン」なる言葉を生み出したのが、旅行や建築、雑貨など幅広いジャンルに関する著書を40冊以上執筆し、
かわいいモノ収集家としても知られる文筆家の甲斐みのりさん。
パン好き、かわいいモノ好きが高じて日本各地に出かけてはその土地のかわいいパンを探し求め、2016年には日本各地の
地元パンの魅力を紹介した「地元パン手帖」を出版されました。
今回chefno編集部は「地元パン」のさらなる魅力を探るべく、東京・甲斐さんのアトリエを訪れました。
通されたのは窓からの柔らかい日差しが差し込む甲斐さんの書斎。
たくさんの古本や可愛らしいオブジェ、植物たちに囲まれた心地よい空間で地元パンの魅力や、地元パンに対する思いなどについてお話を伺いました。
*「地元パン」は甲斐みのりさんの商標登録で、許可なく使用することは禁止されています。
目次
わたしにとってパンは「アイドル」!
子供の頃から朝食はずっとパン派だったので、もともとパンは大好きだったんです。
ただ地元パンというものを意識して日本の各地にあるパンを追いかけ始めたのはここ15年くらいですね。
「自分にとってパンとは何か」と聞かれたときに、いろんな角度から表現することはできるんですけど、
ひと言でいうと私にとってパンはアイドルみたいな存在。
皆さんも好きなアイドルや俳優さんがいて、その人たちを見ると胸がキュンとすると思うんですけど、それとまったく同じように純粋に自分をときめかせてくれる存在なんです。
そしてそこからもっと掘り下げていくとパンの奥深さを知ったり、「パンに日々支えられているんだな」という思いもあって。
本当に愛おしい存在です。パンとお菓子の両方が自分にとってはアイドルですね。
パン屋の「顔」となる愛らしい紙袋たち
私の出身は静岡県の富士宮市という街ですが、そこにある「江戸屋」というパン屋さんの紙袋がステキなんです。
詩人で随筆家の串田孫一さんという方がいて、この紙袋の絵はその方が描いたものなんです。
わたしにとってはとても馴染みのある紙袋で、子供のころ「江戸屋」でパンを買うといつもこの袋に入れてくれていました。
富士宮の人たちはこの絵でお店を憶えているようなところがあって、私も小さいころは「江戸屋=子供が描いたような絵」と憶えていました(笑)。
大人になってこの絵が串田孫一さんの作ということが分かった時にますます誇らしい気持ちになって。
思い入れのある大好きな一枚です。
こっちの紙袋は東京の千駄木にある「リバティ」というパン屋さんのもので、一見どこの町にもあるような何気ない店構えのパン屋さんなんですけど、
ある日散歩をしていた時にたまたまこのお店に立ち寄って、買ったパンをこの袋にいれてもらった時に、あまりの可愛らしさに心がときめきました。
もちろんパンも美味しかったんですけど、この紙袋の魅力も相まって「リバティ」が特別な存在になりましたね。
紙袋に描かれている、ビーバーなのかクマなのか分からないようなキャラクターがとても可愛らしくて、オリジナルのお皿を作らせていただいたんです。
そしたらそれが評判になったみたいで。
全国のいろんな土地からお客さんが来るようになったとお店の方が喜んでくださったのは嬉しかったです。
こういった紙袋やパンのパッケージをずっと集めていて、数えたことはないけどだいたい200枚くらいはあると思います。
それでも街に行くたびにまだまだ新しい発見があります。いまでも地元パンを探す旅は続いているんです。
店舗ビルからエプロンまでメロン一色。広島県呉市の「メロンパン本店」
これは広島の呉市にあるその名も「メロンパン」というお店のメロンパンです。
このメロンパンは上にビスケット生地がかかった一般的なメロンパンと違って、ラグビーボールのような形でなかに白あんのようななクリームが入っているタイプです。
クリームがたくさん詰まっていて、ずっしりと重い。
とても食べ応えのあるパンですね。
パッケージの袋が凝っていて、よく見るとメロンのイラストの網目模様が「メロンパン」という文字でデザインされているんです。
カタカナとかアルファベットで書かれた「メロンパン」の文字が隠れていて、遊び心があって見ていて楽しい。
色使いなどデザインも可愛いので大好きです。
このパンに初めて出会ったのは広島市のデパートの地下売り場でしたが、「このパンを作っているお店に行ってみたい!」と呉市の本店を訪れました。
そしたらなんと建物全体がメロンのみどり色なんです。
さらにお店で働くスタッフもメロン色のエプロンをしていて、まさしくメロンづくし。
メロンパンが看板商品ということで、その色に統一したんでしょうね。
そこにどこか独特の可愛らしさがあって。
昭和の時代から続いているからこその良さが建物や従業員さんたち、そしてパンに表れているような気がします。
パンだけでなくお店もいい顔をしている。
「メロンパン本店」はトータルで感動できる素敵なお店で、また呉に行きたいなと思わせてくれます。
お仕事でもプライベートでも、日本のいろんなところに行く機会が多いのですが、毎回その町のパン屋さん、お菓子屋さん、スーパーは欠かさずチェックしています。
東京で普段生活していて近所のパン屋さんに行くと、パンひとつで300円台以上のものが増えてきていて、小麦粉の高騰などいろんな理由があるとは思うんですけど
「パンは少しずつ値上りしてきたな」と思っていて。
でも地方の昔ながらのパン屋さんに行くとたいてい100円台で売っていることも多いんです。
10個くらいまとめ買いしても2千円いかなかったりするのでついつい大人買いしてしまいますね。
買ったパンは自分で食べたりお土産にしたり。食べきれないときは冷凍保存して食べています。
炭水化物の三重奏!神戸「ハラダのパン」の「そばめしロール」
学生の頃は、大阪に通っていたこともあり、パンの街・神戸にもよく遊びに行きました。
神戸に関する本を出したこともありますし、青春時代を過ごした馴染みのあるエリアですね。
神戸に行くと昔ながらのパン屋さん巡りをしたり、新しいパン屋さんを発見したりするのが楽しいですね。
これは神戸にある「ハラダのパン」の「そばめしロール」です。
焼きそばパンはありますけど、そばめしを合わせるのは神戸ならでは。
見つけたときは衝撃でしたね。
この「そばめしロール」はパン・麺・ごはんと、まさに炭水化物の三重奏。
カロリーが気になるところでおありますが。
でもこれが合うんですよね。とても美味しい。
昨今「炭水化物ぬきダイエット」が流行ってたりして炭水化物が悪というか、あまりいいイメージを持たれていないのが残念で、パン好きの私としては「炭水化物も愛して!」
という思いがあります。
そんななか、この「そばめしパン」は潔よくて、愛しささえ感じます。
一度聞いたら忘れられない衝撃のネーミング。北海道「日糧製パン」の「チョコブリッコ」
私はパンを「かわいい」と表現することが多くて、パン屋さんに入って「かわいい!」と声をあげてお店の人にきょとんとされることがよくあるんです。
「パンがかわいいってどういうこと?」と不思議に思われるのでしょうか。
この「チョコブリッコ」を初めて北海道のスーパーで見つけた時も思わず「かわいい~!」と叫んでしまいましたね。
商品名も衝撃を受けましたね。「どうしてこの名前がついたのだろう」と。
アイドル風の女の子のイラストがデザインされたこのパッケージはこれまでに何度もリニューアルされていて、初代のパッケージに描かれた女の子は松田聖子さんをイメージしているらしいです。
いまのデザインはアニメ化された今風のイラストですね。
時代に合わせてパッケージのデザインもリニューアルされてますが、私は1980年代のアイドルが大好きなのでやっぱり初代のデザインがいちばん好きですね。
期間限定でもいいのでぜひ復刻してほしいです。
この「チョコブリッコ」は生地を発酵させていないので、正確に言うとパンというジャンルには分類されません。
正確にはケーキですよね。
でも日本は概念としてパンとお菓子のはっきりとした境界線がないんです。
菓子パンのなかには、発酵させてないものがパンとして売られていたりすることもあり、そういう意味でも「チョコブリッコ」は日本的な商品だなと思います。
大事なことは身近にあるパン屋さんを愛し、通うこと
私は「地元パン」というテーマでいろいろと各地の昔ながらのパンを紹介してはいるんですけど、
いつも必ず言っているのは「何より大事なのは、自分の住んでいる場所で自分の身近にお気に入りのパン屋さんを見つけること、そしてそこへ通うこと」ということです。
いまはネット通販で日本中のいろんなお店からパンを取り寄せたりすることのできる便利な時代ですけど、やっぱり自分の生活のそばにあるパン屋さんに通って、
そこのパンを愛していくこと、応援していくことが大事だということをいちばん伝えたいですね。
そういう意味でもいちばんわたしが好きなのは西荻窪にある「しみずや」さん。
そこに置いてあるパンはクリームパンも焼きそばパンもたまごパンもどれも絶品なんですけど、どれも100円台なんです。
80歳代の店主がいまも現役でやっていて、ずっと昔から地域の人たちに愛されているパン屋さんで、大好きなお店です。
パンというのは、日本の戦後の貧しい時代を支えてくれた存在だと思います。
当時のパンはすごく甘くて、カロリーも高かった。
今は素材にもこだわった、品質が高くて美味しいパンがスーパーやコンビニでも手軽に買えたり、手に入りやすくなりましたけど、昭和の、まだ私たちが生まれる前に日本を支えてくれたパンというものは、
やはり「別格」としてリスペクトしたいと私は思っているんです。
だから「パンを食べる時はカロリーを気にしたりせずに思い切り食べよう!」と私自身、パン食を日々実践しています。
▲全国の200以上のご当地パンの魅力を紹介した甲斐みのりさんの著書「地元パン手帖」(グラフィック社)
▼記事でご紹介したお店の情報
江戸屋|静岡県富士宮市宮町3-2
http://edoya-land.com/bread.html
リバティ|東京都台東区谷中3丁目2-10
メロンパン本店|広島県呉市本通7-14-1
https://kuremelon.com/
ハラダのパン|神戸市長田区六番町7丁目2番地
https://harada-pan.com/
日糧製パン株式会社|札幌市豊平区月寒東1条18丁目5番1号
http://www.nichiryo-pan.co.jp/
しみずや|東京都杉並区西荻北4-4-5