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2023.10.18

飲食店オーナーが考えるパン屋の新しいスタイル。ワインに寄り添うパン屋さん パンとワインとアテの店「mati」 

ワインとパン
パンとワインとアテの店「mati」のスタッフ
パンとワインとアテの店「mati」
オーナー 堀田 樹さん
パン職人 砂庭 葉美さん
堀田 樹さん(写真右)
老人ホームでの介護職を経て東京のIT企業に転職。同社の事業で長野県にてゲストハウスの支配人を務める。 当時常連として通っていた京都の人気店「IL LAMPO」が閉店するのをきっかけに、出身地である京都に帰り、前オーナーから引き継いで1号店「IL LAGO」(以下、イルラーゴ)をオープン。その後、2号店となるナチュラルワインと串揚げと魚のお店「シロトクロ」、今年7月には新たにパンとワインとアテの店「mati」をオープン。
 
砂庭 葉美さん(写真左)
地元・長崎県で動物病院に就職後、しばらくして動物アレルギーを発症。転職先の雑貨ショップで働きながら、旅行で京都に訪れた際に、イルラーゴで働く堀田さんに出会う。趣味でパン作りをしていたこともあり、京都にある人気ベーカリー「ボンボランテ」への就職を機に京都に移住。並行してイルラーゴで週一回働く生活を続けるなかで、堀田さんからの誘いを受けパンとワインとアテの店「mati」のオープンに携わる。
運営サイトはこちら

「悪いけど、来週から長野に転勤してくれへん?」

もし明日、上司から突如そう言われたら、と想像すると震えます。

想像ではなく、実際に体験されたのが、今回取材にお伺いしたお店のオーナー・堀田樹さん。

介護士から東京のIT企業「LIG」に転職、そこの副社長から転勤を命じられ、長野でゲストハウスの立ち上げを経験された異色の経歴の持ち主。

見事立ち上げに成功し、独立後、地元である京都で飲食店を2店舗経営する堀田さんが、今回、パン職人だったスタッフの砂庭さんとタッグを組み、ワインとパンとアテの店「mati」をオープン。

さまざまな経験から得た経営の視点と戦略、そしてパンの新たな可能性についてお話を聞いてきました。

パンの販売に限定せず、ワインとアテをコンセプトに入れた発想の原点

ワインとアテの店「mati」は、どういったお店ですか?

堀田さん

この物件を紹介してもらった時に、今まで自分が運営してきた店(イタリアンバルや串揚げの店)とはまた違ったコンセプトにしたいと思っていました。元々、パンとワインは相性がいいなと思っていたので、その2つをテーマにした店ができないかなと最初は漠然と考えていたんです。僕には『パンだけを販売する』というビジネスモデルがあまりしっくりこなくて、その当時パンとワインを組み合わせたコンセプトの店が他にあまりなく、ワインもパンも買って家で食べられる、お店でもパンを食べてワインが飲める、さらにパンとワインの組み合わせ提案もできれば面白いなと思って始めました。

matiのオーナー堀田

▲2階はワインセラーになっている。のちに小売もできるよう準備中

「mati」という店名の由来や狙いは? 

堀田さん

店名の由来は、紙袋の『マチ』からきています。紙袋に『マチ』があることで袋の空間に余裕ができるように、来店された方に、余裕をもってくつろいでいただきたいという想いが込められています。この立地にしたのも、まわりの景色を見ていてもすごく落ち着くし、街中にあってがやがやしているというよりも、ゆっくり過ごしてもらいたい気持ちがあったからです。

matiの店内から見た外の風景

▲お店の窓から街路樹を見るのが好きな堀田さん。外を眺めていると、心が落ち着く=気持ちに余裕ができるのもポイントです

8坪の小さなパン屋さん、お店づくりの工夫は?

堀田さん

そもそもこの店があるビル自体が特殊な形で、広さも8坪しかないんです。なので、このスペースをどうやって最大限利用するかが大変でした。パンを仕込む場所やオーブンや設備のはめ込みがすごく難しかった。
うちは、パンだけでなくアテを作る必要もあるので、料理でも使いやすいコンベクションオーブンでパンを焼いています。オーブンがコンパクトなので厨房のスペース確保も実現できました。一般的なパン屋さんには大きいミキサーがあるんですけど、うちは場所がないので、卓上の小さいミキサーと手ごねでやっています。

広さの面で制約があるのですね。その他にお店づくりで気を付けた点は?

堀田さん

うちは、店で提供するワインをストックするために2階がワインセラーになっています。温度管理は、部屋のなかを空調で管理していますが、空調だけに頼ると光熱費がとてもかかるんです。もともとコンクリートの壁しかなかったので、断熱材をしっかり入れています。1階は、なるべく光が入るようにしました。店の前にイチョウの木と桜の木があって、秋は黄色、春は桜の色になるので、お客様がカウンターから後ろを振り向いたときに見えるよう、また、仕事をしながらスタッフから見ても気持ちがいいよう窓の高さを調整しました。

matiの店内

▲左にあるカウンター上部の窓から、春は桜が一面にみえるそう

少しの工夫でワインが進むパンに。作り方のコツを聞いてみました

お店の1日の流れをお伺いしてもいいですか?

matiのパン職人

砂庭さん

パン生地は、冷蔵庫で長時間発酵させるスタイルで、基本的に前の日に仕込みをしています。営業がある日は朝7時頃に来て、分割・成形して順次パンを焼いていき10時頃にはパンはすべて焼けています。11時にスタッフが来て、料理の仕込みや前日に開いたワインの状態をチェックして、12時にお店をオープン。
16~17時には次の日のパンの準備や計量をしています。
空き時間に試作して、閉店の19時以降にもお客さんがいたら、お酒を飲んでもらいながら少しずつ片付けを始めます。毎日きっちりしたスケジュールにならないのと、一人で製造しているとどうしても限界はあるので、パンのクオリティが保てる量を考えて調整しています。

matiのパン

▲生地は現在5種類、中の具材を変えて毎日約8種類のパンを作る

パンのレシピを考えるうえで意識したことは?

砂庭さん

ワインが飲みたくなる、アテが食べたくなるように、卵と乳製品を極力使わず、軽めのパンにすることで食欲が出るような工夫をしています。お酒飲むときは、香ばしさと香りが大事かなと思って、小麦粉もなるべく香りがでやすいように、2~3種類の粉をブレンドしています。
実際に提供する時のパンの切り方にも工夫があります。ライ麦パンは薄めに切ったらすごくカリっとする。リュスティックは厚めに切った方が、中と外の食感の違いが楽しめる。それぞれのパンの持ち味を引き出せるようにしています。
グラスワインは、白2種、赤2種、泡とロゼを1種ずつ。あとは、ワイン以外だとミード。 滋賀県のアンテロープさんのミード(はちみつと水と酵母で作るお酒)が、すごくパンと合うなって思って。甘すぎなくて後味すっきりして、楽しめるしすごくいいかなと思っています。

国産のミード

▲アンテロープさんが国内初のミードの醸造所である

これぞ「人たらし」人気店の接客術・スタッフの集め方

接客をする上で、開業当初から大切にしているポイントはなんですか?

堀田さん

お客さんがどうやったら喜んでもらえるか、楽しんでもらえるかが、すごく重要ですね。
店(酒場)に来たお客さんが、お酒をたくさん飲むということは、その場をとても楽しんでもらっている状況なんですよ。それを、店側でもう今日はこの辺で終わりそうかなって思うんじゃなくて、もっと楽しんでもらうためにはどうしようと思って、会話をしたり、おすすめのお酒やアテを紹介してすることが重要だと思いますね。
今まで、いろいろな経験をしてきましたが、やはりお客さん目線の接客が、リピートにつながるんじゃないかなと思います。

その接客術は、スタッフさんたちも引き継いでいるんですか。

堀田さん

そうですね、おかげさんで他のスタッフもまあまあ言うっすね、お客さんに(笑)

美味しい料理と飲み物があって、そこにいい雰囲気もある。さらにプラスしてスタッフがいいって実感してもらえたら、ただ単に料理を食べてお酒を飲むだけの場所ではなくて、お店の付加価値がどんどん上がるんですよ。
コミュニケーションが生まれると、次に来るときの安心感につながる。まず、僕と喋ったときに安心感を持ってもらい、そこでスタッフを紹介します。一度スタッフと喋っていたたら、次に店に来たときに僕がいなくても、居心地も良くなるんですよね。
おひとり様でも安心感を持ってもらうことでお店に来やすいし、例えば夫婦で来られる方は、2人だとそこまで喋ることないけど、ここに来たらみんなで喋りながら楽しめるみたいな感じで来てくださったり。そういうのはカウンターでしか生まれない。うちの店は、基本的にカウンターはキッチンとフラットになっていて、境目があまりないというのを結構大事にしています。

パンだけでなくワインも提供するからこそできるコミュニケーションもある??

砂庭さん

以前、パン屋で働いていた時は、製造のスケジュールに追われてお客さんと話すタイミングはほとんどなかったです。接客の楽しさはイルラーゴで、自分が作ったものを目の前で美味しいと言ってもらえる嬉しさは、matiで知りました。

スタッフは、お客さんで来られた方に声をかけて働いてもらうことが多いそうですね

堀田さん

うちの店はお客さんといっぱい喋るんで、自然と仕事とか身の上話になるんです。『仕事を辞めるんです』、『何すんの』、『何も決まってないんです』ってなったら『うちで働きいや』みたいな。お客さんもこの店を気に入ってくれてるんで、お客さんからスタッフに、というのはけっこうあるんです。

堀田さんがなにか出しているんですか、求人フェロモン的な

matiオーナー堀田さん

堀田さん

相談役みたいなところがあるかもしれない。結構いろんな仕事をしてきたってのもあるし、繋がりもある程度あるので。元々お店に来ている子は、働き始めて仕事を覚えるのも早いですし、他のスタッフともすぐ仲良くなるんでいいことばかりですよ。

柔軟な発想の転換が店舗展開を成功させる鍵に

違うコンセプトで店舗展開をするメリットとデメリットを教えてください。

堀田さん

メリットは、働いている側が飽きない。スタッフが店舗を移動したときでもそれぞれ楽しめるという点ですかね。自分自身が結構飽き性なので、毎回『違う店をやりたいな』って思ってやっちゃっています。
デメリットは、お店ごとにメニューが異なるのでセントラルキッチンみたいなのが作れないっていうのはあるんですが、そこまで僕はデメリットとは思っていません。スタッフがそれぞれ自分で仕込んでやっていく方が、店としての愛着がわくと思うので。
あとはこの店でいうと、ワインも扱うことで、パンの利益のみに頼る必要がなくなるので、リスク分散になります。パンが売れなかったとでも、ワインが売れていたら1日としての売上はOKという形になる。そういう意味で基本の業務体制プラスアルファ何かを入れるっていうのは僕は面白いなと思います。

新しく開業・店舗展開を考えている方達に対して、アドバイスがあったら教えていただきたいです。

堀田さん

大事だと思うのは、飲食店で儲かるには時間かかるって思いながらやること。儲けるためだけにやるのであれば、僕は違うビジネスモデルの方がいいんじゃないかなと思います。
特に最初はうまくいかないことが多いから、必死に頑張るしかないっていう気持ちを保つ、要は諦めない。諦めないっていう心は何よりも大事。落ちそうで落ちないギリギリのところを味わったら、より強くなります。

堀田さんのこれだけはぶれないっていうポイントは何ですか

堀田さん

自分たちが楽しいっていうのはすごく重要だと思う。自分たちがしんどいお店に来てお客さんが楽しいということはほぼあり得ないので、自分たちが楽しくて、お客さんも楽しいっていうふうにするには、どうしたらいいかっていうのを考えています。
店は僕らだけで作っているのではなくて、僕らとお客さんで作っているので、どっちかが欠けても駄目なんですよ。それは、長野で働いていたときからずっと大事にしています。

取材を終えて

「ワイン」って?

・注文の仕方がいまいち分からない
・ビールより値段が高い
・お店のソムリエさんの説明、ちょっと何言ってるか分かんないっす
ワインが好きな筆者が、普段ワインを飲まない方たちに聞いた「飲まない(飲めない)理由」です。
ただ近年、パン・お菓子とお酒を組み合わせたお店がだんだん増えてきました。もっとたくさんの人にその組み合わせの可能性を知ってほしい、と思い取材をした1店舗目です。
堀田さんとお話しするなかで感じたのは、ワインとパンの組み合わせの可能性にプラスして、絶対にあきらめないという意思の強さと常に新しいことに挑戦する姿勢でした。
元々、飲食店ではない業種に従事していた堀田さんは、この度新たにヴィンテージの雑貨と洋服の店「歩く鳥」をオープン。(今回の取材先・matiがある冷泉ビルヂングの3階にあります。)
Matiに飾られたセンスのいい雑貨たちも、そこで働く酒向 歩実さんと八尋 鶉さんがセレクトしているそう。パンとワインを楽しんだ後、是非訪れてみてください。

 

●取材協力
パンとワインとアテの店「mati」

京都府京都市左京区聖護院東寺領町8−1
営業時間:12:00-19:00
定休日:水・木曜日
インスタグラム:https://www.instagram.com/mati_kyoto/
 
歩く鳥【ヴィンテージの雑貨と洋服のお店】

京都府京都市左京区聖護院東寺領町8−1 冷泉ビルヂング 3F
営業時間:平日13時-19時 土日祝11時-19時
定休日:水・木曜日
インスタグラム:https://www.instagram.com/arukutori_kyoto/

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Writer
chefno編集部
エディター兼ライター シオリ
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chefno編集部
エディター兼ライター シオリ
飲食店勤務を経て、現在は輸入商社で働くワイン狂。
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