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2026.07.07

「パンストック」平山シェフとの出会いを経て開業へ。「凪-nagu-」福井直也シェフ インタビュー後編

凪 -nagu-

会社員として働きながら、33歳で完全独学のパン作りを始めた福井直也さん。自宅の家庭用オーブンでの試作やイベント出店を重ねてきた6年間は、手探りの連続でした。
そんな中、あるテレビ番組への出演をきっかけとした、福岡の名店『パンストック』の平山哲生シェフとの出会いは、大きな転機となりました。
インタビュー後編では、独学では届かなかったプロの技術や視点に触れた厨房での体験、そして間もなく開業を迎える新しいお店「凪 -nagu-(なぐ)」に込めた想いについてお話を伺いました。

歯車が大きく回り始めた―― 「パンストック」平山シェフとの出会い

凪 -nagu-

その後、福井さんのパン人生の大きな転機となるテレビ番組への出演へと繋がっていくのですね。

福井さん
「ある日、何気なくInstagramを見ていたら、私の憧れである『パンストック』の平山哲生シェフと、『33』の網代ミレイシェフ、フレンチの谷シェフ(ル・マンジュ・トゥー)が審査員を務める、『激突メシあがれ~自作グルメ頂上決戦~』 というパン対決の番組の募集告知が流れてきたんです。
私は普段、そういう表舞台に自分から進み出るタイプでは決してないのですが、その時は『平山シェフに会えるかもしれない』と胸の奥がざわついて、『チャレンジしてみなきゃ!』という衝動に駆り立てられました。妻に相談したら『やってみたらいいやん!』と笑って背中を押してくれて。告知を見たのが応募締め切りの前日だったので、5年以上かけてブラッシュアップし続けてきた食パンのレシピと一緒にいそいで準備して、締め切りのわずか10分前に応募しました」

凪 -nagu-

自作のパンで応募者たちが腕を競い合う番組ですよね。結果はいかがでしたか?

福井さん
「結果は残念ながら優勝には届かなかったのですが、挑戦して本当によかったです。番組の中で、私の焼いたいちご酵母の食パンを食べてくださり、『今まで食べた食パンの中で1番かも』と言ってくださったことも本当に嬉しかったです。さらに嬉しかったのは、網代シェフが私のパンを見て、『この子の考える酵母のレシピは変態だね』と(いい意味で)評してくださったのを知ったとき。平山シェフにも『この人、すごいですね』と言っていただけて、その瞬間は鳥肌が立つほど感動しました」

「変態」と評された理由はどこにあったのでしょうか。

福井さん
「私の酵母の育て方や、種継ぎの手法が独特だったみたいです。ブドウ酵母の瓶をいくつか育て、その中で一番勢いのある酵母を新しい瓶に足し、発酵が完成した瞬間からさらに種を継いでいく、というやり方をしていたのですが、それが珍しかったようです。自分なりに試行錯誤して辿り着いた方法だったので、それが正しいかどうかも分からずにいたのですが…。トップシェフである平山さんにお褒め頂けたことで、『これまでやってきたことは間違っていなかったんだ』と、大きな自信を持てるようになりました。 収録後、思い切ってお礼のメッセージをお送りしたところ、『一度、うちの厨房に研修に来ませんか』とうれしいお誘いをいただきました。もちろん、行かない理由はありませんでした」

凪 -nagu-

▲いちご酵母の食パン

素材へのアプローチや、常識にとらわれないロジックが、平山シェフの眼に新鮮に映ったのでしょうね。「パンストック」での研修はいかがでしたか?

福井さん
「当時はまだ会社員をしていたので、休日の2日間を利用してお邪魔させていただきました。ベーカリーで働いた経験のない私にとって、プロの現場は何もかもが新鮮で刺激的でした。例えばYouTubeやレシピ本だと配合があって、何分ミキシングして捏ね上げ温度は何度で、発酵は何度で何分、と書いてありますが、環境や生地の状態はその時々で変わるので、レシピ通りにやってもうまくいかない時があります。ベーカリーの現場では生地の状態を逐一見ながら、帳尻を合わせながら最終の形に持っていく。『この生地の感じだったら即成形・即焼きで大丈夫』とか。そんな職人の感覚や生地の見極め方を、すぐ目の前で平山シェフに教えていただくことができました。 まさに『百聞は一見にしかず』です。

パン作りそのものはもちろん、番重の手入れやパンマットの扱い方など、普段ベーカリーで働いている方からしたら『そんなことも知らないの?』みたいなことばかりだと思うのですが、私には本当に勉強になってありがたかったです。細かな道具のメンテナンスに至るまで、プロとしての姿勢をたくさん学ばせていただきました。

また、テレビ番組でも食べていただいた、いちご酵母食パンの販売イベントをお店でさせていただいたことも本当に特別で貴重な経験でした。平山シェフには感謝してもしきれないです。あの時、Instagramの告知を見て一歩を踏み出さなければ、平山シェフにお会いするチャンスもなかった。本当に、人生は何が起こるか分からないですね」

凪-nagu-福井シェフ、パンストック平山シェフ

▲敬愛する「パンストック」の平山シェフ(右)と

ファーストプライオリティは「石窯のオーブン」

実店舗を立ち上げるにあたり、厨房の主役であるオーブン選びにも平山シェフのアドバイスがあったそうですね。

福井さん
「そうなんです。独学を続ける中でどうしても超えられなかったのが、家庭用オーブンの火力の限界でした。プロが使う窯で焼いたときに自分の生地がどう変化するのか、その正解をずっと知りたいと思っていました。実際、家庭用オーブンだと目が詰まってしまっていた生地を『パンストック』の窯で焼かせていただくと、驚くほど窯伸びが良くて素晴らしい焼き上がりになったんです。『こんなにも違うのか』と愕然としました。
研修の際、平山シェフが独立するお弟子さんにも勧められているという、火の回りが力強い外国製のオーブンを教えていただいたのですが、さすがに予算をオーバーしてしまって……。それでも石窯のクオリティにはどうしてもこだわりたくて、中古ですけど国産の石窯オーブンを買うことにしました。平山シェフに『このオーブンにしました』と報告したら『大丈夫だと思う』と言ってもらえて、安心しました」

店名「凪 -nagu-(なぐ)」に託した、水面のような静けさと胸の高鳴り

凪 -nagu-

2026年7月のオープンに向けて、いよいよカウントダウンですね。お店のコンセプトや、店名に込められた想いを教えてください。

福井さん
「今まさに、信頼できる友人たちに手伝ってもらいながら内装工事を進めているところです。打ちっぱなしのコンクリートに温かみのある木を組み合わせた、シンプルながらも心地よい空間を目指していて、天井の高さにもこだわりました。製造は私1人で行い、販売にはパン職人やカフェ経験のあるスタッフが数名、力を貸してくれることになっていて、後々には製造にも携わってもらおうと思っています。

店名の『凪 -nagu-』ですが、実は私、釣りが趣味でして…。琵琶湖によく行くのですが、湖の水面がしんと静まり返っている朝の景色が昔からたまらなく好きなんです。風がピタッと止んで、波ひとつない『凪(なぎ)』の状態。耳を澄ますと、遠くで鳥のさえずりが聞こえたり、かすかに魚が跳ねる水音が響いたりする。一見すると完全な静寂なのに、その奥には『これから何かが始まるんじゃないか』という、静かだけれど確かなワクワク感が満ちている。そんな世界観をイメージしています。

穏やかな日常にそっと寄り添いながらも、一口食べた瞬間に胸の奥がぽっと明るくなるような、ささやかなワクワクを届けたい。そんな想いから、店名にはあえて“ベーカリー”という冠を付けず、シンプルに『凪 -nagu-』とだけ名付けました。

凪 -nagu-

材料選びにおいてのこだわりを教えてください。

福井さん
「小麦は、キタノカオリ、春よ恋といった国産小麦を常に13~15種類ほどストックし、作りたいパンの表情に合わせて数種類ずつブレンドしています。酵母はレーズンを中心に、春には期間限定で『いちご酵母』を使う予定です。 すべてをオーガニックにすることは難しくても、できる限り体に優しい素材を選びたいと考えています。イベントで瞬く間に売り切れてしまったもち小麦*100%でつくったきな粉パンも、自分自身が本当に美味しいと思えるきな粉を厳選しています。 街に暮らす人たちが、毎朝当たり前のように食べてくれて、食べるたびに『ああ、やっぱりおいしいな』とじんわり幸せを感じてもらえるような、そんなパンを作り続けたいですね」

※【もち小麦】1995年に日本が世界に先駆けて作り出した新しい小麦。お餅の持つモチモチ感と小麦が持つツルっとした食感を両方備えているのが特徴

33歳からの挑戦。そして40歳を迎え、お店のオープンもまもなくです。

福井さん
「これまでの人生を振り返ると、あと一歩というところで足がすくんでしまったり、無難な言い訳を作って挑戦をやめてしまったりすることが多かったように思います。でも、会社員として年齢を重ねていく自分を想像したとき、『自分の人生を、自分の足で歩きたい』という心の声が、どうしても無視できなくなって…。 イベント出店でのリアルなお客様の反応、そしてあのとき勇気を出してテレビ番組に応募し、平山シェフの元へ飛び込んで自分のお店を持つと決めたこと。その一歩一歩の積み重ねが、今の私のエネルギーの源になっています」

穏やかな日常の、ささやかな凪の時間に、格別のわくわくを添えて。ひたむきに理想のパンを追い求めてきた福井さんの生き方そのものが、これから多くのお客様を幸せにしていきます。「凪 -nagu-」が焼き上げる美しいパンの香りが、もうすぐ、神戸の街を優しく包み込みます。

ライター・いなだみほのひとこと | インタビューを終えて

福井さんが語る言葉のひとつひとつには、まるで丁寧に時間をかけて発酵させた生地のような、滋味深い温かみがありました。 ストリートダンスで培った技を極めるエネルギーと、湖の水面を見つめるようにパンと向き合う静かなまなざし。ダンスとパン作り――どちらも孤独に打ち込む作業のように見えますが、チームで楽しみ挑戦するダンスの精神や、パン職人の横のつながり、先輩方への敬意などもひしひしと伝わってきました。7月のオープン日には、私もいちファンとして、石窯から届く最初の焼き上がりを待ちわびたいと思います。

【取材協力】

ベーカリー凪

「凪 -nagu-」
※2026年7月~頃オープン予定
住所:兵庫県神戸市西区伊川谷町有瀬543-1 クレセント有瀬1階
営業時間:11:00〜17:00(売切次第終了)
定休日:月・火・水

インスタグラム:https://www.instagram.com/bakery_nagu/

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Writer
パン・スイーツライター
いなだみほ
パン・スイーツライター
いなだみほ
運営サイトはこちら
赤穂生まれ、神戸暮らしのライター。
スイーツ、パン、ライフスタイルを中心に雑誌、WEBで執筆するほかイベント企画なども行なっています。
塩の国生まれゆえ、甘じょっぱいお菓子が好き。
パンシェルジュ2級、チョコレートスペシャリスト取得。
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chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
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