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2022.10.25

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.3「夢は叶えるためにあり、あきらめなくてもよいもの」PÂTISSERIE S.SUDO 須藤 サチ

PÂTISSERIE S. SUDO オーナーシェフ
須藤 サチさん
お茶の水女子大学食物栄養学科を卒業後、7年間明治記念館(結婚式場)の製菓部に勤務。ワーキングホリデービザを取得して渡仏し、2軒のパティスリーで研鑽を積まれます。帰国後は、明治記念館時代の上司が開業されたパティスリー・ラ・ノブティックでスーシェフとして活躍。明治記念館勤務時代に事務方として働かれていた同僚の弘一さんと結婚。出産を経て、2020年にPÂTISSERIE S.SUDO(パティスリーエス・スドウ)をオープン。
運営サイトはこちら

パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。

それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。

なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出して欲しい。そして新人の職人さんたちが勇気をもって夢を抱けますように!

女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。

シリーズ3回目は、
小さいころからの夢である自店「PÂTISSERIE S. SUDO (パティスリーエス・スドウ)」をオープンされて2年半。オーナーシェフ、妻、母と3足のわらじを履く須藤サチさんにインタビューしました。

東京都三鷹市、京王井の頭線三鷹台駅から徒歩12分ほどの場所にPÂTISSERIE S.SUDO(パティスリー・エス・スドウ)はあります。お店の前には大きなスーパーがあり、郵便局や飲食店が点在する住宅街。なるほど、スーパーからの買い物帰りに自宅用のお菓子を購入されるお客様が多いのもうなずけます。オーナーパティシエールの須藤サチさんは『明治記念館』(結婚式場)や『パティスリー・ラ・ノブティック』で研鑽を積まれ、2020年4月に開業されました。コロナ感染者が急増し、東京都が初めての緊急事態宣言を出していた時期と重なります。オープン直後の4月には当時2歳の息子さんの保育園が1カ月の緊急閉鎖になったとか。ご自身のパティスリーをオープンするという幼いころからの夢を実現させ、小さなお子さんの母としても充実した時間を過ごされている須藤シェフの素顔に迫りました。

自分の思い描く通りに人生は進んでいかない

現在30代の須藤シェフ。修業時代、ご自身の開業は35歳頃をイメージされていたとか。「今もし時間が取れるなら、お菓子の試作に時間を使い、もっと勉強したい」と語られました。結婚・出産のタイミングで、結果的に修業期間が思っていたより短くなったという須藤シェフのお話には、読者の皆さんにも当てはまる要素がいっぱいです。

これまでパティシエールとして働く中で、女性ならではの苦悩などはありましたか?

□須藤シェフ
「修業時代は若かったこともあり、あまり辛さを感じたことはありません。私自身、気力も体力もある方だと思います。例えば今でも、頭痛があるなと思っても薬を飲んで仕事をするというタイプで、工夫しながら働いています。とは言え、同世代のスタッフともよく話題になるのですが、いまは20代のころと比べて明らかに体力も回復力も落ちていると感じます。特に女性はホルモンバランスが崩れ、感情が浮き沈みしやすくなる時もありますよね。若いころに比べて、体調管理の意識も高まっていますし、自分の体の変化も敏感に感じるので、バランスをとりながら仕事をしています」

「バランスをとる」というのは具体的にどんな工夫をされているのでしょうか?

□須藤シェフ
「うちのお店は、日曜日と月曜日が定休日です。月に2回は土曜日も営業していますがお休みをいただいている週もあります。開業前は、土日をお休みにするのが不安で、土曜日も毎週営業する予定でした。結果的には、『長く堅実にお店を続けていくためには、無理をし過ぎないことが重要』と、冷静な夫からの提案を取り入れて本当に良かったと思っています。仕事で目いっぱい無理をすると、疲れがたまってしまい、休日だけでは身体も心も回復しないまま翌週になってしまうと思うんです。そうなると家族との生活にもしわ寄せがきますよね。私と同じように子育てをしながら働く女性スタッフも多いので、用事が入りやすくて保育園も休園の日曜日を定休日に設定しました。週末しか来店できないお客様もいらっしゃいますので、土曜日は隔週で営業しています。月曜日は翌週の営業に向けての仕込みや、お店の事務仕事をする日としてメリハリをつけて働いています」

スタッフの家庭事情を受け入れる姿勢

ご自身の『パティスリー開業という夢の実現にはたくさんの人の支えが存在している』と話されていました。お店を支えてくれるスタッフさん、家庭を支えてくれるご主人、サポートをしてくれるお母様、ママ不在時にも頑張っている息子さん。周囲の協力を引き出せている鍵は、須藤シェフの日々の頑張りと心遣い、感謝の思いを口にする姿勢にあると筆者は感じました。

子育てもしながら、お店も順調に続けられている秘訣は何ですか?

□須藤シェフ
「秘訣といえるかわからないですが、毎月のシフトを組む際の調整はとても大切にしています。私自身、結婚・出産という人生の大きな節目が、パティスリーで務めている時に訪れました。個人のパティスリーだと、産休・育休制度が充実しているお店はまだ少ない現実がありますが、そのお店も前例がないパティスリーでした。『家庭が落ち着いたら、また勤めに戻ってきて欲しい』と温かい言葉をかけていただいたのですが、出産後にそれまでのような形でお店の役に立てる自信が持てなかったこともあり、退職したんです。実際、小さい子供がいると、土日関係なく働くことは周囲のサポートがなければ不可能です。製菓業界は9時から17時までの勤務時間内で働けるような業界ではありませんし。そんな事情と、母親業の大変さの両方がわかるからこそ、シフトを組む時は、スタッフみんなの要望をなるべく聞いて受け入れられるよう心がけています」

(勤務時間に融通が利きやすい)若いパティシエを雇うという選択肢はなかったのですか?

□須藤シェフ
「オープン前に、2人の子供を育てている前職の結婚式場の先輩に私から声をかけ、ずっと働いてもらっています。勤務時間は限られていますが、結果的に大正解でした。先輩は一度、産休・育休制度を利用して職場復帰されていたのですが、2人目を出産される前に退職されていました。『菓子製造の仕事で働くことをあきらめていたので、とても嬉しかった』と喜んでくれましたし、経験値が高いので、集中して成果を上げる働き方をしてくれています。試作品を試食してもらう際も、的確なアドバイスをくれるので、とても頼りになる存在です。開業後に専門学校に求人を出して採用を決めたこともあるのですが、当人の家庭の事情で働けなくなったんですよね。私を除いて、今いるスタッフ3人のうち2人は30代の働くお母さん、もう一人が20代の女性です。この3人が今はとてもいいバランスで働いてくれていると感じています。30代2人は、現場経験も長いので販売のスキルも高いですし、家庭の事情でのシフト変更などがあってもお店にとってマイナスだとは思いません。20代のスタッフが1人いることでなんとか回せていますし、お互いの事情を把握して尊重し合う雰囲気ができているので、バランスがとても取れています」

▲開店直後に「焼きたて栗とほうじ茶のフィナンシェ」を並べる須藤シェフ(手前は「丸ごとマロンパイ」)

幸運の持ち主でなくても働き続けられる業界が理想

製菓・製パン業界を、『女性も長く働き続けていける業界』にするにはどのような変化が求められるのでしょうか。女性がキャリアを活かして働きつづけることを考える際、子育てをサポートしてくれる時間的な余裕のある家族が身近にいたり、理解のあるパートナーを見つけないとパティシエールとして仕事を続けていくのは難しいのでしょうか?

女性にとってパティシエールという職業は、生涯続けられる仕事だと思いますか?

□須藤シェフ
「工夫すれば続けられる仕事だと思います。私のようにお店を持つことだけが全てではないと思いますし。パートタイマーで菓子製造を続ける方、製菓学校などの先生、環境を整えて自身が作ったものをネットやイベントで販売する方も立派なパティシエールですよね。そしてどんな仕事でもそうですが、仕事を続けるには職場と家族のサポートが重要です。夫は明治記念館時代の同僚だったこともあり、菓子職人の仕事への理解があったんです。開業の少し前には仕事を辞めて、オープン前の準備、経理や販売面など、全面的にバックアップしてくれました。オープンしてすぐに東京都がコロナ禍での緊急事態宣言を出したことで、保育園が1カ月間休園になってしまったのですが、夫がいてくれて本当に助かりました。その頃は、私がお店で働いているあいだ、息子の面倒は夫にまかせっきりでしたので」

夢の実現をサポートしてくれる旦那さんと巡り会えたのは、とても幸運なことに思えます。

□須藤シェフ
「『お店やっていいよ。オーナーシェフであることも、母であることも両方あきらめなくていいよ』こんな言葉を夫からもらえたのは本当に嬉しいですし、自分の状況は本当に恵まれていると思います。自分の仕事を辞めてまで応援してくれるような人はなかなかいませんから。
ただ、幸運の持ち主だけが続けていけるような状況ではなくて、本人の努力はもちろんですが、雇う側も頑張ってきた職人さんを大事にする、そんな土壌ができればいいなと思います。
これからの業界での課題になりますが、時短制度が充実すればより働きやすくなりますよね。さらに将来的には、技術の確かな職人さん達が、結婚や出産を迎えても働き続けられるような新しいマッチングビジネスのようなものが生まれて欲しいなと思っています。正社員を1人雇う余裕はないお店も、経験のある方が即戦力としてパートタイマーで働いてくれたらお店側も助かりますよね。そんなサービス、chefnoさん作ってください(笑)」

とても良いアイデアですね。雇われる側の、スキルを上げようという意識にも繋がりそうです

□須藤シェフ
「再びこの仕事をやりたいと思った時に採用されるための準備というか、自分で技術を磨いたり知識を向上させたりしておくことは必要だと思います。若い時の努力が自信になって、それがステップアップにつながる。そんな良いサイクルができると『あのときもっと頑張っておけばよかった』という後悔が少ない、充実した修業期間になるのかなと思いますね。私自身も、20代はしっかり遊びながらも、講習会もたくさん受講しましたし、コンクールにも挑戦しました。ワーキングホリデーを取得してフランスにも修業に行きました。
自分のためにたくさん時間を使える日々がずっと続くわけではありません。雇われる側も努力して自分磨きを怠らず、雇う側も制度を充実できるように努力する。そんな業界が私の理想です」

取材を終えて

シックなグレーの外観とは打って変わって、温もりと華やかさを兼ね備えたドライフラワーが印象的な明るい店内には、生菓子と焼き菓子がバランスよく並んでいます。丁寧な手仕事から生み出される、上質な季節感あふれるお菓子と明るい笑顔のシェフが出迎えてくれるとても素敵なお店でした。
焼きあがったばかりの栗とほうじ茶のフィナンシェは、駅に着くまでに筆者のお腹の中へ。ほくほくの栗とほうじ茶の香ばしさに加えて、外側のカリカリ感!無意識にうーんと唸り声が。人を幸せにするお菓子を作り出す職人仕事の尊さを感じる、とても幸せなひと時でした。

 

●About Shop
PÂTISSERIE S.SUDO /パティスリー エス スドウ
住所:東京都三鷹市牟礼2‐11‐12
営業時間:11:00~18:00
定休日:日・月曜日(土曜日不定休)
公式URL:https://patisseriessudo.wixsite.com/home
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie.s.sudo/?hl=ja

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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エディター兼ライター シオリ
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