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2024.04.02

体が喜ぶパンを。「ブーランジェリー レコルト」松尾裕生シェフの大いなる挑戦 後編(全2回)

ブーランジェリー レコルト
ブーランジェリー レコルト 松尾シェフ
ブーランジェリー レコルト(Boulangerie récolte)オーナーシェフ
松尾裕生(ゆうき)さん
臨床検査技師として病院に勤務するかたわら、趣味でパンづくりを始める。
その後神戸の名店「ビゴの店」で3年、別のベーカリーでも2年修業した後、独立。
2014年に「Boulangerie récolte(ブーランジェリー レコルト)」をオープン。理論に基づいた体によいパンを作り続けている。
2号店となるベーカリーカフェ「ブーランジェリー レコルト rond point(ロンポワン)」では体にやさしいランチメニューを提供。
海外で製パン講習会を行うなど、精力的に活動している。
運営サイトはこちら

健康上の理由から塩を摂取できない人たちのためにと無塩パンの製造・販売を決意したブーランジェリー レコルトの松尾裕生(ゆうき)シェフ。
塩が入ることが当たり前のパンづくりにおいて、美味しく食べられる無塩パンをつくることは簡単ではありません。
後編では、松尾シェフの無塩パンの開発について、そしてシェフの思い描く未来についてお話を伺いました。

無塩パンの制作

ブーランジェリー レコルト

▲ブーランジェリー レコルトの無塩パン「アーモンドミルクのヴィエノワ」

無塩パンの開発について聞かせてください。

松尾シェフ
「今回、これまでの経験や記憶から『やるならこの生地だろうな』と3、4種類ぐらいは何となく頭にありました。例えばブリオッシュだと、砂糖の甘さが味に結びつくので、塩の影響というのはそれほど感じません。卵も入ってるので、リッチなパンは塩なしでも結構食べられるんですよね。
でも、リッチなパンは普段の食事には向かない。もっとシンプルで健康的でありながら、何とか副材料の力で、塩がなくても美味しくできる方法をさがしていました。発酵の力を借りて有機酸の香りとかで表現できればいいんだけど、ハード系はやっぱり塩がないと食べにくくてハードルが高かった。もう少し食べやすく、日常的に食べられるパンって何だろうなと思ったら最終的にはヴィエノワかなと思って」

ブーランジェリー レコルトの松尾シェフ

▲ブーランジェリー レコルトの松尾シェフ

「パンだけを単独で食べるというよりは、サンドイッチに使えるようなものがいいと思ったんで、まずは誰もが食べやすくてミルキーな感じで、サクッと噛み切れるようなのを目指して作りました。
あと、お客さんのなかには乳製品とかも駄目な方が結構いるので、乳製品フリーにもしたかった。そこで無添加のアーモンドミルクを使って、油脂もバターの代わりにココナッツオイルを使って、という形にしました」

無添加のアーモンドミルク

▲無添加のアーモンドミルクを使用

松尾シェフ
「このヴィエノワ生地は、チョコを混ぜ込んだ塩ありのものが商品として元々あったんです。チョコレートを入れなくても普通に素朴で美味しいパンだし、この生地ならアーモンドミルクが入っているので、塩を抜いても水で作るパンより風味があっていいかなと思いながら作ってみたら、けっこう食べられるものが出来たんです。
牛乳で作ってみた時もありますけど美味しくなくて。やっぱりアーモンドミルクがよかったなと思います」

アーモンドミルクのヴィエノワ

▲試行錯誤の末に完成した「アーモンドミルクのヴィエノワ(無塩)」。アーモンドミルクのコクのあるやさしい香りが漂う

無塩パンの売れ行き

無塩パンが完成して、売れ行きはどうでしたか?

松尾シェフ
「インスタグラムの投稿から、僕が健康に良いパン作りに取り組んでいることを認知してくれている人が増えてきて、無塩パンをやるってなった時も、『食べてみたい』っていうコメントをけっこういただきました。
実は、以前に無塩パンを1度作った時、次の週にすぐやめちゃった時があったんです。思うように売れなくて。けど、お客さんからたくさん問い合わせがきて。『無塩パンないんですか』『買いに来たんですけど』っていう人がいて、『そうか、これだけの人が必要としているんだな』っていうのが改めてわかったんで、それからは金曜日と週末だけは必ず作るようにしました。日に5、6本ですけどね。いまは何とかコンスタントに残らずに売れているかなという感じです」

ブーランジェリー レコルト

▲少ない数ながらもコンスタントに製造・販売している

「いまはまだ興味で買ってくれる人もいるので、本当に求められているのか、売れる商品かどうかはまだまだ分からないですね。あれを好んで食べる人は少ないと思いますし、塩を減らさなきゃいけないっていうルールがある人しか、買わないパンなので。
ただ、お野菜とかをはさんでサンドイッチにするといけるんですよ。あとは逆に、自分で少し塩を調整してくれればいいと思ってます。アクセントにちょっと振るだけで美味しくなると思うし、それでも普通のパンに入ってる塩の量よりはきっと少なくできるから。あとは塩気の代わりになるものをうまく使ってサンドイッチにしてもらえればいいんじゃないかな」

ブーランジェリーレコルト

▲塩の入ったタイプも販売しているので、塩のありなしを比較してみるのもいい

「あえて塩の入っていないパンを選ぶというのは、最初は努力だと思うんですよ。『味気ないけど健康のためにそっちを選ぼうかな』って。多分慣れてくると意外と食べやすくなると思うんですけど。ただ、やっぱり若干味が落ちる部分に対して、健康のためによしとするのか、やっぱり塩が入ってるほうがいいとなるのか、それは選択してもらえばいいかなと思ってます」

「喜ばせたい」が原動力

お客様の健康を第一に考え、美味しく、体が喜ぶパンを作ることに精進し続ける松尾シェフ。パン職人として、ベーカリーのオーナーとして、何を見据えているのでしょうか。

松尾シェフ
「自分は結局何がしたいんだろうって考えたときに、人が喜ぶことが好きなんです。
パン職人として何か人が喜ぶことをしたくてやり尽くしたら、『お客さまの健康』というものに行きついた。という感じです。
僕はもともと臨床検査技師だったこともあって、健康に対する意識も元々高いのかもしれないし、分子栄養学が素直に入ってきたっていうのもある。僕にはパンづくりの技術があって、それで健康の知識も持ってたから、それを活かすことでみんなが元気になって、喜んでくれると、なんか楽しいんですよ。

なので、人に喜んでもらうことをもっとしたいっていうのが、いつも僕にとっての選択肢かなと。どういうことをしたら、お客さんやスタッフが喜んでくれるんだろうかといつも考えます。スタッフが元気で生き生きしてて、仲良くパンを作っている姿は、お客さんにとっても、見ていていい気持ちになると思うんです。そのためにはどうやって接していかなきゃいけないかとか、いまはいろんなことを考えるようになったなと思います。いろんなことでわくわくしてもらう店、楽しいなと思ってもらえるお店にしたいんです」

ブーランジェリーレコルト

▲特注の誕生日パン。お店とお客との良好な関係性がうかがえる

「無塩パン」はパン職人の義務

松尾シェフ
「塩がなくても美味しいパンを作っていくっていうのは、僕らパン職人の義務だと思っていて、そのためには作り続けないと、いま以上のものは生まれてこない。『美味しくないから作らない・売らない』だと、いつまでも無塩パンはまずいパンのままだけど、努力を続けていたらいつか塩なしでもめっちゃ美味しいパンができるかもしれないじゃないですか。みんなが切磋琢磨すれば塩なしでも美味しいパンができるはずだと思うんですよ」

ブーランジェリーレコルト 松尾シェフ

「なんで、とりあえずは塩がないパンを毎週でも作れるっていう環境があるということ。そのためにはお客さんにも何とか選んでもらいたい。今は多分、少し努力が必要だと思うんですよ。健康を選択するっていう意味でね。それに慣れてくると、体にいいものを食べることが喜びにつながってくる。その段階に来てもらうためには、僕らパン職人が工夫をして、どうにかして美味しいパンをつくる。それをまたお客さんが選んでくれる。そういうサイクルを少しずつでいいから増やし続けていく。そうすれば、この先もう少しね、いい未来があるかなと思っているんです」

【取材協力】

ブーランジェリー レコルト

Boulangerie Récolte(ブーランジュリー レコルト)本店
住所:兵庫県神戸市兵庫区大開通7丁目5-16
電話番号:078-599-6436
営業時間:7:30~18:30
定休日:日・月曜日
公式ホームページ:https://www.pain-recolte.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/recolte_matsuo/?hl=ja

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Writer
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
映像制作とフランス語関連の記事担当。18年のフランス在住経験あり。フランス生活で得た気づきやエスプリを生かして面白い&センスの良いコンテンツづくりを目指します!好きなお菓子はダントツでタルトタタン。
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