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2024.04.02

体が喜ぶパンを。ブーランジェリー レコルト 松尾裕生シェフの大いなる挑戦 前編(全2回)

ブーランジェリーレコルト 松尾シェフ
ブーランジェリー レコルト 松尾シェフ
ブーランジェリーレコルト(Boulangerie récolte)オーナーシェフ
松尾裕生(ゆうき)さん
臨床検査技師として病院に勤務するかたわら、趣味でパンづくりを始める。
その後神戸の名店「ビゴの店」で3年、別のベーカリーでも2年修業した後、独立
2014年に「Boulangerie récolte(ブーランジェリーレコルト)」をオープン。理論に基づいた体によいパンを作り続けている。
2号店となるベーカリーカフェ「ブーランジェリー レコルト rond point(ロンポワン)」では体にやさしいランチメニューを提供。
海外で製パン講習会を行うなど、精力的に活動している。
運営サイトはこちら

「ヴィーガン」「無添加」といった言葉を目にすることが日増しに多くなり、世の中で高まっていく健康志向。普段から商品パッケージの裏に記載されている栄養価をチェックしたり、「国産の原料が使われているか」「添加物がはいっていないか」などを気にされている方も多いのではないでしょうか。
そして「減塩」もまた、健康につながるひとつのキーワードと言えるのではないでしょうか。

今回は、パンにまつわる健康と塩についてのお話です。
パンの本場フランスでは2023年10月以降、「市民の健康維持」を目的に、バゲット100グラムに対する塩分量を1.4グラム以下にするようパン屋に求めるなど、世界的に見ても「減塩」が声高に叫ばれています。
神戸にある人気ベーカリー「ブーランジェリー レコルト」では、いま「無塩パン」なる商品を製造・販売しています。しかしながら、オーナーシェフの松尾裕生(ゆうき)氏は「減塩が体にいい」という風潮には懐疑的だと言います。
にもかかわらず、塩の入っていないパンを作るのはなぜなのか?そして、塩がいっさい入っていないパンとはどんなパンなのか?
パン作りにおける塩の物理的効果や、塩と健康との関係性などについて、松尾シェフへのインタビューを前・後編の2回にわたってお届けします。

塩の入らないパン

ブーランジェリー レコルト

▲ブーランジェリー レコルトの無塩パン「アーモンドミルクのヴィエノワ」

―まずお聞きしたいのですが、パンに塩が入らないとどうなるのですか?

松尾シェフ
「めちゃくちゃまずいです(笑)
味がもやっとして、締まりがないんですよ。砂糖や油脂を入れ忘れた時は意外と気づかなかったりするんだけど、塩はね、食べた瞬間『あ!入れるの忘れた』ってわかります。
それは、リーンな生地*になればなるほど、分かりやすい。例えば、白飯だけだとちょっと味気ないけど、塩をかけると美味しくなる時があるでしょう。あれと似ていて、シンプルなものほど塩の効果が明確に出ますね。
パン職人にとって、パンに塩が欠かせないってことは業界に入りたての新人でも知っている“常識”です。ただ、当たり前すぎて、何で塩を入れるのかとか、入れなかったらどうなるのかって、実のところわかってない人って多いかもしれない。
パンを形作るっていう意味においても、塩にはちゃんと役割があって、形状の保持とか、発酵の過程で生地をしめる効果があります。特にだれやすいハード系の生地だと塩が入っていないと分かりやすい。反対にオーソドックスな生地だと、生地がだれると感じるほどの変化はないので、食べてはじめて『あれっ』てなると思います」

*リーンな生地
砂糖やバターなどの材料が入った甘味のある「リッチな生地」に対して、シンプルな材料のみで作られる生地。食事に合わせやすく、小麦粉の風味が前面にでるのが特徴

人間に欠かせない“塩”

ブーランジェリーレコルト

▲ブーランジェリー レコルトではミネラルが豊富な室戸の天然海塩を使用

松尾シェフ
「そもそも塩ってね、人間にとって欠かせないものなんです。精製された食塩(塩化ナトリウム)じゃなくて、天然の海塩とか、岩塩とか、そういった塩に本来含まれているミネラルは、とても大事な栄養価なんです」

―「人間は塩を摂らないと死ぬ」って聞いたことがあります。
松尾シェフ
「そうなんです。塩を摂らないと死んじゃうんです。
天然の塩には5%くらいカリウムやマグネシウムといった大事なミネラルが含まれているんだけど、一般的な食塩は、大量生産する上で品質を安定させたり、サラサラにして使いやすくしたりするために、精製過程でマグネシウムとかが除去されているので、食塩は99%以上が塩化ナトリウムです*。
だから、そういう精製された塩化ナトリウムばっかり摂っていると高血圧といった健康上の問題につながるということなんです」

ブーランジェリーレコルト

▲「本当に体によいパン」を日々作りつづけている松尾シェフ

松尾シェフ
「いまの世の中『減塩は健康的』っていう思い込みがあるじゃないですか。塩を減らすことが体に良いっていうイメージがある。もちろんナトリウムをたくさん摂ると、血圧は上がるんですけど、それはカリウムが不足していてナトリウムを処理できないから。果物とか野菜をちゃんと食べてる人は、ナトリウムを少々多く摂ったところでカリウムがちゃんと排出*してくれるんですよ」

※カリウムは野菜とか果物に多く含まれる栄養素。ナトリウムとは相互に影響しあう関係で、ともに細胞の浸透圧のバランスを保つ役割があります。余分なナトリウムを体外に排出してくれる働きがあり、腎臓病や高血圧の予防に欠かせない栄養素です。

「だから何でもかんでも塩を減らすことが健康にいいとは僕は思っていなくて、むしろ塩は正しいものなら大事なミネラルがとれる栄養素なので、食べてほしいんです。塩を減らすよりは、もっと野菜や果物をいっぱい食べて、カリウムをちゃんと摂取するほうが僕は意味があると思います。
ただ、野菜に関しても、例えば、スーパーやコンビニで売られている野菜の色がめっちゃ綺麗なお弁当とかあるでしょう。新鮮で良い野菜が使われているような印象を受けると思いますけど、あれはミネラルを抜いているからなんですよ。ミネラルは水溶性なので、たくさん洗って水に浸けてミネラルを抜くと、野菜の色がいつまでもきれいなんです。ミネラルが多く残っている野菜はすぐに黒っぽく変色します。
こんなふうに、世の中のいろんな食べ物が、品質を安定させたり見栄えをよくするために何かを添加されていたり、栄養素が損なわれたりしているんです」

人の健康を預かるパン職人として

そんな大事な塩が入っていない「美味しくない、作りにくいパン」をなぜあえて作って売ろうと思ったのでしょうか?

松尾シェフ
「例えば腎不全といった、腎臓がうまく機能していない人って、ナトリウムを排出するためのカリウムを摂ることができないんすよ。カリウムをたくさん摂るとそれが腎臓に負担をかけちゃう。そういう人にとっては、やっぱり塩は抜かなきゃいけない。減らさないといけないんですね。
うちの店では、普段からお客さんの健康づくりに取り組んでいて、健康診断に引っかかるほどではない、『一見健康そうだけどちょっと調子が悪い』っていう人たちをサポートできるようなパン作りをしています」

ブーランジェリー レコルト

▲乳製品不使用の「体にやさしいブリオッシュ」など、店内にはお客の健康を考えて作られた商品が多く並ぶ

「というのも、僕自身、若い頃からこれまでいろんな病気をしてきたんです。バセドウ病っていう甲状腺の病気とか、ピロリ菌が原因で胃潰瘍になったりとか。
パン屋になってからも苦労してやってきたんですけど、同じように健康に問題を抱えるお客さんから『何を食べたらいいですか』とか『小麦は何で体に悪いんですか』と聞かれることもあって、そういう質問にちゃんと答えられるようになりたいな思って。いろいろ勉強をしていたら、分子栄養学に行きついたんです。そしたら全部の答えが繋がって。僕が過去にやった病気も全部、栄養素の摂り方の問題でした。
当時、薬代が月に1万円くらいかかってたんですけど、分子栄養学の勉強を始めて、栄養素の摂り方に気をつかったら、薬が必要なくなりました。病気も全部治ったし、その後も病気にならないし、体の調子を食べ物でコントロールできるようになったんです。
結局、自分の体って自分の食べたものでできてるんですよね。
パンを通して健康への取り組みを続けていくなかで、お客さんのなかには糖尿病になって糖質を抜かなきゃいけないとか、腎臓が良くなくて塩分をぬかなきゃいけないっていう問題に直面してる人たちがいて、そういった人たちが僕たちに助けを求めてきてくれることが増えたんですよ。それならやらなきゃいけないな、と思って、無塩パンを作って売ることを決めました」

後編はこちらから

 

【取材協力】

ブーランジェリー レコルト

Boulangerie Récolte(ブーランジュリー レコルト)本店
住所:兵庫県神戸市兵庫区大開通7丁目5-16
電話番号:078-599-6436
営業時間:7:30~18:30
定休日:日・月曜日
公式ホームページ:https://www.pain-recolte.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/recolte_matsuo/?hl=ja

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Writer
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
映像制作とフランス語関連の記事担当。18年のフランス在住経験あり。フランス生活で得た気づきやエスプリを生かして面白い&センスの良いコンテンツづくりを目指します!好きなお菓子はダントツでタルトタタン。
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