小学生時代からお菓子を通じて自分の居場所を見つけてきた桜井亜瑠(ある)さん。
大学で栄養学を学びながらも一旦休学し、製菓学校へ入学。現在はフリーランスのパティシエとなり、紅茶専門店 「喫茶文藝」のシェフパティシエとして、また、食以外の分野の人々とコラボレーションし、お菓子を通した表現活動をしています。
フリーランスのパティシエとは?桜井さんにとってお菓子づくりとは?小さい頃の夢から現在、そして未来についてお話を伺いました。
小さい頃に母がかけてくれた言葉
小さい頃からよくお菓子を作っていたそうですね。
「小学生の頃、不登校というほどじゃないんですけど学校に行くのが嫌いな子供だったので、よくさぼってたんです。そしたら母が『学校には行ったほうがいいけど、行かないなら手を動かして何か作ってみたら』と言ってくれて。ホットケーキを作ったら『美味しい』って言ってくれたのが嬉しくて、それからよくお菓子を作るようになりました。
その頃から今に至るまで、考えていることをノートに書き留めてるんですけど、当時の内容を読み返してみると、ホットケーキについていろいろと書いてあります。小学4年生の頃には『夢は自分だけのレシピを書くこと』。また今は、未来の食べものがどうなっているかにとても興味があります。長期・中期・短期の目標を定期的に見直すことをわたしは『定点観測』って呼んでいるんですけど、こうやって読み返すと自分の考えが少しずつ変わっているのが見られるのですごく面白いです」
本格的にパティシエの道へ進もうと思ったきっかけやタイミングは?
「二つあります。まず一つは、通っていた高校が、多才で個性的な生徒がたくさん集まる学校だったこと。現在わたしがシェフパティシエを担当して共に活動している『喫茶文藝』のすみあいか(喫茶文藝オーナー・写真家・デザイナー )とはその時に出会いました。
二つめは、大学生になって、医学やエンタメなどお菓子とは異なる分野の人々と出会うことが多くなり、『パティシエです』と自己紹介をすると興味を持ってもらえることが多く、いろいろな経験ができたこと。高校の頃から『これからお菓子の道でやっていけるのか』とずっと考えていて、そういう人たちとの交流を通して『他分野との交流をお菓子という形で表現するのは面白いんじゃないか』と思ったんです。
パティシエの人たちは、あまりお菓子の世界から外に出てこないということもあり、それが自分だけにできることというか、自分がいちばん輝ける場所はそこかもしれないと思わせてくれた、すごく大きい出来事ではありましたね」
大学を休学し専門学校へ。そしてパティシエの道へ
大学での出会いを通して、在学中にパティシエとして活動していく決意をした桜井さんは、在学中に休学し、製菓の専門学校に通いはじめます。そこには、子供の頃から自身の考えをノートに書き留め「定点観測」してきた、桜井さんならではのビジョンがありました。
「専門学校ではなく大学に進むことは、ずっと前から決めていました。お菓子だけでなく食全般に関して興味があったので『食について深く学べる場所はどこだろう』と考えたときに、まずは栄養学を学び、食という広い学問、産業に対する知見を深めた上でお菓子をやりたい と考えていたんです。
ただ、趣味でお菓子を作ることと、それを仕事にすることは全く異なるので、いちど体系的に学び直す必要があるだろうと思っていました。学費を貯めて専門学校に行くというのは高校生の頃から決めていたので、大学を選ぶときも、大学と専門学校の両方の学費を考えると国公立にしようとか 、食についてとにかく深く学べるところにしようとか、そういう基準で進路を選択していましたね」
桜井さんは大学在学中にフリーランスのパティシエとして活動を始められたんですね
「のちに『喫茶文藝』として一緒に活動することになる、すみあいかから『撮影に使うお菓子を作ってほしい』と依頼があったんです。それが私にとって、初めてお菓子を作ってお金をもらうというお仕事でした。
彼女がすでに開業届を出して活動していたのですが、そのお仕事をきっかけに他の依頼もくるようになっていたので、『いまならいけるかもしれない』と思って、わたしも開業届を出して、本格的に活動を始めました」
お菓子は表現の「手段」
一般的なルートとは違った道のりを経てフリーランスのパティシエという居場所に辿り着いた桜井さん。彼女にとってパティシエとはどんな職業なのでしょうか?
「私にとってお菓子はあくまで『手段』だと思っています。自分が表現したい信念や思想、実現したい未来があって、それに近づくための手段としてお菓子がある。望ましい未来の定義は難しいですが、分野を越えて模索している最中です。
例えば、会議の議事録などを簡単なイラストなどを使ってリアルタイムでまとめていく『グラフィックレコーディング』という手法があるのですが、それをやっている友人から『絵を描くこととお菓子を掛け合わせて何かできないか』と提案され、ふたつの共通点を考えて「絵×お菓子」でイベントで提示したり 。そういったアウトプットとして生まれるのがお菓子で、わたしはその答えをがないものをずっと探しているような感じです。
パティシエの辻口博啓さんが、むかし何かの本で『お菓子は窓である』というようなことを仰っていて。例えば世界がこうあって、自分からはここの部分が見えている。自分の見ている世界を、お菓子を通して人に届けるという意味で『お菓子は窓』と表現されていたんですけど、感覚としてはそれに近いかもしれません」
お菓子を作るうえで、参考にされていることやものなどありますか?
「食以外の分野の本や音楽、写真はよく参考にします。また、人との縁が一番大きいと思います。ラッパーや写真家など、多方面から声をかけていただく事が多く、難しい課題が多いですが、楽しむことを大事にしています」
喫茶文藝でのメニュー開発はどのようにされていますか?
「チームのみんなで集まって試作品を試食しながら、みんなでアイディア出してまとめていきます。また、街中を歩いているときもずっとキョロキョロしながら気になったことをインプットしておいて、あとでふとアイデアにつながることもあります。
私の場合はパティスリーに入って修行をしてないので、他の方に比べたら素材の知識や技術的な引き出しはずっと少ないと思うんです。そこで私は 、お菓子だけではなくて、別の世界に出ていくことでお菓子以外の部分で引き出しを増やし、自分の強みにしています。他分野との掛け合わせで新しいアウトプットが完成するのがとても面白いです 」
現在の活動と未来について
ご自身のブランド「Time for sweets」と、シェフパティシエを務める 「喫茶文藝」の活動などについて教えてください
「『Time for sweets』の方は、食べ物に軸をおいて、自分のやりたいことをじっくり続けていけたらと思っています。『新しい世界って何だろう』ということにとても興味があるので、既存のものを分解し他分野と掛け合わせて再構築するような、新しいお菓子を作るというのをやりたいんです。3Dプリンターのアーティストとコラボレーションして、3Dプリンターで作った月餅を商品にして販売したこともあるのですが、世の中にまだ浸透してない技術に対して、法の整備や世の中の意識が追いついていないこともよくあります。そういう部分も含めて、 積極的に試してみたい。実験的に『やってみたいことをやってみるブランド』として、今後大きくしていけたらなと思います。
一方、『喫茶文藝』というのは、わたしの人生のなかでも大きな転機にもなった大きな存在であり、今でも一番軸になっているプロジェクトでもあります。
喫茶文藝は和と洋のマリアージュというテーマを掲げていて、和の素材で洋菓子を作ったり、洋の素材で和菓子を作ったりしています。過去には 『秘密の茶室 』という 、五感で楽しむ紅茶とスイーツのペアリングコースや、究極のアイスクリームを目指した『天国のアイスクリイム』、和と洋をマリアージュさせた『花も団子も。』など、様々なイベントを開催してきました。まだ詳しくはお話できませんが、この夏にも開催を予定しています。そして、私にとって特別な場所です」
最後に、桜井さんが大切にしていることを教えてください
「お仕事をしていて『ちょっと窮屈だな』と感じていたら『どういう環境なら自分がうまく生きられるのか、幸せに仕事ができるのか』ということをまず考えて、そして動くこと。失敗してもいいから、とにかく手を動かす、行動に移すことが大事かなと思います」
【取材協力】
喫茶文藝
紅茶を偏愛する二人のオーナーと、パティシエール桜井亜瑠による 「和と洋のマリアージュ」をテーマとした紅茶専門店。技術、素材、空間デザインなど、様々な要素に和洋折衷取り入れ、毎回変化する新たな食体験を数日限りのポップアップにて提供している。
公式ホームページ:https://www.bungeitengoku.com/table
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/bungei_teasalon/