こんにちは。
メルボルンの仲間とともに始めた「LITTLE CARDIGAN」。オープンからお陰様で1年が経ちました。
店舗がオープンしてからずっと走り続けていて、気がついたらもう1年経っていたというのが正直なところです。今もなお、走り続けている状況は変わらず、目の前の課題が消えたかと思えば、また新たな課題が出てきています。悩みは絶えませんが、経営者としてさまざまな学びを得る1年になったのは確かです。なによりも、大きなトラブルもなく、ビジネスが成立し、初年度を終えられたことに、心から感謝の気持ちと充実感、そして心地の良い疲労感でいっぱいです。
今回は、あらためて移住して感じた、メルボルンの良さについてお話ししたいと思います。
カルチャーキャピタル・メルボルンの寛大さに背中を押される日々
僕の住むメルボルンは、オーストラリアの主要都市シドニーに匹敵する人口をほこります。それは、移民人口の増加に加え、国内からの移住者も増えているからです。世界的にグローバル化がさらに発展する状況で、多くの人が自分の”居場所”を探す中、メルボルンを移住先として選択する理由は、多様性と受容性に優れている点が大きいからだと思います。くわえて、住みやすさ・利便性、就職口の豊富さなどもあげられます。
ここに住んでいると、メルボルンの寛大さを日々感じます。たとえば、スモールビジネスに対して理解がある消費者が多いこと。そして、エシカル消費※行動が多く見受けられることです。こちらでは、流行りに流されるのではなく、自分の基準で「これがいい」と判断して購買することが身についているかたが多いです。それもあってか、メルボルンでは大きな商業施設に負けず劣らず、たくさんの個人事業者が集まるマーケットが現在でもメルボルンの台所として人々に愛されています。また週末ともなれば、メルボルン各地でファーマーズマーケットが盛んにおこなわれ、現地の人は自分が欲しい物を探し求めてやってきます。目まぐるしく変化する世情の中、カルチャーキャピタル(文化資本)であるメルボルンらしさを享受できることにこの上ない幸せを感じると共に、大切にしていきたいなと思っています。
※エシカル消費
地域の活性化や雇用などを含む、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動のことです。
こういう環境にいると、ビジネスにおいても個人においても、自分がすべきことをしっかりと判断することが身につく気がします。
思えば遠くに来たものだ
最近、この言葉がよく頭をよぎります。そして思わず声にも出てしまいます。いろんな意味で「遠くに来たな」と思うのです。オーストラリアに住み、仕事を始めてからまだ10年あまり。日本にいたときも含め、いろんな人やものに出会いました。それを踏まえて感じていることがあります。グローバル化が進むなか、民族的背景や文化的背景を取っ払って均一にするのではなく「すべてをそのままに存在させられないか」と思うのです。そう感じるのは、メルボルンに来てから、世界各国から移住してきた人が作る、本場の(現地の)料理を楽しむ機会が増えたからです。
なかには、食べたこともない料理に出会うこともしばしば。そこにオーセンティックな各国の味と美味しさがあることを知りました。では、自分に置き換えたらどうなのか。何かの真似をせず、僕の中のオーセンティック、つまり「本物をつくり続けたらいいのだ」ということに気がついたのです。ごくごく普通なものをきちんと作っていれば、その中に美味しさがある。まあ、言うのは簡単なことなんですけど。
場所(ホーム)づくりの大切さ
自身のビジネスを通じて、スタッフやお客さん、友人など、関わるすべての人と“ホーム”を共有できるといいなと思っています。“ホーム”と言っても、一か所に限ったものではないということをオーストラリアに来てから実感しています。
生まれ育った日本に一時帰国するたびに「帰ってきた!」と思います。ですが、一時帰国したあとにメルボルンに戻ったときにも「帰ってきた!」と感じるんです。“ホーム”とは、家族や仲間がいたり、自分のお気に入りがあったり、理由はわからないけれどとにかく居心地が良く、「ここにいていいんだ」と思えることではないか。それであれば、あらゆる場所がホームになりえると、メルボルンに来てから感じるようになったんです。
そう考えていると、僕の店も誰かのホームになって欲しいと思うのです。それがダメでも、ホームを探し求める人たちのちょっとした休憩所でもいいし、憩いの場所でもいい。この1年、本当にありがたいことに、僕の店にコーヒーとパンを求めて毎日のように来てくださるお客さんがたくさんいます。お互い名前は知らないし、僕は製造中はキッチンの中にいるので、ほとんど話をしたこともありませんが、馴染み深いお客さんの顔はたくさん浮かびます。そんな人たちが商品を手に、キッチンの中にいる僕に向かって、ジェスチャーで“Good”と伝えてくれる。そんな瞬間がたまらなく好きなんです。
僕らのようにスモールビジネスをしている者同士が繋がるだけでなく、お客さんも巻き込みながら、ワクワクする場所の提供や時間が増やせたらいいなぁと感じることが増え、その頃から自分の店のスペースを活用した場所づくりの提案を始めました。それから、店では時々イベントを開催しています。あるときは、写真展、自分の作品や手づくりの商品を販売したり、自分でセレクトした雑貨を販売したり、仲間を集めてマーケットを開催したり、ライブイベントやアート作品の展示会などを開催しています。
昨年のクリスマスイブには、プロのチェロ奏者の方に店で演奏をしてもらう機会がありました。そのチェロ奏者の方は、毎日のように店に来てくれている常連さんのひとりなんです。その演奏会を企画するまで、彼女がチェロ奏者だとは知らず、僕にはとてもうれしいサプライズでした。それ以上に、彼女の演奏のおかげでいつもの店の空間が、一瞬にして滑らかで優しい空間になりました。
クリスマスという特別な時間だったのも手伝ってか、その場に居合わせたすべての人と一緒の場所にいるなと感じたのと同時に、思い思いに好きな時間を過ごしているなぁと思えたひと時でした。
さいごにCheers(チアーズ)について
パンづくりを生業にして20年以上が経ち、できることも着実に増えましたが、それは試行錯誤の20年でした。そしてそれはこれからも同様であると想像しています。また、パン職人としてパンを作るだけではなく、社会の一員として、パンづくりを通して何ができるかということをより強く感じています。自分ひとりでできることには限りがあります。それはおそらく日本にいてもオーストラリアにいても、世界のどこにいても同じことだと思います。それでも働き続けられているのは、メルボルンで得た経験や時間、出会いが今の自分の支えになっているからです。
Cheersは「乾杯!」の時に使われる言葉ですが、オーストラリアでは「ありがとう!」という意味でよく使われます。そう、今回のタイトル「Cheers、メルボルン」は、「ありがとう!メルボルン」という意味なんです。
さて、今回で僕のブーランジェ通信は最終回です。あたりまえですが、この連載が終わっても僕のメルボルンでの日々は続き、LITTLE CARDIGANでパンを焼いています。近くにお立ち寄りの際にはぜひお気軽にお店にお越しください。お待ちしています。
このような記事執筆のお声掛けをchefnoさんにしていただいたおかげで、今までできなかった自分の思いや考えを文章にすることができました。このような機会がなければ、一生できなかったことだと思います。「僕だから伝えられることを」と思いながら、毎回思いのたけをしたためました。ひとりよがりな内容になりがちでご期待に添えられていたかどうかは分かりませんが、この場を借りてブーランジェ通信を読んでいただいたみなさんに心より感謝いたします。
Cheers!!