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2022.03.18

『Mr. CHEESECAKE』 田村浩二が考えるこれからの洋菓子界の在り方とは? 【これからの働き方】

2018年にブランドが立ち上がり、オンライン販売開始と同時に完売するほど話題を呼んだ、『Mr. CHEESECAKE』代表の田村浩二さん。そんな“ミスチ”も3年目を迎え、もうすぐ4年。前回の記事では、田村さんに“これからのミスチ、未来のミスチ”について取材させていただき、これからの時代をどう捉えて、ブランドを成長させていくかについて、伺いました。

今回はテーマを変え、洋菓子界で起こる労働の問題。そして新しく感じる、SNS時代の若いパティシエたちへの考えや田村さんが大事にしている効率の良さとチームワークの大切さを中心にお話を伺いました。今回は特別に、チーズケーキの製造現場を見させていただき、どんな体制とどんなチームワークで運営をしているのかお届けしていきます。

 

「時間をはかる」ことで生まれる成長の可視化と、効率性の追求

まず洋菓子界の質問へ行く前に、『Mr. CHEESECAKE』の工房へ特別に案内していただきました。驚いたのが、スタッフの人数はさることながら作業の分担がしっかりされている様子。それぞれのスタッフたちが手早く仕事をする姿が印象的でした。

撮影現場で、ひときわ明るく振舞っていたスタッフの上田さんに、田村さんの話を伺うと「仕事のときはキリッとされていますが、普段は気さくに身近な話もしてくれる人情のある方です。仕事でも、こんなことをやりたいと提案すると真剣に耳を傾けてくれます。」と。

テキパキこなすスタッフたちとその雰囲気は、これまで取材をしてきたパティスリーとは一線を画すものでした。どうやってチームワークを作り上げていっているのか、田村さんに伺うと……。

田村さん「一人一人の技量と視野も広がらないといけないので、うちは各作業の時間をすべてタイマーではかっています。例えばケーキの生地を流すのに、何分何秒かかったかなどを全て出すんです。そうすることによって、日々の自分の成果が可視化できるし“あとどれくらいの量をどれくらいこなせばいいか”ということもわかってきます。

自分の仕事の要領がわかってくると、今度は相手の仕事についてもわかってきて、『指示』ができるようになるんですよ。例えば、3分あってこの量ならあの人に頼めば終わる、とか。そして、人に指示を出せるようになると、1日の業務量を俯瞰できて、何をどう当てていくかというところまで把握できるようになってきます。

そうなるための原点って、まず“時間をはかる”ということだと思うんですよね。

毎日同じような作業をする中で、自分が何によってどう成長しているかがわかる部分を作らないといけない。最初は時間をはかることの意味をスタッフにも理解してもらうことは難しかったですが、だんだんとスケジュール管理ができるようになってきたし、そうすることで残業時間が減ることも体感してもらえたと思います。そもそも、一般的なお菓子屋さんなどのお店で、12時間でやる業務を8時間に圧縮するのは大変なことですからね。

一人一人の積み重ねで、1分の価値が変わってきます。そうすると生産性が上がって、自分たちの時間あたりの労働の価値が上がります。」

取材中、ふと壁を見ると「Our Value」と書かれたものを発見。田村シェフにその意味を聞いてみると……。

田村さん「これは昨年作ったものです。スタッフから欲しいといわれ、作りました。みんなが向かう先やその目線は“いいものを作ること”で、そのために意見をぶつけることも大事ですし、お互い高めあっていくことを目指しています。」

 

深まる“雇う側の問題”と、“雇われる側の問題”

Q.昨今話題に上がる「食」の世界における長時間労働問題。田村さんご自身も、前から発信されている通り、警鐘を強く鳴らしていらっしゃいました。今の洋菓子界における、根本的な問題はどんなところにあるのでしょうか?

田村さん「長時間労働の問題がニュースで話題になりましたが、これはお菓子の世界だけではなく、飲食業界全体の問題。一般の方々は“何をやっているんだ”という考えの一方で、お菓子業界の方々は『もっとひどいところもあるから、そんなもんだ』という人々もいて、意見が二分化されている印象でした。僕個人としては、後者の考え方がすごく危険だなと思っていて、この令和の時代に、その長時間労働をそんなものだと捉え『よし』とするのは危ういと思っています。

確かに、お客様にいいものを提供するために、労働時間がのびてしまうことがあったり、負荷が高くなるのは仕方ない部分もあると思います。でも、一般的なお菓子屋さんで、例えば生菓子が10種類あって、その他焼き菓子やショコラやコンフィチュールがある場合、その“お店の当たり前”というものが本当にお客様のためになっているのか、ということに僕は疑問を持っています。コンフィチュールももちろん大切だと思いますが、年間を通して何個売れているのか?を考えると、本当に必要なのかどうかは俯瞰して考えなくてはいけないかな、と。

若いスタッフに技術を学んで欲しいとか、フランス菓子の伝統的な文化を伝えていきたいと思うのは素晴らしいと思うし、必要なことだとは思っています。ただし、そのために労働時間がのびて、さらに残業代を払わないというのは違いますよね。そもそも給料の設定も低いし。グレーゾーンとなること自体が間違っていると思います。

うちはチーズケーキしか作っていないので、前提が違うと思われてしまうかもしれませんが、生菓子ってそんなに数が必要なのか?というところから精査して、売れるものを絞って計算して業務を効率化させて、浮いたコストをうまく回したり、給与にしっかり反映したり、労働時間を考えたほうがいいと思っています。

よく飲食の業界では「10年後独立するために若いうちはアスリートのように走る」かのような表現もありますが、それもまた違うと思っています。なぜなら、アスリートは成功した場合に、相応のリターンがあることが多いからです。今の業界は、独立しても給与水準は低いことが多いし、環境も良くない。やりたいことをやるためにはまず、やり続けられる環境を整えていくべきだと考えています。」

 

人のもとで働くからこそ経験を積める20代、SNSの新時代の若いパティシエたちの考え方の危うさ

Q.個人的な感覚ですが、若いパティシエがたくさんSNS上でも活躍していて、「修行が悪だ」みたいな風潮を感じるのですが、その点はどう感じていらっしゃいますか?

田村さん「そうですね、今の若い人たちを見ていると10年働くということ、修業という時間が悪だと思っている人は実際に多いと思っています。

僕自身の考えとしては、修行という言葉が適切ではないと思っていますが、“10年間人のもとで働く”ということを“なんのためにやっているのか”がそもそも正しく理解されていないし、正しく理解できる環境がない。というのが問題だと考えています。

人の下で働くということは、その店のシェフが40歳で経験していることを一緒になって20代のうちから経験できる特権がある、ということです。若い年齢から独立して個人でやっている人にはできないような大きな経験や仕事をするチャンスがあり、そういうところが、僕はとても素晴らしいことだと思っています。

そしてその中で、将来自分が独立するための技術面もですが、働くお店ごとに数字の計算、原価率を勉強して、どういう風に経営が成り立っているのか、そういうのを学ぶ期間でもあるんです。

でも、そういう風に言われないとそういう視点になれない人が圧倒的に多いし、労働環境が劣悪すぎて、そういうことを考える余裕すらない人が多くなってしまっていますね。」

「業界全体としては世の中に比べると労働時間が長くなってしまいがちだと思います。ただ、その理由を理解し“働くべくして働いている状態だと良いと思うのですが、残念ながら“俺たちは働かされている”と若い子たちに思わせてしまっている部分があります。

話は戻りますが、個人では出来ない様な大きな経験をシェフの元ですることによって、いざ自分が独立して同じ様な場面に出会った時、当時の経験を活かして対処し、更に大きなチャンスにできるんですよね。ただそういう経験もなく、人をマネジメントした経験もないと、そこでうまくやっていくのは本当に難しいと思うんですよね。25歳だろうが28歳だろうが、残りの働く時間は40年ちかくあるから、独立を急いでも単なる誤差にしかならない。人の下で働きたくないという思いだけが先行し独立してしまい、貴重かつ必要な経験を失うのは危険だと思っています。

ただ、それはその人たちの上に立つ人たちが、そういう話をせず環境も整えず、ただの労働力の一部のように雇っているから、そんな風に感じてしまうんだと思います。

どちらか一方の問題ではないんですよね。

 

5年後、10年後を想定しながら日々考え続けることの大切さ

Q.最近SNSでネットショップを立ち上げて販売する若い方をどう捉えていらっしゃいますか?

田村さん「若い人がSNSを通じてお菓子を販売するのは、新しい可能性が広がって良いことだと思いますし、世の中的にもポジティブに見ている方も多いと思っています。一方で、今までの様なエリアでパティスリーが選ばれるわけではなく、全てのお店が比較検討される無差別級の戦いになっていて、中には技術と価格が見合っていないと感じるような商品もあり難しさを感じています。一定の話題性で最初は上手くいくかもしれませんが、有名店と比較した時に味や価格、体験で価値を生めていないとリピートしてはもらえません。新しく挑戦する人は、僕も含めて多くのことを考えないといけません。味での比較はもちろんですし、トップシェフよりも明確に価値を提示できなければ、選ばれる理由があまりないからです。

最低限おいしさを再現する力を一定の労働によって(先述の人の下で学び続けることによって)身につけていれば、おいしさの面は乗り越えられると思います。

“効率よく、美味しさを作る技術”も惹きつける美味しさも表現しきれない。そうなると10年後も同じ仕事をし続けられるかというと、難しいかもしれません。もちろん、秀でた部分があって有名になり成功する人もいるので、一概には言えないのですが。

“5年後、10年後を見据える”

SNSで売ってはいけないなんて、もちろん考えていません。そうではなく、何をもって、トップシェフと差別化をするのか。そういうところを長期目線を持ってやっていかないといけない、ということですね。気が付いたら何も持っていない。25~35歳まで、収入が変わらないまま来てしまったということになる可能性もあります。」

取材と撮影では、たくさんの話をしてくださった田村さん。これからお菓子を作るだけではなく、洋菓子界を変えるべく、アクションにも期待しています。

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