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2023.04.11

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.7「異業種からの開業~店主の好きが詰まったお店~」 パンとおやつの店 Lotta table 栗山エリ

Lotta Table
Lotta Table 栗山さん
パンとおやつの店 Lotta table
栗山 エリさん
大学卒業後、建設コンサルタント会社に就職。数年後に、広告や出版物(雑誌や書籍)のデザインや商品の販促物を手掛けるグラフィックデザイナーに転身。自宅で本業の合間にパンづくりを始めたことがきっかけで、製パン業界に足を踏み入れる。ベーカリー2軒で修行を積んだ後、「パンとおやつの店 Lotta table」を開業。
運営サイトはこちら

パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。

それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。

なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出して欲しい。そして新人の職人さんたちが勇気をもって夢を抱けますように!

女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。

JR川崎駅前西口の大きな商業施設「ラゾーナ川崎」を通り抜けて徒歩約10分。商店街の入り口を示す万国旗のガーランドが目印の小道〝ニコニコ通り″をまっすぐ進むと、今回の取材先である「パンとおやつの店Lotta table」の立て看板とのぼりが見つかります。シリーズ7回目は、親子で店を営む栗山えりさんにお話を伺いました。元々はフリーランスのグラフィックデザイナーをされていた栗山さんがお店を開業されたのは2021年12月。自店への想いや家族で楽しく働く心得、異業種で働かれていた栗山さんが、製菓製パン業界で勝負しようと思われた経緯などをご紹介いたします。(取材日2023年1月25日)

やりたいことにチャレンジし続ける生き方

好きなものや興味のあることがずっと変わらない人もいれば、変わる人もいます。いろんな職業を経てパン職人になられた栗山さんの一貫していることは、過去も現在も、自分がやりたいことを最優先に選択し続ける姿勢でした。『楽な仕事なんてどこにもない』とサラリと話される栗山さんの素顔とは。

パンを焼き始めたきっかけは?

「パンづくりは時間がかかるといっても、手を動かしている時間が大半を占めるのではなくて、〝材料をこねてから何時間も発酵させ、数分で分割作業を行い、数十分待ってから成形。その後もまた1時間以上の発酵時間をとる″という流れで、待つ時間も多いですよね。
元々私は自宅でデザインの仕事をしていたのですが、仕事の合間にできる数分のパンづくりの作業が自分にとってちょうど良い息抜きになっていたんです。短時間でパンづくりの作業をして、長い発酵時間のあいだにまたデザインの仕事をする。そんなサイクルが当時心地よく、次はこれを生業にしようと思うようになっていました」

パンづくりを趣味ではなく仕事にしようと思ったのはどうして?

「これまでの仕事も、その時々で自分が『やりたい』と思ったことを選択してきただけなんです。パン屋さんになることが小さいころからの夢だったわけでもないし、修行経験がないからといってパン屋さんはできないという発想もなく、『この先もずっとパンを焼き続けたい』と思ったからです。でも、ただなりたいからといってスキルがない人がパン屋さんになれるわけではないので、『仕事にしたい』と思った時点から、『何を準備して勉強したらなれるのか』をちゃんと考えてからこの業界に入った感じです」

Lotta table 栗山さん

▲Lotta table 栗山さん

具体的にはどんな準備をされたのでしょうか?

「何歳ごろまでには自分のお店をオープンしたいと決めて、そこから逆算して準備を進めました。まずはパン教室に通い、その後はパン屋さんで修行し、自分の思い描く期間で開業できるだけの技術を習得しました。開業後の店舗に置きたい雑貨を買い集めたりもしたかったので、時間が拘束される正社員ではなく、『未経験者も歓迎』と募集要項に書かれていたお店で製造アルバイトとして働いていました。パン屋さんで働く上での基本を1店舗目で身に着け、2店舗目では経験者として、より難しいことを任されるようにもなりました」

初めから自分のお店を持つことを決めていたのですね。

「はい、昔から他人のペースで働く会社員には向いていなくて(笑)パンの味や商品構成、店のインテリア、働く時間など、すべて自分で決めたかったので、当初から開業は視野に入れていました。人のペースで働くと疲れますが、自分のペースで働くと不思議とそんなに疲れないんですよ。私自身が、生涯続けるためにこの仕事を選んだので、雇われ職人として働き続けることは考えていませんでした」

いろんな職種を経験された栗山さんが〝生涯仕事を続けるために選んだのがパン職人″と言われた事は、結婚や出産を機に職人の仕事から離れてしまう方が多いこの業界のみなさんにも響いたと思います。

「楽な仕事なんてどこにもないので、どんな職種でも結婚や出産などで自身を取り巻く環境が変化するときは大変なこともあるし、子育てと仕事の両立に悩む事もあるでしょう。私自身も、子供が小さかった時は仕事との両立は大変でしたよ。でも、大変な期間は過ぎてしまえば短く感じるものなので、『子供が天使のようにかわいく思える時間は長くないんだから満喫しなくちゃ』と思って楽しんでいました。
産休・育休環境の整っているお店がまだまだ少ないことで、仮に仕事を離れる期間ができたとしても、それは長い人生の中で見てみればほんの短い時間です。周りと比べたり、気にしすぎたりすることをやめて、今の環境を楽しんで欲しいです。焦らない、焦らない♪」

自分が心から楽しめれば仕事は苦ではない

パンを作る仕事=自分のお店を持つことと決めてから着々と準備を進めて自店をオープンされた栗山さん。現在は娘さんを加えたスタッフ8人でお店を切り盛りしています。従業員からオーナーに変わることで選択の自由度は増しますが、その分パンづくりと向き合う時間以外の仕事が増え、責任も膨れ上がります。そんな苦労や重責を一つも感じさせない雰囲気を醸し出す栗山さんが意識している事とは。

働きやすい職場環境づくりで意識されていることはありますか?

「この仕事を長く続けたいからこそ、自分自身がもしきついと感じたら、改善するように工夫します。
開業時に近所のお客様に言われた『無理せず、長くお店を続けてね』という言葉がとても印象に残っているので、試行錯誤しながら、自分にとっても働いてくれるみんなにとっても良い環境とは何かを意識しています。
ただ、〝誰かにとって働きやすいということは、別の誰かが我慢しているかもしれない″ということも常に頭の中に置いています。みんなが働きやすい環境を目指すのはもちろん経営者の役割ですが、従業員を優遇しすぎて店の経営が圧迫してしまうのは本末転倒です。何事もバランスが大切ですよね。幸い現在はお店に笑い声があふれているので、みんなが働きやすい環境になっているのかなと思っています」

ご家族と共に働くうえで、気を付けられていることは何ですか?

「娘は有名店で修業していたので、製造・接客ともに、とても頼りになります。とはいえ、心強いからといって頼り過ぎないように気を付けています。甘えすぎてしまうと彼女の負担にもなりますし、店を始めた責任は自分にあるので、自分の力でできる範囲で頑張りたいんです。今はパン担当が私、菓子担当が娘です。試作品を商品化する時には、試食後に互いの〝ゴーサイン″が必要なことがルール。それ以外は、基本的にお互いが自分のやりたいようにやっています」

Lotta Table

▲もともと二人で旅行に出かけるほどの仲良し親子で、喧嘩もほぼしないという

商品構成やお店作りで注意していることは?

「商品を決める際には〝自分らしさがあるかどうか″を判断基準にしています。〝この商品ならうちではなくコンビニさんや大手チェーン店さんで買うよね″という商品は置きません。なので、お客様にはよく、『変わったパン、おいていますね』と言われます。
お店作りではお皿や雑貨など、自分が好きなものを置いて、自分がウキウキして楽しめる雰囲気づくりですね。私自身が楽しめていないと、お店の雰囲気も良くならないと思うんです。そんな空気が漂う店内ではお客様も楽しくお買い物ができないですし」

Lotta Tableのパン

▲コツコツ集めたお気に入りのお皿と個性あふれるパンの数々

開業から1年が経って思うこと

『いつ頃までには自分のお店をオープンすると決めて、準備を進めました』と話された栗山さん。商品構成も決まり、店舗内装もイメージ通りに施工していただける会社さんも無事見つけられたとか。開業準備が着実に進む中、『自分の気に入る立地や条件のあう物件とのめぐり逢いだけは運とご縁だった』とのことでした。今の物件と出会われてからあっという間に開業され、毎日目まぐるしい日々を過ごされる中で感じる想いをお聞きしました。

パンを作っていて(お店をやっていて)幸せに感じる時は?

「なんといってもお客様から『美味しかった』と言われた時です。心からパン屋を始めてよかったと思います。厨房から店内が見える位置にあることもあり、直接感想を伝えてくださる方もとても多いんです。『美味しかったので、また来た』『友人に勧められて来てみた』『美味しかったから知人にあげるために買いに来た』と繋がっていく感じがまた嬉しくて、とても幸せです」

時間があればしてみたいことは何ですか?

「ネット販売に挑戦して、娘のスキルを活かした焼き菓子の販売を充実させていきたいです。オープン時にはまだパンとお菓子の両方がそろっていなかったので、〝パン屋さんに来たら美味しいお菓子もあった″という感覚の方も多いと思うんです。ネット販売ではパンを売るというより、月に数回、焼き菓子の詰め合わせなどを販売して販路を広げていきたいです」

若い世代の女性へのアドバイスをお願いします

「昔から人にアドバイスをするのは苦手なので、若い方へうまくアドバイスできるかわからないですが、多くの読者の皆さんと同世代であろう娘にはいつも『好きにしなさい』と言っています。思うままに生きることを応援してくれる人が読者の皆さんの周りにもいると思いますよ。みなさんがもし、やりたい気持ちがあるのにやらないのは、心から本当にやりたい事ではないからかもしれません。何となくやりたいという心持ちでは、大変なことは乗り越えられず、きっと、高い壁の前でUターンしてしまうと思うんです。
でも強い気持ちで高い壁を乗り越えられた時には自信がつき、さらに次の高い壁へ挑めるんだと思います。そうしてどんどん成長できたら楽しいと思いませんか?
あとから振り返るとすべて『あの時やって良かった』と思えるはずです。そう思うためにも、全力で取り組まなくては楽しみはやってきません。高い壁を乗り越えたあとには、その壁がもはや低く感じるでしょうし、高いと感じているのは、きっと自分の気持ち次第なんですよ」

取材を終えて

このシリーズ取材を始めたのは、わたし自身が感じてきた働きづらさを同じように抱えている女性職人へのエールになって欲しいという思いからでした。〝悩みを抱えているのはあなただけではない、いろんな働き方がありますよ″ということを伝えたくて取材を重ねてきましたが、現実はというと取材させていただく皆さんからはあまり苦労話が出て来ないんです。今回その理由が何となくわかったような気がします。〝やりたいことを仕事にされている皆さんにとっては、一見大変そうなことが苦痛になっていないんだ″栗山さんの言葉で『自分が楽しんで働く事で職場の雰囲気が良くなり、良いチームワークが築けて仕事で成果が得られる!』とあったように、私自身も仕事と向き合う際には、こんな素敵な連鎖を生み出すべく気持ちを切り替えていこうと決心した1日になりました。

Lotta Table

 

●取材協力
パンとおやつの店 Lotta table
住所:川崎市幸区中幸町2-32-5
アクセス:JR「川崎駅」西口から徒歩5分
公式インスタグラム:こちらから

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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