“人気店には必ずと言ってもいいほど、実力のあるスーシェフがいる”
スーシェフとは、シェフパティシエを補佐するポジションで、スイーツの仕上げや各ポジションのヘルプなどを行う、まさしく「シェフの片腕」と言える存在です。
他にもシェフの不在時に厨房をまとめたり、若手を育成したり、材料の発注をしたり..
多岐にわたる仕事をこなしながら、シェフと現場スタッフの橋渡し役も担うスーシェフ達。その仕事への心構えや後輩たちへの向き合い方に迫るシリーズです。
スーシェフはお店全体の業務に関わることも多いので、将来独立してお店を持ちたいと考えている人は、ぜひ経験しておきたい役職といえるのではないでしょうか。とてもやりがいのあるポジションですが、そこにはいろいろなプレッシャーや苦労もあるようです。
今回は、東京の人気パティスリーで働くお二人のスーシェフ、内海胤城(うつみ・かずき)さんと浅野実穂(あさの・みほ)さんにお話を伺いました。なんとこのお二人はご夫婦。
夫の内海さんが働くのは、東京・目白にある名店「エーグルドゥース」。2003年に第8回「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」世界大会で総合第2位を勝ち取り、世界のトップシェフたちが名を連ねる「ルレ・デセール※」の数少ない日本人会員でもある寺井則彦(てらい・のりひこ)シェフのお店です。また、2013年の第13回「クープ・デュ・モンド・ドゥ・ラ・パティスリー」で準優勝に輝いた「カルチェラタン」の冨田大介(とみた・だいすけ)シェフもこのお店でスーシェフを務められていました。
奥さまの浅野さんが働くのは、同じく東京の人気店「リョウラ」。「ピエール・エルメ サロン・ド・テ」でスーシェフを務めた菅又亮輔(すがまた・りょうすけ)シェフが作り出す、本格的かつ独創的なお菓子やマカロンが大人気のお店です。(取材日:2022年10月25日)
※ルレ・デセール(Relais Desserts):
1981年にフランスで創立された、より良い、質の高い菓子を作るための意見交換を主な目的とするパティシエ、ショコラティエたちによる協会。現在、寺井則彦氏のほか、青木定治氏、金子美明氏など6名の日本人会員がいる。二年に一度、世界的な製菓コンクール「シャルルプルースト杯」が開催されている。
自分自身が強い思いを持って働ける場所を見つけるためのヒント
お二人が勤務されるパティスリーは、全国的にもお店が知られている超有名店です。
パティスリー業界でもお菓子やお店の雰囲気に憧れる方も多いのではないでしょうか。
お二人に長く働き続けられている理由と、働く事になったきっかけをお伺いする中で見えてきたのは、就職先を自分の居場所にするためのヒントの数々。皆さん是非、参考にしてみてください!
現在のお店で働く事になったきっかけは?
修業時代の食べ歩きで、エーグルドゥースを訪問して衝撃を受けました。お菓子のラインナップだけでなく、お店の雰囲気に感動したんです。東京で働くなら、絶対にここで働きたいと思ったのを今でも覚えていますね。関西でお世話になっていたシェフにご協力いただき、自筆の手紙を寺井シェフに送りました。面接してもらえることになったのは、自分の思いを言葉にして書いたこともありますが、紹介してくれたシェフと寺井シェフとのつながりがあったからこそだと思います。素晴らしい方たちに出会えたこと、ご縁を大事にしてきたことが、働かせてもらえることに繋がったと感じています。
当時働いていた結婚式場が、クリスマス期間に仕事が入らずお休みだったため、友人が務めていたリョウラにクリスマスのお手伝いに来たのがきっかけです。初日に、お店の雰囲気と菅又シェフの仕事への姿勢に刺激を受け、 “この人の元で働きたい” と心から思いました。学生の時から多くのシェフを見てきましたが、そんな風に思えた人との出会いは初めてで、お手伝いをしたクリスマス期間の3カ月後には入社していました(笑)
この業界では2~3年サイクルで転職される方も多い中 、内海さんは8年、浅野さんは6年と、お二人とも勤務歴が長いですが、長く続けられている理由は何ですか?
なんといっても、お店の魅力です。お菓子の製法はもちろん、お店作りに至るまで、学ぶことが多いだけでなく常に進化しているところに、働きだした当初から今でも魅力を感じています。東京というパティスリー激戦区でお客様から支持を得られている理由は、シェフもお店も常に現状に満足していない証だと思います。寺井シェフがルレ・デセール会員ということもあり、世界とも常に繋がっている実感があります。なので、勉強することも多く、必然的に勤続年数が長くなっているとも言えますね。勤続年数が短いと、シェフや仲間との信頼関係も生まれにくいと思います。信頼関係が築けてこそ、多くのセクションを任せてもらえるし、お店の真髄が理解できると思うんです。ルセットを覚えたからといって、そのお店のお菓子を理解したとは到底思えません。「シェフの考え方、お菓子に対する思いに触れて働く事で、そのお店とお菓子を理解できる」と考えていたら、現在に至りました。スーシェフという立場は、製造現場責任者としてだけでなくお店全体のことを見ることができる立場なので、更にやりがいを感じています。
長く続けられている理由は、やはり菅又シェフの存在です。シェフはスタッフの意見に真摯に耳を傾けてくれます。私が試作したお菓子を商品化してくれたり、お店の運営面も改善してくれたりと、一緒にお店を作らせていただいているという実感があります。私も、リョウラのことを自分のお店のように考えていて、休みの日でもお菓子やお店のことで気づいたことがあれば、シェフとやり取りするほどです。シェフであり、上司であり、友人でもあるような関係性を築いてくれる菅又シェフとの出会いを始め、お店を自分の居場所だと強く感じることができるスーシェフという立場に押し上げていただけて感謝しています。
スーシェフの仕事あれこれ
スーシェフとはどんな立ち位置で、そもそもどうすればなれるのでしょうか?
お店によって仕事内容の違いはあっても、上司であるシェフと現場スタッフとの中間的存在であることは変わりません。みなさんの身近にいる先輩達の思考もお二人と近いものがあるのでは?日々先輩のサポートをする上で、ここの内容は必見です!
スーシェフになって何年?どうしたらなれますか?
現在で約3年半です。退社することが決まったスーシェフの先輩から徐々に仕事を引き継いでいき、先輩が退職されたと同時に就任したという感じです。スーシェフとして仕事内容はもちろん、お店やシェフに対しての考え方も歴代の先輩方から受け継いでいるイメージです。
はっきり覚えていませんが約3年です。お店は先日7周年を迎えました。私はこのお店で6年半働いていますが、自分が入社した時には、スーシェフという立場の人はおらず、シェフとスタッフという構成でした。菅又シェフは常に現場に入ってお菓子作りをされていますが、オーナーシェフのするべきことはお菓子作り以外にも山ほどあります。製造の一部に責任を持つ意識で、シェフの負担を少しでも軽くしたいと思って働いていたら、スーシェフに抜擢されたという感じですね。
スーシェフになる前と後では、何が変わりましたか?
自分自身が変わったという認識ありません。自分も含め、“自分のお店を持ちたい”という最終目標をもっている人は、修行先のお店での経験はすべて将来の自店で役に立つことですから。
あえて言うなら、スタッフの一人という立場から、お店全体を見るという意識に変わりました。
エーグルドゥースでのスーシェフの仕事は、厨房スタッフの管理と製造責任者としての業務全般です。更にシェフの不在時にはお店のトップとして、店舗マネージャー(店長)と協力して全体を見ていくことになります。スーシェフになってからは、責任感が増したと同時に、やりがいを強く感じます。寺井シェフに信用されているからこそ、采配を任されているわけなので。
シェフが形にしたいものを作り上げていくお手伝いをするという姿勢は、以前から全く変わっていません。とはいえ現在は、わたしが理解したシェフの想いを後輩たちに正しく伝えて理解してもらわないといけない立場だということは認識しています。お店全体の方針などは、ほぼシェフと店長と(最近退社されたので、現在は不在)自分の3人で相談して決めていたので、自分の発言に重みがある分、お客様・お店・ともに働くスタッフみんなにとってより良い選択とは何かを意識するようになりました。
自らの意思でパティシエを職業に選び、技術を身に着けるだけでなくシェフやお店からの信頼を得て活き活きと働き続けていくのは特別なことです。お二人は、自分が良いと感じた直感を信じてお店選びをされ、そのお店の良さを守るために真摯に働かれています。スーシェフという責任のあるポジションを任される前と後でも働き方が大きく変わられていないという言葉も印象的でした。後編では、スーシェフとして働く中での苦労や、若手職人さんに向けてのアドバイスなどを伺いました。お楽しみに!
●取材協力
AIGRE DOUCE(エーグルドゥース)
東京都新宿区下落合3丁目22-13
電話:03-5988-0330
営業時間:11:00-17:00
定休日・月・火曜日 (祝日は営業)
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●取材協力
Ryoura(リョウラ)
東京都世田谷区用賀4丁目29-5
電話:03-6447-9406
営業時間:12:00-17:00
定休日・火・水曜日(不定休)
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