“人気店には必ずと言ってもいいほど、経験豊富で実力もある、頼れるスーシェフ※がいる!”
『長年シェフに寄り添い、すべてのポジションの業務を熟知していれば誰もがスーシェフになれるのか』と言えば、決してそうではありません。“お店の味を守る”という最大の使命に真摯に向き合い、商品のクオリティが変わらないよう細心の注意を払える人材であることはもちろん、シェフの不在時には代わりにスタッフたちに指示を出したり、お店を取り仕切ったりと人としての器の大きさも求められます。
※スーシェフとは、シェフパティシエを補佐するポジションです。スイーツの仕上げを任されたり各ポジションのヘルプを行ったり、まさしく「シェフの片腕」と言えます。
今回対談してくれたスーシェフのお二人は、大阪市福島区のパティスリー「PHILO&CO.(フィロアンドカンパニー)」の米澤恵(よねざわ・めぐみ)さんと神戸市にある「L’AVENUE(ラヴニュー)」の伊藤璃英(いとう・りえ)さん※です。プライベートでも仲の良いお二人は、両店のまさに要ともいえるパティシエール。多岐にわたる仕事をこなしながら、オーナーシェフと現場スタッフの橋渡し役も担うお二人の仕事への心構え、後輩たちへの向き合い方を伺いました。(対談日:2025年8月20日)
※「L’AVENUE」では、オーナーシェフ平井氏がエグゼクティブシェフ、伊藤氏がシェフの役職。本記事では、オーナーシェフを支える管理職パティシエの意味合いでスーシェフと表記しています。
[PROFIL]

「PHILO&CO.(フィロアンドカンパニー)」
米澤 恵(よねざわ めぐみ)大分県出身。
大阪の辻製菓専門学校(現:辻調理師専門学校)卒業後、
2010年 「アトリエ・アルション」入社。
2013年 「ハイアットリージェンシー大阪」入社。
2014年 「大阪マリオット都ホテル」入社
2021年 「PHILO&CO.」オープンに伴い同ホテルを退社。
オープニングスタッフとして働き始め、スーシェフを務める。
【主な受賞歴】
2018年 第14回ボワロン杯パティシエールコンクール3位
2019年 第5回内海会味覚コンクール金賞
[PROFILE]

「L’AVENUE(ラヴニュー)」
伊藤 璃英(いとう りえ)京都府出身。
京都の専門学校を卒業後、
2010年 「ホテルニューオータニ大阪」入社。
2013年 「L’AVENUE」入社。
同店にて18年よりスーシェフ、2022年よりシェフパティシエを務める。
【主な受賞歴】
2018年 第14回ボワロン杯パティシエールコンクール2位
2021年 ジャパンケーキショー「グランガトー部門」銅賞
2023年 ジャパンケーキショー「味と技のピエスモンテ ショコラ部門」大会会長賞
2024年 ワールドチョコレートマスターズ24/25国内予選準優勝
パティシエールを目指したきっかけと転機
パティシエールになりたいと思ったきっかけは?また、小さい頃について教えてください。
とにかく食べることが大好きな子どもでした。大分県内の公立高校(総合学科)在学中に食物コースを選択して、お菓子作りの授業から製菓の世界に興味を持つようになりました。
公立の高校でお菓子作りの授業があったの?
そうそう。お菓子作りって言っても、今思えば簡単なものだったんだけど。その授業がきっかけで専門学校への進学を考えたかな。当時、大学生の姉が大阪に住んでいたんです。両親も、姉が暮らす大阪の専門学校なら、安心して進学させてくれるかなと。
私は4人きょうだいで、子供のころ母は忙しく働いていたこともあり、誕生日ケーキは手作りとかではなく、近所の大手のケーキ屋さんのものでした。そのお店のイチゴショートケーキは、中にいちごが入っていなくてケーキの上にしかいちごがのっていなかったんです。それが嫌で、自分で誕生日ケーキを作れるようになりたいと思ったのがきっかけです。ケーキをどうやったら作れるようになるのかを調べたら、パティシエって職業が出てきたので、小さい頃から将来はパティシエになることしか考えていませんでした。
へー、それで作れるようになった?
なった、なった!自分のために作れるようになって、仕事としてもお菓子を作れるようになりたくてに京都の専門学校に行きました。

▲対談場所のスペシャリテのパフェを食べながら。
お二人とも、小さいころからケーキが好きだったんですね。製菓の専門学校を卒業されて現在に至るまで、どのように歩まれてきましたか?
卒業後は大阪の『アトリエ・アルション』で3年半勤務しました。ちょうど垣本シェフ(現『ASSEMBLAGES KAKIMOTO』オーナーシェフ)がいらっしゃった頃です。その後、『ホテルハイアットリージェンシー大阪』に半年在籍して、『大阪マリオット都ホテル』に就職しました。そこで初めて赤崎シェフ(PHILO&CO. オーナーシェフ)と仕事をして以来ずっとご指導いただいています。PHILO&CO.をオープンされることが決まって、自分も恩返しというか、何か力になりたいと思いオープニングからこれまでずっと働いています。
米ちゃん(米澤さんの愛称)の経歴、初めて知った!!すごいね、もう10年以上赤崎シェフと働いているってこと?
そうだね。ホテル時代に約7年、お店も4周年になるから11年以上になるね。改めて考えると、時が経つのは早いし、長く働いていることになるね。そういう、たまちゃん(伊藤さんの愛称)も長くない?
確かに。私も12年平井さん(L’AVENUEエグゼクティブシェフ)と働いている!専門学校卒業後、『ホテルニューオータニ大阪』で3年。ホテル在籍中の2011年に、平井さんが講師をされたワールドチョコレートマスターズ凱旋講習会を受講して、そこで衝撃を受けて。当時は平井さんがどんな方かも全く知らずに受講したんですけど、とにかくケーキの味に感動しました。持ち帰ったレシピを見ながらケーキを再現しようとしても、同じ味にはならなくて。『講習会で食べたあの美味しいお菓子は何だったのか』ってずっと頭から離れなかったんです。翌年の2012年2月に平井さんがお店をオープンされたので、『あんなお菓子を作れるようになるには、もうお店で働かせてもらうしかない』と思いました。翌月の3月から毎月通って就職を希望しましたが、断られ続けて12月になってしまったんです。
えー!毎月?毎月通って、働かせてくださいってお願いしていたってこと?!
うん、もうこうと決めたら諦められない性格で。12月になって、さすがに親に止められたのよね。『お店に対して迷惑だからやめなさい。ケーキを買いに行くだけならいいけど、断られているのに、毎月働きたいですって言いに行くのは、あかんよ』って。そうか、そしたらもう最後だなと思って、『何でもしますので働かせてください』って言って、12月に履歴書を渡して帰ってきたんです。
ほんと、すごい行動力ですね。それでどうなったんですか?
3月くらいに、販売のアルバイトなら空きが出ましたとお店から連絡をもらったんですけど、いちど断ったんですよ。

▲終始仲の良い二人ならではの空気感
えーっ!何でもしますって言ったのに…
ホンマに、それ。でも、その時にホテルの先輩が、『せっかく働けるチャンスをつかんだのに逃すな、販売員が出来立てのケーキを一番近くで見て触れるんだからやってみろ』って後押ししてくれて、4月から週2回の販売員としてアルバイトを始めました。
驚きのエピソード。販売から始めてたんやね。製造に入ったのはいつ頃?
1年半販売の仕事をしてから、製造に移ったかな。週2から始まった勤務やけど、6月にはもう正社員になれていたと思う。販売のアルバイトの日もシフトの時間よりも早く行って、仕事終わってからは『洗い物でも何でもいいのでさせてください』って製造の人に声をかけていたから、当時はかなり煙たがれていたはず…

▲平井シェフと伊藤さん
製造の皆さんは押しの強い子が入ったとは思っていたかもしれませんね。ただ、オーナーの平井シェフにとったら、もう、嬉しい存在だったのではないでしょうか。パティシエールとしてキャリアを重ねる上で転機になる出来事はありましたか?
ボワロン杯というパティシエールを対象とした実技コンクールがあったんですが、そこでの経験は競技中だけでなく、終わってからもいろんな気づきがありました。実は私たち二人、そのコンクールで競い合ったことがきっかけで、その後も仲良くさせてもらっているんですよ。競技終了後の交流の場で、私は会場に用意されたケータリングを食べて談笑していたんですが、米ちゃんは他の参加者のお菓子を真剣に食べていて、さらに何かを得ようとしていたよね。
シンプルに負けて悔しかったから。共通の知人を介してお互いのことを知って、年齢も同じと知り、とんとん拍子でご飯に行くことになったんだったね。
初めて2人で会った時から妙に気が合って、いろんなことを話すうちに、コンクールで結果を出したいと強く思うようになりました。
私もコンクール挑戦をきっかけに、仕事への向き合い方を見つめなおすことができました。コンクールって自分自身の技術を試す場所なのはもちろん、時間に対する意識や日々の仕事の段取り、効率よく進めるための方法を見つけるきっかけになりますしね。
長く続けて見えてきた自分のこと
お二人のように、同じ師匠のもとで10年以上も働いてさらにはお店の要として働かれる方は、なかなかいないと思います。長く続けられている理由は何だと思いますか?
平井さんのお菓子に魅了されて入った当初は、平井さんと同じものを作りたい、近い感性でお菓子を通して自分を表現したいと思っていました。その思いが無くなったわけではないですが、少しずつ変わってきたことで、結果的に今まで働けているのだと思います。『一つでも何かを盗みたい、技術を学びたい』と思っていたのが、ここ最近は、平井さんに固執せず、いろんな技術や知識を他のところからも吸収して、平井さんが驚くようなパフォーマンスを自分から出せた方がいいと思うようになったんです。これは自分にとっても大きな変化でした。
それは伊藤さんが開発されたお菓子で驚かせるということですか?これまで学んできた技術に伊藤さん自身の経験や考えが融合した作品やお菓子と出会えるのが楽しみです。
ラヴニューではコンクールに出したレシピのままでお菓子が商品化されます。コンクール用のお菓子レシピというのが一切ないんですよ。なので、私がコンクールで披露したお菓子も時期によっては何種類かお店に並んでいるんです。私自身が平井さんのお菓子を食べて一緒に働きたいと思ったように、私も誰かにそんな風に思ってもらえたらいいなと思っています。私と働きたいですという子が現れたら、これまで様々なコンクールに挑戦させてもらったお店にやっと恩返しができたと思えるかもしれません。

▲毎朝厨房で商品チェックと生菓子の仕上げを行う伊藤さん。ミルフィーユは伊藤さん考案の一品
私にとっての赤崎シェフは、唯一無二のセンスを持っている絶対的な存在です。『大阪マリオット都ホテル』には、シェフから飴細工を学びたいと思って入社を希望しました。ケーキのデザインもオリジナリティが強く、『フィロアンドカンパニー』の新作もすべてシェフのお菓子なんです。自分にはできないことが当たり前にできる方なので、すべてを学びたいという気持ちが今もあります。あとは、ホテルと個人店のケーキ屋さんでは仕事内容も異なる部分が多いので、まだまだ新鮮な気持ちで楽しく働けているのかもしれません。

▲赤崎シェフと米澤さん
ホテルと個人店で作るお菓子が違うということですか?
そうですね。テイクアウト中心の個人店とデザート中心のホテルでは作るお菓子は変わります。なので、仕事内容もおのずと変わってくるんですよ。加えてホテル時代には私とシェフの間にまだ先輩がいらしたので、今とは全く立場が異なります。特に後輩に対しての接し方が変わったと自覚していて、一緒に頑張っていこうという姿勢に加えて、しっかり引っ張っていかないといけないという気持ちが増しました。特に、シェフの不在時にも現場の士気が下がらないよう、みんなのモチベーションを保てるように意識しています。
スタッフのモチベーションを保つために具体的にしていることはありますか?
みんな人間なので、体調面や精神面が万全ではないときもありますよね。どんな時もできる限り後輩たちに寄り添うように心がけています。問題が起きた時に、『なぜそうなったか、どうすれば防げたか、今後はどうしたらよいか』を一緒に考えるようにしています。同じことを話すのでも、声の掛け方やトーンで相手に与える印象は変わるので、厳しく指摘するのではなく、一緒に考えることを意識しています。

▲焼き菓子の袋詰めをスタッフと共に行う米澤さん
やっぱり米ちゃんは、すごいね。強く注意せず寄り添うって、なかなかできることではないと思うよ。
チームワークが取れてスムーズに仕事が回っている時って、すごく楽しいでしょ。シェフに頼らずみんなで段取りを組みながら進めていく感じが私は好きなので、その状態を目指す中でたどり着いたのが、叱らないことかな。注意されている時って自分のどこが悪かったかをきちんと整理できていないと思うんですよ。だから客観的に『ここが駄目だったんだな』と見つけられるようにサポートするイメージですね。
これからの目標
オーナーシェフにとっても、スタッフの方々にとっても支えになっている存在だと思いますが、ご自身のこれからについて目標などあればお聞かせください。
まずは、これからもスタッフ間のチームワークを意識してお店を運営していけるようにすることです。とはいえお店も4周年を迎えて順調ですので、私自身はまたコンクールに挑戦したいです。味覚部門のあるコンクールで結果を出して、クリスマスケーキで自分の考案したケーキを販売してもらうことが目標です。7年前のボワロン杯でたまちゃんと戦ってから、飴ランプも眠ったままなんで。
ボワロン杯の時に米ちゃんが泣いていた姿は今でもよく覚えていて、私はこんな人が最後には勝つんだと思っているんです。あの時の米ちゃんに姿勢も覚悟も惨敗していた私は、続けることでしか自分も変われないと思ってコンクールに挑戦し続けてきました。これからは、自分の表現の場を模索していきたいと思っています。人の前でデモンストレーションをする機会が今年は何回かあって、案外向いているのかもと感じています。
ますます活躍の場を広げそうなお2人ですが、パティシエールは生涯続けられる仕事だと思いますか?
働き方のスタイルを変えないと難しいかもしれませんが、気持ちがあれば何とかできるのではないかと思います。長年技術を身に着ける努力をしていれば、手に職があるということですから、続けられないことはないはずです。お菓子教室やネット販売など、今は様々な形があると思いますので。
そうですね、私も可能だと思います。今後は個人店の製造現場でもチョコレートを扱う経験などが豊富であれば、フルタイムではなくても働いて欲しいという需要は増えてくると思います。ボンボンショコラは環境条件によって結果が左右されるので、技術指導の面でも言葉で伝えるのが難しいことも多いんです。知識と技術を兼ね備えていれば、現場でずっと求められる人材でいれると思いますよ。
最後に、若い職人さんたちへ向けてアドバイスをお願いします。
私自身は目の前のことを一生懸命やってきました。自分がやると決めたことには、とにかくそれをやり終えるまでは目の前のことと真摯に向き合うしかありません。先が見えなくて辞めたくなることもあると思いますが、目の前のことをクリアしない限り、その先は見えないので、諦めないでください。
就職してすぐはケーキになかなか触われなかったりして辛いことも多いと思いますが、自分の心持ち次第で頑張れるはずです。目標をもって日々過ごすことで、夢は現実に近づいてくると思います、頑張りましょう。
取材を終えて
役職についている女性というと、パワフルで体力があって気も強いのではという先入観を少し持っていましたが、お二人は全く違いました。仕事に対して誠実であるがゆえの厳しさと、人に対しての包容力を兼ね備えていてチャーミング。経験豊富で何か問題が起こってもしなやかな対応ができる、まさに「かっこいい人」です。すっかりお二人に魅了され、今後の活躍を期待する筆者でした。
●撮影協力

PHILO&Co.(フィロアンドカンパニー)
住所:大阪市福島区福島4丁目1-77
営業時間:11:00~19:00(イートイン18:00 L.O)
定休日:火・水
公式HP:https://philo-co.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie.philoandco/

L’AVENUE(ラヴニュー)
住所:神戸市中央区山本3-7-3ユートピア1F
営業時間:10:30~18:00
定休日:火・水
公式HP:https://www.lavenue-hirai.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/lavenue_hirai_/

メゾンルルー神戸店
住所:神戸市中央区三宮町2丁目8−1
電話番号: 078-599-5922
営業時間:11:00~19:00(サロン18:00 L.O)
定休日:火曜日
公式HP:https://maisonleroux.jp/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/maison_le_roux_japon/
ベーカリーパートナー編集部