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2026.01.27

「菓子工房 ボンヴィヴォン」の産休・育休事情 女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.14

chefno ボンヴィヴォン
ボンヴィヴォン
パティスリー ボンヴィヴォン 製造リーダー
俣江 梓(またえ あずさ)さん
鹿児島県薩摩川内市生まれ。
鹿児島純心女子短期大学 生活学科 食物栄養専攻卒業。
2009年「ボンヴィヴォン」入社。
ボンヴィヴォン初の産休育休を取得。2度の制度活用を経て、現在製造リーダーとして活躍中。

フェリーで鹿児島半島を離れ、大隅半島の鹿屋(かのや)市へ渡ると、広い空と静かな町並みが広がります。航空自衛隊の基地やバラ園で知られる人口約9万6千人* のこの地方都市に、パティスリー「ボンヴィヴォン」があります。1996年の開業以来、約30年かけて、スタッフが産休・育休を取得しながら働き続けられる環境を築いてきました。

製菓・製パン系専門学校の学生は約8割を女性が占めるにもかかわらず、現場で10年以上のキャリアを積む職人となると、その大半は男性というのが現実です。早朝勤務や長時間労働、ライフステージの変化といった課題は、この業界で働き続ける“壁”として立ちはだかってきました。

そんな業界の流れとは対照的に、地方の小さなパティスリーで、産休・育休制度が根付き、実際に活用されている背景には何があるのでしょうか。制度を利用した俣江(またえ)梓さんと、オーナーシェフの吉國奈緒美さんにお話を伺いました。

※鹿児島県鹿屋市の人口は、令和7年(2025年)12月1日現在で96,508人です。(出典:鹿屋市公式サイト「鹿屋市の人口」)

働き続けたいと思えるお店の魅力

少子高齢化が進むなか、さまざまな業界で『人が足りない』という声が聞かれますが、製菓業界もその例にもれません。働き方の選択肢が広がり、仕事に対する価値観も多様化する現在、安定的な人材確保に向けて「ボンヴィヴォン」ではどんな努力をされているのでしょう。

吉國シェフ

働き方改革という言葉が世間で騒がれ出した頃、パティスリーでの導入は絶対無理だと思いましたが、今では明るいうちに帰れることも多くなっています。15年くらい前は正社員の休日が月に5日くらいだったのが、今では8~9日です。「出勤する人が少ないからこそ、仕事をどう回すべきか?」という考えで効率化を図りました。
商業施設に支店を開店した当初は、施設が年中無休なこともあって、定休日を設けていませんでしたが、本店・支店とも同じ定休日にすることで仕事が集約できるようになり、シフトも組みやすくなりました。

働きやすさについて意識し、改善を続ける「ボンヴィヴォン」に2009年に新卒入社をした俣江さんは、既に16年の勤務歴になります。お店では一番の古株かと思いきや、製造部門での正社員で一番長いのは製造責任者の方で、なんと勤続25年。パートさんを含めると、勤続10年以上の人がスタッフ23人中12人もいるというから驚きです。

俣江さんから見てどんなところが働きやすいと思いますか?

俣江さん

働く中で大変に感じることなどを伝えやすい雰囲気が大きいと思います。例えば、夏季限定で販売しているスタンドパックゼリーの製造の際、煮沸消毒をするので厨房内が本当に暑くなるんです。そんな時に吉國シェフが、「(まとめて製造する)その日だけはTシャツでもいいよ」と言ってくれました。その服装がとても楽だという意見が出たことから、夏だけ制服をTシャツにすることになったんです。さらにTシャツにコック帽では合わないねとなり、キャップまで揃えてくれて。従業員の意見をすぐに取り入れて実行してもらえたら、一見不満と捉えられることも、より良くするための意見に変わるんです。さらに自分が感じたことを発していいんだという、よい空気感が浸透しているのも魅力に感じています。

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▲夏の製造スタッフの制服は動きやすさと快適性を兼ね備えたTシャツスタイルに

産休・育休取得に向けての準備

創業から15年くらいは、暗黙の了解でないにせよ、結婚したら辞める人も多かった「ボンヴィヴォン」ですが、俣江さんは結婚しても仕事を辞めようとは思わなかったとか。その背景には妊娠中でも働く吉國シェフの姿があったそうです。

俣江さん

私が入社後すぐにシェフが第一子を妊娠されたんです。お腹が大きいなかでも働かれている姿をずっと見ていたので、私も将来シェフのように働きたいという思いが自然に育まれたんだと思います。職人姿の象徴のような腰巻エプロンが、妊娠中のお腹に負担がかからないように首からかけるエプロンに変わった姿に不思議と憧れたこともあって、自分も妊娠して少し経った時にシェフに首からかけるエプロンに変えたいとお願いしました。今では良い思い出です。

産休・育休を取得する前に意識したことは?

俣江さん

産休に入る前は、引き継ぐ事を各スタッフに伝えてサポートしました。新しくできることが増えることになるので、ポジティブに考えると若手の育成にも繋がるのではないでしょうか。ただやはり何かと問題は起きるものです。状況判断力やリカバリー力は経験によって培われるので、自分が側にいないことで若いスタッフたちは不安な気持ちも抱えていたと思います。

吉國シェフ

俣江さんの場合は、フレキシブルに動ける製造の中心スタッフであると同時に、他のスタッフの精神的な支えでもありました。彼女の振る舞いや気遣いは、スタッフ同士が気持ちよく仕事ができるための要素となっていることを知っていましたので、俣江さんが産休に入る前に、私が気づけていないスタッフの性格や特徴も教えてもらいました。若手にとっては、個々の責任感も増しますし、先輩に頼れない分、自分で考えて工夫をする貴重な期間になったと思っています。自分も将来、結婚して仕事を続けてもいいんだと感じてくれていると思います。

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▲製造リーダーとして、商品製造の要を担う俣江さん

通常、スタッフが産休を取った時には、その穴埋めとして新しく人を雇うことが多いと思いますが、ボンヴィヴォンでは俣江さんの休職中、残りのスタッフのみで乗り切ったと言います。

吉國シェフ

実は、俣江さんの産休中の人材補填はしていないんです。業務をすべて後輩たちに分担して引き継いでもらい、不在中はみんなで協力して乗り切りました。俣江さんの存在の有難さを感じたと同時に、個人の成長にも繋がった数カ月でした。
産休・育休制度は優秀な人材が安心して子育てに専念できて、またお店に戻ってきてくれる仕組みです。販売にも産休・育休を取得して戻ってきてくれたスタッフがいます。これまで3回制度を活用していますが、会社が社会保険をしっかり整備しているからこそ使える権利です。休業中の給与負担がなく、会社も優秀な人材を手放さなくて済むんです。

新しく人を採用することは、時間も労力もかかるうえに定着の保証もありませんし、どんな仕事ができるかも未知数です。これまで貢献してくれた人に安心して働いてもらえて、会社も不在時に助けてくれた他のスタッフに適切な報酬を支払えるので、長い目で見ると会社全体の安定に繋がると思います。

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▲終始笑顔のお二人

産休・育休期間と職場復帰後の実情

産休・育休制度を活用してパティシエールに復帰して良かったですか?

俣江さん

パティシエールとして仕事に復帰できて本当に良かったと思っています。育休中、家にいると、特に何もしなくてもあっという間に1日が終わるんです。実際にはもちろん何もしていないわけではなく、子どもと向き合って家事もしているのですが、どこかでその時間は「自分の時間なんだけど自分の時間じゃない」という不思議な思いを抱えていました。復帰したことで家族のためだけに動いていた日々から、親でありながらも仕事場では一人の人間だという感覚を思い出しました。好きなことに没頭できるとういうか、働いている時間は自分らしさを取り戻せるんです。仕事が自分にとって本当に大事なものだということを実感しました。

吉國シェフ

育児だけ、家事だけの生活より、仕事をすることで心のバランスがとれるんですよね。私自身も子どもが小さいときに寂しい思いをさせたこともありますが、子どもは真摯に仕事と向き合う親の背中を見て育つとも思っています。自分自身のための時間があることで、メリハリがついて、家族に対しても優しくできることって、あるんですよね。

産休・育休中は身体の回復と子育てに専念しながら、職場復帰の時期を考えていたという俣江さん。子供が1人より2人の方が大変だと思いますが、2回目の育休期間は1回目より短かったと言います。

俣江さん

1度目の育休後に、仕事でケーキを作っている時間で自分自身を取り戻せている感覚になりました。その時間を早く取り戻したかったということもありますが、初めてではない分、育児の感覚が身についていたので手の抜き方もわかってきたんです。自分でも同じ人間が育てているのか?と思うときがあるくらいです。お昼休憩中に帰宅できる距離に住んでいるので、夜ご飯の準備に帰ることもあります。子供同士も遊んでくれるようになってきたので、より効率的に家事をこなせるようになりました。

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▲オーブン前で生地を焼成中の俣江さん

俣江さん

現在、勤務時間は8時から17時までにしてもらっていて、保育園が休みの日曜日は他のスタッフよりも休みを多くしてもらっています。さらには急に子供の体調不良で休まないといけないこともあるので、勤務時間や勤務日の調整で他のスタッフに負担をかけてしまっていることは気がかりです。

吉國シェフ

子どもを保育園に預けて8時に来るのが大変だということを私は自身の経験から十分に理解していますので、勤務時間については問題にしていません。パートさんもいるし、それぞれに合った形で働き続けてもらえる方がいいですよね。それと急なお休みも、お店を運営していくうえでは想定内です。子育てをしていなくても、誰でも体調を崩すことはありますし、子供以外でも親や旦那さんのことなど緊急事態はあるものです。それはスタッフみんなも理解しているので、保育園から電話がかかってきたら、自然にみんなが気を遣わずに早く帰れるような声掛けをしてくれるので、良い環境が作れていると感じています。コロナ禍を経たこともあり、具合が悪い人は休むのが当たり前な世の中になりましたよね。その時々でバランスをとって励ましあいながら、スタッフ全員で協力してこれまでお店を続けてこられています。

パティシエールという仕事はずっと女性が続けられると思いますか?

俣江さん

はい、できると思います。コロナ禍を経たことでお客様の意識も変化したと思っています。お店の都合を受け入れて寄り添ってくださる気持ちが、お客様にも生まれたような気がします。そういうことが後押しして、お菓子を販売するお店も多様化してきているので、働き続けたいという思いがあればそれぞれに合った形で続けられると思います。
さらに言うと、これまでパティスリー業界で働くのはきついのが当たり前でしたが、そうでないのがスタンダードになってくるような流れも感じています。器具や材料、機械なども人を助ける機能性を備えたものが増えた気がしていますし、関連する情報も豊富で簡単に入手することが可能です。お客様が求めるものを敏感に感じ取り、商品価値を高めたモノづくりができれば、パティシエールとして働き続けられると思います。

吉國シェフ

うちは創業からこれまでずっと女性スタッフが多いお店です。私自身も菓子職人である前に、子育ての苦悩を知る母であり、家族の事情で生活に変化が生じる本人だということ。働いてくれる人の置かれている状況や気持ちに対して、ごく自然に寄り添えるようになってきたことが、一度辞めたスタッフでも、製造パートとして戻って働いてくれる現在に繋がっている気がしています。
パティシエールの皆さん、ずっと好きな仕事を続けていきましょう。

取材を終えて

「産休・育休制度の活用は、会社にとっても大きなメリット」と、ごく自然に発せられた吉國オーナーの言葉がとても印象的でした。制度を活用した働きやすい職場の整備が従業員確保のヒントに繋がり、製菓・製パン業界全体の人手不足に悩む時間が軽減されることを筆者は強く願います。この仕事をずっと女性も続けられると瞬時に答えてくれた俣江さんの笑顔が忘れられません。

ボンヴィヴォン
【プロフィール】
菓子工房ボンヴィヴォン オーナーシェフ
吉國 奈緒美(よしくに なおみ)
鹿児島純心女子短期大学 生活学科  食物栄養専攻卒業 。
東京・神田の「エスワイル」で3年間修行した後渡欧。 スイス、フランスのパティスリーやレストランで3年間研鑽を積み帰国。1996年に「ボンヴィヴォン」を創業。 2010年に長男、2012年には長女を出産。 現在、23名のスタッフを抱えるオーナーシェフ。

【取材協力】

ボンヴィヴォン

菓子工房ボンヴィヴォン本店
住所:鹿児島県鹿屋市西原4丁目14-29
営業時間10:00~19:00
定休日:水曜日
公式HP:https://bonvivant-kanoya.com/

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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