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2026.03.13

「シェフパティシエールが語る、菓子開発とキャリアのつなぎ方」女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.15

キャメルキッチン亀谷さん
株式会社キャメルキッチン シェフパティシエール
亀谷 朱音(かめや あかね)さん
東京都出身。
東京製菓学校卒業後、武蔵野市にある「マ・プリエール」に4年間勤務。最後の1年間はチーフを務める。
その後、東京都板橋区にある「マテリエル」で5年間勤務。最後の2年間はスーシェフとして従事。
2024年5月より「株式会社キャメルキッチン」のシェフパティシエ-ルとして入社、現在に至る。
(受賞歴)
2020年ヴァローナ マンジャリ30周年レシピコンクール第3位
2021年第23回 内海会ジュニア技術コンクールショコラ部門最優秀賞
2021年第6回 内海会味覚コンクール2位
2023年第30回 ルクサルド・グラン・プレミオ 優勝

製菓・製パンの世界を志す若者が通う専門学校では、学生の約8割を女性が占めています。しかし、経験年数10年以上の職人に目を向けると、現場の中心は男性というのが現実です。
では、なぜ女性は製菓・製パン業界でキャリアを積み重ね続けることが難しいのでしょうか。離職の背景にはさまざまな理由がありますが、そのひとつに“ライフステージの変化”が挙げられます。
もちろん、結婚や子育て、家事との両立に悩むのはどの業界でも起こり得ることです。ですが、とくに早朝出勤や長時間労働が多いこの業界では、生活リズムが変わったときに、職人として働き続けられる環境が十分に整っていないケースも少なくありません。
今回取材した亀谷(かめや)さんは、職人歴11年目。シェフパティシエールとして、企業での菓子開発と人材育成に力を注いでいます。ご自身の人生設計と、職人としてキャリアを磨き続けるための選択と工夫について、お話を伺いました。

“好き”を軸に、揺らがない独立への意志

お菓子の道に進んだきっかけは何ですか?

亀谷さん
「私がお菓子作りに興味を持ったのは、ありきたりかもしれませんが母が作ってくれた日々のおやつです。子供の頃には誕生日ケーキに限らず、日常的に手作りのお菓子が身近にありました。おやつを食べることはもちろん、母とお菓子作りをするのが好きで、気づけば自分一人でもお菓子を作るようになり、高校生の頃には『いつか自分の店を開きたい』という思いを抱くようになったと思います」

お菓子作りが日常に溶け込んでいたんですね。

亀谷さん
「はい、そうですね。お菓子を作る時間も好きですが、プレゼントした時にその人の喜ぶ顔を見ることも大好きでした。家族や友人の喜ぶ姿を何度も見たことが、『仕事としてお菓子を作る道』へ進む後押しとなりました。私は専門学校時代、お店で働くよりも独立して自分のお店を持つことに興味が人一倍ある学生で、これまでの修行先も自分が思い描く自店のイメージに近いお店を選んできました」

趣味のお菓子作りからプロの現場に入ってみていかがでしたか?

亀谷さん
「どんな仕事でもあると思うのですが、職場の人間関係で悩んだ時期がありました。お菓子作りにだけ集中できるような環境を求めて、『早く独立して、自由に自分のお菓子を表現したい』と思っていました。

しかし落ち着いて考えてみると、独立しても人と関わって仕事をしていくことは変わりません。自分がいろいろな考えを理解しようとすることが人間関係を良好に保ち、独立したときに良いチームを築く近道になるかもしれないと考えるようになったんです。私はこれまでずっと、お菓子を作ることが本当に好きなんです。基本にその“好き”があったからこそ、仕事でうまくいかないことがあった時も『この仕事を辞めたい』とは思わなかったんだと思います」

当時から独立の意志は強かったんですね。

亀谷さん
「独立の想いは高校時代から一度も揺らいでいません。最初に就職した『マ・プリエール』のオーナーの猿舘シェフは32歳の時に開業されていて、気力も体力も充実した日々を過ごされていたので、自分も30代前半での独立を視野に入れていました」

キャメルキッチン亀谷さん

▲清潔感のあるセントラルキッチン

「マテリエル」での学び―“独立前に雇われシェフを経験する”という選択

「マ・プリエール」で4年間務めた後、次の修行先の「マテリエル」が亀谷さんのパティシエールの転機となります。

亀谷さん
「『マテリエル』では、林シェフのお菓子を学びたいということはもちろんですが、将来的に何をやりたいかと自分の意思をしっかり持っている人が多く働いています。個人の目標意識が高く、自律的に職人としての腕と経験を磨くという姿勢がお店に根付いていました。
私自身も入社時に、『マテリエルでは何を学びたいのか、将来何を目指すのか?』ということを林シェフに聞かれました」

入社当初は5年程勉強してから独立したいと考えていた亀谷さんですが、林シェフと一緒に働いていく中で少しずつ考えが変わっていったと言います。

亀谷さん
「林シェフの経験談を聞いている中で、『若いうちの独立だけがゴールではないのかもしれない』と考えるようになりました。独立を見据えるなら、チームを束ねてブランドを動かす立場での実務を知っておくことも重要ではないかと思うようになったんです。私より2年早く辞めた先輩の佐々木さん(現:『ラ・ブテッィク・ドゥ・ユキノシタ・カマクラ』のシェフパティシエ)もシェフパティシエとして活躍されていたので、その影響も大きかったです」

なるほど。目標のためにまずやるべきことを見つけられたんですね。

亀谷さん
「はい。と言っても簡単にシェフとして雇ってくれるところがあるとも思ってはいなかったので、『マテリエル』在籍中に、自分の味覚や技術向上のためにコンクールにも挑戦することにしました。コンクールでは素材と向き合い、より良い結果を導くための研究が求められます。日々の仕事に加えてコンクールで培った数々の素材への理解やお菓子作りの製法が、確実に自分の経験値を上げてくれました。そして当時コンクールに向けて練習を重ねた日々が、現在の開発業務にも確かに繋がっていると感じています」

企業のセントラルキッチンへ―“現場”と“開発”の境界線で

コンクールに挑戦しながら、「マテリエル」でのスーシェフとして充実した日々を送っていた亀谷さんですが、今の自分がシェフパティシエとしてどれだけ通用するかを測るために、次のステップを模索し始めます。

亀谷さん
「思い切って自分のSNSに『どこかでシェフパティシエをやりたい』と明確に発信したんです。そしたら、知人を通じて今の職場から声がかかりました。シェフとして働くためには肩書より中身が重要だと思いますが、コンクールの結果が入社の後押しになったことは、言うまでもありません」

ご自身の思い描いた通りのキャリアを歩まれている印象です。

亀谷さん
「ホテルのシェフやメーカーでの開発、現在の私のような企業のセントラルキッチンの責任者など、いずれも“シェフとして上に立つ働き方”を視野に入れている人は、実績という意味でも、コンクールに挑戦するのはよいかもしれませんね」

キャメルキッチン亀谷さん

▲コンクール受賞作品をブラッシュアップしたものもプチガトーのラインナップに並ぶ

現在の主な仕事内容を教えてください。

亀谷さん
「飲食企業のセントラルキッチンに籍を置き、大型複合施設の店舗にてテイクアウト専用のケーキ・焼き菓子を中心に、商品開発と人材育成に注力しています。大まかに仕事の半分は、運営本部とのやり取り、業者様対応などの仕事です。もう半分が新商品の試作やレシピ開発とスタッフの知識・技術の向上を意識した現場づくりですね」

キャメルキッチン亀谷さん

▲開発したお菓子の仕込み風景

大好きなお菓子を作る時間は半分になってしまったのですね。組織内の業務についてみていかがですか。

亀谷さん
「新店舗オープンに合わせて入社して1年9カ月余りが経ちました。初めは慣れないデスクワークにも手こずりましたが、少しずつ自分のすべきことの輪郭がはっきりしてきたと感じています。お菓子を作る時間が減るというのは、独立しても同様に起こり得ることです。クオリティを下げないように現場へ落とし込みを行い、スタッフに仕上げを任せて最終チェックを行うことは、オーナーシェフの仕事に近いので現在はプラスに捉えています。イレギュラーな欠員が出た際に手を貸すことはあっても、原則は開発者としての役割に徹するようにしています。スタッフの育成も大切な仕事だと考えています」

確かに人材育成は大事ですね。

亀谷さん
「これまでのパティスリーでもスーシェフとして働いてきたので、人を育てることには注力してきました。技術向上という目的意識を持つ人が多い個人店では、チームとしての一体感が生まれやすい一方、セントラルキッチンは“安定”志向の人も働いています。プライベートの時間をしっかり確保しながら、決められた時間の中で品質を守る働き方がある事を知りました。さまざまな考えを持つ人が働くチームをうまくまとめるために、一人ひとりに合わせた良いタイミングで、“考える習慣”を持てるような声掛けを意識しています」

指導する人が気を遣っているというのが現代社会を象徴していますね。

亀谷さん
「そうですね。働き手の確保は企業にとって重要なことなので、スタッフへの接し方には特に気を付けています。また、スタッフはシフト制で働いています。キッチンにはいつも決まったメンバーがいるわけではないので、できる人が限定される作業があると仕事が回りません。スタッフ全体が一定基準で仕事ができることも求められるので、人材育成については、私自身も勉強させてもらっていると感じています。

キッチンの中にいると、私たちが作ったお菓子を召し上がっててくださるお客様との接点はほぼ無いんです。個人店では販売が忙しいと製造からも接客のサポートに出る機会もあると思うのですが、セントラルキッチンではそういう経験をすることも無く、一日の流れも決まっているので仕事が『作業』になりがちです。そんな中でもお菓子作りの一つひとつの工程に意味を考えることができれば、今後どんな職場でもやっていけると思うんですよ。決められたメニューを進める中で、イレギュラーなことが起こった時の対応力を高めていくことが目下の課題です」

パティスリーで働いてきた経験がセントラルキッチンでも活かされていますか?

亀谷さん
「セントラルキッチン勤務とはいえパティスリー同様、毎朝生菓子の仕上げから仕事が始まり、日々の仕込み、翌日の準備へと進んでいくので、これまでの経験が今の土台になっています。リアルタイムでお菓子の売れ行きは確認しづらくても、見えないからこそ情報を取りに行く工夫の必要性に気づけました。『お客様には今、どんなものが支持されるのか』ということを意識する姿勢は身についていたので、SNSも活用して反応を自ら掴みにいきながら商品開発を行っています」

キャメルキッチン亀谷さん

▲コロンとした丸みのあるフォルムが印象的なプチガトー

実は私もSNSで流れてきたお菓子作りの工程に魅せられて亀谷さんの存在を知りました。お菓子の写真、とっても綺麗ですね。

亀谷さん
「お菓子の撮影はプロのカメラマンさんに依頼しています。複数の写真を動画に編集する作業は自分で行っていて、SNSでの発信についても、現在勉強中です。発信のタイミングや内容、文章など試行錯誤しながら、新商品の情報を随時紹介していきたいです」

亀谷さんのこれからについても聞かせてください。

亀谷さん
「今はシェフパテイシエールとして、自分のお菓子をたくさんのお客様に届けることができていることに、やりがいを感じています。将来的に自分のお店を持つことに備えて、チームをまとめる力を磨いて、店舗の管理・運営にも力をいれていきたいです。実は6歳下の妹がパン職人の道へと進んでいるのですが、『いつか一緒に店を始めるのもいいね』なんて言いあったりもしているんです」

取材を終えて

職人としてのキャリア形成について、折に触れて自分自身としっかり向き合ってきた亀谷さん。取材を通して感じたのは、亀谷さんが“好き”という原点を大切にしながら、環境の変化にも柔軟に適応し、自らキャリアを切り拓いてきた姿でした。
その確かな軸としなやかさは、製菓業界で長く働くことの可能性を私たちに示してくれます。
『時間ができたら、フランスで伝統菓子や文化を体感するために数か月間暮らしてみたい』と語る笑顔には、終わりのない探求心と未来への期待が満ちていました。どんなステージに立っても、彼女は“好き”を原動力に、これからも新しい景色を切り開いていくことでしょう。

撮影協力
株式会社キャメルキッチン

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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