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2022.09.06

作りたいパンを作れる場所を求めて。縁もゆかりもない名古屋でIターン開業「ブーランジェリー レキップ ド コガネイ」小金井利嗣

ブーランジェリー レキップ・ド・コガネイ オーナーシェフ
小金井 利嗣 さん
東京都足立区出身
子どものころからサッカー一筋だったが、高校卒業後は調理師専門学校へ進学。その後は、いくつもの有名ブーランジュリーで統括シェフなどを経験した後に、ゆかりのなかった名古屋市東山公園エリアで「ブーランジェリー レキップ ド コガネイ」をオープンした。
1996年:伊勢丹プチモンド
1998年:タイユバン・ロブション(ジョエルロブション)にてスーシェフ
2000年:ブーランジェリーブルディガラにて統括シェフ
2005年:クラブハリエ美濠の舎にてシェフ
2010年:ジュブリルタン統括シェフ
2016年:ブーランジェリー レキップ・ド・コガネイ オープン
運営サイトはこちら

新型コロナウイルス感染拡大による景気悪化のなかでも、最近ベーカリーの新店舗を見かけることが多い気がします。店舗オープンのためには、物件探しや機材の購入、人材の確保など、様々な問題がありますが、まず考えることは場所選びです。

現在の住まいから近い場所にするのか、繁華街にするのか。もしくは、思い切って地元に帰るのか、反対に都会に移り住むのか。考え出したらキリがありません。

そんななかで、いくつもの有名ブーランジュリーで経験を積んだのち、それまで縁のなかった名古屋に自分のお店を構えたオーナーシェフがいます。「ブーランジェリー レキップ・ド・コガネイ」の小金井利嗣さんです。

小金井さんがなぜ、ほぼ無縁だった土地にIターンをしてお店をオープンすることになったのか、開業までのパン職人としての半生を振り返りながらお話をお伺いしました。
※Iターンとは
出身地以外の場所に就職や転職、独立開業することを意味します。首都圏で育ち、就職をしたものの、転職を機に地方へ出て行くケースが該当します。

 

東山動植物園近くに佇む地域密着型パン屋

「ブーランジェリー レキップ・ド・コガネイ」は、名古屋市内にある東山動植物園近くの閑静な住宅街に佇みます。

▲生い茂る大きな植樹が目印

店内は対面式のカウンターになっていて、奥には工房があります。訪れる時間帯によっては、実際のパン作りを見て楽しむこともできます。

「子どもから大人まで楽しめるパン」をテーマに、30~40種類ある中から、曜日や季節によって種類を変えて販売されています。

「春秋の観光シーズンは、東山動植物園に行ったついでに寄ってくださるお客様が多いので、スイーツ系や総菜系を増やしています。そして、平日はバランスよく色々なパンを作りますが、週末は自宅でワインなどと合わせられるようなハード系を多く作っています」

▲売り切りスタイルで、午前中にほとんどのパンがなくなることも。取材は午後からということもあり、既にパンはほとんどありませんでした

こだわりは、2種類の酵母。これらをパンの種類によって使い分けています。

「当店の特徴は、パンに合った生地作りをしている点です。ハード系なら小麦の味を感じる酵母、スイーツ系なら少し酸味を感じる酵母、という風に使い分けています」

パンにとって重要な酵母は、小金井さんにとっては「出汁のようなものなの」だといいます。

「たとえば和食の場合、出汁が効いていれば塩分少なめでも旨味は感じますよね。それと同様の効果をパンで期待できるのが酵母なんです。たぶん、パン職人をしながらフレンチの世界も見てきたので、味のバランスにうるさくなってしまったんだと思います」

フレンチ仕込みの味が楽しめるレキップ・ド・コガネイを経営する小金井さんは、東京都出身。5人兄弟の上から2番目で、自営で働く両親の背中を見ていたこともあり、早くから「将来は自分も手に職をつけよう」と考えていたといいます。そして、高校卒業後の進路選びでは、両親のアドバイスからパン職人になろうと決めました。

「パン職人を目指す場合は製菓学校へ進学するのが普通ですが、僕は早く社会に出たかったのと、パン以外の業界も覗いてみたいというのがあって、調理師専門学校を選びました」

 

パン作りの腕を磨いた怒涛の日々

▲小金井シェフのこだわりのパンが並ぶ

卒業後は、「伊勢丹プチモンド」のパン部門に就職し、食パンや菓子パンなど、様々な種類のパンを作る毎日を過ごしました。

「入社した日からパン作りを任されて、朝から晩までずっとパンを作っていました。若いうちに基礎を身につけるべきだろうというのがあって、すごく勉強になったんですけど、ほかの色んなお店を食べ歩いているうちに、ロブションに惹かれました」

タイユバン・ロブションでは、「パンを早くたくさん作る」ことに加えて「高品質である」ことが加わりました。

「ここでは、『美しいパンを作ること』と『量をたくさん作ること』を両立しないといけませんでした。大変ではありましたが、この時の経験は、その後に大きく影響していると思います。それに、ロブション独自の美学や哲学にも、すごく刺激を受けました」

ロブション時代の先輩には、開店前から行列のできることも珍しくない人気店の「Boulangerie Sudo」代表の須藤さんもいたといいます。須藤さんを筆頭に、一緒に働くパン職人には、「より美味しいパンを、より美しく作りたい」という追及心の強い人が多かったそうです。

先輩や同僚に負けないようにと無我夢中で働き、人事の問題やタイミングなどが重なって、なんと半年ほどでスーシェフに。

「20代前半で責任のある立場につき、スタッフの指導や経営などの新しいことを経験させてもらいました。でも、同世代の職人は、失敗を繰り返しながら経験値を伸ばしている時期です。他のお店も経験してみたいし、何よりも若いうちにできる限りのことを吸収したいという気持ちが強くなり、『ブーランジェリー ブルディガラ』に移りました」

 

経営の大切さ・難しさを実感「自分に合うのはプレイングマネージャー」

「ブルディガラ」は、ワインの卸事業やリテールを行う「エノテカ」のベーカリー部門。レストランやカフェを併設する店舗もあり、パンを含めたフードとワインとのペアリングを大事にしている点、また、個性的なパンが多い点も小金井さんの興味を引きました。

「パンを食文化のひとつにとらえているブランドなので、とても面白かったですね。2年目で統括シェフになり、新商品開発にも挑戦させていただきました。海外研修としてフランスに行かせてもらったのですが、ワインの会社らしく、ボルドー地方のブドウ畑やワインの醸造所なども見学させてもらいました」

▲フランスのワイナリー「シャトー・ペトリュス」にて

「仕事は充実していましたが、やがて人事や管理系の仕事も増えていきました。自分の心のなかではもう少しパンに触れていたいという気持ちもありました。そんな時に、知り合いに勧められたのが『クラブハリエ』です。」

クラブハリエでは、パン部門の新規プロジェクトを任され、2~3年の年月をかけて琵琶湖のほとりに佇むクラブハリエ パン専門店「ジュブリルタン」を完成させました。

「ここは、ロスなども気にしながら最適な数を丁寧に作るという感じでした。また、ジュブリルタン統括シェフとして経営の勉強をするなかで、パン職人だけ、経営だけというのではなく、どちらもやる『プレイングマネージャー』が自分には合っていると思うようになったんです。そして、自分だけの力で勝負しようと思い独立を決めました」

 

ゆかりの無い土地「名古屋」に出店地を定めた理由

独立を決めてからオープンまでの期間は約半年。小金井さんは、超特急でオープン準備に走りました。その中で一つ目のハードルになったのがお店を開く場所選びです。

「はじめは東京で考えていたんですが、準備のために東京と滋賀を行き来するのはあまり現実的ではないと思いました。それに10年以上滋賀にいたんで、業者さんなども含めて、関西のほうが付き合いのある方が多くなっていたんですよね。大阪・京都も候補として考えました」

東京・大阪・京都と、色々と考え抜いた末に選んだのは、名古屋でした。

「クラブハリエ時代に、催事出店で全国をまわっていた時から、『名古屋は雰囲気もいいし、いいお客さんも多いな』と思っていました。他の都市に比べたらコンパクトですが、新幹線が停まったり、テレビ局などのメディアが集中していたりと、街自体のポテンシャルは高めです。それに、名古屋の人たちは、どちらかといえばブランド志向が強め。多少値が張っても、いいものだと思うと手にします。そして、1度気に入ってくれると一途に好きでいてくれます」

好条件がそろっている上に、こだわりを詰め込んだパンが受け入れられやすい土地として名古屋を選んだ小金井さん。その中でも東山公園エリアを選んだ理由はというと…。

「東山公園エリアと名東区に目星をつけていたんですが、色々と名古屋について勉強していくうちに、東山公園エリアは観光地でもあるし、ファミリー層が集まる住宅街で、近くに名古屋大学もあったりして、色々な層の人がいることがわかりました。

一方の名東区は、交通アクセスがよく、商業エリアと新興住宅地からなる、魅力的な街ではありますが、同時に転勤族も多いエリアであると知りました。地元の人に長く愛してもらえるお店になりたいという願いがあったため、最終的には東山公園エリアを選びました」

▲店名の付いた「レキップ ド コガネイ」

半年間という短い期間で無事にオープンにこぎ着け、家族で東山公園エリアに移り住むと、「妻も子どもも水があったようで、意外と早く馴染んでいました。僕としては、心から安心しましたね」と小金井さん。

また、家族と一緒に過ごす時間が増えたことも大きな収穫です。

「うちは、その日に焼いた分を売り切るスタイルです。HPから事前予約も承っているので、生産数の調整がしやすいこともあり、僕の仕事は昼過ぎには終わります。そのため、子供と過ごす時間も多いですし、家族全員で夕飯も食べます。定休日には、子どもたちと出かけることもありますよ。そうやって、プライベートな時間を持てるようになったので、心の在り方やパンづくりの姿勢にも変化が生まれた気がします。東山公園エリアを選んで、本当によかったと思います」

 

取材後記

小金井さんにとって名古屋の東山公園エリアは、知り合いもほぼいない何のゆかりもない場所ではありますが、「自分の作りたいパンが受け入れられやすい土地」であったために、独立開業の地に選ばれました。

取材中、「名古屋はいい場所」だと朗らかにお話される様子からも、名古屋を選び、家族で移住したことに満足されていることがわかりました。

独立開業には様々な準備がありますが、まずは「自分の作りたいパンが受け入れられやすい土地はどこなのか」を探ることからはじめるといいのかもしれません。求めているお客様と出会い、自分のパンを愛してもらい、長くいいお付き合いが続くヒントがそこにあると、取材を通して感じました。

 

●About Shop
ブーランジェリー レキップ・ド・コガネイ
住所:愛知県名古屋市千種区唐山町3丁目27
営業時間:9:00~17:00(売り切れ次第終了)
定休日:月曜
TEL:052-753-7234
公式サイト:https://www.koganeipain.com/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/koganeipain/?hl=ja

 

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Writer
安倍川モチ子
安倍川モチ子
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派遣社員として総合映像プロダクションや大手電化製品メーカーなどで、紙・WEBのプロモーション制作やコンテンツ制作に従事し、2018年よりフリーライターとして活動中。 現在はWEBを中心に、書籍や広告等の制作にも携わっている。グルメ・歴史・お笑い・健康・美容・ビジネスなど、興味のそそられるものを幅広く手掛ける。
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