パン職人、パティシエを志す職人の卵の皆さんや、既に職人として現場で活躍中の皆さんにとって、海外で経験を積み、職人としての幅を広げたい!という想いを抱いた経験をお持ちの方は少なくないのではないでしょうか。
近年、パンや洋菓子の世界大会で日本人の職人たちがトップの座に輝くことも、珍しいことではなくなってきました。海外修行を経て活躍の場を日本に移す職人も増え、国内でも「世界レベル」の職人のもとで働くことは可能になってきています。SNSの発達にともない海外の職人たちの技術や情報をリアルタイムで入手することも、以前に比べると随分身近で手軽になってきましたし、コロナ禍で、海外の専門学校の授業をオンラインで受講することだってできてしまう時代!
そんななか、なぜ「海外」なのか? 実際に、海外で学び、働いた経験を活かし、現在日本でパティシエとして働く3名の体験談から、「海外」で働いたからこそ得られた経験、想い、苦労、どんな魅力や違いがあったのかを探っていきます。
目次
パン職人や菓子職人の留学や就労先として人気のフランス
フランスは、パンや洋菓子の「本場の国」のひとつであること、また日本と提携している専門学校や、現場での実地研修ができる専門学校の充実などもあり、パン・菓子ともに、その道を目指す人に人気が高い渡航先といえます。今回体験談を伺ったパティシエの3名の皆さんも、共通してフランスで学ばれていました。フランスでの就労には、どんな種類のビザがあるのか、まず簡単に紹介していきます。滞在スタイルや期間を明確にし、どの方法が自分にあっているのかを考えてみましょう。
フランスで働くためのビザあれこれ
●ワーキングホリデー
フランスと日本の若者の国際交流を促し、互いの親交および理解を深めることを目的としたビザの為、申請年齢に制限あり。フランスは、申請時に満18歳以上30歳未満であること (30歳の誕生日の前日まで申請が可能)が申請条件。最長1年間の滞在が可能。
●学生ビザ(長期学生ビザVLS-TS)
大学や語学学校、専門学校や職業訓練校など、区別なく、アルバイトをしながら就学が可能。外国人学生が学業の付随的に働くことが法律によって許可されている。あくまでも学業のかたわらの補助的な収入としての労働ということで、労働可能時間は、年間964時間以内。
●就労ビザ
フランスで就労ビザを取得する場合、フランスの企業に採用されフランスに3ヶ月以上滞在する、あるいは日本からフランスの企業へ出向しフランスに3ヶ月以上滞在する、のいずれかに当てはまる場合に申請が可能。
雇用主を通して、フランスの労働局(DIRECCTE)やフランス移民局(OFII)での手続きが必要。
※こちらは一例の紹介につき、詳細な申請方法や必要書類等の最新情報は、大使館等の必要機関にて確認ください。
▼フランス大使館HP
https://jp.ambafrance.org/article15891
渡航前の準備、何からはじめればいい? 実際に経験者に聞いてみました
取得すべきビザや滞在スタイルが決まれば、渡航に向けての準備を始めていくことになります。海外で働くとなると、やはり真っ先に頭に浮かぶのは「語学」。これは最低限必須条件となってきますが、語学以外にもどんな準備をすればよいのか気になります。それでは、ここから実際に海外経験者の皆さんに、渡航前と渡航後、どのように準備し、海外生活をスタートさせたのか、お話を聞いていきましょう。
<体験談を伺った方>
学生ビザで渡航し、フランスの製菓に特化した職業訓練校へ留学。現場経験の必要性を強く感じ、滞在を延長。トレーニービザ(※現行存在なし)を取得し、イギリスのパティスリーで2年間就労。帰国後、現在は製菓関連の研究開発職に従事
※現行で近しいビザは、Graduate Trainee visa
https://www.gov.uk/graduate-trainee-visa
こちらのビザの現行の期限は1年間だが、じゅんこさんが取得した当時は就職しての研修を目的に2年間滞在できた
フランスの製菓学校へ留学後、洋菓子店で6ヵ月間の研修、同製菓学校のアシスタント職として10か月就労。帰国後、現在はチョコレート製造業に従事
日本で菓子製造と販売の仕事に従事後、本場でフランス菓子を学びたいと渡仏。学生ビザで渡航し、語学を学びながら職人としての技術を磨く。学業を終えた後は、ワーキングホリデーも活用しつつパティスリー、ショコラトリーでトータル4年間就労。帰国後はチョコレート製造業に従事
Q.海外渡航前にどんな準備をしましたか? 準備期間はどのくらい?
本場で学んでみたい!と思い始めて、様々な方法を模索し、ワーキングホリデーの申請(これはダメでした)から始まり、半年ほどの短期の語学留学も挟み、最終的に職業訓練校への留学のための渡仏に至るまでに、約1年半の時間を要したと記憶しています。
私の場合、まずフランス留学をし、その後に就職でイギリスへ渡るのですが、最初のステップであるフランス留学で職業訓練校に通い、CAPという国家資格を取得しました。一般的に職人見習いの10代の若者が取得する資格なのですが、失業後に転職したい人などが受講できる大人向けのコースもあり、そちらに入りました。本場でプロの仕事を学びたかったので、最初からそういう学校やコースを探して選びました。授業が終わり、資格を取得したら帰国する予定でしたが、もっと現場での経験が必要だと強く考えるようになり、就職先を探したところ、イギリスでの就職が決まり渡英したという流れです。結果的に私にとって、このフランス留学でのCPA取得も就職への準備期間だったと言えます。
フランス語は日本で3~4年ほど習っていましたが、最初は趣味程度でスタート。でも、本場で学びたい! フランスへ行こう! と思ったのは、やはりフランス語を習っていたということが大きいと思います。それでも最初は専門学校の授業の半分くらいしか理解できなかったので、語学についてはいくら勉強しておいてもやりすぎということは無いと思います。後半は、イギリスで働きましたが、英語はもうちょっと勉強しておけばよかったかも?中学生レベルの英語でなんとか乗り切ったという感じでした。
日本で約2年働いてお金を貯めてから渡仏しました。語学に関しては、大学でフランス語を学んでいたため、渡仏した時点である程度語学が出来たことは、大きなメリットだったと感じています。語学が出来たことで、仲間とのコミュニケーションがスムーズなのはもちろんのこと、任される仕事の幅が広がりました。
私は日本での製菓経験ゼロでフランスの製菓学校へ留学をしたため、少しでも現場での経験を積んでから渡仏したほうがもっと広い視野で物事を学ぶことができただろうと思います。
渡仏する1年前に当時働いていた洋菓子店オーナーに申し出て、1年かけて業務の引き継ぎをしました。働きながらフランス語学習や渡仏準備をしていたので、1年間という準備期間は妥当だったと思います。現地で少しでもコミュニケーションがとれるようにと、仕事が休みの日にフランス語学校に通い、地球の歩き方を熟読したり、渡仏先では、語学学校に通うことが決まっていたので、自分の通う予定の語学学校の情報収集のため、当時よく利用されていたSNS(ミクシー)で現地に住む日本人にコンタクトをとり、知人を増やし、現地で必要なもの、治安についてなど、事前に確認したりしていました。また、私は学生ビザ+ワーキングホリデーを利用しての渡仏でしたが、安定した収入は得られないだろうと考えていたため、貯金にも励んでいました。
フランスの国家資格CAP(セー・アー・ペー)とは?
じゅんこさんのお話に登場したフランスの国家資格CAP(セー・アー・ペー)とは、Certificat d’Aptitude Professionnelle 「職業適性能力資格」のこと。技術職の資格としては初級レベルのもので、最も基礎となる国家資格です。およそ200種類にも及ぶ様々な職種の選択肢があり、製菓製パン分野では、CAP Patissier (パティシエ) 、CAP Boulanger (ブーランジェ)、CAP Chocolatier-confiseur(ショコティエ・飴職人)、CAP Glacier-fabricant (アイスクリーム職人)などがあります。
失業率の高いフランスでは、外国人である私たちが働くことは容易ではありません。CAP取得者であるということは、一定の技術を有し、ある程度のフランス語能力があることを証明してくれるため、雇い主側が外国人を雇うときの大きな判断材料となり、この資格を取得していることで、フランスのみならずヨーロッパでの職探しが有利になる場合も多い資格です。
Q.就労先はどのように探しましたか?
友人の紹介でスコットランドのPLAISIR DU CHOCOLAT というサロン・ド・テ&パティスリーで働いた後、ロンドンのNADEL PATISSERIE というパティスリー製造卸で働きました。こちらは、ロンドンに引っ越すにあたり「ロンドンのパティスリー」を調べて電話やメールで直接コンタクトをとり、採用に至りました。いずれも製造の業務に従事していました。
私の場合は、就労ではなく研修という形ですが、専門学校の研修制度を利用しパリのパティスリーARNAUD LARHER(アルノー・ラエール)で研修生として学ばせていただきました。研修先は、自分の進みたい方向性を伝え、専門学校側と相談しながら決まりました。早朝は生菓子の仕上げ、その後は生地の仕込みやケーキの組み立て、タルトや焼き菓子の仕込みなどを学びました。
私は、渡航前に知人に紹介してもらったフランスのリヨン周辺にある、MONTERATというパティスリーと、SCRIBANT DORNONというショコラトリーで働きました。
パティスリーは、シェフの奥様(日本人)にコンタクトを取ったことから採用に至りました。シェフが日本人の受け入れに寛容で、住む場所の手配までしてくれました。ショコラトリーの方は、現地の友人からの紹介です。パティスリーで2年経験を積んだ頃だったため、チョコレートの分野でも経験を積みたいと考え、転職を決めました。
Q.渡航後のステイ先は、ひとり暮らし?住み込み?どのように探しましたか?
留学先の職業専門学校開始の1か月以上前にパリに到着していましたが、友人宅に泊めてもらいながらの住まい探しには1か月くらい要しました。新聞など(今ならネットかな)の情報、日本人が営む不動産屋さんなどで探しましたが、新学期開始(9月)前の時期は完全な売り手市場でなかなか見つからず、最後はパリの「ジュンク堂」という本屋に貼ってあった入居者募集の張り紙*で物件を見つけ、アパルトマンでひとり暮らしをしていました。
入居早々、アパルトマンのボイラーの故障でお湯が出ず、9月と言えど夜は冷え込み、急遽やかんでお湯を沸かして湯船にお湯をためたのですが、何度沸かしても湯舟がいっぱいにならず、いきなり厳しいスタートを迎えたことをよく覚えています。
*フランスでは、日本人の集まる施設やお店に「アノンス」と呼ばれる張り紙(掲示板)がしてあることが多いです。主に不動産情報や中古品の売買情報などが多く、アノンス専門のサイトなどもいくつか存在します。
製菓学校からの紹介で借りたアパルトマンでひとり暮らしをしていました。専門学校の斡旋ということもあり、ワンルームでキッチンもなく寂しい印象の部屋ではありましたが、電熱調理機とオーブンがあったので自炊は可能!家賃は安く、家具や家電、食器類は備え付けで揃っていたので困りませんでした。広さや快適さを求めて良いところに住みたい人はしっかりお金を貯めて行った方がいいと思います。
私が働いた先は、全て住み込みでした。滞在先を探す手間が無かったことは助かりました。ただ、部屋にシャワーがなく、勤め先のシャワールームを借りていたため、自分のタイミングで利用できなかったこと、スーパーが近くになく、片道30分歩いて買い出しに出かけなければならなかったこと・・・など、住み込みには、安心感や滞在先を探す手間と引き換えに、色々と制約もあった事が私にとってデメリットだったと思います。
Q.渡航前にどれくらいの費用を準備しましたか? 渡航後、毎月の生活費はいくらぐらい?
フランスからイギリスに渡る際には、100万円ほどしか持っていなかったと思います。お給料は月16万~20万円くらいで、イギリスは物価が高かったですが、なんとか生活はできました。街中のこぎれいなところに住みたい(フラットシェア、ハウスシェアなど)と思うとお給料の半分くらいは家賃に消えてしまいます。落ち着いてからはイタリア、チェコ、ハンガリー、フランスなど格安航空券でよく旅行していました。国をまたいでも航空券が1万円もしない感覚でした。ロンドンではキューガーデン(王立植物園)が気に入り年間パスポートを購入したり、劇場にオペラやバレエを観に行ったりもしていました。日本と比較して、安い値段で楽しめる感覚がありました。
渡航前は、半年~1年程度の滞在予定で100万円ほどあればなんとかなると思い準備していましたが、実際は滞在期間が延び、準備したお金では全然足りず、もっとしっかり計画を立てて貯めておけばよかったと反省しました。家賃など含めて毎月の出費はおよそ6~7万円。生活費以外はほとんどケーキ屋巡りにお金を使っていましたね。本場の味に触れられるまたとない機会でしたので、この出費は外せませんでした!フランスでの外食が日本に比べてかなり高かった印象で、外食はせず自炊を心掛けてセーブしていました。
渡航前に貯めたお金は約100万円。住み込みで働いていたので家賃はかからなかったものの、渡航してすぐの就労先は研修生扱いだったので、お給料は日本で働いていた頃の半分以下で、余裕があるとはいえません。月々の出費は、約400ユーロ(家賃、学費を含まない)くらいだったでしょうか。フランスは、学生向けのCAFという住宅補助制度があり、申請すれば家賃の一部が戻ってきたので(私の場合は1/3程度だった記憶)、その制度を活用していました。主に食費にお金がかかりましたが、今しかできない経験だ!と思っていたので、自炊などで工夫し楽しく節約していました。
渡航までのステップ
1.渡航先、滞在する期間を明確にし、自分の渡航に合ったビザや許可証を把握&申請準備
2.目的(語学習得?資格取得?すぐに就職?)に合わせて所属先を決める
3.予算の算出
4.渡航後のステイ先を探す
今後のキャリアを大きく左右するであろう修行先を異国の地で探すのは、とても不安な作業ですね。近年では、憧れのパン職人やパティシエのSNSに、日本から直接コンタクトをとることも可能な時代ではありますが、SNSの世界で見えている華やかな部分と、現実が大きく異なる場合もゼロではありません。
実際に、皆さんの体験談を伺ってみると、語学や金銭面の準備はもちろん大切なことがわかりましたが、「友人・知人や専門学校からの紹介」というキーワードが揃って登場したことが印象的でした。
信頼のおける人や機関からの紹介による職探しを可能にする「人脈づくり」は、事前準備の中でも語学やお金に並んで重要なポイントとなってくるのではないかと感じました。
ここまで前編では、渡航までのステップをみてきました。
①~ ④のおおまかなステップが確認できれば、必要な準備期間を割り出し、そこから逆算して、いつから準備
をスタートするべきかが決まってきます。体験談を参考にみなさんのプランを練ってみてはいかがでしょう。
後編では、現地での実際の生活や仕事の様子について、更に皆さんの体験談をお聞きしていきます!
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