昨年、chefno編集部が主催した開業予定者座談会に参加していただいた加藤絵梨果さんが、神戸市中央区で2024年4月13日にパティスリー「CERNE(セルン)」をオープンしました。家族や知り合いが多い地元で開業される人が多いなか、岩手県出身の加藤さんが神戸でのオープンを決めた理由や思い描くご自身の未来像について、オープン直前に伺ってきました。
製菓学校への進学は、地元を離れるための口実だった
岩手県釜石市にある加藤さんの実家はかりんとうなどを作る菓子製造業。4人きょうだいの末っ子という境遇から、ご両親はもちろん、年の離れた兄姉からも大変甘やかされた幼少期だったそうです。
加藤さんは高校を卒業後、京都にある製菓の専門学校に入学。菓子職人への道を歩みはじめます。
製菓の道を志した理由は?
「実は、小さいころからケーキ屋さんになることを夢見ていたわけでもなく、誕生日やクリスマスに家族でケーキを囲んだ楽しい思い出があるわけでもないんですよね。進学先を京都の製菓学校に決めたのは、過保護すぎる両親から離れたかったから。家業にも通ずる、許してもらえそうな製菓の専門学校を調べて進路の相談をしたら、すんなりと許してもらえて。今思えば、家から離れたかったと言いながらも、親に進学費用や引っ越し資金も出してもらっていたんですから、考えが甘いですよね」
-何となく選んだ進学先だったんですね。長く続けられるくらいお菓子にのめり込むことになったきっかけは?
「京都の専門学校で出会った友人と先生の影響です。友人たちとの食べ歩きを通して魅力に気づき、製菓の仕事の奥深さを授業で学んだことが大きいですね。友人たちとは今でも交流があって、開店祝いも送ってもらいました」
背中を押してくれた父の言葉
専門学校を卒業後は神戸の「パティスリー リッチフィールド」に就職。製造責任者や支店長を経験し、18年勤め上げたのち、ついに開業、独立を果たします。
開業を最終的に決める後押しとなったものは何ですか?
「お菓子に対して気持ちが入ってきたと言っても、仕事を始めてからは失敗も多く、怒られることもしばしば。製菓学校で学んだことが実践で直ぐに生かせると思っていたのに、思うようにはいきませんでした。そんなとき、両親に電話してもまったく取り合ってもらえなかったんですよ。実家で暮らしているときはあれほど甘かったのに、『お客様を喜ばせるという仕事はそんな考えでは務まらないよ』って。真剣にお菓子づくりだけでなく、お店のこともお客様のことも考えるようになりました。
18年間、神戸のリッチフィールドで働くなかで、自分が作ったお菓子の感想をお客様から伺えたり、コンクールに挑戦できたりとさまざまな経験を積ませてもらえました。同じ場所に居続けることももちろんできたのですが、小学生のときに父からかけられた『目の前にまっすぐな道と曲がりくねった道があれば、曲がっている方を選択しなさい』という言葉に背中を押されました。人生において先が見通せるようなまっすぐな道を選ぶと面白くないという意味です。父はすでに他界していますが、この言葉はこれまで何か大きなことを選択する場面でいつも頭をよぎるので、父を近くに感じながら決断している気がします。何が起こるか想像がつかない、新しい経験ができる曲がった道を選んだ結果が開業でした」
製菓技術とともに培った、お店づくりに大切なもの
ケーキ職人に限らず、1つの勤務先に18年間も勤め続けるのは今や簡単なことではありません。同じ場所で長く働けば働くほど、新しい環境に身を移すことに躊躇いや不安も感じるのではないでしょうか。独立決意後の、開業場所探しやオープン準備について伺っていくなかで、加藤さんの人となりが見えてきました。
地元での開業は考えなかったのですか?
「地元の釜石での開業も考えたのですが、2011年の震災から13年経ったとはいえ、人の流れもまだ完全に戻っていないのが現実なんですよ。私自身も20年近く関西で暮らしているので、知り合いもこちらの方が多いので、神戸での開業を決めました。家族は報告直後こそ少し寂しそうでしたが、すぐに私の決断を尊重してくれたので安心して突き進めました」
こちらの物件はどのようして見つけられましたか?
「故郷の景色への愛着もあり、当初は海の近くでの開業を目指していましたが、なかなか思うような場所が見つかりませんでした。そんななか、付き合いのある業者さんがこちらの物件を紹介してくれたんです。この場所で15年間パティスリーをされていた方が、お店を閉められるとのことで、製菓機材やお店の設備をそのまま引き継いてもらえる人を探していたんです。神戸市中央区というと、都会の印象が強かったのですが、物件のある場所に来てみるとこの辺りは緑も多く、小学校も近くにあってファミリー層の方々が多く暮らす地域ということもわかりました。この街の方々にとってはこの場所に15年間パティスリーがあることが自然だったと思うので、ご縁を活かして私のお菓子を食べていただき、早く地域に馴染んでいきたいです」
物件を契約されてからオープンまでの準備期間はどれくらい?
「物件を契約したのは今年の1月で、オープンは4月なので準備期間は約3カ月間です。一般的な新店オープンとは違い、大掛かりな工事や機材搬入がほぼ無かったので、働きながら休日を利用して準備を進めていきました」
働きながらの開業準備は非常にたいへんだったのでは?
「リッチフィールドで現在働くスタッフや、別の職場で働く元同僚まで、たくさんの人たちが私の開業のために力を貸してくれたおかげで、ここまでの短い準備期間で開業できたと思います。とくに、神戸国際調理製菓専門学校で教鞭をとっている後輩の森本さんには本当に助けられていて、本業の休みの日には買い出しや掃除、開業に向けての仕込みの補助などを手伝ってもらいました。明日のオープンには森本さんをはじめ、私にとって神戸の母のような存在の、リッチフィールド最強パートのお姉さま達が支えてくれる予定です!お店のロゴをデザインしてくれたデザイナーさんも、修業時代から交流のある方なのですが、私のお店への想いを口頭で説明しただけで、自分では思いつかないようなデザインのロゴに仕上げていただけました」
これだけ周囲の人が力を貸してくれたのは、持ち前の明るさとお菓子に向き合う真摯な姿勢があったから。加藤さんのこれまでの仕事への向き合い方が、同僚だけではなく、お付き合いのある業者さんにも好意的に映ったからこそ、ここまで順調に準備が進められたのでしょう。取材中には、たくさんのお花や注文した材料が届いていましたが、配達の方への加藤さんの声掛けが大変丁寧なことには驚きました。自分自身に時間や気持ちの余裕がない時にも相手への気遣いを常に忘れない姿勢の大切さを垣間見たひとときでした。
10年後の目指す自分像とお店について
―どのようなオーナーを目指したいですか?
「バウムクーヘンのレシピを独立前に調整するなかで、神戸の会社の粉を使用することに決めました。自分のお菓子がお客様の幸せに広がるだけではなく、使用する材料を通して地域にも貢献できるお菓子を増やしていきたいです。常に四季を感じられるお菓子を意識し、定番のお菓子に加えて私自身が作りたい個性を感じられるものも提供していきますので、期待してください!」
あらためて「セルン」という店名に込めた想いをお聞かせください。
「フランス語で年輪を意味するこの『セルン』という言葉は、私がお店のスペシャリテとして育てていきたいバウムクーヘンにちなんだものです。修業時代にバウムクーヘンの焼成を担当していたことや、婚礼の引き出物によく使われるお菓子だったこともあり、思い入れのあるお菓子の一つです。バウムクーヘンの層を作るためには何度も何度も生地を重ねて焼いていくのですが、その日の気温や生地の状態で微調整を加えています。私も、これから先ずっと、心を込めてお菓子を作る日々を積み重ねていきたいと思っています」
最後に、どのようなお店に育てていきたいですか?
「修業時代にカフェ担当だった頃、お客様と直接話す機会に恵まれたのですが、親しくなったお客様が手作りのお菓子を持参してくれることが何度もありました。『プロにお菓子を持ってくるの?』という人もいましたが、当時、私はとっても嬉しかったことを覚えています。店員とお客様という垣根がとれている気がしたんです。自分の作ったものをプレゼントしたい(食べてもらいたい)人として見てもらえていたんですよね。その時のように、地域の皆様に気軽にお声をかけていただけるような、良い意味でハードルの高くないお店にしたいです。」
取材を終えて
加藤さんと筆者の出会いは今から10年以上前にさかのぼります。とある旅行のアテンド役としてご一緒させて頂いた当時から、明るく勉強熱心な姿勢はまったく変わっていませんでした。私はこれから加藤さんがお客様と自然体で良い関係を築いていく未来を確信しています。なぜなら出会ったころから同業者のパティシエとして私自身がそのように接してもらっているからです。
バウムクーヘンは、まさにともに食べる人の笑顔を自然に引き出す味わいで、私の知る、加藤さんそのものでした。
取材協力
patisserie CERNE(セルン)
住所:神戸市中央区脇浜町1‐3‐3
アクセス:JR灘駅から徒歩5分 阪神岩屋駅から徒歩5分
営業時間:平日10:00~18:00/土日・祝日11:00~17:00
定休日:火・水曜日 ※不定休あり(詳細は公式インスタグラムでご確認ください)
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie_cerne/