フランスの女性パティシエ/ショコラティエの草分け的存在といえば、やはりクリスティーヌ・フェルベールさんです。彼女は「コンフィチュールの妖精」とも呼ばれ、お菓子づくりへの情熱と真摯な姿勢から、業界の一流シェフ達からも敬意と愛情を受けている職人のひとりです。
2018年にはレジオン・ドヌール勲章のシュヴァリエの称号を受け、マクロン大統領から授与されました。
多忙なクリスティーヌさんに、この夏お会いできることになり、chefno特派員が、フランス北東部のアルザスまで行ってきました。アルザス地方の小さな村で家族といっしょにたゆまなくコンフィチュールやお菓子を作りつづけるクリスティーヌさんの、コンフィチュールづくりの秘訣や、コンフィチュールづくりにかける想いについてお話を伺いました。
目次
森とワイン畑に囲まれたアルザスの小さな村
場所はアルザスワイン街道沿い、なだらかな小高い丘に面した畑のブドウもたわわに実る季節。
人口数百人程というニーデルモルシュヴィール村は、風光明媚なとても小さな村です。
その村に一軒だけある、ノスタルジーを感じる温かみのあるお店「Maison FERBER(メゾン フェルベール)」。窓辺には美しい花々が咲き、遠方からのお客様も優しくお迎えしてくれます。
それがクリスティーヌ・フェルベールさんのお店。もともとご両親が経営されていたフェルベールさんのご実家でもあるお店です。
コンフィチュールの種類は年間300種類
お店では代名詞のコンフィチュールだけでなく、パンやお菓子、アイスクリーム、チョコレートと、幅広く取り扱っています。
お店に入ると目に飛び込んでくるのがたくさんのコンフィチュールの瓶が一面に並んだ棚。
このお店で扱うコンフィチュールの種類はなんと年間で約300種類。そのすべてを丁寧に手作りしているんです。
四季折々のフルーツを使用した色とりどりのコンフィチュールは季節の風物詩そのもの。
初夏のルバーブは、瓶に透き通るような爽やかな黄緑色。アプリコットは鮮やかなオレンジイエロー。繊細にカットされたネクタリンの艶やかな赤。
それらに、ニワトコの小花やバラの花びらが詩情を添えるように入れられる種類もあります。
キルシュ酒漬けのブラックチェリーは、「コンフィチュール プール ムッシュー]。
“ムッシュー(男性)のためのコンフィチュール”という素敵なネーミングです。
コンフィチュールづくりは季節とともに
生まれ故郷を愛するフェルベールさんは家族に囲まれ、アルザスの自然の営みに寄り添うようにコンフィチュールづくりを続けています。
バラの季節には、近隣の村で花びらを集め、夏にはミラベルの生産者の所へ自ら赴き、スタッフと共にトラックに積んでアトリエへ持ち帰ります。
それぞれの季節の果実が最高の状態のときに収穫し、そして果実の最高の味を引き出すために、種取りも、皮むきもすべて手作業で行います。
そして小ぶりな銅鍋のなかで果実をゆっくりと木べらでかき混ぜながら火を通していきます。果実が煮立つ幸せな香りに包まれながら、糖度をときどきチェックしながら、時間をかけて作られるコンフィチュール。
フェルベールさんに、美味しいコンフィチュールをつくる秘訣を尋ねました。
「何よりもまず、最良の産地の最良品質の果実を選ぶこと。
アルザス地方には素晴らしい果樹園があり、求めるクオリティのものを提供してくれるんです。
私はこれまでに1600種類以上のコンフィチュールを作ってきましたが、いつも変わらず果実の味、質感、そして色の3つの要素を最大限に引き出すように心掛けています。
果実本来の質感が保たれ、美しく繊細な果肉をキープするために、常に果実を丁寧に扱います。
また、私のコンフィチュールはフレッシュで鮮やかな色であってほしいと思っています。そのため、鍋に一度に入れるのは4kg以下、12瓶ぶんの量と決めています。そうすることで長時間鍋で煮詰めることがないため、砂糖がカラメリゼすることを防ぎ、果実の色を鮮やかに保ったコンフィチュールに仕上げることができるんです。
果実の皮むきから瓶詰めが終わる一連の工程は、2時間かかります。これは家庭で作るのと同じ手間だと思います。
私のコンフィチュール作りの秘訣は、時間を惜しまずかけることですね」
最後のリボン掛けまで自分たちで心をこめて手作業
世界中で愛されるコンフィチュールはこうやって今も、フェルベールさんと仲間たちによって丁寧に作られていきます。そして最後の瓶詰めは、フェルベールさん本人が一つひとつ、愛情をこめて瓶に入れていきます。
たくさんの注文が入っているにも関わらず、機械に頼らずいまも黙々と辛抱づよく働きつづける姿に感嘆していると、「アルザスの女性はとにかく働き者なのよ」と彼女は微笑みます。
はじまりはお店のウィンドウのディスプレイ
いまでは世界中で愛されているクリスティーヌ・フェルベールのコンフィチュール。
物語のはじまりは、80年代半ば。ある日、ニーデルモルシュヴィール村のある住人が、フェルベールさんの両親がいとなむお店にグリオットチェリーの入った小さな籠を届けてくれたことでした。
「我が家の伝統は、自家製のお菓子などで店のウィンドウを飾ることでした。
そこで私は、この飾り付けのためだけに、グリオットチェリーのコンフィチュールを作ろうと考えたんです。
当時お店を切り盛りしていた両親は、コンフィチュールは作っていなくて、Beyer(ベイエール)という地元ブランドのものを販売していたんです。
両親はベーカリー、パティスリーとしての製造のみを続けていきたいと考えていて、娘の私が新しい製品を作ることを許してくれなかったんですが、そのウィンドウに飾られた私の小さなコンフィチュールの瓶を買いたいと、お客さまが言ってくれたんです。はじめは断っていた母も、5人目のお客さまに言われた時、方針をあきらめて販売することにしてくれました。
それからわたしのコンフィチュールづくりが始まったんです」
心の支えとなったピエール・エルメ氏の言葉
フェルベールさんの素晴らしいコンフィチュールの味は、すぐにパリの有名シェフたちの知るところとなります。彼女のコンフィチュールの美味しさをいち早く見出し、支えたのがかのピエール・エルメ氏でした。
「両親の反対にもかかわらず、ピエールは『このコンフィチュールをつくり続けるように』、『好きなようにやり続けなさい』と、私に繰り返し言ってくれたんです。彼は私のコンフィチュールをとても愛してくれていて、私の仕事を初めから、常に応援してくれている親友なんです」
「日々の生活のなかで、コンフィチュールづくりをはじめとした、さまざまな仕事に携われることができて、いつも幸せです」
静かな口調で、謙虚に答えてくださったフェルベールさん。
故郷の村を愛し住み続け、気心のしれたスタッフと家族や友人に支えられて、愛情を込めて静かにお菓子やコンフィチュールをつくり続ける。
お客様に幸せを運ぶため、手間を惜しまず働き続けるフェルベールさんは、作り手の鏡とも言えるのではないでしょうか。
これから秋にかけて、少しずつ各種のドライフルーツを用意しながら、クリスマスに向けての冬支度。クリスマス用のコンフィチュール「ラ ヴレ コンフィチュール ドゥ ノエル」には、ドライフルーツがスパイスとともに一瓶に閉じ込められ、彼女の魔法によって素敵なコンフィチュールに生まれ変わります。
冬の訪れはすぐそこまで近づいています。
取材を終えて
取材後、自分へのお土産に、アプリコットとグリオットチェリーのコンフィチュールを購入しました。リボンをほどくのももったいないほど素敵な瓶。
ニーデルモルシュヴィール村に想いを馳せ、アルザスの自然に敬意を表して味あわなければと、帰りの電車でつくづく思いました。
グリオットチェリーの方はとりあえず棚に飾ることにして、待ちきれずにアプリコットを先に開けました。
オレンジイエローの透明感のある鮮やかな色をスプーンでひとすくい。
酸味と甘みの見事なハーモニーに感動しながら、バゲットにのせて食べる至福のひととき。
気が付くと、一週間で瓶半分以上も食べてしまいました!
たまには、自分へのご褒美に、こんなひとときもいいですね。
●取材協力
Maison FERBER(メゾン フェルベール)
住所:18 Rue des Trois Épis, 68230 Niedermorschwihr
営業時間:
火~金:12:00-19:00
土:7:00-18:00
日:8:00-12:30
定休日:月曜日
公式サイト:https://www.christineferber.com/h