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2023.08.14

小麦アレルギーの人たちに食べる喜びを取り戻させてくれる「コム・ン グルテンフリー」

コム・ン グルテンフリー

「小麦アレルギーだと消去法でしか食べられるものがない」
「グルテンフリーのパンやお菓子は美味しくない」
そんな小麦粉アレルギーに悩む人たちに、選ぶ楽しみと美味しい幸せを提供しつづけているグルテンフリー専門店が東京の九品仏(くほんぶつ)にあります。

「Comme’N GLUTEN FREE(コム・ン グルテンフリー)」。
オーナーシェフはパンの世界大会「モンディアル・デュ・パン」の優勝者でもある大澤秀一シェフ。道をはさんだ向かいにある本店「Comme’N TOKYO(コム・ン トウキョウ)」はいつも客足が絶えない超人気店です。

大澤シェフがグルテンフリーのお店を始めたのは、時代の流れなのか、それともパン職人としての使命感からか?
立ち上げメンバーでもある佐藤ゆうなさんと共に、お話をお聞きしました。

きっかけは小麦アレルギーを発症したひとりのスタッフ

そもそもなぜグルテンフリーのお店をやろうと思ったのですか?

大澤シェフ

じつは、もともとグルテンフリーには全く興味がなかったんです。3年くらい前から、米粉の会社から『グルテンフリーのパンを作ってくれないか』と試作の依頼もいくつかあったんですけど、米粉のパンなんて、普段は食べもしないし興味もないので、当然やる気も起こらなくて。その頃はグルテンフリーに対する意識というものはまったくなかったですね。

「コム・ン トウキョウ」の大澤シェフ

▲「コム・ン トウキョウ」の大澤シェフ

大澤シェフ

それがある日、ウチで働いていたスタッフの佐藤が小麦アレルギーになってしまったんです。それが始まりですね。
最初は手がカサカサするといった症状から始まって、でもそんなのは僕たちもなったことがあったので、「そのうち治るんじゃないか?」みたいな感じだったんですけど、だんだん症状がひどくなってきて。お腹が痛くて朝に起きられなかったり、お店に出てこれない日も何回かあったりして。

佐藤さんの症状は日に日に重くなっていき、最終的に息をするのも苦しいほどに。大澤シェフに連れられて病院で診てもらうと、「厨房にいること自体が危険で、命を失う可能性もある」と医者に告げられたそう。

佐藤さん

私は中学を卒業してすぐパン屋さんで働き始めました。パン屋さんになるっていう夢しか持っていなかったので、パン屋さんで働けないと言われた時は絶望的でした。これまでずっとパンだけをやってきて、パン職人じゃない自分を考えたことがなかったので、何をしたらいいのか、どう生きていけばいいのか分かりませんでした。

コム・ン グルテンフリー

▲お店には小麦粉を一切持ち込まないのがルール。厨房で作業する佐藤さん

小麦アレルギーであることの大変さ

大澤シェフ

重度のアレルギー症状であることがわかってから、店の販売をさせようかと思ったんですけど、うちの店は売り場と厨房の仕切りがないオープンな造りなので、それも無理だと医者に言われて。
レストランなら働けるかなと思って、ある時、長野県のシェフに会いに行ったんです。その道中でパーキングエリアに寄ってご飯を食べようかとなったんですけど、そのときに佐藤は食べられるものがないんですよ。もうメニュー全部に小麦粉が入ってる。
しょうが焼き定食とかなら大丈夫かと思ったら、それもつなぎに小麦粉を使ってたり、醤油にも小麦が入っていて。
そのときに初めて『本当に大変な生活をしてるんだな』と実感して、僕のなかでちょっと意識が変わりましたね。

結局、佐藤さんが働ける場所は見つからず、仕方なくひとまずは実家に帰ることに。1度コム・ンを退社して引っ越し準備も済ませた頃、転機がおとずれます。

大澤シェフ

佐藤が実家に帰るっていう2日前に、いまは事務所として使っている、本店の隣の物件が空いたんです。いまグルテンフリーのお店になっているところを当時は事務所にしていて、『空いた物件に事務所を移したら、そこでお店ができるぞ』となって。すぐに佐藤に連絡しました。

佐藤さん

大澤シェフに『グルテンフリーのお店やるか』って言われたときは、すごくびっくりして。店を始めるなんていう考えはまったくなかったので、驚いたのと同時にすごく嬉しくて『やりたいです』って即答しました。
そのときのメッセージ画面はスクショして、いまも大事に残しています。

コム・ン グルテンフリーの佐藤さん

▲いまは健康を取り戻し、毎日楽しく過ごせているという佐藤さん

こうしてグルテンフリーの専門店を立ち上げることになり、二人はグルテンフリーのメニューづくりの経験もないまま、オープンに向かって怒涛の毎日を過ごしていくことに。

メニュー開発で卵40個を食べる日々

大澤シェフ

小麦アレルギーの人の気持ちが分からないとメニュー開発もできないなと思って、そこからメニューができるまでは一切、完全に小麦粉を抜いてグルテンフリーの生活をしました。
いざ自分の食生活から小麦粉を取り除いてみたら本当に大変で。家でお米を炊いて、野菜と肉を炒めて塩を振ってとかだと安心して食べられるんですけど、惣菜を買ったり外食をしたり、そういうのはもうほとんどできないですね。いちいちお店に『これ小麦粉入ってますか』みたいに聞くと、やっぱりいい顔されないんですよね。そういうのもストレスだから避けていると、もう全然食べられるものがなかったです。

「グルテンフリーのお店をやろう」と決めて、それからオープンまでどのくらい時間がかかりましたか?

大澤シェフ

3か月くらいですね。めちゃくちゃ短かったです。
お店を工事しながら、同時にメニューを試作しなきゃいけないんですけど、営業中は小麦粉が舞ってるんで、佐藤が入れないんですよ。なので、お店が終わる夕方6時ぐらいから試作をして、朝7時がオープンでスタッフが2時に来て準備をするので、それまでの7時間、毎日ずっと試作をしていました。あとは週に1回とか2回、市場調査で一緒に東京中のグルテンフリーのお店を見に行ったりしてましたね。

グルテンフリーのメニュー開発をしていくなかで、どんな苦労がありましたか?

大澤シェフ

最初はもう全然知識がなかったんで、大変でしたね。とりあえず米粉のパンの本とか買いまくって。でも、その通りにやってもなかなかうまくいかないんですよね。カヌレもカチカチだし、パンもボリュームでないし、パサパサで本当にひどくて。
じゃあもう自分で考えてやろうと思って。
本に載っているのは、混ぜてすぐ型に入れて、膨らまして焼くみたいな感じなんですけど、あくまでパンの工程として、発酵のことを考えて、イーストの量も減らしてってやっていたらだんだんパンらしくなってきましたね。

コム・ン グルテンフリー

▲苦労の甲斐あって、パンからお菓子まで常時20種類以上の魅力的なアイテムが揃う。すべてグルテンフリー

大澤シェフ

パン以外では、卵サンドに使ってる卵にも、多くの時間を費やしました。僕はサンドイッチを食べていて端っこまで具が入ってないと寂しいというか、すごい損した気になるんですよ。だから端から端まで具が入ってるものにしたくて、パンを焼いているのと同じ型で、卵焼きも焼かなきゃとなったんです。
量を測って配合を作ることになって、一時期は、一日で卵40個分くらいの卵焼きをずっと食べてました。
試作してるのも夜中だし、誰もいないんで自分で食べるしかないんですよ。佐藤はお菓子担当だったんで食べなかったんですけど、『おれ卵アレルギーになりそうだよ』って(笑)
そうやって手探り状態で作っていってだんだん良くなってきて、3ヶ月でなんとか売れるものにはなったんですけど、もう本当に2人ともしんどかったですね。

こだわりたかったグルテンフリーでも「選べる」という楽しみ

3か月の準備期間があっという間に終わり、いざ「コム・ン グルテンフリー」はオープン。お客様の反応は、これまでパン屋をやってきた時のものとは違ったものだったそう。

大澤シェフ

本店のほうだと、お客さんの反応は『来れてよかった』とか『やっと来れた』といったものが多いですね。それで『美味しい』と喜んでいただける。
グルテンフリーのほうは『始めてくれてありがとうございます』とか、『こういうお店をやって欲しかったんです』みたいな、そういった感謝をしてもらえる機会がすごく多くて。

佐藤さん

お店を始める前は、こんなにも需要があるなんてまったく想像していませんでした。遠方からもたくさんお客様が来てくださるので、とても嬉しいです。グルテンフリーについての知識はわたしもアレルギーになってからいろいろ知ったことが多いんですけど、もっともっとみなさんに喜んでもらえるようなメニューを作っていきたいですね。

コム・ン グルテンフリー

▲「コム・ン グルテンフリー」は小麦アレルギーを抱える人たちに「選ぶ楽しみ」を与えてくれる

大澤シェフ

メニューでグルテンフリーのサンドイッチやホットドッグを始めたのも、小麦粉アレルギーの人たちが本来絶対に食べられないメニューをやろうと思って。小麦粉アレルギーの人たちって、全部消去法で食事してるんですよね。『これも駄目。これも駄目。だからこれ』みたいな。
そうじゃなくて、『これもOKこれもOK』っていう、選べる食事をしてもらいたいよねって二人で話していて。それでああいうオーダーメイドの、どれにすればいいか迷うくらいの、これでもかっていう感じのメニューを作りました。

コム・ン グルテンフリーのサンドイッチ

▲グルテンフリーとは思えない魅力的なサンドイッチとホットドッグのメニュー。米粉パンの種類や具材、ソースまで選べて自分好みにカスタムできる

コム・ン グルテンフリーのサンドイッチ

▲オーダーしたサンドイッチ。米粉パンにツナと卵とアボカド、赤キャベツをサンドし、ソースは自家製マヨネーズ。色鮮やかで食事が楽しくなる

佐藤さん

自分もそうなんですけど、いつもは『これしか食べられないからこれを買う』みたいな感じなんですけど、うちのお店に来たら何でも自分が好きなものを選んで食べられるっていう、この選べる楽しさっていうのをみなさんに伝えられたらいいなと思って、いつも頑張ってます。

大澤シェフ

パン屋ってどこにでもあるじゃないですか。
でも、グルテンフリー専門の、こういうお店はなかなかないので、お客さんがすごく喜んでくれる。小麦粉アレルギーのお子さんを持つお母さんのお客様が多くて、ある日、お母さんがお子さんとサンドイッチ選びながら、お子さんが『これも食べていいの?これもいいの?』ってすごく喜んでいるのを見ながらお母さんが泣き出しちゃって。『こういうふうに子供に食事させてあげられたことがない』って言って喜んでもらえて。その時は本当にこの店をやって良かったなと思いましたね。

コム・ン グルテンフリーの大澤シェフと佐藤さん

▲大澤シェフ(左)と佐藤さん(右)

たったひとりのスタッフをなんとか助けてあげたいという気持ちが、結果多くの人の幸せにつながったこのお店は、マイノリティを置き去りにしない大澤シェフの姿勢から生まれたものでした。

好きなものを選んで食べるという、ある種当たり前に思えることが、小麦アレルギー のある人にしてみればどれほど貴重で幸せなことかを「コム・ン グルテンフリー」は気づかせてくれます。

「食」というものを見つめ直す、そして食べる喜びを再確認する機会として、小麦アレルギーでない方も、いちど「コム・ン グルテンフリー」を訪れてみてはいかがでしょうか。

●取材協力

コム・ン グルテンフリー

Comme’N GLUTEN FREE(コム・ン グルテンフリー)
東京都世田谷区奥沢7丁目19-12
営業時間:7:00-18:00
定休日:火・水曜日
公式サイト:https://commen-gf.jp
インスタグラム:https://www.instagram.com/comme_n_gf/

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Writer
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
映像制作とフランス語関連の記事担当。18年のフランス在住経験あり。フランス生活で得た気づきやエスプリを生かして面白い&センスの良いコンテンツづくりを目指します!好きなお菓子はダントツでタルトタタン。
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