パンの本場フランス。国民ひとりあたりのパン消費量が年間58kg、約60億本ものバゲットが消費されているこの国には、パンの祝日とも言える日があります。パン職人とパティシエの守護聖人であるサントノレ(St-Honoré)の祝日である5月16日です。
フランスでは、5月16日頃に「ラ・フェット・デュ・パン(La Fête du Pain)」と呼ばれるパンのお祭りが全国的に開催されます。その一大イベントが5月8日~17日の10日間、パリのノートルダム大聖堂前の広場で開催されました。今年で第30回という節目を迎えるパンの祭典の様子をご紹介します。
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オープンスペースの広大なパン工房

気持ちよく晴れた青空の下、ノートルダム寺院前の広場に設置されたおおきなテント。約1000㎡のオープンスペースの会場には大きなオーブンが何台も並び、パリ近郊から集まった多くのパン職人たちが忙しく立ち回っていました。そこはまるで巨大なパン工房のよう。熟練の手つきで次々とパンを成形し、焼きあげていきます。目の前で作られる焼き立てのパンが並ぶ販売ブースは連日大行列の賑わいぶりでした。
このイベントではパンの製造・販売だけでなく、大きなパンのコンクールなども行われます。来場者はそこで繰り広げられる競技の様子を眺めたり、目の前でパンづくりをしている職人達と会話を交わしたりと、爽やかな交流も生まれていました。

▲パン・オ・レザン(エスカルゴ)製造の様子。ロールが長い!
パンでできた巨大なエッフェル塔のオブジェ

会場の奥には、ひときわ目をひく巨大なエッフェル塔のオブジェがありました。近づいてみるとこのエッフェル塔、パンで作られているんです。高さはなんと4メートル。M.O.F.ブーランジェたちによって3日間かけて作られたそうです。
製作に携わった、M.O.Fブーランジェでありアンバサドール・デュ・パン協会(Les Ambassadeurs Du Pain)の理事でもあるティエリー・ムニエ氏にお話をお聞きしました。
ティエリー・ムニエ氏
「グラン・パリ製パン・製菓職人組合代表のフランク・トマスから『30周年を記念して何か特別なものを作れないか』と相談がありました。そこで、仲間のM.O.F.たちやアンバサドール協会のメンバーと力を合わせて、大きなパンのエッフェル塔を作ることにしたんです。
麦の穂といった細かい装飾パーツも全て、2日前から仲間達と会場で手作りしたものです。てっぺんの雄鶏は、バイカラークロワッサンの生みの親である、イタリアのパン職人ダヴィド・ベデュ(David Bedu)に協力してもらいました。ドライハーブを使って緑の色付けに挑戦するなど、いろんな技術がこのオブジェに込められているんです」

▲楽しそうに装飾パーツを作るM.O.F.のメンバーたち
ティエリー・ムニエ氏
「私は日本に出張する機会が多いのですが、前回、在日フランス大使に招かれた際、「過去20年間で、バターやフランス産小麦粉などの原材料の輸入量がおおきく上昇した」と、フランスパンの認知向上に大きく貢献していると感謝の言葉をいただきました。
日本の『食パン』は、日本人が発明した柔かいキメの細かいパンですが、近年ではそれが逆輸入されて、フランスでも人気が出てきていますよ。このように、新たな技術を外国から持ち帰る例もあり、パンを通した国際交流はさらに絆の強いものになっています。今回のイベントでも、日本のパン職人の仲間が共に参加していますよ」

▲ティエリー・ムニエ氏 完成間近のパンのエッフェル・タワーの前で
グラン・パリ地区 クロワッサン・コンクール表彰式

「ラ・フェット・デュ・パン」では、近年種目に加わったサンドイッチ・コンクール、見習い・プロの全国バゲット・コンクール、そしてグラン・パリ地区 クロワッサン・コンクールの表彰式が開催されました。
そのなかのひとつ、グラン・パリ地区 クロワッサン・コンクール表彰式は5/12に行われました。コンクール応募者はグラン・パリ製パン・製菓職人組合に、作品のクロワッサンを事前に5個提出し、組合内で審査が行われます。
今回の優勝者は、パリ2区の「ブーランジュリ・デュ・サンティエ(Boulaingerie du Sentier)」で働く韓国出身のイ・スジンさん。
スジンさん
「フランスに来て10年になりますが、いまの店では2年半働いています。
お店のオーナー夫妻は私を最初から信頼してくれ、創作なども自由にやらせてくれました。このコンクールのために8週間程準備はしてきたのですが、まさか自分が優勝するとは思っていませんでした。店の仲間もいっしょに喜んでくれて、私も心底嬉しいです。6月にポワティエ市で開かれる全国コンクールは2日間に渡る厳しい審査と聞いていますが、頑張ります!」
▼スジンさんの働く「ブーランジュリ・デュ・サンティエ」のインスタグラム
https://www.instagram.com/boulangeriedusentier/
第12回 バゲット・トラディッション全国大会

このイベントのメインとも言えるのが、バゲット・トラディションの全国大会です。
3日間にわたるこのコンクールは、地方予選を勝ち抜いてきた出場者21名の予選が2日に分けて開催され、予選を勝ち抜いた6名が最終日の決勝戦に挑みました。
酵母は各自持参してもよいことになっていますが、小麦粉はメーカー名記載のない白い袋に入ったものが渡され、出場者は職人としての経験を頼りに作ることになります。前日の生地仕込みを含め、6時間以内に40本のバゲットを製作・提出しなければなりません。
また、会場は閉ざされた工房と違い、外気の入ってくる開いた場所で空調もありません。日によって天候も異なるので、例えば雨模様の気温の低い時には、オーブンから出した時に湿った空気がバゲットの中に入り込むことを計算して生地内の水分量や、焼成時間などで調整するなど対応力も求められます。

審査にあたるのはM.O.Fブーランジェや昨年の優勝者、メディア関係者などで構成される14名。見た目や味はもちろんのこと、バゲットの長さや重さが規定範囲内であるかなど、様々なポイントで厳しくチェックされます。予選ではバゲット40本のうち、20本を選んで提出することができましたが、決勝は40本全てを提出しなければなりません。わずかな気の緩みも許されない状況で、選手たちはみな熟練の手さばきでテキパキと作業を進めていきます。

▲審査員が重量と長さをチェック
大会主催者インタビュー

この大会の所感を、主催であるグラン・パリ製パン・製菓職人組合の代表フランク・トマス氏にお話をお聞きしました。
トマス氏
「年々コンクール出場者たちのレベルは上がっています。今回のバゲット・コンクールで印象深かったのは、入賞者達の規定条件ぺナルティがゼロだったことです。長さ50cmの規定に対し49,5~50,5cm、重さ250gに対し249g ~261gと、誤差は微々たるものでした。提示条件はもっと許容範囲がある中、ほぼ完璧に仕上げてきたところが素晴らしいですね。
今回は18歳と23歳の若手職人が2人も決勝に進出したのは嬉しいサプライズですね。コンクールの準備には長期間の練習が必要で、お店のオーナーたちのサポートが不可欠です。こうやって若い職人たちの活躍は、ひいては業界全体の活性化にもつながるので嬉しいかぎりです。
今、フランスのパティシエの52%を女性が占めており、ブーランジェも30%以上と増えています。多くの女性がこの業界に入ってくれているのもとても嬉しいことです」

▲フランク・トマス氏
ブルターニュの地方大会で優勝し、本大会に参加したセバスチャン・ロペール氏は、自分のお店を経営するキャリア35年のベテラン。ブルターニュの旗をまとって応援していた奥様のオードレイさんにお話しを伺いました。
オードレイさん
「ブルターニュの地方大会では、バゲットの他にもクロワッサンやガレットでいくつか受賞歴があるのですが、パリ全国大会出場は初めてです。夫は前日17時の招集時にミキシングを開始、時々生地を指で開いて状態を確認し、水の加減は生地の触感で判断していました。『いつも使用の小麦粉とは違うけれど、クオリティはとても良い』と言っていました。
今朝は9時45分から成形を開始して、260℃で約30分焼成。パンマットの裏のメタル棒を触ってオーブンの中の水蒸気の状態をチェックして、生地が十分に膨らんでいるかを確認していました。焼成中、何度か重量をチェックしている様子もみられました。今回、本人はパンの出来に今一つ満足していないようですが、結果を待ちます」

▲ブルターニュ地方大会優勝の出場者セバスチャン・ロペール氏と奥様オードレイさん
惜しくも入賞は逃しましたが、ロペールさんは「またお店に戻り、平日300本、週末500本程のバゲットを地元のお客様のために作り続けます」と微笑みました。
ロペール氏のお店「Penn Ar Bread」インスタグラム
https://www.instagram.com/pennarbread/
みごと優勝したのは、イル・ド・フランス地域でお店を経営するフレデリック・ブレイ氏でした。
ブレイ氏
「毎日仕込み直す自家培養酵母を使った生地の発酵がうまくいき、焼成も上手くできたと思います。日々のお客様に満足してもらえるのが最も大事ですが、ガレット・デ・ロワなどまた別のカテゴリーのコンクールにも挑戦したいです」
▼Boulangerie-Pâtisserie BOULAYのフェイスブック
https://www.facebook.com/boulangerieboulay/?locale=fr_FR
パトリック・フェラン氏のコメント

▲フランスのパン職業訓練学校で教師を務めるパトリック・フェラン氏
フェラン氏
「私はアンバサドゥール・デュ・パン協会にも加盟しており、伝統的な職人技によるパンを守り、フランス国内外においてその価値を広める使命を持っています。このイベントとコンクールはとても素晴らしい発表の場であり、一般の方たちにも本当のパンに興味を持ってもらえる絶好の機会です。
今年の予選はどれもとてもレベルが高くて美しく美味しいバゲットだったので、審査は簡単ではありませんでした。決勝選考の中には18歳の出場者もいるように、男女問わず、国内外から若いブーランジェが参加していることもとても嬉しく思います。そのような若手がやがて、素晴らしいフランス製法のバゲット・トラディションを伝承し、やがて国外にも伝播してくれることに期待しています」
取材を終えて

▲来場者たちとユーモアたっぷりな会話で交流するM.O.F.ブーランジェの皆さん
取材を終えた日の夜、バゲット・トラディション大会で優勝したブレイ氏がニュース番組に出演し、インタビューを受けていました。パンの大会の優勝者がニュース番組に出演というのは、フランスの人たちのなかでパンの持つ意味合いの大きさを伺い知ることができました。
ノートルダム大聖堂前の広場はフランス道路の起点でもあります。伝統に基づいたシビアなコンクール、発表を待つあいだの緊張感、歓声、ベテランと若手職人たちの連帯感、来場客との陽気な会話…鳴り響く大聖堂の鐘の音の元、人々の日常の糧であるパンへの情熱がフランスから世界へと向けて発信され、分かち合われた感慨深い10日間でした。
ベーカリーパートナー編集部