ガレット・デ・ロワの焼ける時の香り、表面の艶とレイヤージュの輝きに心を打たれた20数年前からフェーヴ集めを始めた筆者の念願の企画です。日本で目にする機会も増えてきた、フランスの伝統菓子の代表格ガレット・デ・ロワ(Galette des Rois)。興味はあるけどまだ販売にまで至っていないお店も多いのでは?
フランスでは新年を迎えると、パティスリーはもちろん、ブーランジェリー(以後ベーカリー)でも販売される伝統菓子ガレット・デ・ロワ。日本ではパティスリーで見かけることは増えてきたものの、ベーカリーで見かける機会はまだ少ないのが現状です。
そんな中、年間でいちばん売り上げの高い月がガレット・デ・ロワを販売している1月だというベーカリーがあります。
シリーズ第2回目は、大阪府十三(じゅうそう)にある「パリジーノ&アトリエ・ドゥ・ママン」でガレット・デ・ロワを販売されている今西シェフを取材しました。
クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ主催の第18回ガレット・デ・ロワコンテストで優勝された今西シェフが手がけるガレット・デ・ロワは直径21㎝、24㎝の2種類で、見た目も大きく迫力満点です。仕込みからレイヤージュまでをすべてお一人で手がけるための製造スケジュールや作業のポイントを伺いました。
ベーカリーが手がけるガレット・デ・ロワの魅力
パイ生地とアーモンドクリームを組み合わせたシンプルな構成のフランス伝統菓子、ガレット・デ・ロワ。そのシンプルさゆえに、パイ生地を丁寧に仕込んで美しい層を作り、中心までムラなく焼き上げる職人の技術が試される難しいお菓子であることは間違いありません。そんな伝統菓子をベーカリーで作り続ける理由とは?
ガレット・デ・ロワとの出会いは?
今西シェフ
「以前の勤務先の製造工場にガレット・デ・ロワコンテストのチャンピオンの先輩がいて、ある日、京都領事館で行われたパーティーに同席させてもらったんです。当時の自分はお菓子の仕事を始めたばかりで知識もなく、『こんなお菓子があるんだ』くらいの感覚で試食したのですが、あまりの美味しさにびっくりしたのを覚えています」
では、ガレット・デ・ロワの作り方は工場で教わったのですか?
今西シェフ
「いいえ、作り方はほぼすべて自己流です。工場では自分の入社前からガレット・デ・ロワの製造販売を行っていたのですが、私が入社したのとほぼ同じタイミングでその先輩が退職してしまったので、教えてもらえませんでした。
本などでパイ生地の作り方を見て試作を重ねて、バターやアーモンドの香りが強すぎず、軽くて食べやすいガレット・デ・ロワを目指して改良しました。自分が作ったものを本格的に販売し始めたのは、このお店をオープンしてからです」
オープン時というと5年前だと思いますが、当初から売れ行きはよかったのですか?
今西シェフ
「ガレット・デ・ロワの販売は1月のみなのですが、初年度は全く売れませんでした。当初は1日1~2台売れるくらいで、ひと月で50台くらい売れたかなという感じです。それが、昨年は10倍の500台を販売しました。今年は800~1000台くらいは販売する予定です」
5年間で売り上げが10倍になったというのはすごいですね!
今西シェフ
「うちの場合は、クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ主催のコンクールで僕が優勝したことで売り上げアップにつながったと思います。お客様の中には、優勝作品を期待している方も多いので、優勝した時から材料やレシピは変えていません。サ・マーシュの西川シェフに『これからはコンクールで優勝した責任が生まれるから、もっと頑張っていかないといけないよ』とかけられた言葉が今でもずっと心に残っていて、パイ生地の折り込みもレイヤージュも自分1人で責任を持って作っています」
改良を重ねる際の思考の中心になっているのは、パティシエとブーランジェどちらの考え方ですか?
今西シェフ
「パイ生地やアーモンドクリームにバターが多く使われるので、バターの香りの引き出し方や油脂の割合についてはパティシエの脳を使っているとは思いますが、粉を扱うという部分ではブーランジェの思考が強いと思います。
ベーカリーでガレット・デ・ロワを製造するメリットのひとつが、粉の種類が豊富なことです。うちのお店では、3種類の強力粉をブレンドしてパイ生地を作っています。レシピを決めるまでに、粉の種類によって水分量を調整し、改良を重ねました。粉だけでも100種類くらいは集めて食べましたよ。粉は1年の中で3回くらい物性や香りが変わるんです。実際に夏などの湿度が高い時期は、粉にも水分が含まれやすくなるので、菓子やパンの仕上がりが変わるんですよね。
そもそも小麦の状態から製粉する際にも水分が使われるので、粉そのものが季節によって全然違うという印象を持っています。粉に触った時の感じ方や、食べた時の口溶けや水分の吸い方を意識していますが、このあたりは完全にブーランジェの思考だと思います」
パイ生地に使う粉が強力粉だけという事に驚きました。扱いづらくはないですか?
今西シェフ
「強力粉だけで作る生地の方が口溶けは良いと思っています。その強力粉を選べるだけの種類がベーカリーにはあるので、うちの個性が出て他店と差別化を図れていると思います。
ただ、薄力粉が入っている生地に比べて縮みやすかったり、浮きやすかったりします。その点を扱いづらいと考える方もいるかもしれませんが、折り込む過程でその都度生地をしっかり寝かしていけば、折り込みそのものは特に扱いづらくはないですよ」
パイ生地を作ることはベーカリーにとって手間ですか?
今西シェフ
「クロワッサン生地を扱っているお店は多いと思うので、とりわけ手間暇がかかるという事はないと思います。ベーカリーって年末や1月にイベントがあるわけでもないので、人が集まる年末年始の手土産などに使ってもらえるように挑戦してみる価値はあると思いますよ。東京では少しずつガレット・デ・ロワの認知度も上がっているので、今後はその他の地域でも良い材料を使って美味しいものを作っていけば、さらに需要が出てくると思います」
製造スケジュールとストック方法について
ガレット・デ・ロワをいざ販売するとなると、気になることのひとつは製造スケジュールです。普段の仕事の中にどのように組み込むことで無理なくストックができるのでしょうか?昨年は1カ月間で500台販売されたというパリジーノ&アトリエ・ドゥ・ママンさんのノウハウ、是非、参考にしてみてください!
パイ生地を1回仕込めば、ガレット・デ・ロワが何台作れますか?
今西シェフ
「一度の仕込みで約7キロの粉を使ってデトランプ*を作ります。それを6等分してバター生地を折り込み、パイ生地が出来上がります。1つのパイ生地で直径21㎝のガレット・デ・ロワが8台作れるので、1回仕込めば48台製造可能です。生地は2mmに伸ばしたものを丸くカットするので、端(はし)が出てきます。その端生地を集めたものがいわゆる2番生地ですが、それを使ってアップルパイやマロンパイなどを作っています」
【デトランプ】粉・水・塩を混ぜて作られる生地のこと。バターを折り込みやすい量に分割して使う。
冷凍ストックするのは生地のどの段階ですか?その際の保存方法は?
今西シェフ
「冷凍は何段階かに分けて行っています。パイ生地を保存する時は、折り込みが終わった後の状態で密着ラップをして-20℃で冷凍しています。この形状が一番冷凍庫のスペースを取らないと思っています。うちで使っているラップは伸縮性があり、冷凍庫内の空気で生地の表面が乾燥することもないので、3~4カ月間保管していても問題ありません」
今西シェフ
「パンに比べて焼成温度が低く、焼成時間が長いガレット・デ・ロワは、お店で通常営業を行いながら量産することがとても難しく、催事に出店する際などは、成型した状態で冷凍ストックする時があります」
今西シェフ
「ガレット・デ・ロワを地方に発送する時は、焼きあがったものを急速冷凍にかけて冷凍発送しています。焼成したものを常温や冷蔵で発送されているお店もありますが、焼きあがってから1日経ってしまうのと、配送の際の温度変化も気になるので、冷凍で送って召し上がる際に軽く焼き直してもらうのが一番美味しいと思っています」
1月の販売に向けて、実際に仕込みを始める時期はいつからですか?
今西シェフ
「今年は販売台数も去年より確実に増えると思うので、11月から作り始めています。うちはベーカリーですが、クリスマスケーキも販売しているので、パイ生地の製造はクリスマス前の12月前半で、成形はクリスマス後に行っています。一般的なベーカリーは、12月は売り上げが落ち込む時期ですので、12月に入ってからでも間に合うと思います」
仕上がりに差がつく?!こだわりの製造ノウハウと道具あれこれ
お話を伺うなかで、ガレット・デ・ロワコンクールでのチャンピオンならではの、こだわりと美しい仕上がりを生むために欠かせない道具がたくさん出てきましたので、ご紹介します。
ガレット・デ・ロワを製造する上で大切にされている事は何ですか?
今西シェフ
「まず1つ目は、パイ生地を折り込む際にしっかり寝かせること。
強力粉のみで作っているので縮みやすいという事もありますが、薄力粉が入る配合でも無理やり伸ばすのではなく、生地にストレスをかけないように丁寧に作ることは重要です。
2つ目はパイ生地を折り込む際に打ち粉を使わないこと。普通は生地を伸ばす際に、リバースシーターにくっつかないようにするために打ち粉をふると思うのですが、生地の表面に分量外の粉がのると、生地に含まれる水分も移行してしまうので焼成した時の浮きがわずかですが変わってしまうと考えています。成形直前の2mmまで伸ばす際には打ち粉をふりますが、生地を折り込む際には打ち粉をふらないことにこだわっています。
3つ目はレイヤージュの精度を上げて、仕上がりを追求しつつもしっかり利益が取れるように手早く作業すること。直径21㎝のもので1台当たり3分、24㎝のもので4分を目安に精一杯描き切っています。1台あたりに時間をかけすぎて製造数が確保できないと人件費がかかり過ぎてしまうので作業時間は常に意識しています。
4つ目は焼成方法。表面が平らになるように天板で天井を作って焼いています」
今西シェフ
「焼き上がり後の表面をキャラメリゼする際は、粉糖を使わずに細かく砕いた飴を振りかけて、全体的にムラのない仕上がりになるようにしています。シロップにお酒などで風味をつけて仕上げる方もいますが、翌日食べることも考慮するとシロップだとパイ生地が水分を吸ってしまうので、飴で仕上げるのが最善だと思います。飴で表面をコーティングすることで水分を飴が吸ってくれて、翌日焼き直した際に飴から水分が抜けるんですよ。
最後の5つ目はレイヤージュする際の包丁の使い分けや刃の入れ具合、角度などですね。直線も曲線も多用する月桂樹のレイヤージュの際は、目立たせたい葉の部分が目に飛び込んでくるように仕上がりをイメージして刃の切り込みの深さや角度にこだわっています」
回転台が気になりました。どこのメーカーのものですか?
今西シェフ
「台湾の三能という会社のもので、日本でも買えます。この回転台は高さがあってレイヤージュをする際に前かがみになることなく作業ができます。土台も安定感があり回転も滑らかで、特に太陽の飾りをする時に使いやすさを実感しています」
刃先が曲がっているナイフ、これはレイヤージュ専用ナイフですか?
今西シェフ
「そうです。アップルパイなどでも使いますが、パイ生地の飾り専用です。焼きあがった時に切れ目がどのように開くかを計算してパイ生地に角度をつけて切り込みを入れているのですが、繊細な細工をしやすいナイフです。
ガレット・デ・ロワを真上から見た時と少し横から見た時って表情が違うんですが気づきましたか?
自分じゃないと出せない仕上がりを追求して試行錯誤を繰り返し、イメージ通りの仕上がりに近づけられるようになってきました」
手作りの器具についても聞かせてください。
今西シェフ
「先に出てきた焼成時に使う鉄パイプはホームセンターで購入しました。セルクルだとこれより大きくて場所をとるうえに洗うのも大変です。そして何より価格も割高になります。
パイ生地を丸く抜くためのガイドもホームセンターでプラスチックを丸く抜いてもらって中心に穴をあけてもらっています。この穴から竹串で生地の中心にガイドとなる印をつけています。
もう一つのガイドは、このベーキングペーパーです。飾りの目安になる箇所に、目立たないように印をつけるためのもので、印を数カ所つけるだけで悩まずにレイヤージュができるので、時間短縮にも貢献している愛用品です」
忘れてはならないのが、幾度となく登場したラップですね。
今西シェフ
「伸縮性の高いこのラップはガレット・デ・ロワを作る上では必需品です。折り込んだパイ生地だけでなく、ガレット・デ・ロワの成型後から焼成後まで、密閉して包む工程では欠かせない存在かもしれません。遠藤孝商店さんで買えますよ 」
取材を終えて
常にパイ生地を製造しているベーカリーはまだまだ少ないかもしれませんが、パイ生地があることで、ショーソン・オ・ポンムやアップルパイなどの商品の幅は広がると語るられた今西シェフ。冷凍ストックができるパイ生地の利点を活かして、日々の仕事に上手にパイ生地の製造を組み込まれていました。
ガレット・デ・ロワの食べごろについて伺うと、「パイは焼きたてが美味しい、でもクレームダマンドはちょっと時間が経った方が美味しい。ちょっと水分を吸ったくらいのパイもクレームダマンドとの相性がいい。ガレット・デ・ロワはパイだけを食べるお菓子でもないし、クレームダマンドだけを食べるお菓子でもないので、一体感を味わうなら少し落ち着いたぐらいの方が僕は好きです」と熱弁してくれた横顔が印象的でした。
持ち帰った今西シェフ渾身の、粉・バター・アーモンドの香りの漂う美味しいガレット・デ・ロワは社内で美味しく分かち合いました。粉使いのプロであるパン職人が手がけるガレット・デ・ロワを買えるベーカリーが日本でも増える未来を夢見ています。
●取材協力
Parigino & atelier de maman(パリジーノ&アトリエ・ドゥ・ママン)
住所:大阪府大阪市淀川区十三東1-14-1
アクセス:阪急電車十三駅からから徒歩7分
TEL:06-6390-5240
営業時間:平日 9 :00~17 :00、土日祝日 8 :00~17 :00
定休日:火・水曜
公式インスタグラム:こちらから