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2023.12.12

クリスマス後の忙しい時期でもパティスリーで作りたい! 伝統菓子ガレット・デ・ロワの魅力

ミラヴェイユのガレット・デ・ロワ
ミラヴェイユ妻鹿シェフ
パティスリー ミラヴェイユ オーナーシェフ
妻鹿(めが)祐介さん
1999年大阪あべの辻製菓専門学校卒業
兵庫県川西市の洋菓子店「ムッシュオオタニ」で修業を始める。
和歌山県の「アベニール」勤務を経て、神戸の「アンプレシヨン」へ。
2008年に渡仏し、ロレーヌ地方のショコラトリー「Franck Kestener」にて修業
2011年「パティスリー ミラヴェイユ」を兵庫県宝塚市にオープン
2018年第16回ガレット・デ・ロワ コンテスト3位入賞
運営サイトはこちら

ガレット・デ・ロワの焼ける時の香り、表面の艶とレイヤージュの輝きに心を打たれた20数年前からフェーヴ集めを始めた筆者の念願の企画です。フランスでは新年を迎えると、どこのパティスリーでも販売されると言っても過言ではない伝統菓子ガレット・デ・ロワ(Galette des Rois)。

日本でも目にする機会は年々増えてきているものの、パティスリーにとっての最大イベントのクリスマス直後ということもあり、興味はあるけどまだ販売にまで至っていないお店も多いのでは?

シリーズ第3回目は、兵庫県宝塚市にある「パティスリー ミラヴェイユ」の妻鹿シェフを取材しました。ガレット・デ・ロワの製造・販売を始めたのは、11年前の開業当時から。繁忙期の真っただ中にも関わらず、ガレット・デ・ロワを作り続ける理由に迫りました。

きっかけは憧れ。コンテストに挑戦し、ますますガレット・デ・ロワが好きに

パティシエの仕事に当たり前に組み込まれているパイ生地とアーモンドクリーム。この2つだけで構成されたフランス伝統菓子が、ガレット・デ・ロワです。
そのシンプルさゆえに、パイ生地を丁寧に仕込んで美しい層を作り、中心までムラなく焼き上げる職人の技術が試される難しいお菓子であることは間違いありません。
そしてパティスリーが一年で最も忙しくなるのがクリスマスの時期。ガレット・デ・ロワの販売時期はそのすぐあとの1月で、パティスリーで販売を考えると、この時期に手を出すにはなかなかハードルが高いのも事実です。それでも妻鹿シェフが、ガレット・デ・ロワを開業時から作り続ける理由とは?

妻鹿シェフとガレット・デ・ロワとの出会いは?

妻鹿シェフ
「昔、パティシエ向けの専門誌を見て知ったのが始まりです。当時の修業先のシェフがフランスで働いていたこともあり、お正月にはショーケースに並べていましたが、1日に数台売れる程度でした。その頃はまだクラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワも発足前⋆ でしたし、日本での認知度は低かったと思います」

※クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワは2003年に発足

「フランスで修業をしていた頃の1月に、飛ぶようにガレット・デ・ロワが売れることを体感して衝撃を受けました。今思えば、日本とフランスの両方の修業先で製造・販売されていたことが、自身の探求心に火をつけるきっかけになったような気がします」

ガレット・デ・ロワを開業当初から作っている理由は?

妻鹿シェフ
「1番は、単純に自分自身が美味しいお菓子だと思っているからです。これまで、パイ生地の折り込み方法や粉を変えて研究し、改良を重ねて自分の気に入る形になってきました。このお菓子に向き合う中で、クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワ主催のガレットコンテストにも挑戦を始めたのですが、ガレット・デ・ロワの技術だけでなく、背景や文化なども含めて広めていきたいという、コンテストの主旨にも共感する部分が大きいです」

お店をオープンされてから、コンテストに挑戦し始めたのですね。

妻鹿シェフ
「はい。挑戦する以前から、お菓子は自分なりの美しさと美味しさを兼ね備えたものを店頭に出していましたが、コンテストに挑戦することで自分の技術を第3者の目線で評価していただくのも良いかなと考えたんです。
ガレット・デ・ロワがシンプルなお菓子だからこそ、作り手の想いや技術がお菓子にそのまま映し出されるという所や、クラブ・ドゥ・ラ・ガレット・デ・ロワが、「伝統菓子の本来の魅力を大切に伝えたい」という想いで活動している事の一つがこのコンテストだったので、どんどんのめり込んでいきました」

ミラヴェイユ妻鹿シェフのレイヤージュ

▲ガレット・デ・ロワと言えばローリエ(月桂樹)の柄がメジャーだと思い、レイヤージュの練習に没頭されたとか。オリジナリティ-を出すために、全ての線を曲線にして仕上げている。

コンテストに挑戦する前と後ではどのような変化がありましたか?

妻鹿シェフ
「自分のお菓子をさらに良くするために改良することはもちろんですが、同じようにコンテストに挑戦されている方々との横のつながりができたことも大きな変化だと思います。
クラブ主催の講習会では、トップシェフの方々が自分のレシピやテクニックを惜しげもなく公開されています。お菓子そのものの魅力だけではなく、パティシエの仕事のすばらしさを伝えるという姿勢で活動するクラブの一員になれたことや、情報を常に共有できる環境が身近にできたことは財産です」

販売を継続できる形を模索して、徐々に理想のスタイルへ

ガレット・デ・ロワの販売時期は、パティスリーにとっての大きなイベントであるクリスマス明けのお正月です。 普段のケーキや焼き菓子に加えて、クリスマスケーキや年末年始用の焼き菓子のストックの生産にも追われる中、ガレット・デ・ロワまで製造されているミラヴェイユさん。忙しい中でも続けられている秘密は?

ガレット・デ・ロワの販売期間は?

妻鹿シェフ
「販売期間は元日から1月中旬ごろまでですが、クリスマス明けからパイ生地を仕込み始めて予定数に達すれば、追加で仕込むことはありません。年によって年始の営業日も異なるので多少の違いはあります。ちなみに2024年は、元日、2日と、お正月休み明けの8~21日までを予定しています」

追加で製造はされないんですね。

妻鹿シェフ
「1月の中旬を過ぎれば、もう、バレンタインデーに向けての生産が始まりますし、年始は焼き菓子ギフトをお求めのお客様も増えますので。
ガレット・デ・ロワは焼成時間が長い為、オーブンを占領して他のお菓子が焼けないという事にならないようにしています。あと、うちもそうですが、個人店では冷蔵・冷凍庫に余裕がないお店も多いと思います。製造台数ばかりを気にすると、パイ生地を折り込む時間の負担に加えて冷蔵庫のスペースを圧迫し兼ねません。作りたいお菓子を作り続けるためには、労働時間やストック場所などの自店の製造キャパシティを十分に理解して優先順位をつけるようにしたらよいと思います」

冷凍ストックはされていますか?

妻鹿シェフ
「冷凍庫のスペースにもあまり余裕がないので、成形前のパイ生地を2mmに伸ばして四角くカットしたものと、アーモンドクリームを計量してディスク状に絞ったものを冷凍しています。成形後の冷凍はしていません」

ミラヴェイユさんのガレット・デ・ロワの特徴は?

妻鹿シェフ
「パイ生地を使う王道の生菓子のミルフィーユも販売していますが、そこで使っているパイ生地とはレシピを変えています。ガレット・デ・ロワ用のパイ生地の方が、よりバターの多いリッチな配合になっています。
更に付け加えると、成形前の伸ばした生地をカットする際も、生地の端を使うと不均一に割れたり、焼成後に層が剥がれたりすることがあります。なので、端の部分を使わず贅沢にカットしている事も特徴です。2番生地が大量に出てきてしまうのがネックではありますが、リッチな配合という強みのおかげで2番生地でもパイ生地の層が残っていて浮くので、パルミエを作ったり、タルトタタンの底生地として活用したりしています」

ミラヴェイユのパルミエ

▲2番生地をまとめて伸ばし、最後にグラニュー糖をしっかりまぶして成形されたパルミエ

パイ生地の仕込みについて詳しく教えてください

妻鹿シェフ
「折りパイ生地の仕込み方法は大きく分けて2種類あります。
粉、水、塩等で作った生地(デトランプ)でバターを包んで折り込んでいくノーマル(正仕込み)と、ノーマルとは反対に、粉を混ぜ込んだバターでデトランプを包んで折り込んでいくアンヴェルセ(逆さ仕込み)です。アンヴェルセ仕込みのパイ生地は、ノーマル仕込みに比べて水分が少なく、粉とバターが多いのが特徴です。また、手に触れる表面がバター生地のため、工程ごとにしっかり冷やして折り込みをする必要があり、手間と技術が必要な扱いづらい生地でもあります。
この2種類の製法を組み合わせたハイブリッドなパイ生地の仕込み方が、数年前のコンテストチャンピオンによって公開されたので、お店でも参考にして新しい製法を取り入れました。それは、ノーマル仕込みでバター生地を包むスタイルですが、デトランプとバター生地の配合はアンヴェルセの配合というものです。その結果、折り込むバター生地には粉が含まれているのでデトランプに包んで伸ばす際にも割れづらくなりましたし、アンヴェルセ仕込みの時のように室温を気にしなくても折り込みを行うことが可能になりました。今まではバターが外側に来ることでアンヴェルセ生地特有のほろほろとした食感に繋がるのだと思っていましたが、粉とバターが多く、水分が少ないという配合のバランスが焼成後の軽さを生んでいるのかもしれないと聞いた時には、本当に驚きでした」

ミラヴェイユのガレット・デ・ロワ

▲均一に焼きあがった自慢のガレット・デ・ロワ

パイ生地の配合以外で、工夫されている事はありますか?

妻鹿シェフ
「ガレット・デ・ロワの焼成時間はトータル1時間弱くらいと長いので、他の仕事に影響を与えないよう、出社後すぐに焼成できる段取りを組んでいます。オペレーションは、焼成する前日に、伸ばしたパイ生地を解凍して、アーモンドクリームをサンドし、ドレ(塗卵)をして、冷蔵庫で30~40分おいて表面を乾かします。再度ドレを行い、表面が乾燥しないようにカバーをかけて冷蔵庫で保管して帰ります。まさに今日準備しているこのガレット・デ・ロワが、今説明した流れで製作したものです」

表面のレイヤージュだけでなく、サイドのパイの層がとても美しいですね。

妻鹿シェフ
「折り込みで作った層を活かすには、伸ばしたパイ生地をカットする際に切れ味の良い刃物を使うことが重要です。押して切るのではなく、力を入れずにスッときれいにカットすることで生地へのダメージが軽減されます」

ミラヴェイユ妻鹿シェフのレイヤージュ

▲生地を丸くカットする際は、カッターを使用。タルトリングにカッターを添わせて、生地は型より一回り大きくカットするのもポイント

妻鹿シェフ
「また、数年前からは成型時にサイドに切り込みを入れる“シクテ” という作業はしていません。元はパイ生地が均一に浮くようにという意味合いで行う工程ですが、試してみたら問題なく綺麗に浮き上がったんです。少しですが、時短にも繋がり、仕上がりは特に変わらなかったので、満足しています。
もう一つは、均一にパイを浮き上がらせるために、天板にのせずにオーブンに直接ベーキングペーパーごと移動させて焼いています。というのも、高温で焼くので、天板がそる事があるんです。そった天板にガレット・デ・ロワがのっていると、焼きムラが生じる原因になりますが、この方法だと底面からオーブンの熱が均一に入っていきます」

ミラヴェイユのガレット・デ・ロワ

▲直火で焼いている様子

作り続けることで伝わるフランス伝統菓子の魅力と文化

1月にだけ販売されるお菓子、ガレット・デ・ロワ。製造に手間暇のかかる特別なフランス伝統菓子を通して、フランス文化を地域のお客様に伝えたいと語らえていた妻鹿シェフの想いとは。

毎年、ガレット・デ・ロワを購入されているお客様もいますか?

妻鹿シェフ
「はい、楽しみにしていただいている方がいて、製造販売する我々にとってはとても励みになっています。ガレット・デ・ロワを切り分けてフェーヴを当てるワクワクした楽しい時間の醍醐味だけでなく、仲間と同じものを分かち合うというフランスの食文化も共にお客様に伝わっていると感じています。
我が家でもお正月には毎年家族で食べて楽しんでいますし、日本人がおせち料理を作って食べる習慣のように親戚や親しい人が集まるお正月の定番のお菓子になって欲しいですね」

ガレット・デ・ロワが大切な人たちと楽しい時間を過ごすためのツールになっていると思うとなんだか嬉しいですね。

妻鹿シェフ
「自分の作ったものが幸せな時間の演出にも繋がっていると感じるので、作り続けることの大切さを感じています。今年はさらに嬉しいことに、スタッフがガレット・デ・ロワコンテストに挑戦したんです。一番身近なスタッフにも日々の仕事を通して魅力が伝わっていたんだなと、感慨深くなりました」

これからガレット・デ・ロワを販売したいと考えている方へのアドバイスをお願いします。

妻鹿シェフ
「ガレット・デ・ロワに限らず、自分の好きなお菓子を作りたいから独立される方が大半だと思うので、修行先で作られていなかった方も、興味があれば挑戦してみると良いと思います。
パイ生地の折り込み回数やレイヤージュでオリジナリティを出せるお菓子ですし、最近ではいろんな味のバリエーションを作られているお店も増えてきましたよ。認知度も上がってきているので、フィリングをアーモンド以外のナッツで作ってみたり、みんな大好きな栗をいれてみたりするのも楽しいかもしれません」

取材を終えて

パティスリーでも働き方を考える上で、効率の良いお菓子を求める傾向がある昨今。特に繁忙期となる年末年始に時間と手間のかかるパイ生地を仕込み、レイヤージュと焼成にも神経を使うガレット・デ・ロワづくりを続ける事は、決して簡単ではありません。
パティスリーで職人の手仕事が詰まったこの伝統菓子を運よく見かけられたら、是非、購入されることをお勧めします。新年初めの運試しに、ご家族や親しい方々と楽しい時間を共有される方が増えることを願っています。「どんなに大変でも、ガレット・デ・ロワ作りはやめません」と力強く話してくれた妻鹿シェフの笑顔が印象的でした。

●取材協力
Patisserie Miraveille (パティスリー ミラヴェイユ)

ミラヴェイユ
住所:兵庫県宝塚市伊孑志3丁目12-23
アクセス:阪急電車逆瀬川駅から徒歩8分
TEL:0797‐62‐7222
営業時間:10 :00~18 :00
定休日:第2・第4水曜日
公式ホームページ:こちらから
公式インスタグラム:こちらから

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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