パンを作る喜びを取り戻し、過去の教訓を胸にパン職人としてのリスタートを切った清水麻衣さん。休業中のベーカリーを間借りし、カンパーニュとバゲットをメインにイベントなどで販売する「JollyJolly(ジョリージョリー)」をスタートさせました。幾度となく想定外の事態に見舞われながらも自分のなかの軸を失わず、柔軟に、また力強くつき進む清水さんの、現在とこれからを伺いました。
目次
ハード系だけで勝負

▲カンパーニュ専門で再スタートした「JollyJolly」
新しくスタートした「JollyJolly(ジョリージョリー)」で扱うのは、基本的にカンパーニュやバゲットといったハード系の食事パンのみ。清水さんが最も得意とする、また最も好きなパンです。それはまた、「家族を犠牲にしない」という彼女の決意の表れでもあります。無理のない範囲で、好きなパンだけを焼く。
早朝からパンを焼き、日中は夫の経営する町工場の事務作業を手伝います。パンは委託販売と、配達での受け渡し。儲けはわずかだけど、それでもパン職人としても実感が清水さんを満足させてくれた。5人に増えた子育ても、「上手に手を抜けるようになった」といいます。
イベント出店にも挑戦。「一般ウケするパンも置いたほうがいいのかな」という清水さんの心配をよそに、パンは売れました。カンパーニュをまるごと買って行ってくれるお客さんもいて、「これでいい」と確信がもてた。
ドリアンのパン教室で学んだ大切なこと

自身のパンをもっと良いものにするために、清水さんにはどうしても教えを乞いたい人がいました。サステナブルという言葉がしはじめた世の中で、時代の要求とともに、「捨てないパン屋」として一躍有名になった「ドリアン」の田村陽至(ようじ)さんです。
田村さんは、父からパン屋を引き継ぎ、かつてはほぼ24時間体制で働きながらも売上はあまり上がらず、売れ残ったパンを廃棄することに葛藤してきた体験をもつパン職人。その後本場フランスで「文化としてのパン」に触れ、パンの種類を極力減らし、いまのスタイルに行きつきました。
オンラインで学ぶ「ドリアンのパン学校*」が始まると知り、すぐに申し込んだ清水さん。定員10名の狭き門で、一度目は残念ながら不合格。二度目の応募で想いのたけを課題の作文に込めて、とうとう参加できることになりました。期待でいっぱいの清水さんは、一回目の授業から衝撃を受けました。
※現在は「焚火を囲んで眠る学校」に名称変更
清水さん
「パンの話をするのかと思ったら『人生というのは何のためにあると思いますか?』という質問からはじまったのでびっくりしました。東洋思想をベースにした授業では、人生は楽しむためにあって、そのために仕事をするということ、お金を稼ぐことの意味、時間の使い方、脳の使い方など、いろんな話をしていただきました」
授業のたびに、自分の中の固定概念がぺりぺりとはがされていく感覚。パンづくりに関することよりも、人としての幸せに重心を置いた授業。ここでの学びが今後の清水さんの軸になっていきました。
「JollyJolly」のファンもすこしずつ増え、レストランへの卸の注文も着実に増えていきました。ドリアンでの学びを生かし、幸せにパンを焼く日常が板についてきた清水さんの姿は周りにも良い影響を及ぼします。
清水さん
「間借りで使っていた厨房のオーナーが、わたしがパンを焼いている姿をみて『もういちど自分も頑張ってみよう』とお店を再開することになったんです。そういうふうに自分が誰かの力になっているというのは、素直に嬉しかったですね」
ただそれは同時に、清水さんにとってはあらたな場所を探さなければならないということを意味していました。
物件を契約したものの、思わぬトラブル

その後清水さんは、いまのお店となる久宝寺口駅のテナントを見つけます。しかしそこで始めたのは、昼はカンパーニュのランチプレートを提供しながらも、ドーナツを販売するお店、しかも8週間の期限付きでした。
なぜドーナツをはじめようと思われたのですか?
清水さん
「勢いで契約したものの、いざフタを開けてみると、オーブンがスチームの出ないものだと分かったんです。それだとカンパーニュを焼くのに向いてないので、オーブンの入れ替えと改装をする間、オーブンを使わずになにができるか考えていた時に、たまたまドーナツの商品開発の依頼がきたんです」
その依頼者が「ここのドーナツが理想」と名前を出したのが、「バードコーヒー」。そこのドーナツのレシピを監修したのが「生瀬ヒュッテ」の竹内久典シェフ。竹内シェフは、かつては一日1000人の客が訪れる人気店「ブランジュリタケウチ」のオーナーシェフで、現在は完全予約制でなかなか予約のとれない「生瀬ヒュッテ」を営むパンの名手です。
清水さん「お店に行ってそのドーナツを食べてみたらものすごく美味しくて。『わたしもこれくらい美味しいドーナツをつくってやろう』ってパン職人としての心に火がつきました」
ドーナツカフェを8週間限定で営業開始

▲パン職人としてのプライドが詰まったサワードウのドーナツ生地
パン職人として本腰を入れて取り組んだドーナツの開発はどういうふうに進められたのですか?
清水さん
「まず、カンパーニュにも使っているサワードウを使うというのは決めていました。小麦粉の味をよく味わってもらうために全粒粉を使ったんですけど、全粒粉を使うと口溶けがよくなくなるので、そこをどうクリアするかが課題でした。ほかのレシピをいくつも見たりして、いろいろ試作を繰り返していくなかで、湯ゲルを使うことで口溶けのよさを改良することができました。そのあともいろいろと作ったり食べたりしていくうちに自分の好みに寄っていって、最終的にはバードコーヒーさんのドーナツと比べるとだいぶ軽めだと思うんですけど、依頼者の方も気に入ってくださったので、いまの形にきまりました」

「I’m Donuts?(アイムドーナツ)」の爆発的人気によって、いま巷にはドーナツ専門店があふれています。いろんなフレーバーのクリームを詰めたバラエティ豊かなドーナツ店に行列ができ、ベーカリーでも「生ドーナツ」の文字を目にすることも増えてきましたが、清水さんはプレーンなドーナツ1本で勝負しています。
清水さん
「半分にカットしてあんこをはさんだ『あんドーナツ』もイートイン限定で提供していますが、基本的にはプレーンのドーナツのみです。前にバレンタインの時にチョコがけをしたドーナツもやったんですけど、オペレーションがすごく大変で。『チョコかけるだけやから簡単』と思ってたんですけどね(笑)。
昔の思考のくせとかなかなか抜けなくて、ちょっとお客さんが少なかったりすると『もっと来てもらうためにアイテム数を増やそうか』とか、ついつい頭をよぎるんですけど、あかんあかん、と踏みとどまります。最初のお店と同じ轍は踏みたくないので。それにいろんなドーナツをやるよりも、お客さんのなかで『ジョリージョリー』のドーナツのイメージがひとつに統一されるので、いいかなと思います」

▲イートイン限定で提供している、こだわりのあんこをサンドした「あんドーナツ」
スチームの出ないオーブン、ドーナツの開発依頼と、思いもよらぬ形で始めることになったドーナツ店でしたが、思わぬ副産物もあったといいます。
清水さん
「ドーナツのいいところって、老若男女問わずみんな好きなんです。なので手土産に買っていく人も多いので、それで食べた人がまた買いにきてくれたり。他からあまり人の来ない地域なので、自分で積極的に宣伝をしなくても地元の人たちの口コミで勝手に広がっていった感じはありますね。とくに嬉しかったのが、ドーナツをきっかけにしてお店に食てくださって、カンパーニュのほうも知ってくださった方がすごく増えたことですね。やっぱりカンパーニュを食べてもらうのが私の一番の目的なので」
「食べ方が分からない」と言われたカンパーニュの魅力を伝えたい


▲カフェスペース担当のアキさん(左)と
もともとはケーキ屋だったという店舗は厨房も広く、イートインスペースは30坪ほどで、4名席が7つもある。ベーカリーとしてはやや広すぎるのではという印象も受けますが清水さんは「やりたいことにぴったり」だといいます。現在、カフェスペースではお昼にワンプレートのランチを提供していて、このプレートランチの内容にも清水さんの狙いがあります。
清水さん「以前にパン・ド・カンパーニュに馴染みのない人にカンパーニュをあげた時があって、その人に『食べ方が分からなかった』って言われたことがあるんです。たしかにカンパーニュって、ハード系に馴染みのない人からすると固いし、酸味があるし、食べにくいと思うんです。だから、カンパーニュの魅力を説明したり、楽しみ方を提案したり、そういう売り方がしたいなと思って。ここの物件を見た時に、ぴったりだと思って」

▲プレートの内容はハム・ソーセージなどのシャルキュトリーからキャロットラペやフムスと、カンパーニュと相性のいいものばかり。
JollyJollyと清水さんのこれから
清水シェフのこれからプランや、最終的な目標をお聞かせください。
清水さん「正直なところ、不安はすごくあります。最初のお店での苦い経験があるので、同じようなことにならないか、というのはすごく怖いです。でも『カンパーニュのお店をやりたい』っていう自分の気持ちを大事にしてやっていきたいですね。商売をしているとどうしても日々の売上が気になって視野が狭くなってしまいがちなので、そこは視野を広く、ときには立ち止まって考えながらやっていきたいです。あと、将来的には、薪窯で焼くパン屋をやるのが夢なので、いつかきっと実現したいですね」

かつては「お客の要望に応えないといけない」「母親はこうあるべき」という考えにとらわれ、自身の体と心を削ることになってしまった清水さん。いまは「ちゃんとしなくちゃいけない」という考えを手放したら楽になったといいます。それでも、保育園児から高校生まで5人のこどもを世話をしながらお店を営むというのは、並大抵のことではありません。仕事(お金)とプライベート(家族)、そして好きなこと(パン作り)のバランスをとるために大切なことは何かを伺いました。
清水さん「他人ではなくて、自分の中に軸を持つことでしょうか。最初のお店では、お客に求められることをやろうと無理をして、気が付けば自分がどこに向かっているのか分からなくなった。もちろんお客さんが喜ぶものを提供するっていうのは基本ではあると思うんですけど、自分がしたいこと・できないこととの線引きができていないと、結局は自分が不幸になってしまうと思うので、『どういう形なら続けられるのか』を立ち止まって考えるのもいいと思います。
もしやりたいことがあって、何かの理由で立ち止まっている人がいたら、つねに自分の本当にやりたいこと、大切にしたいことを意識して、『今・ここ』の感覚を大切にすること。自分にとっての『不可能なこと』を、楽しみながら『可能なこと』に変えていくことに挑戦してほしいですね」
【取材協力】

「JollyJolly(ジョリージョリー)」
※現在は改修工事のため休業中。2026年秋ごろリニューアルオープン予定
インスタグラム:https://www.instagram.com/jollyjolly___/
chefno編集部
ベーカリーパートナー編集部