開業を決意した瞬間から悩みや迷いは溢れてくるもの。店の場所は?規模は?コンセプトは?商品アイテムは?
独立を意識しながら修業の日々を過ごしていくなかで、『開業するぞ』と心を決めるきっかけは何なのか。今回はともにパティシエとして研鑽を積まれ、2024 年1 月に妻ひろ子さんの地元である滋賀県で開業されたご夫婦のお話です。
話し合い、2 人の理想のお店を実現させるために踏んだプロセスや、これからの目標を伺いました。
「何が何でも独立したかった」わけではなかった
お二人の修行先は、単なるパティスリーとしてだけではなく、滋賀県の観光名所としても多くの人が訪れる『CLUB HARIE(クラブハリエ)』。同じ職場で働くなか、意気投合してご結婚し、その5年後、ともに一つのお店を開業するに至ります。それはつまり、店でも家でもずっと一緒にいて、時間をともに過ごすということ。
一般的な会社勤めの夫婦であれば考えられないこの状況は、ストレスに感じることも多いのではないのか?!お二人の、家族としての、そして職人としての互いへの関わり方について質問しました。
同僚職人として、また夫婦として一日のほとんどの時間を一緒に過ごすことで困ることはなかったのですか?
結婚する前も、そのあとも同じ職場だったので、開業を機に二人の生活リズムが大きく変わったわけではありません。なので、いつも一緒にいることがストレスにはなりませんでした。むしろパティシエ同士だから、お互いに切磋琢磨してよりよいお菓子を作れています。意見が衝突してしまう時はあっても、それは自分たちのお店の運営をよりよくするためなので、じっくり話し合うことで解決できています。もしかすると菓子職人の仕事を知らない人との開業の方がたいへんかもしれません。
妻と自分はタイプが違うので、これまでも大きな衝突はありません。お互いを補い合えているのだと思います。妻は自動車で言うとアクセルのような存在で、『大丈夫、大丈夫!』と突き進んでいきますが、僕はどちらかというと心配性なところもあり、ブレーキの役割を担っています。時にはハンドルにもなって、いく場所をコントロールすることもあります。妻は16 年間もの長い間クラブハリエでパティシエールをしていました。その間には国際コンクールにも挑戦して結果も残してきています。娘を出産してからもパティシエールとして復職し、同僚にも恵まれて本当に幸せな職人人生を過ごしていたと思います。
16 年間も一つの職場で働かれたんですね。独立を意識したのはいつごろだったのでしょうか?
やっぱり子供が生まれて、家族としての形が変化したことが大きかったと思います。またパティシエールとして復職できる環境だったことは非常にありがたかったです。とはいえ、これまでと同じような働き方は難しくなり、周りのサポートや時短勤務を活用してようやく働けているという状況でした。そういったことが独立を意識するきっかけになりました。
僕は夫として育休後に復職した妻を間近でみていて『彼女には、いま以上に菓子職人としてもっと自由に表現したいものがあるのではないか』と感じる瞬間があったんです。その時、もし彼女が女性オーナーとしての道を歩む決断をするなら、そのサポートがしたいなという想いが芽生えました。二人で開業を意識し始めたころ、オープニングスタッフとして働けるシェフパティシエの職が見つかり、僕は自分の経験値をあげるために転職しました。そこで働いたことが今の店づくりにも繋がっています。
開業準備は予定通りスムーズには進まない
ひろ子さんがクラブハリエを辞めたのが12 月初め、オープンまでじつに1 カ月半ほどしかなかったんですね!この短期間で、開業準備はどのように進められたのですか?
僕がオープニングスタッフとして働いた職を少し早く辞めて、ひと足先に開業に向けて準備を進めていきました。二人そろって退職すると、開業までの生活費の不安にもつながるので、良い選択だったと思っています。前職では厨房の責任者としてお店のオープンを経験していたので、どんなことに時間がかかるか、イレギュラーなことが起きた時の対応方法などを前もって経験できた事も大きいです。職人が比較的苦手な、お店の建築や什器といった設備面においてのスケジュール管理も、お菓子の商品構成を考える業務と並行して進めていくことができました。
わたしはギリギリまで働いていたので、夫に頼りながらも休みの日にできることを進めていきました。私の地元で開業することを決めてから、あっという間にいろんなことが動き出しました。この辺り(東近江)は本当に質の高い材料を提供してくれる農家さんが多いこともあり、鮮度の良い地元の食材を使ったシンプルなお菓子を作っていくことは自然に決まりました。クラブハリエ時代にも材料と製法にこだわったお菓子づくりをしてきましたが、開業に向けて改めて素材と向き合い、今のお菓子のレシピが完成しています。一番人気はロールケーキですが、卵一つで味わいが本当に変わるんです。生地にもカスタードクリームにも使用していて、味づくりの要になっています。
ここまでお話を伺っていると、何もかもが順調に進んだように思えますが、開業前後に大きな問題はなかったのでしょうか?
実は準備段階で、初期費用を抑えようとして中古で譲っていただいたオーブンの年式が古すぎて、修理ができないことがわかりました。私はパティシエールの仕事を始めて、独立を意識する前からコツコツとお金を貯めてはいたのですが、開業に際し、当初予定していた資金をはるかに超える金額が必要になったため、クラウドファンディングに挑戦することを決めたんです。自分たちの想いをただ情報としてアップしても目標金額に達成することは難しいと聞いていたので、自ら作成したチラシを配ったり、知り合いに伝えたりと地道な告知宣伝を繰り返しました。結果、おかげさまで目標を上回るご支援を頂き、知り合いだけでなく多くの方へ商品への想いやお店のコンセプトをお伝えできる機会になりました。
店名に込めた想い
店名の『LOHASSIER』についても教えてください。
夫婦でシンプルなお菓子を丁寧に作り続けて、私たちのお菓子を、お客様に安心して自分の大切な人達と食べてもらいたいねと話していくなかで、『LOHASSIER(ロハシエ)』という言葉にたどり着きました。『ロハス』と『パティシエ』を組み合わせた造語なのですが、自分たちの考えるロハス(健康で持続可能な社会生活を心がけるライフスタイル)とは、環境はもちろん、地域の人の生活にも配慮して貢献できることを目指すことなんです。それをできる手段が2 人にとってはパティシエの仕事なんです。自分たちの生きているこの東近江の環境や人々に配慮するものを選択してお店を運営していくことが、自己実現につながると思っています。
地元のおいしい食材に、これまで培ってきた自分たちの仕事を加えてお菓子にする。そのお菓子が地域の方はもちろん、より広い範囲に伝わることで、東近江の良さを自然に伝えることができる。これこそが自分たちができる社会貢献で、私がやりたいことです。自分の人生は家族、とりわけ娘の人生にも大きく関わるわけですが、娘が大きくなっても、孫の世代になっても、自然に恵まれた滋賀県であって欲しい。自信をもって娘に私の働き方を見せたい。そんな思いを『LOHASSIER』という言葉に込めました。
取材を終えて
ふわふわしっとりで人気のロハシエドーナツをほおばったとき、筆者の頭を自然によぎったのは自身の3歳の娘の笑顔でした。大事な人を自然に連想させる、丁寧に作られたお菓子と出会えたことは素直に嬉しく、自然に笑みがこぼれていました。
ロハスという言葉を聞くと、健康や環境に配慮している運営スタイルを連想されると思います。それを大前提としつつ、お二人の目指すものは、自分たちのお菓子で身近な人たちに心の幸せを与え続けることだということ。
取材中、直記さんが「自分にとって心の幸せを与え続けたい身近な人たちは、お客様、生産者様、地域の皆さま、働いてくれるスタッフに加えて、妻と娘なんですよね。自分たち家族にとって、生き生きと暮らせるスタイルを『LOHASSIER』を通して模索していきたい」と語られていたことが忘れられません。その思いがオーナーパティシエールとして走り続けるひろ子さんにも伝わっているからこそ、お菓子を食べた人の心も満たされるのでしょう。
【取材協力】
Pâtisserie LOHASSIER(ロハシエ)
住所:滋賀県東近江市南花沢町600‐1
営業時間:11:00-17:00
営業日:火・木・土曜日
定休日:月・水・金・日曜日(2024 年6 月より月・火・金・日に変更予定)
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/lohassier?igsh=Z2lra3Q5NXRzbjl6