フランスの食の世界ではいま、女性たちの活躍がめざましく、パティスリー業界でも、次々と次世代のパティシエールたちが台頭しています。
そのなかの一人が「Délicatisserie(デリカティスリー)」の Nina Métayer (ニナ・メタイエ)。
5月にフランスで開催された食の祭典「テイスト・オブ・パリ」にてお会いし、日本のパティシエの皆さんにメッセージをいただいた、あの笑顔の素敵な女性シェフです。
2016年の雑誌「ル・シェフ」をはじめとした食関連の雑誌や書籍で、3年連続で最優秀パティシエールに選ばれ一躍脚光を浴びたニナ・メタイエ。
サステナブルな環境への配慮と商品廃棄ゼロを掲げた受注販売のみの、オンライン・ブランド「デリカティスリー」を2020年にスタート(現在はパリのプランタン百貨店にティーサロンをオープン)させました。
その愛らしい風貌とはじける笑顔がチャームポイントのニナは2児のママ。
パティシエールとして、母として全力を注ぐ彼女のパワーを分けてもらおうと、chefnoのパリ特派員が、パリ郊外のイシー レ ムリノーにある彼女のアトリエにお邪魔してお話を伺ってきました!
目次
大事なのは自分が幸せでいること
こんにちは、ニナ!いつもとびきり明るい笑顔ですね。天性なのだと思いますが、何か意識していることはありますか?
「大事なのは自分が幸せでいること。そのためには人に対して常に好意的であること、笑顔を絶やさないことだと、いろいろな出会いのなかで学んできました。
朝起きて、機嫌の悪い日もあります。でも、『今日もきっと素晴らしい日になるはず』と自分に言い聞かせて、笑顔でスタートします。そうやってポジティブなエネルギーを発していると、必ず周囲からもポジティブなエネルギーが戻ってくるんです。
日によっては、抱えている問題やストレスのために笑顔でいることすら難しいこともあります。仕事を終えて帰宅すると、つい夫の前で不機嫌な顔を見せてしまうこともしばしば。でも彼が、いつもポジティブであり続けられるように、思い起こさせ、励ましてくれます。
私は、日常生活や人との出会いといった、自分を取り巻く環境に常に感謝しています。
パティシエになる前から海外に行くことがよくあったのですが、いつも新しい発見や出会いがありました。
訪れた場所では、折々にめぐりあう美しいものや、素敵なコトを見つけられるよう『それが何故美しく感じられ、素敵なのか』を考えます。
よく見てみると、何気ない些細な部分が素晴らしく思えてくるんです。
たとえば、朝にカフェを飲みながら、その日の青空を眺めて、気持ちのよい朝の始まりを感じる、そんな日常のひとときも、わたしにとっては大切なシーンの一つです」
パティスリーは人々へ喜びを届ける「プレゼント」
あなたがパティシエールになった理由は?
「それは、お菓子を通じて周囲の人々に喜びを届けられると思ったから。
パティスリーというのは、『プレゼント』です。贈り物をして、人々に喜びを届ける。誰かに喜んでもらえる。それがわたしにとって、とても心地が良く、何より幸せなことなんです。
そして、お菓子を作るというのは、分かち合うことでもあります。
届けられたお菓子は、ディナーや、バースデー、洗礼、ウェディングなどお祝いの場で、分かち合う場面によく登場します。そしてそれを作っていく仕事をスタッフと一緒に分かち合う。
パティスリーは、いつもポジティブなパワーにあふれています」
周りから「女性はシェフと家庭の両立はできない」と言われた
あなたは多忙なシェフパティシエールでありながら、母でもありますね。
「娘が2人いて、長女のアナスタジアが6歳、次女のアデルは3歳になったところです。
私自身、製造のために早朝から出勤なので、平日の朝は夫が娘たちの世話をして、保育園、幼稚園へ連れていきます。そして、仕事を終えた私が18時に娘たちを迎えにいって、就寝の20時までいっしょに時間を過ごします。
毎週水曜日は、アトリエに娘たちがやって来るんです。わたしが製造を行い、夫は販売管理の仕事をしてくれているのですが、仕事の合間に5-10分ほどかまってあげると、あとは夫のオフィスの脇のスペースで、おとなしく遊んでいます。
まだ小さいので難しい面は多々ありますが、こうして両親が働く場所を理解して、順応していくことで、仕事に対するリスペクトを持つことができ、社会勉強にもなると信じています」
「毎週は難しいのですが、月2回は必ず、週末にノルマンディー地方にある家へ行き、家族でゆっくり過ごします。娘たちとは、土曜の午後はいつもお菓子作りです。
レシピ本を見ながら、『今日は何を作りたい?』と聞きながらいっしょに作っています」
育児と責任あるシェフの仕事の両立は大変ではないですか?
「もちろん、大変なこともあります。
普通の家庭のように、子供とたくさんの時間は過ごせません。
たとえば、母の日やクリスマスは、本来なら家族で一緒に過ごす大切な時間ですが、パティシエールである自分は仕事をしなければなりません。
でも、それも自分で選んだ道。娘たちも、物心ついた頃からちゃんと理解してくれています。
他のママ達に比べると、一緒に過ごす時間は短いかもしれない。でもそのぶん、余裕のある時はとことん一緒に過ごしています。
それに、逆に考えると、それも悪くないと思っています。
自分たちのママが仕事をやり遂げて家にもどり、満足している様子を子供が感じ取る。親として良い手本を見せているといえるのではないでしょうか?
わたしはパティシエになって、周囲の多くの人から、『女性は、家庭とシェフは両立できない』と言われました。でも、わたしは必ず家庭を持ちたいとずっと思っていました。
両立が難しい国も多いと聞きますし、比較的リベラル(自由主義)なフランスでも、仕事を持つ女性の環境は依然として厳しいです。
結婚して子供を持つ、または、パティシエは続けられても、責任者のシェフになるのは難しい。
でも、今のところは…ほらね、両立できてるでしょ(笑顔)
この先どうなるかわからないけど、やってみるわ!」
大切なのは美味しいお菓子を分かち合った‟記憶”
作品のインスピレーションはどこから?
「私は自然が大好きで、季節によって、日によって、美しいと感じる要素がたくさんあります。
自然が生み出す素晴らしい色や形、触感、香り、あらゆる質感やはかなさ、軽やかさ。そういったディテールからインスピレーションを受けます」
あなたの世界観を言葉に置き換えると?
「『Délicatesse(デリカテス)=繊細さ』。
エレガンスと優しさを表わす言葉です。それとパティスリーと合わせて作った造語『Délicatisserie(デリカティスリー)』がブランドの名前になっています」
クリエーションで大事にしていることは?
「自分のクリエーションで気を付けているのは、バランスです。
お菓子の見た目が綺麗でも、味でがっかりさせてはいけないし、逆に美味しくても、見た目に魅力がないとお客様は食べたいと思わないですから。
一貫性とバランス。それがお菓子の成功の秘訣です。
私が求めているのは、何か凄いものを創作することではありません。
私自身、他にない凄いものを食べたいわけではなく、シンプルに美味しいものを食べたいと思っています。その美味しいお菓子が、誰とどんな風に分かち合ったかという想い出と共に記憶に残る。それが最も大切なことだと思います」
シェフのお気に入りのクリエーションTOP3
「ラ・パブロヴァ・ミラベル・ジャスマン」
「このパヴロヴァは、もともとはわたしがシェフ・パティシエールを務めていた『カフェ・プーシキン』時代の創作。その後レシピが少しずつ進化しています。
スイスメレンゲをベースにミラベルを載せ、外側にジャスミンティー風味のホイップクリームを絞り繊細に仕上げています。ジンジャーコンフィがアクセント。
ミラベル入りのパヴロヴァは、8-9月限定のお菓子です」
「クール・ドゥ・フリュイ・ノワール」
「季節によってブルーベリーなどを使いますが、写真のものはブラックベリーです。
サブレ、アーモンドビスキュイを使用。ブラックベリーも、ホイップクリームもラベンダー風味で、爽やかに仕上げました」
「タルト・オ・ショコラ」
「『タルト・オ・ショコラ』も、ベストセラーの代表作です。
サブレ用生地にフルール・ドゥ・セルを使った、カリカリしたクランブル、その上に絞ったライトなショコラ・クリームとのシンプルで軽快なハーモニー。トップにはカラメリゼしたピーカンナッツを載せています。
作り手として愛情こめて絞り袋で仕上げていく装飾も、贅沢な感じで気に入っています」
取材を終えて
取材中も、明るい笑顔を絶やさず、若々しいエネルギーに満ちているニナ。
その秘訣は、人に幸せを届けたいという気持ちと、周囲や家族への愛情が源になっていることがわかりました。
自然に感応し、美しい要素を見出だして繊細なクリエーションをし、お客様に幸せを運ぶ…。
これからも、変わらぬ笑顔で素敵なパティスリーを作り続けてほしいです。