クッキー缶のふたを開けると、そこには可愛らしいモチーフのクッキーたち。「菓子工房ルスルス」のお菓子には、見た人を幸せな気分にしてしまう魅力があります。ノスタルジックで乙女心が刺激される、そんな独特の世界観で人気のルスルスのお菓子を生み出した新田あゆ子さんにお話しを伺います。
すべての店舗で販売するお菓子はすべて手作り。開店前にはお店の前にお目当てのお菓子を求める列ができ始め、店内は焼き上がったお菓子の最終工程で大忙し。つぎつぎとクッキーやお菓子が焼きあがり、店内がバターのしあわせな香りに包まれます。
目次
古民家を改装した浅草店
東京メトロ浅草駅から歩いて10分ほど、昭和の風情を残す街並みに溶け込むようにして佇むのが、「菓子工房ルスルス」浅草店。白壁に映える藍染めの暖簾は老舗和菓子店を思わせる雰囲気です。
もともと踊りの稽古場だった場所を工房として使いやすいようにデザインしなおしたという浅草店。木目調の美しい内装を極力残しながら、古道具屋などで調達した磨りガラスの扉やタイルをしつらえた和モダンな内装です。障子からは外の光が柔らかく射し込み、ノスタルジックな雰囲気を一層引き立てています。
“一生続けられる仕事”がしたい
店を運営しているのは、あゆ子さん、まゆ子さん姉妹。2人の住まいと、店、両親の住まいが全て徒歩2分圏内にあり、浅草をお店の拠点にしたいと考えたのはやはり家族みんなが支え合える場所だから。ご両親の協力を得ながら子育てと仕事の両立に奮闘しているといいます。
在宅で校正などの仕事をしながら子育てをする母親の背中を見て育ったこともあり、ごく自然な流れで「手に職をつけたい」と感じていたあゆ子さんは、当初、学歴があった方がいいという両親の勧めで短大を出たものの、卒業後はすぐにお菓子の世界へ。
「短大を出た分、周りよりも2年遅いスタートという焦りもあって、30歳までに独立して、一生続けられる仕事をしようと決めたんです」
多くの書籍を執筆され、今では全国にルスルスのファンをもつあゆ子さん。彼女のお菓子作りのルーツは独学からのスタートでした。
「カフェやレストランでアルバイトをしながら、お菓子づくりを学びました。当時は高価なお菓子の本を買う余裕もなかったので、図書館で借りた本を参考に試作をくり返して自分のレシピをつくっていました。その頃、『ルスルス』という屋号をつくり、個人で卸売りのようなことも始めました」
とはいえ飲食店での仕事はハードで、あゆ子さんは早朝から深夜までずっと働いていました。そんな生活が3年ほど過ぎた頃のこと、お菓子づくりは好きだったものの、「一生続けていくのは難しいだろうな」と感じ始めます。
そこで、考え付いたのがお菓子教室の経営。教える技術を学ぶため、さっそく製菓・調理の専門学校『レコールバンタン』にアシスタント職として就職しました。
「朝7時半から終電まで、授業の合間を縫って、夢中でお菓子を作りました。アシスタントとして授業を聞きながら、これまで自分が独学で学んできたことの答え合わせをしているようで、楽しくて仕方なかったです。」
さらに技術を磨くべく、休日を利用し小嶋ルミ先生のお菓子教室「オーブン・ミトン」にも通い始めます。最終的には講師として「ナッペ&絞りクラス」という特別クラスを受け持たせてもらえるまでに。
ちょうどその頃、縁あって良い物件に出会えたことで、予定よりも3年早い27歳の冬、妹のまゆ子さんと共に、お菓子教室として「菓子工房ルスルス」をオープン。
どんなお菓子を学べるのかを知ってもらうために曜日限定でお菓子の販売も開始し、それが現在のお店のスタイルへと繋がったのです。
ルスルスを代表する人気のお菓子
ルスルスのお菓子は、包み紙ひとつとってもハッとするほど美しく、お菓子を買うという体験そのものが楽しいと思わせてくれます。一つ一つ手作りのお菓子には、大切な人と過ごす穏やかな時間の中で、美味しいお菓子を味わってもらいたいという思いが込められています。
看板商品のひとつ、「鳥のかたちクッキー」。
蓋を開けると、絵本の世界から飛び出してきたような可愛らしい鳥たちのクッキーと夕焼け空をイメージした色の折り紙が懐紙(ふところがみ)として添えられています。食べる人を想う、こうした細部へのこだわりが、お菓子を食べる時間そのものを特別な時間にしてくれます。白いアイシングの鳥型のクッキーは、口に入れた瞬間に爽やかなレモンの風味が広がります。クッキーのサクサクした食感にも感動。
表情ゆたかな焼き菓子たちは、お皿に並べただけで絵になります。それぞれ味も食感も異なるので、つい食べ比べしてみたくなります。
素朴なやさしさを感じさせながら、見た目にも美しいクッキー。一度食べるとその美味しさにすっかり虜になり、リピーターとなる人も多いそう。
スタッフに任せられるようシンプルなレシピを考案
女性が一生続けられる働き方を模索し、子どもの成長に合わせたワークスタイルを推進するあゆ子さん。その哲学は、お店の商品開発にも色濃く反映されています。
「レシピを考えるときに大切にしているのは、シンプルなものであること。そうすれば私でなくても、信頼できるスタッフに任せられますよね」
一緒に働いているスタッフも含めて、ライフステージの変化があるのが女性パティシエ共通の壁です。お互いに協力して現場を離れたり戻ったりしやすいようにいつも考えています。こうした柔軟な働き方ができるのも、お菓子の道に進んだ当初から一貫していた‘‘一生続けられる仕事‘‘というはっきりとしたビジョンがあり、それに向けた準備をしてきたからこそ。
ずっと長く働き続けたいから、今ぐらいがちょうどいい
「お菓子に関する職業につくと決めたときから、ライフステージの変化に添って子育てをしながら続けていける場を作ろうと考えていました。今が子育て真っ最中。仕事もしたいけれど、日に日に成長していく子どもと一緒にいる時間も作りたいと思ったんです」
お店を取材した2022年3月時点で、東麻布店は週1日、浅草店は週3日のみのオープンという一般的な洋菓子店に比べると少ない営業日数でした。2022年4月からは、店舗の通常営業を休み、予約販売と限定的な教室の開催やイベント的な喫茶営業というスタイルに切り替わるとのこと。
「無理をせずにずっと長く働き続けたいから、今ぐらいがちょうどいいんです。私のように子どもがいても働き続けられるんだということを体現して行きたいと思っています」
取材後記
目標を決めたら、それに到達するためにあらゆる手段を尽くすけれど、いざ自分のお店を構えたら、メンバーや自分が最も働きやすい塩梅を見極めて、やるべきこと、やらないことをきちんと線引きする。
こうしたしなやかな思考で働いているからこそ、その手からストーリー性を感じる美しいお菓子が生み出されていくのだろうとお話を伺いながら思いました。
●About Shop
菓子工房ルスルス
浅草店:東京都台東区浅草3-31-7
公式サイト:サイトはこちらから
※営業時間・定休日は公式サイトよりご覧ください