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2026.05.15

父から娘へと受け継がれる「食の安全」と「社員ファースト」の精神 兵庫県三田市「サント・アン」後編

サント・アン

「サント・アン」初代の塚口肇(はじめ)会長と、娘である現社長の塚口紗希さんへのインタビュー。前回は「サント・アン」の素材や食の安全へのこだわりを中心にお話をお聞きしました。この後編では、お客様だけでなく自分たちの幸せや成長を追求する「サント・アン」の姿にスポットをあててお話を伺いました。

「パティシエは健康でいないといけない」

サント・アン

添加物を使わず、素材も国産のたしかなものを使っている。「サント・アン」のケーキならいくつでも食べられそうです。

塚口会長

でもね、そもそもケーキは体によくはないですよ。たまに食べるから心が満たされるのであって、毎日のように食べていいものじゃない。ケーキ屋さんは結構病気の人多いんですよ、糖尿病とか。試食もするし、勉強のために他のお店のケーキも食べるし。

職業上どうしてもそうなってしまうでしょうね。

紗希さん

昔も今も、ケーキ屋さんって女の子のなりたい職業の1番なんですよ。本当の意味で「素敵な職業だよ」って言いたいし、この職業についた人たちにもいい仕事だなって思ってもらおうと思ったら、やっぱりそこで働いている人、私たちが幸せでいるってことが絶対条件で、その幸せを根っこで支えているものって何だろうって考えたら、健康だと思うんです。

塚口会長

好きな職業について、寝る間も惜しんで技を磨いたり、ろくに食事もとらずに仕事にまい進するというのも、決して悪いことではないと思います。かつては私もそうでしたから。ただ、心身ともに健やかである状態をおろそかにして本当の幸せはないのかなとも思うので。なので、創業して少人数だった頃から社食を続けているのは、そういう理由からです。

サント・アン

▲取材時にご馳走になったお昼のメニュー。有機の野菜やお米を使い、味噌まで手作りだというから驚き

社食はいつ頃から始められたんですか?

塚口会長

オープンして1年くらいかな。当時スタッフは私も入れて5、6人で、忙しい時期に配達のお弁当ばかり食べてたんですよ。それでシーズンの変わり目とかによく風邪をひいたりして、「これはあかん」と思って。当時の従業員が『うちの母親ご飯つくるの上手いですよ』ってお店に連れてきてもらって、そのまま38年(笑)

38年!その方はいまおいくつですか?

塚口会長

今年で78歳だったかな。社食の材料の買い出しにいくときに「車だしますよ」って言っても「体がなまるから」と言っていまでも自転車で行ってらっしゃる。ものすごい元気。

紗希さん

いまはその方ともうひとり、二人体制で社員の食事を作ってくれています。パティシエさんは朝早いのでご飯食べずに来る人が多くて、朝作ったシュークリームを味の確認も兼ねて食べちゃうんです。それはあまり良くないから、お米が余ってるときは社食のおばちゃんがおにぎりにして厨房まで持ってきてくれるので、それを食べながら仕事してます。

大きなルール変更も「一回やってみよか」の精神で

サントアン

「サント・アン」のスタッフに対する健康管理は、食事だけに留まりません。労働時間の見直しにも着手しました。どのパティスリーの例にもれず、「サント・アン」も、忙しい時期には朝早くから夜中すぎまで製造作業が続くことが珍しくなく、ひと昔まえは「サント・アンでやれたら他のどんな店でも働ける」と言われるほどだったそう。

いまでは8時間労働を基本とし30時間をみなし残業として固定、超過分の残業代を支払うシステムを採択しました。そしてパティスリーで最も忙しい時期はなんといってもクリスマス。「サント・アン」でも、3年前までは昼も夜もないような忙しさに追われていました。

紗希さん

うちはクリスマスケーキの作り貯めはせず、当日焼き立てのスポンジから組み立てたものをお出しするっていうのをずっとやっているんですけど、朝の10時オープンから来られるお客さまにお渡しすることから逆算すると、前日夜中の12時くらいに出社しないとできないんです。なので前日夜10時に仕事が終わって、2時間後の0時に集合っていうのをクリスマスの時だけやってたんですけど、それを完全予約制に変えました。

結果はどういうふうに変わりましたか?

紗希さん

完全予約制にすると、作る台数が分かっているので、23日の前日は19時にみんな帰って、翌日の集合は朝の3,4時くらいになりました。それまで1時間の生産台数が60くらいで見込んでたんですけど、80台作れたんですよ!みんなしっかり寝てるから元気なんです。当日14時半くらいにはその日のご予約分は全部作り終えて。完全予約制ではあったんですけど、知らずに買いに来られたお客さんを帰すのは悲しいので、「当日売りもあります」と小声でお伝えして。結局その日は、ケーキが崩れちゃった時のお直し要員以外は、製造スタッフはみんな17時には帰ってましたね。

 

サントアン

じゃあそのスタッフの人たちもクリスマスを過ごせますね。すごいですね、それは。

紗希さん

時間が少なくなったら生産量が落ちるとか、やっぱり思い込みの部分が大きいのかなと。先入観があったり、これまで長年やってきた慣習から外れるのってやっぱり怖いし、やりたくないと思うんですけど、一歩その外に出てみたら、実はクリエイティブな解決方法があって、本気でやろうと思えば案外いかようにもやり方があるんだなというのはその経験で学びましたね。

いちどそういう体験をすると次また新しいことをするのも怖くなくなりますよね。

紗希さん

そうですね。あかんかったら戻すという前提で「一回やってみよか」と。そういうことの積み重ねで、いまはみんな高いところから飛ぶのがあまり怖くなくなってきましたね。

ほかにもクリスマスケーキを完全予約制にしたメリット・デメリットはありますか?

紗希さん

クリスマスの時って、うちの駐車場もすぐいっぱいになるんで、コインパーキングを使われたお客様にお詫びの意味で100円お渡ししてたんです。それが24日だけで3万円くらいになるんですけど、それを完全予約制にしたら、300円で済んだんですよ!さらにクリスマスの時は交通整理で警備員さんを3人手配してたんですけど、それも2人で回せるようになって。

塚口会長

あとは包材とかの荷物を置く場所がなくて、倉庫を借りたりしてたけどそれも必要なくなったよね。作っているケーキの台数はさほど変わらないのに、周辺のコストがかからなくなった。

紗希さん

みんなで「もっと早くやればよかったね」って。睡眠もとれるし24日も6時くらいにはみんなお家に帰って家族でクリスマスケーキを食べられて。いいことばかりでしたね。デメリットをあげるとすれば、印象ですけど、完全予約制にしてお店での待ち時間が短くなくなった分、ついで買いをするお客様が減ったかなというくらいですね。

仕事が「膨らむ」勉強会

さらに、「サント・アン」では定期的に、スタッフの興味あることをテーマに勉強会を開いているそう。勉強会の内容はケーキの材料の生産者訪問から、税理士さんを招いてのお金の勉強まで多岐にわたります。ここにもスタッフを単なる労働力として見るのではなく、ひとりの人間としてスタッフの成長を願う「サント・アン」の想いがあります。

紗希さん

始めは私一人で勉強のために、生産者さんのところにいってお話を聞いたりしたりしてたんですけど、やっぱり現場で実際にケーキを作っているスタッフたちも知っておくべきだなと思って。

ただ、「人から言われて自分で学びに行くっていうのもハードルが高いと思うし、強制するのも良くない」と、とりあえずは紗希さんが企画、セッティングし、自由参加で興味のある人だけが参加できるようにしたそう。

紗希さん

普段のケーキづくりで使っている果物農家さんのところに行って、こだわりや想いを直接伺うと、作るときもより大切に素材を扱うようになって、無駄を出さないように工夫をするようにもなる。皮でオランジェットを作ろうとか、ゼストにして冷凍しておいて何かの風味づけに使おうとか。そうやって大切に作ったお菓子は自然と「食べてほしい」という想いも強くなるし、仕事が「膨らむ」というか、ケーキづくりという作業がより豊かなものになっている気がします。

サントアン

▲実際に訪れた生産者さんの作った柑橘を使って丁寧に作られた「せとかと紅茶のタルト」

生産者さんへの訪問だけじゃなくて、包丁の研ぎ方やお金の勉強といった会も企画されているそうですね。

紗希さん

お菓子作りに直接関係することだけじゃなく、将来独立した時のための準備になるようなものとか、いろいろ企画しています。いまは月1回、スタッフたちが定期的に自分たちで案を出し、アポイントを取ったりと、段取りまでできるように なっています。いまの私の役目は車を運転してみんなを連れていって、お昼ご飯のお金を出すだけです(笑)

わたしたちにとって一番大切なことは何か

最後に、紗希さんに今後のサント・アンの展望をお聞きすると、いまのところ、店舗を増やしたり事業を大きくするつもりはないと言います。その根底にあるのは、先代から受け継がれてきた「幸せ」というキーワードです。

今後はサント・アンをどんなお店にしていきたいですか?

紗希さん

私もお店を大きくする、規模を拡大するというところにはあまり魅力を感じていないんです。いまリブランディングを進めているんですけど、みんなで「結局何が大事なのかな」って話をしていて、「私たちのやりたいことって多店舗経営だと出来ないね」となった。それはなにかというと、人間同士でちゃんと関わりたいとか、丁寧にお菓子を作り続けるということだったりします。

実務的なことで言うと、例えばひな祭りのデコレーションケーキ。お雛様の砂糖菓子を買ってきてちょんと乗せるところが多いと思うんですけど、それが『なんかちがう気がする』となって、今はお雛様の形に抜いたクッキーを焼いて、アイシングでひとつずつ描いています。ほかには、オランジェットを作るのに、自分たちでオーガニックのオレンジを探してきて、皮をむいて添加物を入れずに加工したり。

1つ1つ手間はかかりますが、そういう丁寧なものづくりにみんな喜びとか楽しさを感じている。そういうことに常にみんなで向き合っていけるお店でいたいです。

塚口会長

ものづくりの基本やね。

【取材協力】
サント・アン

サント・アン
住所:〒669-1535 兵庫県三田市南が丘2丁目7-10
営業時間:10:00-18:00
定休日:火曜日
公式HP:http://www.saintan.com/
インスタグラム:https://www.instagram.com/patisserie_saintan/
Facebook:https://www.facebook.com/saintan3101

 

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Writer
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
chefno編集部
編集長&映像制作 コウヘイ
映像制作とフランス語関連の記事担当。18年のフランス在住経験あり。フランス生活で得た気づきやエスプリを生かして面白い&センスの良いコンテンツづくりを目指します!好きなお菓子はダントツでタルトタタン。
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