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2022.11.22

女性も長く働ける製菓・製パン業界へ!vol.4「母になっても変わらず、菓子職人としてお菓子を製造し続ける日々」トゥール・モンド・シュシュ 野々市店 魚谷かおり

トゥール・モンド・シュシュ野々市店 シェフ
魚谷(ウオヤ) かおりさん
東京都国立市にあるエコール辻東京を卒業後、同校のフランス校へ進学し、フランスのパティスリーで研修。帰国後は都内のパティスリーで約13年間勤務後、料理の世界へ。レストラン、ビストロなどで経験を積まれ、再び製菓の世界へと戻り、2016年に『トゥール・モンド・シュシュ野々市店』のシェフに就任。産休・育休制度利用後、同役職に復帰して現在に至る。
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パティシエ・パン職人の道への入り口とも言える製菓製パン系専門学校の学生さんは、約8割が女性です。これは筆者が学生だった20数年前から変わっていません。

それなのに、当時いっしょにお菓子を学んだ友人のなかで、現在も製菓業界で仕事を続けている女性は1人しかいません。
時代が令和になった今、製菓・製パン業界の労働環境もいくらか改善され、女性職人が生き生きと働ける場所になったのではと、期待をこめて現状を調べてみると、予想に反した答えが見つかりました。

なんと、就職してから半年後に行う離職調査(※出典元 辻調グループキャリアセンター調べ)によると、2021年度の女性の卒業生のうち、19.2%が仕事を辞めてしまっていたのです。

なぜ、女性が製菓・製パン業界で働き続けにくいのか?どんな理由で仕事を辞めることが多いのか?理由は様々でしょうが、そんななかでも技術と知識を活かし、生き生きと働き続ける女性職人たちがいます。彼女たちへの取材を通し、好きな仕事を長く続けていくためのヒントを見つけ出して欲しい。そして新人の職人さんたちが勇気をもって夢を抱けますように!

女性の思考を知ることは、男性職人やオーナーさんにとっても良い機会のはず。貴重な人材である女性職人への接し方のヒントが、見つかるかもしれません。

シリーズ4回目で取材したのは、出産という人生の大きな節目を経験されてもなお、現場で正社員として働き続けるパティシエール。石川県にあるパティスリー「トゥール・モンド・シュシュ」でシェフを務められている魚谷かおりさんです。

石川県野々市市の市役所にほど近い大きな幹線道路沿いにある、北欧の教会をイメージした三角屋根に赤い旗が目印の“トゥール・モンド・シュシュ野々市店”。店の前の広々とした駐車場が物語るのは、車社会だという地域特性。隣接する金沢市は、総務省の家計調査で、お菓子の消費量が最も多い都市で上位にランキングする常連の町ということもあり、遠方から車での来店客も増えるのだとか(同市は人口約5万3千人ながらも隣接する金沢市の人口は約45万人)。魚谷かおりさんは、2016年より同店のシェフに就任されました。生まれも・育ちも・主な修行先も・東京という魚谷シェフの石川県での暮らしや働き方についても、伺ってきました。

 

一に体力!二に根性!!製菓現場の現実と戦った修業時代

“僕は料理界の東大へ行く“というフレーズのCMでもお馴染みだった辻調理師専門学校グループ校のエコール辻東京を卒業され、同校のフランス校へも進学された魚谷シェフ。
卒業後のフランス研修先はフランス第2の都市Lyon(リヨン)から列車で約30分の町Bougoin-Jallieu(ブルゴワン・ジャイユー)にある、MOFパティシエのMichel VIOLET(ミッシェル・ヴィオレ)氏のパティスリー。フランスでの充実した日々を過ごされて帰国し、日本で本格的に菓子職人としての1歩を踏み出すことになった際の現場はどんなものだったのでしょう。

これまでパティシエールとして働く中で、女性ならではの苦悩などはありましたか?

□魚谷シェフ
「就職先は女性のパティシエールを雇ったことがほぼないというパティスリーだったので、厨房内はシェフも先輩もすべて男性でした。厨房にパティシエールとして雇われたのは私が2人目で、私が続かなかったら、もう女の子は雇われないだろうなという重圧を感じていたかもしれません。後に続く後輩パティシエールのためにも頑張ろうという気負いはありました。そんな想いもあって、粉袋や仕込んだ生地などの重たい物を運ぶ際に『重たいので持てません』とは言えない自分がいたんです。生地が入ったボウルは20キロを優に超えますし、仕込みで使う粉類は30キロ。体力的にはきつかったです。就職したての頃は、不足している体力を気力というか根性で補っていました。時代の変化に伴い、今の人たちが根性で乗り切るということはあまりないと思いますが、当時の自分の体験を活かして、今は『手伝ってください』と言える社内の雰囲気づくりを常に心がけています」

製菓業界で働いてきて、こんな環境だったらいいのにと思うことはありますか?

□魚谷シェフ

「土日や祝日のお店が忙しい日でも、休みの希望を出しやすい環境になればいいなと思います。日本の製菓業界では、『自分が休むことで他のスタッフへの負担が増すのではないか?』というような空気もあります。周りを気遣う性質は日本人特有というか。実際、フランスで修業していた頃は、日本に比べて週末でも休みの希望を出しやすい環境でした。クリスマスやひな祭りなどの大きなイベントは、スタッフが一丸となって協力して働く一方、家族のお祝いの予定や子供の学校行事などが重なった週末などは、休みの希望も出しやすい環境が整えば、女性に限らず男性も働きやすくなると思います」

▲焼き菓子の焼け具合を確認する魚谷シェフ

一度業界を離れたことでより強く感じる、製菓業界への思い

魚谷シェフは菓子製造から約4年間離れて、いちど料理の世界に身を置かれています。そもそもなぜ料理の世界へと転職し、どんな思いで再びお菓子の世界へ戻ってこられたのでしょう。2つの異なる食の世界に身を置いたからこそ見えてきたものはあるのでしょうか?

製菓業界から料理の世界へと移られたきっかけは?

□魚谷シェフ
「お菓子への情熱が冷めたわけではなかったんですが、環境を変えて違う学びを得たいと思ったんです。自分の人間としての幅と、お菓子に対しての仕事の幅が広がると考え始めたというか。料理の世界は、製菓業界以上に男性優位で大変でしたが、そこで得たものも大きかったと今では思います。食材との向き合い方、ワインの味わい方などは、新しいお菓子を考える際にも役に立っています」

再びパティシエールとして働く事を決めた理由は?

□魚谷シェフ
「料理の世界に身を置いていた時期も、製菓業界にいた頃の知人とは連絡を取っていました。料理界の厳しさと楽しさの間で今後の自分の生き方についても悩んでいた頃、製菓業界の修業時代のご縁で、『トゥール・モンド・シュシュ野々市店のシェフをやってみないか』とのお誘いを受けました。レストランで働きながらも、お菓子を作る機会は常にありましたし、お菓子作りはずっと好きだったので決断しました。じっくり悩むのが悪いとは思いませんが、何かしたいと思った時に先延ばしにせず挑戦することも大事。タイミングを逃すと、人は周りの誰かや自分の置かれている環境のせいにしがちになるので、考え過ぎず行動に移したという感じです。今は、一度製菓業界を離れたからこそ、もう一度お菓子と深く向き合えていると感じています」

転職を決めたのは結婚や出産のご予定もあったからですか?

□魚谷シェフ
「いえ、まったく予定はありませんでした。若いころに結婚のタイミングについて悩んだ時期はありましたが、石川県に引っ越してから運よく出会った人と結婚しました。今、シェフとして働き始めて5年が経ちましたが、結婚して母になってからも働ける環境が整っているので続けられています。結婚した時に社長からは『うちには産休・育休制度もあるから』と言っていただき、実際に出産前に私が休む期間について相談をした際には、『私(社長自身)がシフトに入るから、産休・育休中の心配はしなくてもいいよ』と、言っていただけたんです。予想外で、とても驚いたと同時にすごく安心できました。現在、産休・育休制度を利用した後に、正社員として復職している社員が私を含めて4名いますし、朝一から働く事が難しいなど、時間的な融通が必要な社員については、準社員として復職するケースも増えてきています。会社が復職を後押ししてくれていることが大きいですが、共に働く仲間たちが、結婚や出産を経ても今までのように働き続けている事例が職場内にあることで『私もやってみよう!』と想える、そんな相乗効果を生んでいると実感していますね」

復職後もシェフとして仕事を続けていく不安はありましたか?実際に現在はどう感じていますか?

□魚谷シェフ
「会社のバックアップ、職場の雰囲気は理解していましたし、社会が働き方を意識する方向に進んでいるとはいえ、どうしても家事・育児の負担が大きいのは女性の方。『この業界は朝が早い』ということが母になったパティシエールにとって、仕事を続けにくい一番の原因だと思っていたので、私も当然不安はありました。実際は、『何とかなるもんだなぁ』という感じです。業界の中でも珍しいと思うのですが、うち(野々市店)は働くスタッフ全員が女性なんです。そして最大の特徴はパートさんが多いということ。製造スタッフ7人中、正社員は私を含めて2人だけで、5人はパートさんです。5人中1人は製菓学校を出られた方ですが、残りの4人は入社時にはお菓子製造の知識がほとんどなかった方々。少しずつ仕事を覚えてもらう過程で知識や技術的な事を徐々に話していき、興味を引き出していくのがいいのではないかと考えて実践しています。パートさんは大体休憩なしで9:00~13:00までの勤務が多いのですが、朝早くから出勤できる方もいるので、私が休みの日などは7:00~12:00まで働いてくれるのでとても助かっています。保育園や小学校に通うお子さんを育てる母が多いこともあり、3歳になる息子がいる私のこともとても理解してくれているので、私自身もとても働きやすい環境です。仕事を回せるなら、正社員が土日に休みを取ることも会社から認められています。現場のことは任されているので、スタッフ間で協力しながら働きやすい環境づくりを意識しています」

正社員の勤務時間帯は?

□魚谷シェフ
「製造の正社員は7:00~16:00までで、その間に休憩を1時間取っています。お店は19:00までなので、16:00以降に製造スタッフがいないこともありますが、ホールケーキのメッセージプレートなども販売員が対応しています。どうしても社員が2人なのでシフトの関係で自分しかいない日など残業をする時もありますが、平日は遅くても17:30までには退社し、保育園へ息子を迎えに行っています」

▲パートさんが大きな戦力となって仕上げられる季節の生菓子の数々

▲販売スタッフも全員女性!店長を中心に見事なチームワークでお店が運営されている

優先順位の変化に伴う自身の思考の変化

ここまで話をお伺いしてきて、職場の制度や一緒に働く方々の理解への感謝を度々口にされてきた魚谷シェフですが、筆者はご家族の支えもとても大きいのではないかと感じました。朝7時から働けること、保育園がお休みの休日にも働けることは、決して容易ではありません。身近なご家族の協力を引き出しながら仕事を続けていく中で、ご自身の考え方も変わってきたと話されていました。

仕事と子育てを両立する際に意識していることは?

□魚谷シェフ
「仕事とプライベートとの切り替えは意識しています。具体的には、家でご飯を作ったり、子供と遊んだリ、家族と会話する時間を取ることです。仕事のことばかり考えることが無くなったことでリフレッシュできているのか、お菓子作りにも集中できている気がします。忙しい中でもとてもバランスよく暮らせているというか。と言っても、復帰直後はとても大変でした。育休中に息子と家で過ごしていた時は、子供がいつ泣き出すかも読めないので、15時から夕飯の準備をしていました。『職場復帰したら一体どうなるの?』と自問自答していましたが、今は全部が全部100%完璧じゃなくてもよいと考えられるようになったので、肩の力も抜けてうまくいっているのだと思います。どこかで割り切ることは大事で、それができるようになってからは家でイライラすることも減った気がします。休日、家の中がどれだけぐちゃぐちゃだったとしても、自分の休日に息子の面倒を一日中見てくれて、毎朝息子を保育園まで送ってくれている夫には感謝しかありません。我が家の男性陣は、部屋が散らかっていても気にならないようです(笑)」

▲お茶の文化が根付く石川県をイメージして魚谷シェフが開発した抹茶のお菓子。“美味しいお菓子に出会える時間を特別な時間としてゆっくり味わってほしい”という想いを茶道用語でもある「一期一会」という名前に込めた

今、時間があればしてみたいことは?

□魚谷シェフ
「一人でゆっくり映画や芝居を観たいなとも思うのですが、もしそれが実現できたら、『せっかく時間が取れたのだから、普段よりも目いっぱい息子と遊んであげたり手の込んだ料理を作ったりすればよかった』と後悔する自分が容易に想像できます。石川県は東京に比べて、お肉もお魚も安くて美味しいものが簡単に手に入るので料理をするのも楽しいんです。自分の手料理を食べてくれる夫や息子の反応を見るのがとても大切な時間なので、時間が取れたら家族との時間を満喫すると思います」

悩みを抱えている若い世代の職人さんへのアドバイス

結婚や出産という人生の節目が訪れても、お菓子を食べること・作ることが大好きな女性職人が仕事を辞めなくてもいいような環境が当たり前になってほしいと願う筆者から、魚谷シェフへずばり聞いてみました。

女性にとって、この職業は一生続けられるものだと思いますか?

□魚谷シェフ
「やり方次第で続けられると思います。製菓業界もパートさんに頼るお店が増えてくると思いますし、パートさん達も、技術を身につければ立派な『パティシエール』だと思っています。お店側がきちんと評価し、働く側も成果を上げる働きを意識することで長く働ける女性が増えてくるのではないでしょうか?私自身も子供の成長によって、これからもまだまだ悩む時期が来るのでしょうが、それは製菓業界に限ったことではないので」

仕事を続けていく上で、大事なことは?

□魚谷シェフ
「パティシエの仕事は幅広いので、あれもこれもと思っているうちに、あっという間に時間が過ぎてしまいます。日々の任された仕事を無駄だとは思わず、積み重ねていくなかで力がつくので、まず、『基本的な仕事を学ぶまでは辞めずに続ける』と決心することです。そう自分自身で決めたら辛いことがあっても、割と前向きにやっていけます。些細なことかもしれませんが、前向きになれると、大きな声であいさつができるようになったりするんです。あともう一つ、これは冒頭の話と少し矛盾しているかもしれないのですが、徐々に体力はつけていくべきです。力仕事が多い職業であることは事実なので、少しずつ仕事に慣れる意味でも体力作りと体に負担の少ない動きも意識すると良いですよね。私自身も鍼灸院で身体のゆがみなどを診てもらうことで、自身の身体の使い方を意識することも多いです。焼き菓子の仕込みなどで生地を混ぜる時など、身体の重心が左に寄っている時間が長いようなんですが、重心がどちらかに長く偏っていると、骨盤が歪みやすくなったり、足の長さが左右変わってきたりするみたいなので、自分自身の身体ともきちんと向き合うことが重要だと、日々実感しています」

取材を終えて

シェフへのインタビュー中も、パート従業員さんたちが帰った広い厨房内で、ロールケーキの追加や翌日の準備、清掃と忙しく立ち回られていたのが、シェフともう一人の製造正社員の本田さん。そんな本田さんに、合間に声掛けをされる魚谷シェフを見ていて、『シェフとして働く事=職場環境を整えて、チームとして働くスタッフと協力してお店を運営していく事』なんだなぁと考えさせられました。
中でも、シェフが『本田さんが産休・育休で休む時は私に任せてね』と話されていたのが印象的でした。運営元の株式会社ボン・リブランさんは、現在の産休・育休制度に加えて今後は短時間勤務制度も充実させていきたいとの事。企業の前向きな取り組みが増え、魚谷シェフのようにキャリアを活かして働き続けられる職人さんが増えることを願いながら、帰路につきました。

●About Shop

トゥール・モンド・シュシュ 野々市店
住所:石川県野々市市三納1-144 アクロスプラザ野々市内
営業時間:10:00~19:00
定休日:不定休
公式URL:https://tmchouchou.jp/
公式インスタグラム:https://www.instagram.com/tmchouchou_official/?hl=ja

 

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Writer
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
chefno編集部
パティシエール兼ひよっこライター ハルミ
製菓業界に足を踏み入れて早20数年。読者目線の企画運営が目標です! 食べることと旅行が大好きな1児の母。サンマルク、カイザーゼンメルが大好きです♡
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